Science September 16 2022, Vol.377

CRISPR は恩恵を与え続ける (CRISPR keeps on giving)

CRISPR RNAに誘導されるヌクレアーゼは現在のゲノム医療革命の原動力となってきたものである。Huたちはこの仕事に、クラスパーゼと呼ばれるCRISPR RNA誘導プロテアーゼを、新しい一員として導入している。低温電子顕微鏡法と分子遺伝学的手法を組み合わせて、この研究は、クラスパーゼのRNA誘導活性化と不活化に至る条件をin vitro とin vivoの両方で明らかにし、観察された活性についての完全な高分解能の機構的説明を提供している。クラスパーゼはDNAには接触しないので、Casヌクレアーゼの安全な代替物になりうるかもしれないものであり、将来治療用途に用いられる可能性を持つものである。(hE,nk,kj,kh)

【訳注】
  • CRISPR(clustered regularly interspaced short palindromic repeat; クリスパー):数十塩基対の短い反復配列を含み、原核生物における一種の獲得免疫機構として働くDNA領域である。さまざまな生物種において標的の遺伝子を改変するゲノム編集では、CRISPR/Casシステムによるゲノム編集技術が注目されている。
Science, add5064, this issue p. 1278

トンネル効果による炭素-水素結合 (Carbon-hydrogen bonds through tunneling)

有機化学の多くは、水素以外の原子に対する炭素の結合反応を中心に展開している。しかしながら時々、炭素-水素結合を復原する必要があり、その方法は驚くほど面倒で、多くの場合、スズ試薬を必要とする。Constantinたちは、芳香族化を受けるシクロヘキサジエン誘導体を用いて、炭素-ハロゲン結合および類似の炭素-ヘテロ原子結合を炭素-水素結合に変換する光開始法を報告している。速度論的研究は、水素原子同等物(重水素化物で研究)の移動に対して、量子力学的トンネル効果の機構を支持している。(KU,ok,kh)

Science, abq8663, this issue, p. 1323

リソソームでのコレステロール感知 (Cholesterol sensing at the lysosome)

コレステロールは必須の細胞膜成分であるので、細胞はコレステロール存在量を見積もって、それを細胞増殖を制御するシグナル伝達経路に結び付ける手段を必要とする。Shinたちは、Gタンパク質共役受容体155がコレステロール感知器であることを突き止め、それをリソソームでのコレステロール・シグナル伝達(LYCHOS)と改名した。LYCHOSはコレステロールと結合し、また、LYCHOSの欠失はラパマイシン標的タンパク質複合体1(mTORC1)シグナル伝達を減らした。そしてこれは、mTORC1の調節因子と相互作用することにより、増殖細胞中でのコレステロールの合成と摂取を促進する。このように、LYCHOSは代謝状態と細胞増殖を統合して、コレステロールの適切な利用可能性を確実なものにするのを助けるように見える。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • mTORC1:栄養状態を感知して細胞成長・増殖へ結びつける上で中心的な役割を担っているリン酸化酵素。
Science, abg6621, this issue p. 1290

苦い味がする (Tasting bitter)

苦味、甘味、旨味は、Gタンパク質共役受容体(GPCR)によって伝達される。味覚受容体1型(TAS1R)ファミリーは、結合して甘味と旨味を感知する3つのメンバーを有しており、別の2型ファミリー(TAS2R)は苦味の知覚を促進する。Xuたちは、Gタンパク質ガストデューシン由来のTAS2R46結合部位を含むミニ-Gタンパク質に結合したヒト苦味受容体TAS2R46の構造を決定した。この構造は、他のGPCRと比較してTAS2R46の明確な特徴を明らかにし、苦味アルカロイドのストリキニーネなどのリガンドが、どのようにこのGPCRを活性化して苦味を誘起するかについての洞察を与える。(KU,kh)

Science, abo1633, this issue p. 1298

デボン紀の心臓 (A Devonian heart)

板皮類はもっとも初期の有顎脊椎動物の一群であったので、それが持っている形態への転換は、その後に現れた脊椎動物の世界の理解に影響する。Trinajsticたちは、デボン紀の節頚目板皮類に由来する立体的に保存された軟部組織器官を研究したが、それらは顎と首の進化に伴う心臓、肝臓、および腸の形態変化を示していた。さらに、この化石は肺がないことを示しており、これは肺が有顎脊椎動物で生じたとの仮説に異議を唱えるものである。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 板皮類:顎骨を持った最も古い魚類で、古生代のシルル紀からデボン紀にかけて出現し、デボン紀から石炭紀に栄え、ペルム紀にほぼ絶滅した。
Science, abf3289, this issue p. 1311

