Science November 11 2022, Vol.378

渇水が植物の構造を形作る (Drought shapes plant architecture)

植物は陸上に進出して以来、根から最上部の葉へと水を運ぶために、次第に複雑な道管(導管)構造を発達させてきた。今や維管束植物は、楕円形から線形、多裂に至る、断面での多様な木部道管束形状を示している。Boudaたちは、植物がより乾燥した気候で生息するにつれて、道管の空洞化とエンボリズム(閉塞化)を引き起こす渇水からの選択が木部の道管束形状の複雑化を促したかどうかを調べた。著者たちは、現存の小葉植物とシダ類、また絶滅した植物化石に見られるものを含み、形状と複雑性がさまざまな道管の間でのエンボリズムの拡大をシミュレーションすることで、木部道管形状の進化的変化が、エンボリズムの拡大を抑え、植物を渇水から強くしてきたことを見出した。(MY,kj,nk,kh)

【訳注】
  • エンボリズム:導管組織に気泡が入って(キャビテーション)、水の流れが遮断される状態。
  • 小葉植物:小葉(葉脈が1本で分岐しない)持ち、胞子による生殖を行う維管束植物の一群。ヒカゲノカズラ綱に含まれる小型から中程度の大きさの草本性植物で、古生代までには他の植物と分岐していた。
Science, add2910, this issue p. 642

激しい雨が降っている (A hard rain is falling)

短時間の極端な降雨は、危険な鉄砲水を引き起こすことがあり、これは生命、インフラ、景観を脅かす。この種の事象に関する研究は、主に1日の総降水量に焦点を当てており、より短い時間スケールでの降水量がどのように変化しているかを考慮していない。Ayatたちは、オーストラリアのシドニー近郊の20年間にわたる1時間未満での極端な降雨を分析し、それらの頻度が長期降雨に比べはるかに急激に増加していることを明らかにした。このような極端な事象をよりよく理解することは、効果的な気候適応と人口密集地の脆弱性を軽減するために不可欠である。(ST,nk,kh)

Science, abn8657, this issue p. 655

細胞不死の弾みがつく (Cell immortality gets a boost)

テロメアは染色体末端をキャップするDNA配列で、細胞分裂とともに短くなる。酵素テロメラーゼは、細胞分裂が続くようテロメア長を維持する。ガン細胞は往々にしてテロメラーゼの活性が高く、腫瘍ではテロメラーゼをコードしているTERT遺伝子の非コード領域の変異がしばしば見出される。Chun-onたちは黒色腫を研究し、TPP1におけるプロモーターの変異を同定した。TPP1は、テロメラーゼをテロメアに動員するテロメア結合性タンパク質TPP1をコードしている。そのようなプロモーターの変異は、これまでTERT遺伝子のプロモーターで同定された変異と同様に今まで不活性だった転写制御因子部位を活性化した。TERTとTPP1の共発現は、相乗的なテロメア伸長をもたらし、これは、TERTのプロモーターとTPP1のプロモーターの変異が協同して黒色腫細胞を不死化することを示している。(MY,kj)

【訳注】
  • 遺伝子の非コード領域:遺伝子発現に関与し、転写が行われない(転写開始点の外側にある)DNA領域のこと。
  • プロモーター:転写開始点のすぐ上流側の領域で、転写開始に必要な転写制御因子とRNAポリメラーゼが特異的に結合する領域。
Science, abq0607, this issue p. 664

星が微細構造定数を制約する (Stars constrain the fine-structure constant)

電磁力の強さは、微細構造定数αによって数量化される。素粒子物理の標準モデルではその値に対する説明を与えておらず、その値は場所によって変化するかもしれないと考えられている。Murphyたちは、太陽と似た性質を持つ17個の近距離星のスペクトルを用いて、αに敏感な吸収線の波長を調べた。彼らはαの恒星間変化の上限値を50ppbとした。この結果は天の川銀河の局所地域ににおけるαの大きな変化を排除し、実験室での測定と遠い宇宙からの制約を受けたものとの隙間を埋めるものである。(NK,nk,kh)

