Science April 7 2023, Vol.380

プロテオミクスで薬の作用を解読する (Decrypting drug actions through proteomics)

多くのガンの薬は、腫瘍の増殖へと追いやる異常に活動的なタンパク質を抑制することを目的としているが、ガン細胞がこれらの薬にいかに反応するのかは理解されていないことが多い。Zechaたちは、彼らがdecryptMと呼ぶプロテオミクス技術を考案した。これは、数千のタンパク質の時間依存的および用量依存的な応答を測定して、低分子薬や抗体に基づく薬に応答する変化を明らかにすることができる。decryptMを31の薬に適用して数百万の測定値を得た。これらのデータは、タンパク質修飾を新しく機能との関連で位置づけるのに役立ち、薬剤応答の決め手になる特徴付けを行い、またある種の薬剤がどのようにしてガン性の血液細胞を殺すのかについての洞察を与えた。decryptMのデータは将来の基礎的生物学、薬剤の発見、および臨床研究に使用するための情報源として利用可能である。(hE,nk,kh)

【訳注】
  • プロテオミクス:タンパク質料学を系統的・包括的にとらえようとする研究領域で、ゲノム科学の進展とともに発達した。
Science, ade3925, this issue p. 93

すべてのフェッシュバッハ共鳴を一度に画像化する (Imaging all Feshbach resonances at once)

量子散乱共鳴、特にフェッシュバッハ共鳴は、衝突結果が根本的に異なる低温衝突の重要な特徴である。数多くの先行実験は、主に初期過程に注力しており、共鳴散乱動力学に関する知見が限られていた。Margulisらはある方法を開発し、その方法において、フェッシュバッハ共鳴(準安定ヘリウム或いはネオン原子と基底状態の水素分子のペニング・イオン化によって誘発される衝突により形成される)のエネルギー状態と減衰経路が、イオン-電子同時速度画像計測法(Coincidence Velocity-map. Imaging)により、一回の測定で最終的な回転振動量子状態のすべてを分解するのに十分な数ケルビンの精度で画像化された。提案された本手法は、共鳴衝突動態の量子状態画像化を正確に把握する新しい手法となるであろう。(NK,KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • フェッシュバッハ共鳴;内部自由度を持つ多数の粒子が衝突した場合に、運動エネルギーの一部が内部エネルギーに転換されるが、一定の寿命が経過すると、もとの状態に戻り、運動エネルギーとなる。これらの一連の現象は、特定のエネルギーで共鳴的、連鎖的に生じる。この共鳴現象を言う。
  • ペニング・イオン化:電子励起状態にある中性原子、分子が他の原子や分子と衝突することで起こるイオン化
Science, adf9888, this issue p. 77

メタレンズを極端まで推し進める (Pushing metalenses to extremes)

超高速分光法と半導体フォトリソグラフィの分野は、通常、極端紫外線(extreme ultraviolet EUV)領域の非常に短い波長に頼っている。しかし、ほとんどの光学材料はこの波長領域での光の吸収が強く、結果として一般的に利用可能な透過性のある部材を欠いている。Ossianderたちは、メタレンズを設計、製作した。そのレンズでは、シリコン薄膜中に精密に設計された孔の配列が、超高速EUVパルスを「真空ガイド」によって回折限界近くまで集束する。この結果は、EUV領域にも透過型光学の活用の道を開くものである。(Wt,KU,kj,nk,kh)

Science, adg6881, this issue p. 59

あるプラスチックをメチル基が改良する (Methyl groups improve a plastic)

ポリヒドロキシアルカン酸塩は、比較的持続可能な原料から化学的にあるいは微生物により入手できる有望な一群のプラスチックである。しかし、それらの性能特性は、石油化学由来の大量生産代替物に後れをとっている。Zhouたちは、モノマー中のカルボニルに隣接した反応性水素をメチル基に置き換えると、多くの点でより堅牢なポリヒドロキシアルカン酸塩が作られることを報告している(Guillaumeによる展望記事参照)。このジメチル化重合体は、結晶性でかつ延性があり、溶融加工の間で構造的に安定で、塩基処理で効率的に分解してモノマーに戻る。(MY,nk,kh)

