Science February 10 2023, Vol.379

大量絶滅への反抗 (Mass extinction rebellion)

ペルム紀末の大絶滅から生命の回復する三畳紀は、驚くべき進化の時期であった。生物多様性が絶滅寸前から回復したのか、あるいは待避地から回復したのかは推測の域を出ないが、回復は現代に通じる生態系の発達の先駆けであった。Daiたちは、危機から約100万年後の化石から、多様な魚類、アンモナイト、二枚貝、原生生物、節足動物の事例を提示している。これらの化石群、特に脊椎を持つ捕食者の存在は、ペルム紀末の大量絶滅後の驚くほど早い動物多様化を明らかにしている。(Uc,kj,kh)

Science, adf1622, this issue p. 567

ナノスケールの負屈折 (Nanoscale negative refraction)

屈折とは、光線がある媒体から異なる媒体へ伝搬する際に進行方向を変える現象として知られている。負の屈折とは、直感ではとらえにくいが、光線が「間違った」方向に曲げられれるという理論に裏付けられた現象である。二つの研究グループがそれぞれ、2次元ファン・デル・ワールス材料の界面にて負の屈折を実証している。Huらは、グラフェンで覆われた三酸化モリブデンを用いて、中赤外(mid-IR)ポラリトンが面内で負の屈折を生じ、それらがゲート制御可能であることを示した。Sternbachらは、三酸化モリブデン/六方晶窒化ボロン双晶を用いて、界面に対して垂直方向の伝搬において 中赤外ポラリトンの負の屈折が生じることを示した。 中赤外領域におけるポラリトンの負の屈折は、IR超解像イメージング、ナノスケール熱制御、化学的感知器の感度増強のような光応用及び熱応用の機会をもたらすであろう。(NK,kj,kh)

【訳注】
  • 負の屈折:誘電率と透磁率がともに負である電磁メタマテリアルが持つ性質。その場合、入射光が入射界面の入射側へ進行する。
  • ポラリトン:電磁波と分極がエネルギーを交換しながら物質中を伝播する現象およびその物理的量子状態
Science, adf1251, adf1065, this issue pp. 558 and 555

キャップ拉致を見破る (Catching out cap snatching)

いくつかのウイルスの科では、宿主のRNAの一部をハイジャックして、キャップ拉致と呼ばれる過程で自身の複製を可能にする。拉致が実行可能になる前に、インフルエンザ・ウイルスはMTr1と呼ばれる宿主のメチルトランスフェラーゼによる宿主キャップの成熟を特異的に必要とする。Tsukamotoたちは、化合物ライブラリをスクリーニングして、トリフルオロメチル-ツベルシジン(TFMT)が宿主MTr1を阻害してウイルス複製を抑制することを見出した。TFMTは宿主のキャップRNAの成熟を阻害して、宿主のキャップRNAがウイルスのポリメラーゼと結合するのを妨げ、それによりウイルスの複製ができないようにする。TFMTはヒト肺細胞中でのウイルス複製の阻害に有効だっただけでなく、マウスでも有効であり、毒性をほとんど示さず、また承認されている抗インフルエンザ薬と相乗的に作用した。(hE,kh)

【訳注】
  • キャップ拉致(cap snatching):ウイルスが感染時に宿主細胞のmRNA5'末端付近を切断し、自身のRNAの5'末端に結合させて宿主にウイルスタンパクの合成を行わせる過程をいう。キャップ盗用、キャップ転用ともいう。
Science, add0875, this issue p. 586

より早いオルドワン (Earlier Oldowan)

オルドワンの道具は、1個から数個の薄片が取り除かれた石から成り、最も古く広まった、長く続いた人類の道具である。これらの中で最古のものは、これまでエチオピアにおける約260万年前からのものが知られており、200万年前までに、それらがかなり広まっていたことが分かっていた。Plummerたちは、約300万年から260万年前のケニアのより古い化石遺跡について報告している。そこでは、オルドワンの道具が存在していただけでなく、カバを含むさまざまな食物を処理するためにも用いられていた。このように、これらの道具は以前の推定よりもはるか前に広まり、食物の処理に広く用いられていたと思われる。どの人類がこれらの道具を用いていたかは不明のままであるが、パラントロプスの化石がその遺跡で発見されている。(Sk,kh)