Science, abi9232, this issue p. 634

オミクロンに対する防御 (Defending against Omicron)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のオミクロンBA.1系統は、2021年後半に出現し、急速に広まったが、これは部分的には既存の抗体からの逃避を可能にする多数の変異による。新たな感染の波が、他のオミクロン亜系統から発生した。Parkたちは、ワクチン追加接種またはブレークスルー感染のどちらもオミクロン変異株に対する中和活性を誘発するが、ブレークスルー感染のみが鼻粘膜で抗体応答を誘発し、これが感染に対するより優れた保護を与える可能性があることを見出した。著者たちは一連の抗体を試験することで、抗体S2X324が、試験されたすべてのSARS-CoV-2変異株を強力に中和し、治療開発の候補となることを示した。低温電子顕微法構造は、この抗体がオミクロンの特異的変異に対応して、変異株全体でウイルスのスパイク・タンパク質のヒトACE2受容体への結合をどのように阻止するかを示している。(KU,kh)

【訳注】
  • ブレイクスルー感染(Breakthrough infection):ワクチンを接種した患者が、そのワクチンが予防する筈のものと同じ病原体に感染してしまうこと。
Science, adc9127, this issue p. 619

クリープを取り除く (Getting rid of the creep)

材料はクリープにより可塑的に変形することがあり、それは高温で増幅する。クリープの回避には合金の大きな単結晶の作製が往々にして必要となるが、それは高くつき、また、多大な時間を要する。Zhangたちは、ナノ粒径の中エントロピー合金中に不安定な粒界ネットワークを導入することがまた、高温でのクリープ挙動を改善することを示している。得られた合金は、高応力下でさえも高いクリープ耐性を示した。これは構造用合金の重要な特性である。(MY,kh)

【訳注】
  • クリープ:物体が力を受け、変形が時間とともに進行する現象。
  • エントロピー合金:多成分の元素からなり、各元素の組成がほぼ等原子分率である合金。合金化の自由エネルギーにおいて多成分化によるエントロピー項の寄与が大きいため、優れた力学特性が表れる。エントロピーの大きさにより高、中、低のエントロピー合金に分けられる。
Science, abq7739, this issue p. 659

攻撃の準備ができているグループIIイントロン (A group II intron ready to attack)

特殊な逆転写酵素とリボ核タンパク質(RNP)複合体を形成することにより、グループIIイントロンはRNAからスプライシングされ、新しいDNA部位に自身を挿入することができる。Chungたちは低温電子顕微法を用いて、グループIIイントロン・レトロエレメントの内のひとつの古いクラスが高度に構造化されたDNA標的の形状と配列をどのように認識するかを研究し、それによってRNPとDNA間の新しい分子認識戦略を明らかにした。単離されたRNPと、DNA結合ホロ酵素のRNPとの構造比較は、グループIIイントロンRNPが、主要な立体構造の再編成なしにそのDNA標的を攻撃するように準備されていることを明らかにしている。この研究は、レトロエレメントの構造、機能、および増殖の解明に役立つ。(KU,kj)

【訳注】
  • イントロン:mRNA前駆体からスプライシング反応によって除去される塩基配列。このイントロンのうちでグループIIイントロンは自己スプライシング型で逆転写酵素(一本鎖RNA を鋳型としてDNAを合成(逆転写)する酵素)をコードする領域がありDNAへの転移現象を起こす。
  • リボ核タンパク質(RNP):リボ核酸とタンパク質の複合体。mRNA前駆体スプライシング(スプライソソーム)と関係している。
  • ホロ酵素:単独では酵素活性を持たないタンパク質分子に、非タンパク質性の分子である補酵素が結合して触媒活性を獲得した酵素。
  • レトロエレメント(レトロトランスポゾン):さまざまな生物種のゲノムDNAに組み込まれて存在している「動く(転移する)」遺伝子配列。
Science, abq2844, this issue p. 627