特異点を過ぎると急拡大 (Zooming through singularities)

物質のバンド構造における特異点は、しばしばその性質に大きな影響を与える。直線的に分散したバンドが接触するディラック点はよく知られているが、二次のバンド接触点もエキゾチックな効果をもたらすことがある。Brownたちは、冷たい原子の量子系で、この両方のタイプの特異点を研究する方法を紹介している。彼らの実験では、ルビジウム-87の原子をハニカム状の光格子の中に置き、格子ポテンシャルを加速することによって、さまざまな軌道に沿って特異点を通過させた。バンド数を測定することで、特異点の巻数を決定することができた。(Wt,nk,kj,kh)

Science, abm6442, this issue p. 1319

ナノフォトニクスに圧搾をかける (Putting a squeeze on nanophotonics)

光のスクイーズド量子状態は、ノイズの一直交成分が通常の量子ノイズ限界よりも小さい状態をいう。そのような状態の生成と操作は量子増強技術の中核技術となるが、そのような系を準備するには補助的な嵩張る光学部品が必要となりがちである。Nehraたちは、同一光学チップ上でのスクイーズド状態の生成と計測するための、ニオブ酸リチウムからなる集積ナノフォトニク実験基盤を実証している。ナノフォトニクス用実験装置中で数光周期のスクイーズド状態を生成し計測する本技術は、拡張性のある量子情報システムの開発に役立つはずである。(NK,kh)

Science, abo6213, this issue p. 1333

サル痘:無視されてきた病気 (Monkeypox: A neglected disease)

サル痘は、アフリカ西部および中央部の熱帯雨林地域における風土病の、人獣共通感染症である。最初の症例は1970年の子供でのものであり、1980年代までは症例はまれな状態が続いたが、最近、風土病地域のより多くの人々に影響を与える突発が増加してきている。この病気の疫学も、人から人への感染の出現とともに変化してきている。2022年5月以降の風土病地域以外でのサル痘の発生によって、我々はアフリカのサル痘から何を学べるであろうか? 展望記事においてTomoriとOgoinaは、風土病地域におけるサル痘の歴史、この病気の新しい局面の出現、および影響を受けるすべての人に等しくサル痘を軽減できるようにするには何を理解する必要があるのかについて論じている。(Sk,ok,kj,kh)

Science, add3668, this issue p. 1261

タイミングが全てであるとき (When timing is everything)

異なる染色体上の無関係な遺伝子が結合する染色体転座は、多くのガンで重要な役割を果たしている。これらの転座は、正常な生理学的プロセス中で形成されるDNA二本鎖の切断が誤って接続されることに起因する。たとえば、B細胞では、多様な抗体を作る正常な抗体成熟プロセスはDNA切断を含むが、抗体遺伝子とMycなどのガン遺伝子との間の異常な連結が、リンパ腫や他のガンの発生を推進することがある。Peychevaたちは、DNA複製のタイミングがこのプロセスの鍵であることを発見した(Méchaliによる展望記事参照)。特に、Mycとその転座パートナーの両方の早期の複製が、ガン発生に重要な転座が形成されるのに必要であり、そしてこれは、Mycの複製を遅らせることによって防ぐことができる。(KU,kj,kh)

Science, abj5502, this issue p. 1277; see also ade4734, p. 1259

土星はどのようにして環を得たのか? (How did Saturn get its rings?)

土星の環は約1億年前のものであるが、そんな最近にどのようにして形成されたのかは不明である。Wisdomたちは、以前は土星系にもう1つ月があり、その軌道が、土星最大の月であるタイタンの軌道の移動によって攪乱されたと提案している(El Moutamidによる展望記事参照)。著者たちは数値シミュレーションにより、この攪乱が最終的に系を不安定にし、その追加の月の運動を散乱させたであろうことを示した。もし、その月が土星に近づきすぎたら、潮汐力によって月が引き裂かれ、環が形成されただろう。このシナリオは、土星の傾きと他の衛星の軌道に関するいくつかの他の説明では不可解な特性を説明し、環の年齢と質量の測定値と整合している。(Wt,nk,kh)

