Science May 17 2024, Vol.384

世話が最もかかる (Care counts most)

生殖は、動物が行う最大のエネルギー投資の1つである。それはまた、長年にわたってよく研究されてきており、いかに多くのエネルギーが子孫を生み出すことに直接投資されているかについての、多くの知識に結び付いている。しかしながら、この投資の残りの半分である、子孫の世話にかかるコストは明らかになっていなかった。Gintherたちは、分類群全体の生殖全コストを推定するための枠組みを開発し、その合計に寄与する要因を解明した。彼らは、子孫の世話が子孫を生み出すよりも10倍も多くエネルギーを必要とすることを見出した。そして、このより高い支出は哺乳類(コストが最も高い)においてだけの真相ではなく、他の分類群においても同様である。(Sk,kj,kh)

Science p. 763, 10.1126/science.adk6772

ゼータ脱離 (Zeta elimination)

アルコールの脱水は有機化学では一般的な反応である。脱水は通常、アルコールのOH基が存在した部位とそれに隣接する炭素の間が二重結合となったオレフィンを生成する。これはβ脱離と呼ばれる過程である。Grantたちは、10員環に結合したアルコールをトリフリン酸(トリフルオロメタンスルホン酸)で処理する、これまでとは違う変法を報告している。二重結合を形成するのではなく、これらの化合物は高い選択性で反応して、ζ脱離によりデカリンを生じる。この反応では、10員環上の炭素とそれと5結合離れた位置の炭素との間で新たな結合が生じる。計算機による研究が、この選択性の基盤となる熱力学的特性を明らかしている。(MY,kh)

【訳注】
  • デカリン:ナフタレンの二重結合が全て水素化された二環式化合物で、C10H18の分子式で表される。
Science p. 815, 10.1126/science.adi8997

アミノシランによる安定化 (Aminosilane stabilization)

アミノシラン分子の蒸着による表面安定化は、ペロブスカイト太陽電池の電圧光損失を理論限界まで低減することができるとともに安定性も向上できる。Linたちは、第一級アミン及び第二級アミン系シランである[3-(2-アミノエチルアミノ)プロピル]トリメトキシシランが、1.6~1.8エレクトロン・ボルトの間のバンドギャップを有するペロブスカイトの蛍光量子収率を改善することを見出した。このペロブスカイト太陽電池は、全スペクトル太陽光の下、85°Cで相対湿度50~60%の大気中開回路条件下で、1500時間以上にわたって出力変換効率の95%を維持した。(NK)

Science p. 767, 10.1126/science.ado2302

停滞したリボソームがガン細胞を殺す (Clogged ribosomes kill cancer cells)

効率的な抗ガン治療はDNA損傷を引き起こし、p-53依存的な機構でガン細胞を殺すが、p53が変異したガン細胞をも殺しうる。Boonたちは、DNA損傷がp53を欠失した細胞で細胞死を誘導しうる経路を解明した。培養ヒト細胞においては、DNA損傷によって誘導されたアポトーシスが、翻訳機能が減少した細胞中で生じていた。遺伝子検査では、この翻訳が減少するという応答には転移RNAエンドヌクレアーゼであるSLFN11を必要としており、この酵素は化学療法に非応答性のガンで変異していることが多い。SLFN11の活性化がリボソームの翻訳停止を引き起こし、次にこれがアポトーシス開始の情報伝達をした。(hE,kj,kh)

【訳注】
  • p53:ヒトのガンにおいて最も高頻度に変異が認められるガン抑制遺伝子である。転写活性化因子であるp53はさまざまなストレスを受けて活性化し、標的遺伝子を転写誘導することによって、ガン化を抑制している。
Science p. 785, 10.1126/science.adh7950

プログラム制御できるCRISPRを用いたRNA切除 (Programmable RNA excision with CRISPR)

CRISPR RNA誘導型ヌクレアーゼと細胞のDNA修復機構は、プログラム制御できるヒトゲノム操作を可能にしてきており、これは命を救う意味を持つ。CRISPRに基づくDNA編集は、ますます洗練されてきたが、同様の方法を用いるRNA編集は報告されてこなかった。Nemudraiaたちは、RNAに対するCRISPR誘導型の切断が、RtcBと呼ばれる細胞中のRNAリガーゼにより修復されることを見出した。著者たちはこの切断-修復機構を利用して、嚢胞性線維症の人々に共通して見られる病因性ナンセンス変異を切除した。この研究は、永続的で遺伝性の変化をゲノムに誘導することなく、ヒトのトランスクリプトームにプログラム制御できる変化をもたらす機会を示している。(MY)