作物における微生物叢の再野生化 (Rewilding microbiota in crops)

植物は、栽培化され高性能作物を生み出すよう育種されるにつれて、栄養とストレス耐性を増進できる微生物との相利共生の関係を確立することができなくなってきている。展望記事でRaaijmakersとKiersは、現代の作物が、起源となる野生種の植物で観察される微生物との相互作用を回復することで、その健康と持続可能性を改善できるという新たなアイデアについて考察している。著者たちは、植物のどんな特性が微生物との相利共生の関係の確立を可能にするのか、野生種の植物をその本来の環境でこれらの機構を調べることの利点について説明している。彼らはまた、「微生物叢に支援された」作物の開発を可能にするための道筋も提案している。(Sh,MY,nk,kh)

【訳注】
  • 栽培化:人間の管理の下で野生種の植物の保護・交配・品種改良を行い、栽培品種とすること。
Science, abn6350, this issue p. 599

高速電波バースト (Fast radio bursts)

2007年に、保存記録のデータを研究していた天文学者が、電波の明るい閃光を思いがけなく特定したが、電波は数ミリ秒続き、これは明らかに銀河系外起源であった。この今まで知られていなかった種類の信号は現在、高速電波バースト (FRB) と呼ばれている。Bailesは、FRBの発見とそれらの理解におけるその後の急速な展開について概説している。現在では800を超えるFRB源が観測されてきており、そのうちのいくつかは繰り返すことが知られている。いくつかのFRB(反復性および非反復性)は、それらの宿主銀河の位置が特定されてきており、それらがさまざまな場所から生じていることを示している。複数の証拠は、FRBがおそらく磁化された中性子星から放射されていることを示しているが、物理的な機構はまだ不明である。(Sk,kh)

Science, abj3043, this issue p. 615

T細胞の機能のためのメディエーター (A Mediator for T cell function)

Tリンパ球はガンと戦う能力をもつ白血球である。強力なT細胞応答がガン免疫療法を成功させる基礎となるが、T細胞は時間とともに疲弊してガンを攻撃する能力を失う。FreitasたちはT細胞免疫療法を改善するための道を探り、ヒト・キメラ抗原受容体(CAR) T細胞に対するCRISPRを用いた全ゲノムの検査を行った(ZebleyとYoungbloodによる展望記事参照)。メディエーター(Mediator)のモジュールであるサイクリン依存性キナーゼ・モジュールの構成要素である、メディエーター複合体サブユニット12 (MED12) とサイクリンC (CCNC)が、T細胞の活性化とエフェクター機能の鍵となる制御因子であることが分かった。MED12またはCCNCを遺伝子操作でCAR T細胞中で不活性化すると、T細胞の増殖、代謝適合性、および腫瘍制御の増加が観察された。(hE,MY,kh)

【訳注】
  • CAR T細胞によるガン免疫療法:ガン患者から採取されたT細胞を、遺伝子組み換え技術を用いてガン細胞の表面抗原を認識し攻撃できるよう遺伝子改変し、これを増殖してガン患者に戻すガン治療法。
  • CRISPRを用いた検査:CRISPR-Cas9による遺伝子ノックアウトを全ゲノムで行うことで、特定の表現型に関連する遺伝子を包括的に検出する手法。
  • メディエーター(Mediator):真核細胞の核内で転写が行われる際に、転写活性化シグナルを転写開始複合体へと橋渡しする複合体。ヒトのメディエーターは4つのモジュールからなり、その1つがサイクリン依存性キナーゼ・モジュールで、このモジュールは4つのサブユニットからなり、MED12とCCNCが含まれている。
Science, abn5647, this issue p. 616; see also adf0546, p. 598

保護活動 (Conservation works)