Science, adg4520, this issue p. 64; see also adh3072, p. 35

反応の根底にある可動金属原子 (Mobile metal atoms underlying reactions)

不均一系触媒作用では多くの場合、低温および低圧力において、吸着物は表面金属原子間の結合に最小限の影響しか有しないと想定されている。Xuたちは、密度汎関数理論を用いて、吸着分子が触媒表面で結合を切断することにより遷移金属原子を除去できる条件を見出した。銅表面での一酸化炭素の速度論的モンテカルロ・シミュレーションや、原子ステップと転位を含むNi(111)表面上での一酸化炭素の走査型トンネル顕微鏡研究で観察されたように、これらの(除去された)原子はその後、集合体を形成することができる。いくつかの触媒系の反応機構は、その場での吸着物起因の活性部位形成によって支配されているのかもしれない。(Sk)

【訳注】
  • 原子ステップ:結晶表面上に存在する原子層の段差。
Science, add0089, this issue p. 70

魅力的な型板 (A winning template)

チタン酸ジルコン酸鉛圧電体は、変換器、検出器、およびその他の電気機械用途の構成部品の製造に重要である。使用可能な温度範囲と電気機械結合係数を拡大するために、Liたちは、チタン酸ジルコン酸鉛基材の材料の構造化工程を導入した。犠牲材料として混入させた型板が、固溶体の組成を変化させるだけでなく、結晶を配向させて圧電特性を向上させてもいる。(Sk,nk,kh)

Science, adf6161, this issue p. 87

脳の免疫に関する考え方を変える (Changing ideas about brain immunity)

脳と免疫系がどのように相互作用しているかについての我々の理解は、過去数年から数十年の間に大幅に変化した。当初、脳は免疫特権を有し、体の他の部分から隔離されていると考えられていた。レビュー記事において、Castellaniたちは、中枢神経系の免疫監視を組織常在ミクログリアに帰することや、複数の末梢免疫プレーヤーを含む複雑な脳免疫ネットワークの存在を認めることなど、最近の発見について考察している。この複雑な脳と免疫の関係は、発生期、成人期、老化期、およびさまざまな病状の際に重要である。脳の免疫を再考することは、さまざまな神経障害に対する新しい治療標的を明らかにするかもしれない。(KU,kj,nk,kh)

Science, abo7649, this issue p. 52

オメガ-3二重結合の説明 (Accounting for omega-3 double bonds)

エネルギー源であることに加えて、脂肪酸は膜構造へのその影響を通じて、またシグナル伝達分子またはシグナル伝達分子の前駆体として細胞に影響を与える。Gタンパク質共役受容体GPR120は、さまざまな脂肪酸、特にヒトの食事の必須成分である多価不飽和オメガ-3脂肪酸に結合する。Maoたちは、天然脂質または合成アゴニストに結合したGPR120-Gタンパク質複合体の低温電子顕微法構造を決定し、並行して生化学実験を行って、バイアスのかかった受容体のシグナル伝達特性を研究した。脂質のまわりに密に結合しているポケット・ティシュー (pocket pack)と、疎水性残基と芳香族残基が異なる二重結合を読み取り、微妙な構造変化を引き起し、異なるリガンドに対して異なる活性化とバイアスパターンをもたらす。これらの洞察は、代謝疾患および免疫疾患を治療する薬剤に対してこの受容体を標的とする取り組みにとって大きな助けとなるだろう。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • オメガ-3二重結合:脂肪酸のメチル末端から3番目の炭素-炭素間の結合が二重結合(不飽和結合)のものを指す。生体内でエイコサノイドと呼ばれる重要な生理活性を持つ化合物に変換される。
  • アゴニスト (agonist):生体内の受容体分子に働きかけて、神経伝達物質やホルモンなどと同様の機能を示す薬のこと。作用薬または作動薬とも呼ばれる。
Science, add6220, this issue p. 53

