Science July 21 2023, Vol.381

解凍されたグリーンランド (Greenland unfrozen)

グリーンランド北西部にあるキャンプ・センチュリー氷床コアから採取された氷河下堆積物の測定から、この場所が約40万年前の間氷期に氷のない状態であったことが示された。Christたちは、ルミネッセンス年代測定と宇宙起源核種のデータを用いて、この堆積物が1万6000年に満たない前に表面で太陽光にさらされた後、氷のない状態のもとで堆積したことを示した。その場所に氷がなかったということは、高くなった海水面の位置にグリーンランド氷床が海面水位換算で1.4メートル以上の寄与をもたらしたに違いないということを意味しているが、そのときには地球の平均気温が人為的な気候温暖化のために我々が間もなく経験するであろう高さと同程度であった。(Uc,MY,nk,kh)

Science, ade4248, this issue p. 330

ヘキサソーム再構築の機構 (Mechanisms of hexasome remodeling)

ヒストン・タンパク質によるヌクレオソーム中へのDNAのパッケージングは、ゲノム情報が細胞核内でどのように発現および維持されるかを調節する。ヘキサソームは、8個のヒストンではなく6個のヒストンを含む非標準的ヌクレオソームである。ヘキサソームが活発に転写される遺伝子に関連していることは知られているが、細胞機構がヘキサソームの状況下においてどのように機能するかは不明であった。Zhangたちは、再構築因子INO80(この因子は普通のヌクレオソームよりもヘキサソームを選好する)に関する構造的および機構的な知見を報告している。これらの知見は、この酵素がどのようにしてヘキサソームを特異的に認識して再構築するかを説明する。著者たちは、ヘキサソームがDNAのパッケージングを変化させるだけでなく、酵素や他の因子がクロマチンの調節情報を解釈する方法も変えている可能性があると示唆している。Wuたちは補足的研究で、INO80の再構築サブユニットがヘキサソーム上のSHL-2と呼ばれる位置に結合している構造を決定し、普通のヌクレオソーム上のその位置と比較して180度回転していることを示した。INO80によるヘキサソーム・スライディングとヌクレオソーム・スライディングはどちらもSHL-2からの作用を必要とするので、このことはヌクレオソーム・スライディングを遅くする追加的な過程があることを示唆している。INO80の高度に調節された機構は、その機能的多様性を説明する。(KU,kj)

【訳注】
  • ヌクレオソーム・スライディング:ヒストンタンパク質がDNA鎖に沿って自発的に移動する動きのこと。
Science, adf6287, adf4197, this issue p. 313, p. 319

調整可能なモアレ磁石 (A tunable moiré magnet)

ねじれ遷移金属二カルコゲン化物2層膜はエキゾチックな物性を示すと予測されている。Andersonたちは、菱面体晶構造を有する二テルル化モリブデン膜の2層を、4度のねじれ角で堆積してモアレ構造を作った。研究者たちは、キャリア密度と外部電場を変えることで格子配置や磁気相互作用性を調整することに成功している。この調整可能性は、この系において多くの相関状態の実現を可能にすると見込まれる。(NK,nk,kh)

Science, adg4268, this issue p. 325

フッ化水素酸(HF)を回避する (Side-stepping HF)

フッ素は、難溶性の鉱物である蛍石中にカルシウム塩として天然に存在する。200年以上にわたり、フッ素化剤に到達する際の第1段階は、危険性の高い有毒でかつ腐食性のフッ化水素酸(HF)への蛍石の変換であった。Patelたちは今回、下流のフッ素化化学のために蛍石を活性化するより安全な代替手段を報告している。具体的には、彼らはリン酸水素二カリウム塩と共にボール・ミル中で蛍石を粉砕することでその溶解性を高めた。次に、アルコール溶媒中で求電子反応物と炭素-フッ素結合および硫黄-フッ素結合を形成するよう、得られた固体を用いることができる。(KU,nk,kh)

Science, adi1557 this issue p. 302

流行の詳細分析 (Anatomy of an epidemic)

新型コロナウイルスの世界的流行は、2021年に南アフリカでオミクロン系統が出現したことで特徴が変化した。この系統は高い感染力と免疫回避の増加を示した。Tsuiたちはこの変異株の流入の歴史を英国で追跡した。そこは例外的なほどに包括的な遺伝子サンプリング体制が確立された場所である。著者たちは、このウイルスが2021年11月5日から18日の間に検出されずに英国に流入していたことを見出し、そして南アフリカの科学者たちは、2021年11月22日に世界保健機関に注意喚起を行った。しかし英国政府が対応した時点で、この変異株はすでに英国の都市間や世界に広がっていた。したがって、その後の南アフリカに対する旅行制限は無益であった。(Sh,nk,kh)

Science, adg6605, this issue p. 336

これらの骨は歩くために作られた (These bones were made for walking)

現生人類に至る過程で多くの骨格の変化が生じ、その結果二足歩行が可能になったが、また筋骨格の疾患にかかりやすくもなった。Kunたちは、30,000人以上の英国バイオバンク参加者からの画像データを用いて骨格比率を明らかにし、それらの相互の関係だけでなく、これらの特徴の遺伝的基盤を評価した。彼らは、四肢比率が体幅比率と相関していないこと、股関節部および脚部に関連する骨格比率と変形性関節症との間に関連性があること、およびヒト特有の進化に関連するゲノム領域中に骨格比率に関連する遺伝子座が豊富に存在することを見出した。この研究は、人類の中での病気に関連した身体的変化と正常な身体的変化の両方を理解するためにバイオバンクからの画像データを用いることの有用性を実証している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • バイオバンク:(通常ヒト由来の)生体試料を研究目的で保管する機関。
Science, adf8009, this issue p. 283