マグロやカジキは古くから漁業の対象とされてきた大型種であるが、その一方で、同じく大型魚であるサメは混獲や漁獲対象外の魚種とみなされがちであった。Juan-Jordaたちは、国際自然保護連合のレッド・リスト状況の年次変化を監視する手法を用いて、これら3つの分類群の個体数状況を推定した(BurgessとBeckerによる展望記事参照)。マグロとカジキは、ほぼ30年間の減少の後、積極的な漁業管理手法により回復し始めてきている。しかしながら、あまり保護の注目を浴びていないサメは、減少し続けている。これらの結果は、保護と管理の価値を強固なものにするだけでなく、サメに対するこれらの手法の即時実施の必要性を強調している。(Sk,kj,nk,kh)

Science, abj0211, this issue p. 617; see also add0342, p. 596

パワーアップ (Powering up)

インドは1人当たりの二酸化炭素排出量が非常に少ないにもかかわらず、世界第3位の二酸化炭素排出国である。インドの人々が豊かになり、より多くのエネルギーを消費するようになると、現在石炭に大きく依存しているインドの電力部門は拡大することが予想される。したがって、電力生産部門に大きな変化がない限り、温室効果ガスやその他の大気汚染物質の排出量も増加する可能性が高い。Senguptaたちは、インドの発電と電力需要について産業分野を細かく分解したモデルを提示し、インドにおけるさまざまな電力部門の政策介入が排出量に与える影響を評価している(DeshmukhとChatterjeeによる展望記事参照)。この分析は、電力部門の発展と異なる発展経路に対する経費について貴重な指針を与える。(Uc,nk,kh)

Science, abh1484, this issue p. 618; see also ade6040, p. 595

音場法によるパターン形成と製造 (Acoustic patterning and fabrication)

液体金属は、柔軟な母体中の導電経路を形成するために用いることができるが、この手法は、柔らかい材料中のパターン形成とレーザーまたは機械力を用いた液体金属の焼結を必要とする。Leeたちは音場を用いて、弾性プリント回路基板製造のための高分子材料母体内部に、液体金属粒子の回路を構築した(QiaoとTangによる展望記事参照)。彼らの素子は、高い導電性、高い伸縮性、強固な接着性、伸縮時の電気抵抗の無視できるほど小さな変化を示した。音場法は普遍的であるため、著者たちは、さまざまな高分子材料を液体金属と組み合わせることによって、ヒドロゲル、自己修復エラストマー、およびフォトレジストを合成した。(Sk,nk,kh)

Science, abo6631, this issue p. 637; see also ade1813, p. 594

偏光はマグネターの発光を制約する (Polarization constrains magnetar emission)

マグネターは強い磁場を持つ若い中性子星で、通常X線の波長域で観測される。その発光機構や発光領域の形状はこれまで不明であった。Tavernaたちは、マグネター4U 0142+61のX線の偏光を測定した。偏光度と偏光方位角はX線のエネルギーの関数として変化し、それらは2つの異なる放射領域があることが示している。著者たちは、ほとんどのX線が中性子星表面の赤道帯から放射されており、その一部の光子が周囲の磁場中の電子との衝突によって高いエネルギーに散乱されるというモデルの方を好んだ。(Wt,nk,kh)

Science, add0080, this issue p. 646

はくちょう座X-1のX線偏光 (X-ray polarization of Cygnus X-1)

連星系に存在するブラック・ホールは、伴星から物質をはぎ取ることがあり、その物質は熱くなって降着円盤を形成する。降着円盤は可視光とX線の波長帯で発光し、X線連星系(x-ray binary XRB)を形成する。いくつかのXRBは、電波波長帯で見える高速に運動する物質からなるジェットも噴出する。Krawczynskiたちは、電波帯のジェットを持つブラックホール型XRBである、はくちょう座X-1のX線の偏光を観測した。測定された偏光特性を、互いに競合するいくつかのXRBモデルと比較することによって、彼らはモデルで仮定された形状のいくつかを排除し、X線放出領域が降着円盤と平行に広がっていることを決定した。(Wt,nk,kh)

Science, add5399, this issue p. 650