Science, abn1234, this issue p. 1285; see also abq3184, p. 1264

弱い結びつきの影響 (The influence of weak associations)

弱い紐帯の力とは、社会的ネットワークを通じた情報伝達に影響を与える上で、弱い関連性(例えば、面識対親交)の重要性を強調する、影響力の大きな社会科学理論である。しかしながら、この逆説的な理論の因果関係を検証することは困難であると分かっている。Rajkumarたちは、利用者につながりを推奨するLinkedInの「People You May Know」アルゴリズムで行われる複数の大規模無作為抽出実験を使ってこの課題に取り組んだ(WangとUzziによる展望記事参照)。この実験では、弱い紐帯が転職を増やすことが示されたが、それはあるところまでで、それ以降は紐帯の弱さに対する限界収穫数(転職数)が逓減する。著者たちは、最も弱い紐帯が雇用の流動性に最も大きな影響を与え、一方、最も強い紐帯は影響が最小であることを示している。これらの結果は共に、見かけ上の「弱い紐帯の逆説」を解決し、弱い紐帯理論の長所を証拠だてるものである。(Uc,ok,nk,kj,kh)

Science, abl4476, this issue p. 1304; see also add0692, p. 1256

満水にせよ! (Recharge!)

多くの乾燥地帯では、灌漑農業は地下水に依存しており、あまりにも多く汲み上げられると、食物耕作が妨げられる危険がある。降雨は地下水を補充するが、どのくらいの量がどのような機構で捕獲される得るのだろうか? Shamsudduhaたちは、過去40年間にわたってバングラデシュのベンガル盆地で捕獲された、季節的な淡水の地下貯留の大きさを計算した(Mukherjiによる展望記事参照)。彼らは、モンスーンの降雨がモンスーン期間に75から90立方キロメートルの水を再供給したことを見出した。これは、三峡ダムの貯水容量の2倍に相当する。(Sk,nk,kh)

Science, abm4730, this issue p. 1315; see also ade0393, p. 1258

親しい旅の同伴者 (Intimate traveling companions)

ほとんどのヒト集団は、似た範囲の腸内生息細菌種を持っているが、細菌株には多様性が見られる。幾つかの細菌系統は、ヒト科の種とともに種分化してきたことが知られているが、それが現生人類に対しても当てはまるのかは知られていない。Suzukiたちは、幾つかのヒト腸内細菌株の世界的分布が、人類の歴史的な出アフリカの移動パターンを正確に映していることに気づいた(Moellerによる展望記事参照)。ガボン、ベトナム、ドイツから得られた、人々とそれぞれの微生物叢とを対にした系統発生は、59の細菌株と1つの古細菌株が、人類の系統発生と並行した進化史を持ち、共多様化を示すことを明らかにした。これらの細菌は、酸素不耐性やゲノム縮小など、宿主依存性を示す特性を獲得してきたように見える。(MY,kj,kh)

Science, abm7759, this issue p. 1328; see also ade2879, p. 1263

アメーバ様細胞遊走の手引き (Guidance of amoeboid cell migration)

アメーバ様の遊走は、限られた非接着環境で多くの細胞型で作動する。しかし、生体内でそのような細胞の遊走を誘導する内部や外部からのきっかけの間の相互作用は、理解が不完全なままである。Liたちは、生体内での発生時の誘導ホーミング中(ターゲット部位へ遊走し生着する間)のショウジョウバエ始原生殖細胞(PGC)の遊走を研究した。彼らは、突起に依存しない広範囲な細胞皮質アクチンによる流れによって駆動されるアメーバ様の遊走方法を使ってPCGが操縦されることを見出した。この機構は、培養中にPGCが分離された場合でも活発なままにある一方、AMP依存性タンパク質キナーゼとグアニン交換因子RhoGEF2との相互作用によって生体内での誘導遊走は調節される。著者たちは、同様のRhoGEF2依存機構が、発生時や成人の恒常性および疾患におけるアメーバ様細胞の遊走を広く駆動する可能性があると推測している。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 始原生殖細胞:将来生殖細胞になる細胞。雌では、始原生殖細胞は卵原細胞になり、その後卵母細胞を経て卵子に分化、雄は、精原細胞になり精母細胞、精細胞を経て精子に分化する。生殖腺の外で分化し、将来生殖腺になる場所まで移動することが知られている。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abo0323 (2022).