【訳注】
  • CRISPR RNA:CRISPRと呼ばれるゲノム領域に取り込まれたかつての侵入者のDANの一部から作られたRNAのことで、再度の侵入者DNAを認識する機能を持つ。
  • リガーゼ:2つの分子の結合反応を触媒する酵素の総称。
  • ナンセンス変異:核酸の配列をタンパク質合成を途中で終了させる終止コドンへと変える変異。これにより不完全なタンパク質が合成される。
  • トランスクリプトーム:ゲノムDNAから転写によって作られるRNAの全体。
Science p. 808, 10.1126/science.adk5518

素早い収束 (A quick convergence)

ジントル材料は、その幅広い組成と調整可能という特性から、熱電用途にとって魅力的な材料となりうる。Shiたちは、4つの親化合物からのどの配合材料が熱電性能を向上させる電子バンド構造を持っているかを迅速に見つける方法を考案した。いくつかの組成を特定した後、著者たちは、これらの中で最も優れた組成が長期安定性と高温安定性に優れていることを示した。この化合物を別のジントル材料と組み合わせることで、中温域で魅力的な熱電性能を有するデバイスを作ることができる。(Wt,kh,nk)

【訳注】
  • ジントル材料:イオン結合と金属結合の中間的な性質を示し、イオン結晶にも金属にも分類できない材料。半導体的な電気伝導を示し、融点が高く、セラミックス(酸化物絶縁体)のような脆さと金属的な光沢を併せ持つ。
Science p. 757, 10.1126/science.adn7265

ピロトーシスを作動させるさらなる方法 (More ways to set off pyroptosis)

ガスダーミンは、ピロトーシスと呼ばれる型の細胞死を引き起こすことによって免疫防御を仲介するタンパク質群である。ガスダーミンは通常、タンパク質の分解切断によって活性化され、それがこのタンパク質の活性な細胞膜穿孔部位を遊離する。Liたちは、それらとは違う働きをする2つの古い型のガスダーミンを見つけた。1つは、基礎的後生動物由来のもので、自己阻害性二量体を連結させる化学結合が壊されると動作する。他は、真菌由来のもので、不適合性株の対合により活性化されて膜孔を作り、誤って融合した細胞を死に至らしめる。これらの発見は、ガスダーミンがこれまで考えられていたよりも多くの方法で活性化されうることを示し、自然界における多彩な機能を示唆している。(MY,kh)

【訳注】
  • ガスダーミン:切断された断片が、細胞膜成分の流出を伴う細胞死を誘発する透過性の孔を細胞膜に作り、ピロトーシスを引き起こす細胞質タンパク質。
  • ピロトーシス:炎症シグナルに応答して形成されたインフラマソーム(細胞内の異物等による危険信号により炎症応答を活性化するタンパク質複合体)を介して透過性の孔が細胞膜に作られ、細胞膜成分が細胞外に流出することで生じる細胞死。
Science p. 753, 10.1126/science.adm9190

HIVに対するワクチン戦略 (Vaccine strategies for HIV)

HIVに対する広域中和抗体(bnAb)は、一般に、宿主免疫系とウイルスとの間の長い共進化を通じて進展する。産生されうる数兆のそれぞれ異なる抗体前駆体の中で、HIV bnAbに成長するのに必要な遺伝的および構造的特性を有するのはごくわずかである。Steichenたちは、ある特定のHIV bnAbに対する極めてまれな抗体前駆体を誘導するように設計された免疫原を用いてアカゲザルを免疫化した。このワクチンは、これにより免疫化されたすべての動物において望ましい応答を誘発した。Xieたちは、前臨床モデルの中で連続免疫化を用いて、予備刺激を受けたbnAb前駆体に対する、2つの第二次(追加)免疫原による効果的な追加免疫を実証した(SandersとMooreによる展望記事参照)。この予備刺激-追加免疫指針は、mRNA脂質ナノ粒子によって送達される場合により効果的であるかもしれない。これらのデータは、HIV bnAbへと変わる免疫付与の順序を開発する上で、mRNAワクチンが重要な手段であるかもしれないことを示唆している。(Sh,MY,nk)

【訳注】
  • 広域中和抗体:抗原に結合してその毒性や増殖能力を抑制する抗体の1種で、幅広い抗原に対して能力を発揮するもの。
Science p. 755, 10.1126/science.adk0582, p. 754, 10.1126/science.adj8321; see also p. 738, 10.1126/science.adp3459

AIに導かれる地球規模の発見活動 (Global discovery campaign guided by AI)