ペプチド応答の陰陽 (The yin and yang of peptide responses)

腸の微生物叢を暴走から保護するために、動物や植物は抗微生物ペプチドと呼ばれる、低分子でしばしば多機能な一連のペプチドを分泌する。最近まで、抗微生物ペプチドは広い活性を持つと考えられていたので、そのような分子がなぜ速い進化の兆候を示すのか不明であった。Hansonたちは、これらのペプチドであるジプテリシンAおよびBの、2種の腸内共生細菌に対する驚くべき特異性を見出した。これらの種は、ショウジョウバエが利用する食物源、すなわち果物または菌類に依存して、ショウジョウバエの普通環境中で出現する。したがって、ジプテリシンAまたはBの存否がショウジョウバエの生態を予測する。この研究は、ある生物の微生物叢がその宿主の免疫応答を形作る方法が、宿主の免疫応答がその微生物叢を形作る方法に似ていることを示すものである。(hE,kh)

Science, adg5725, this issue p. 284

しっかり寝なさい。免疫細胞を刺激しないように (Sleep tight, don’t let the immune cells bite)

心臓疾患の患者は、メラトニン濃度が低く、睡眠-覚醒のサイクルの乱れを示すことがよくある。睡眠の無秩序性はこれらの患者の全体的な疾患負荷をかなり増大させるが、この現象の根底にある機構は不明なままである。Zieglerたちはマウスとヒトの両方において、心臓疾患での睡眠の乱れが、正常な場合に上頸神経節から松果体(メラトニンを分泌)へと投射する神経細胞が欠損することで引き起こされると報告している(DavisとAttwellによる展望記事参照)。彼らは、心臓疾患がマクロファージの上頸神経節への浸潤を引き起こし、そこで神経細胞死を組織化することを見出した。マクロファージの欠乏やその活性化の阻害は、心臓疾患のマウス・モデルにおいてこれらの欠陥を軽減した。これは今後の治療法に対する実施可能な標的であることを示唆している。(MY)

Science, abn6366, this issue p. 285; see also adj0217, p. 270

熱ガルバニ電池機能の太陽光による向上 (A solar boost for thermogalvanics)

熱ガルバニ電池では、温度による酸化還元活性種の濃度勾配が、電力を作り出せる電位差を生み出す。Wangたちは、ゲル母体中のFe(CN)64−とFe(CN)63−間の酸化還元共役に対して、酸素と水素を生成する水分解性光触媒が酸化還元イオンの濃度勾配を高め、その結果、水素イオン勾配を電池に付加することを示している(YuとDuanによる展望記事参照)。この電池は、1mV/Kの熱電能を持ち、また、副産物として水素を生成した。(MY)

【訳注】
  • ガルバニ電池:2つの電極が異種の電解質を介して対抗している構造の電池。
Science, adg0164, this issue p. 291; see also adi8036, p. 269

低刺激で精密な脳との接続 (Gentle, precision interfacing with the brain)

神経用の素子を脳と結合させることで、詳細に記録をとることや刺激を与えることが可能となるが、通常、侵襲性の程度と素子の分解能には二律背反性が存在する。Zhangたちは、柔軟な微細カテーテルに搭載された、超小型で柔軟性のある電気メッシュからできた測定子を開発した(Timkoによる展望記事参照)。この測定子は、その大きさと柔軟性のため、開頭手術の必要がなくまた脳や血管系を損傷することなく、脳内の100ミクロン程度の大きさの血管に埋め込むことができる。著者たちは、ラットの大脳皮質と嗅球における局所フィールド電位と単一ユニット活動電位(スパイク)を測定することにより、彼らの素子の可能性を実証した。このメッシュはまた、免疫応答を最小限に抑えて長期の安定性を示した。(MY,kh)

【訳注】
  • 局所フィールド電位:測定電極周囲にある神経細胞の集団活動により生じる電位のこと。
  • 単一ユニット活動電位:単一の神経細胞が発生する活動電位のこと。
Science, adh3916 this issue p. 306; see also adi9330, p. 268

いかに一緒にやっていくか (How to get on together)

生物が共同体の中でいかに共存するかという問題は、生態学者にとって極めて重要な論点である。自然生態系においてこの問題に答えるには、すべての共存する構成員(生物)を単離し、競争させるという大変な作業が必要になるだろう。この問題を実験的に扱いやすくするために、Changたちは、安定的な人造の細菌共同体から生物(細菌)を単離し、生物対の可能なすべての組み合わせを競争させて、それらが共生する能力を試験した。大多数の対で競合排除が発生した一方で、少数の対は共存した。したがって種の共存は、ある程度相互作用網の結果であると同時に共同体形成の創発特性であり、それは生物多様性を維持することの重要性を示している。(Sk,MY)

【訳注】
  • 競合排除:異なる生物種が同じニッチを利用する場合、競争に強い種が弱い種を駆逐してしまうこと。
  • 創発:部分の性質の単純な足し合わせ以上の性質が全体として現れること。
Science, adg0727, this issue p. 343

予測可能な破壊 (A predictable rupture)

一部の火山噴火とは異なり、大地震に関しては明確な前兆信号は特定されていない。BleteryとNocquetは、前兆信号を見つけるために、90件のマグニチュード7以上のさまざまな地震について、その発生前の高速GPSの時系列信号を分析した(Bürgmannによる展望記事を参照)。彼らは、これらの大地震が発生する約2時間前に、ノイズから浮かび上がる微妙な信号に気付いた。この研究によれば、より高密度に設置され、より高精度の計測器を用いることで、この前兆相を探知する断層監視観測ができるかもしれない。(Wt,nk,kh)

Science, adg2565 this issue p. 297; see also adi8032, p. 266