【訳注】
  • オルドワン:自然石の一部をうち割って作った、人類が最初に作った石器。
  • パラントロプス:東アフリカと南アフリカに生息していた化石人類の属。
Science, abo7452, this issue p. 561

論争に決着? (Debate resolved?)

新骨類 (または「条鰭類」) は脊椎動物全体の半分を占めるが、その初期の進化については長い間議論されてきた。ターポンやウナギを含む基部的なグループの魚類からの新しいゲノムと、塩基配列だけでなくゲノム構造のパターンを統合する手法を用いて、Pareyらはこのグループがアラパイマやゾウ鼻魚類を含む別のグループの中で単系統を形成していることを明らかにした。この単一系統は、他のすべての真骨類と姉妹関係にあると解され、魚類の初期進化の様式に関する論争に決着をつけた。(ST,kh)

Science, abq4257, this issue p. 572

励起電子の状態を解明する (Unraveling excited electronic states)

100年以上にわたって、原子と分子の量子力学的エネルギー準位の探索と検証には、線形の分光法が主要な手段として機能してきた。しかし、強光場において、複数のパルスを用いた非線形分光法は、高感度の分子情報をもたらし、磁気共鳴イメージングのような強力な手段を提供する。最近の技術革新は、複数のX線パルスと新しく開発された非線形X線分光法を用いて、時間分解された原子、分子、固体の動態を導き出す。展望記事において、LeoneとNeumarkは非線形アト秒4個波の混合について論じており、そこでは1個のX線パルスが分子および物質中で2つの光パルスと併合されて過渡的な電子状態における量子経路のような超短時間プロセスを明らかにする。(Wt,KU,kh)

Science, add4509, this issue p. 536

がん細胞表現型の可塑性 (Plasticity of cancer cell phenotypes)

分化の間、細胞は進行する特異性を持つ表現型の状態を採る。がん細胞はこの特性を乱し、代わりに構造と機能の可塑性を高める。後成的な変化は、特定の分化事象を一方向に導き、異なる表現型と遺伝子発現状態を定め制約できる発生地形と考えられてきた。レビュー記事で、FeinbergとLevchenkoは、がんの後成的地形図をどのようにして定量的に定義できるかを考察し、自然科学で用いられる理論を借りて、位置エネルギーとその物理的または化学的状態との関係を定義している。この戦略は、がん細胞の後成的地形図における確率的変化が発がん性の表現型を駆動するという新しい洞察をもたらした。このような解析は、病原性シグナル伝達と治療標的を明らかにすることもできる。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 発生地形(developmental landscape):1950年代にWaddingtonによって提唱された、受精卵細胞からの胚の発生の様子を山から谷に転げ落ちる球に例えた概念。
Science, aaw3835, this issue p. 552

代謝が神経発達速度を設定する (Metabolism sets neuronal development pace)

神経発達の速度は種で異なり、他の種と比べヒト脳の発達が遅いことは、その並はずれた複雑さを可能にするのを助けているかもしれない。Iwataたちは、神経発達の速度がミトコンドリアの代謝活性の速度に依存すると提案している。ヒトとマウスの神経細胞は、はっきり異なる発達速度を培養下で示し、それは、ミトコンドリア内のトリカルボン酸(TCA)回路の活性と酸化の活性に相関していた。ヒト細胞での酸素消費速度とTCA回路の活性を上昇させるよう操作すると、神経発達の速度が向上した。マウス神経細胞の代謝速度を遅くすると、神経成熟が遅くなった。このように、ミトコンドリア内の代謝速度は、どうやら神経発達速度の設定を助けているらしい。(MY)

【訳注】
  • TCA回路、酸化:エネルギー物質であるアデノシン三リン酸の産生に必要なミトコンドリア内の重要な2つの代謝(物質変換)素過程のこと。
Science, abn4705, this issue p. 553

OAS-RNase L経路は「MIS-C」につなぐ輪なのだろうか? (OAS-RNase L pathway the“MIS-C”ing link?)