人工知能(AI)を用いた実験の自動化と統合における最近の進歩は、いわゆる「自動運転ラボ」の基礎を築いたが、それらは依然として単純な概念実証実験に限られていた。Strieth-Kalthoffたちは、非同期クラウド・ベースの非局在閉鎖(ACDC)ループ発見の考えを導入して、ある1つの目標を発見するために地理的に分散した複数の実験施設を稼働した。この活動では、各実験施設は、中央にあるAI実体によって計画された実験を実行する、独立した非同期の作業単位として動作する。ACDCの概念は、最先端の発振性能を持つ有機固体レーザー用利得材料の探索に適用されて成功した。この探索は進展の遅かった科学的難題であり、成功は閉鎖ループ発見活動の威力を実証した。(Wt,kh,nk)

Science p. 756, 10.1126/science.adk9227

フォトニック格子用DNA折り紙 (DNA origami for photonic lattices)

ダイヤモンド格子は完全な三次元フォトニック・バンド・ギャップを形成することができるが、通常はリソグラフィーによって製作されていて、赤外および近赤外のバンド・ギャップを示す。今回2つの研究が、可視光および紫外光の波長のフォトニック・バンド・ギャップを形成できる長さ規模の格子に対するDNA鋳型化を報告している(LiとMaoによる展望記事参照)。Posnjakたちは、170ナノメートルの周期でダイヤモンド格子に自己集合するDNA折り紙を設計した。表面を高誘電体材料(二酸化チタン)でコーティングした後、フォトニック・バンド・ギャップに対応する反射が近紫外で観測された。Liuたちは、大きな、かつ全方位バンド・ギャップを示すことができるパイロクロア格子を作製するための逆設計手法を開発した。八面体および二十面体の折り紙を用いるこの方法は、集合プロセスを妨げるトラップの形成を回避する。(KU,MY,kh,nk)

【訳注】
  • ダイヤモンド格子:立方晶ダイヤモンドが取る格子構造。
  • パイロクロア格子:正四面体が三次元的に繋がった格子で、それぞれの頂点が隣の格子と結合している。
Science p. 776, 10.1126/science.adl5549, p. 781, 10.1126/science.adl2733; see also p. 741, 10.1126/science.adp4370

環状酸の選択的アリール化 (Selectively arylating cyclic acids)

特定のC-H結合をC-C結合に置換することは、依然として化学研究における挑戦的な最先端課題である。隣接するC-H結合は非常に似た性質を持っているため、それらを区別するために触媒を入念に最適化する必要がある。Zhangたちは、シクロアルカン上のカルボン酸置換基から炭素3個または4個離れたC-H結合を正確に標的にし、そこに芳香環化合物または芳香族ヘテロ環化合物との結合を構築できるパラジウム触媒用の配位子を報告している。これらのパラジウム錯体は、2つの鏡像生成物のうちの1つに対してのみの高い選択性も達成する。(KU)

Science p. 793, 10.1126/science.ado1246

そのためにピッタリの道具がある (There’s a tool for that)

ラッコが、ときどき貝殻や石などの道具を用いて、厚い殻を持つことの多い軟体動物の獲物を処理するのに役立てていることは、長い間知られてきた。Lawたちは、このような道具を習慣的に用いるラッコ、特にメスは、多種多様な獲物をより上手に食べることができて、より高いエネルギー摂取速度を有し、しかも歯の摩耗が少ないことを示している(Klumpによる展望記事参照)。道具の使用によって容易になる獲物の裾野の拡大は、アワビのような、より処理しやすい好まれる獲物が不足している場合に特に重要であった。(Sk,kh,nk)

Science p. 798, 10.1126/science.adj6608; see also p. 740, 10.1126/science.adp4375

優遇処置の文書化 (Documenting preferential treatment)

医師と患者の関係には偏見があってはならないが、医師の公平性に疑問を投げかける証拠が増えている。従来の研究では、現実世界の状況下での権力差の違いと多様な患者への影響を定量化するのに苦労していた。SchwabとSinghは、現場任務の医師と患者が軍の階級を持っており、一部の患者は担当医師よりも階級が高いという米軍救急部門からの膨大なデータを利用した(Nimmonによる展望記事参照)。彼らは、医師よりも上位の階級の患者は、より多くの医療資源が不公平に投資されたため、より多くの医師の努力とより良い健康成果を享受し、白人の医師は一貫して黒人患者の治療にあまり労力を費やしていないことを見出した。概して民間人は身体的に健康に劣るため、健康処置不均衡が軍の外ではさらに顕著になる可能性がある。(Uc,kh,nk)

Science p. 802, 10.1126/science.adl3835; see also p. 742, 10.1126/science.adp5154