抗体が自らの標的をGRABを手掛かりにgrabする (捕らえる) (Antibodies GRAB their targets)

病原体にさらされた後、さまざまな個々人が同じ抗原決定基に対する抗体を再現性よく産生するだろう。しかしながら、これらの「公的抗体」の生成を駆動する機構は、ほとんど分かっていないままである。Shrockたちは、VirScanと呼ばれるファージ・ディスプレイ基盤技術を用いて、このプロセスに関する付加的見識を集めた。彼らは、多くのヒトV遺伝子の部分が、特定のアミノ酸に結合し、抗体認識に不可欠な、生殖系列にコードされたアミノ酸結合 (GRAB:germline-encoded amino acid-binding) 配列様式を含むことを見出した。さらに、マウスとヒトのGRAB配列様式の比較は、部分的な重複しかないことを明らかにした、このことはさまざまな種によって標的とされる公的抗原決定基が全く異なることを説明する可能性がある。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ファージ・ディスプレイ:バクテリオファージに遺伝子を組み込んでその表面に発現させ、標的との結合を指標として相互作用を検出する(タンパク質間相互作用あるいはタンパク質とその他標的物質との相互作用を検出する方法の一つ)。
Science, adc9498, this issue p. 54

HCVワクチン設計 (HCV vaccine design)

C型肝炎ウイルス(HCV)は、慢性肝炎、肝硬変および肝細胞がんを引き起こす可能性があり、世界中で約290,000人の死亡原因でもある。HCVワクチンを開発しようとする試みはこれまでのところ成功していないが、HCV外被糖タンパク質構造と防御免疫の新たな理解は、ワクチン設計の改善につながる可能性がある。展望記事でOffersgaardたちは、HCVに対する防御免疫がどのように抗体とT細胞を必要としているか、両者を次世代ワクチンに組み込んで遺伝的に不均一なHCV株に対する広範な保護を保証するべきことを考察している。このようなワクチン戦略は、HCV外被タンパク質と複製に関わるウイルス・タンパク質の両方を標的とすることができる。著者らはまた、強力な動物モデルがないことを考慮して、ワクチン候補の試験を改善する必要性についても考察する。(Sh,kj,nk,kh)

Science, adf2226, this issue p. 37

コルベ・カップリングに対する交互式代替法 (Alternate approach to Kolbe coupling)

コルベ・カップリングは有機化学で最も古く報告された反応の1つである。この反応の基本は、一方の電極が2つのカルボン酸を酸化して二酸化炭素を放出し、その後、残りの炭素断片を結合するというものである。直接的で単純だが、これまでの反応は競合する酸化を受ける可能性がある多くの一般的な官能性とは適合性がない。Hiokiたちは今回、電気化学セルの極性を素早く交互に入れ替えることが、このカップリング法に適合する置換基の範囲を大幅に広げることを報告している(GuoとYeによる展望記事参照)。この方法は、起きてしまうと脱炭酸酸化が副反応のために遅くなる、電極近傍のpH低下を回避する。(MY,nk,kh)

Science, adf4762, this issue p. 81; see also adh1837, p. 34

動物における新しい生殖様式 (A new mode of reproduction in animals)

多細胞生物は通常、1つの細胞から、同じ遺伝物質を持つ細胞の集合体へと発生する。Darrasたちは、イエロークレイジーアント(Anoplolepis gracilipes)において、この発生の特徴から逸脱した現象を発見した。この種の雄はすべてキメラであり、母方のみまたは父方のみの遺伝物質のみを持つ一倍体細胞の集合体である(Kronauerによる展望記事参照)。これらのキメラは、親核が融合しないで互いに独立して分裂する受精卵から発生して雄になる。遺伝子解析の結果、この珍しい生殖様式は、おそらくこの受精卵のなかで共起する2つの系統の間の遺伝的競合の結果であることを示している。(Uc,kj,kh)

【訳注】
  • イエロークレイジーアント:名前の通り極めて攻撃的、繁殖が強く、大きな問題となっている
Science, adf0419, this issue p. 55; see also adh1664, p. 33