小児における多系統炎症性症候群 (multisystem inflammatory syndrome in children:MIS-C) は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス 2 (SARS-CoV-2) の重篤な合併症であり、感染した小児10,000人に1人の割合で悪影響を与え、川崎病を連想させ、その病因は不明のままである。Leeたちは、MIS-C患者の統計対象群で全エクソームおよび全ゲノム配列決定を行い、統計対象群のほぼ1%にOAS1、OAS2、あるいはRNase Lの常染色体潜性欠損を明らかにした (Brodinによる展望記事を参照)。これらの遺伝子は、二本鎖RNAに刺激された単核食細胞の炎症を抑制するシグナル伝達経路の構成要素である。したがって、OAS-RNase L経路の単一遺伝子潜性先天性エラーが、SARS-CoV-2感染後に単核食細胞による制御不能な炎症性サイトカイン産生を引き起こす可能性があり、一部の子供におけるMIS-Cの原因を説明できるかもしれない。(KU,kh)

【訳注】
  • 2'-5'-オリゴアデニル酸シンテターゼ (OAS)/RNase L経路:2'-5'-オリゴアデニル酸シンテターゼがRNase Lを活性化してウイルスのmRNAを切断することで、ウイルスから宿主を保護する自然免疫系。
  • 小児多系統炎症性症候群(MIS-C):川崎病とMIS-Cは、長引く発熱、皮膚の発疹、リンパ節腫脹、下痢、炎症性バイオマーカーの上昇など、いくつかの共通の症状を持っているが、MIS-Cは10代と発症年齢が高いこと、腹部症状が多いこと、左室収縮機能障害や急性心不全を伴う特徴がある。
Science, abo3627, this issue p. 554; see also adg2776, p. 538

地球の水を分析する (Testing Earth’s water)

地球の歴史の初期における水系の化学は、来るべき地球上の生命の発生にとって重要である。しかしながら、何十億年も前の岩石の発見が相対的に少ないことが、このなぞを解くことを非常に困難にしている。TrailとMcCollomは、40億年前のジルコンの化学的性質を用いて、鉱物形成に対する流体の化学的性質と温度を推定した(Rodriguezによる展望記事参照)。彼らは、以前の予想よりも多くの酸化性流体が熱水溜まりに供給されていたことを見出した。このことは、地球の降着(による形成)直後に鉱物や有機物がどのように形成されたのかを示唆している。(Sk,kj,kh)

Science, adc8751, this issue p. 582; see also adg2630, p. 539

非コード遺伝子が花の種分化を駆動する (Noncoding gene drives floral speciation)

モンキーフラワー(Mimulus spp.)では、YELLOW UPPER(YUP)遺伝子座の多様性が花の色模様の変化を引き起こし、それが次に、花がミツバチとハチドリのどちらによって受粉されるかの変化による種分化を駆動する。Liangたちは、その遺伝子座がタンパク質をコードしていないことを示している (Monniauxによる展望記事参照)。その代わりに、YUPは花のカロテノイドの色素沈着を調節するフェイズド低分子干渉RNA(siRNA)を生成する。進化の日和見主義的性質を明らかにことに、この遺伝子座は花の色素産生に関与しないシトクロム・タンパク質をコードする遺伝子の断片から進化した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • フェイズド低分子干渉RNA:低分子干渉RNAの前駆体から21塩基長または24塩基長で切断されて発生するsiRNAの一群
Science, adf1323, this issue p. 576; see also adg2774, p. 534