Science August 12 2022, Vol.377

分岐した種がまったく異なる雑種を作り出す (Divergent species create distinct hybrids)

種間の交雑は多くの分類群で一般的であり、さまざまな結果をもたらすことがある。雑種は親系統と戻し交雑できて結果として遺伝的多様性を高めるが、場合によっては新種へと発展することがある。有鱗のトカゲでは、交雑は単性生殖(単為生殖)で倍数体の種を作りだすことができる。Barleyたちは、単性生殖と認識されている15の種を含む北米ウィップテール・リザード属(North American whiptail lizard)をモデル系に用いて、ありうる交雑結果について調べた。系統発生解析は、親間の分岐時間がウィップテール・リザードのその交雑の効果を予測することを示した。共通の祖先から親種が分岐して以降の経過時間がより長いほど、雑種の種分化と単性生殖性がより一般的だった。(MY,kh)

Science, abn1593, this issue p. 773

さまざまなコロナウイルスを防御する (Blocking a range of coronaviruses)

過去20年間に、7種類のコロナウイルスが人に病気を引き起こし、そのうち3種類が深刻な感染拡大をもたらしてきた。ヒトにおける今後のコロナウイルス感染激増の可能性と、既存の抗体に対する重症急性呼吸器症候群コロナウイルス 2 (SARS-CoV-2) 変異株の進行中の耐性は、治療法の基礎となり、かつワクチン設計の指針を与えることができるような交差反応性抗体の同定を重要なものとしている。LowたちとDaconたちは、回復期の個人からSARS-CoV-2のオミクロン変異株を含む、さまざまなコロナウイルスに対して広範な中和活性を示す抗体を単離した。それらの抗体は、融合ペプチドとして知られるウイルスのスパイク・タンパク質の保存領域を標的としており、新しい宿主細胞の感染に必要とされる細胞融合を妨げることで作用しているのかもしれない。(KU,kj,nk,kh)

Science, abq2679, abq3773, this issue p. 735, p. 728

協奏的なプロトンとエネルギーの移動 (Concerted proton and energy transfer)

プロトン共役電子移動(Proton-coupled electron transfer PCET)反応は、生物学における様々なエネルギー変換プロセスで重要な役割を担っているため、大きな関心を集めている。Pettersson Rimgardたちは、プロトン共役エネルギー移動(proton-coupled energy transfer PCEnT)と呼ばれる別のタイプの機構を報告している。それにおいては、プロトン移動は電子励起エネルギー移動と共役している。PCEnTは、PCETが熱力学的に阻害されるような低温条件下で、一連のアントラセン-フェノール-ピリジン三量体の励起状態挙動を解析した時に、実験的に検出された。理論計算の結果、観測されたPCEnTはプロトン・トンネリングと共役した非断熱的な一重項-一重項エネルギー移動であり、PCETとは異なり、ドナー-アクセプター間の電荷移動がない状態で発生することがわかった。PCEnTは、光活性化化学、フォトニクス材料、光生物学にとって可能性として重要であるが、自然界のシステムではまだ同定されていない。(Wt,KU,kh)

Science, abq5173, this issue p. 74

電子-光子対を創り出す (Generating electronphoton pairs)

電子ビームと共振器共鳴構造との相互作用は、電磁放射を生み出す汎用技術の典型である。Feistらは、チップ上の微小共振器内の真空共振場と自由電子が位相整合相互作用できる構造物を造った。共振器近傍を通過する電子と真空共振場との反応が、共振器内に定常的に光子を生み出すこととなった。電子-光子対は相関しているので、それらは、画像化及び検出感度の優れた自由電子量子光学を実現する有力な技術基盤になると期待される。(NK,kj,nk,kh)

Science, abo5037, this issue p. 777

活性流体と受動流体が相互作用する時 (When active and passive fluids interact)

油と水のような非相溶性の液体は、低い界面張力で相分離するだろう。Adkinsたちは、活性なネマチック相と受動的な等方相を分離する一次元界面のダイナミクスを研究した (Palacciによる展望記事参照)。彼らは、相分離流体が、粗大化を示さない活性なエマルジョンを形成し、また、液滴が自然と形成されるゆらぎ界面の豊かな挙動を見いだした。また、巨視的な界面では、特徴的な波数と速度を持つ伝搬波が現れることもある。さらに、ある流体はエネルギーの付加により秩序化が促進されるのだが、その流体の活性により、湿潤転移を変化させることができた。また、固体表面に平行な伸張応力を作用させることで、重力に逆らってその流体が固体壁を登るような、固体表面への能動的な濡れ方も観察された。(Wt,kh)

Science, abo5423, this issue p. 768; see also adc9202, p. 710

二重の保護 (Dual protection)

世界の霊長類の殆どは、気候変動と農業・インフラ開発・工業的規模の資源採取のための森林伐採によって引き起こされる自然生息地の減少により、絶滅の危機に脅かされている。これらの要因は同様に、このような地域に住む先住民の生活様式と文化に大きな脅威を与えている。Estradaたちは、霊長類の現在の生息地と彼らが面している危機レベルに関する空間的な分析を含む、霊長類の地球規模での分布に関する文献調査を幅広く実施した。著者たちは、先住民の人々による土地の管理が増加すると霊長類の絶滅の脅威レベルが減少することを見出した。彼らは、このような地域の中央政府が霊長類と先住民双方の生活様式を保護する政策を推進することを提案している。(Uc,KU,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abn2927 (2022).

精細胞における翻訳の駆動 (Driving translation in spermatids)

翻訳制御は, 減数分裂後の雄性生殖細胞分化中の遺伝子調節のための、転写と翻訳間の分離の故に、重要な機構になる。Kangたちは、マウスにおいて脆弱X関連(FXR)タンパク質ファミリーの一つであるFXR1を、貯蔵されたmRNAが精子形成を指示する翻訳活性化因子として同定した (RamatとSimoneligによる展望記事参照)。機構的には、後期精細胞中に大きく増加したFXR1は、相分離によって凝縮物を形成し、貯蔵されたmRNAをFXR1顆粒に編成し、その後に翻訳機構を動員して翻訳を活性化する。Fxr1遺伝子の生殖細胞系特異的枯渇またはFxr1遺伝子の相分離欠損変異のモデルマウスは、同じ様にマウスの精子形成不全と雄性不妊を引き起こす。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 精細胞:精母細胞の減数分裂によって生じる細胞で、それぞれが精子となる。
Science, abj6647, this issue p. 727; see also add6323, p. 712

合成遺伝子回路 (Synthetic gene circuits)

合成工学は、既存の発生プログラムに新しい機能回路を構築する機会を提供する。Brophyたちは今回、自分たちが遺伝子発現を制御するために使用できる一連の合成調節要素を設計した (AlamosとShihによる展望記事参照)。この発生プログラムを予めデザインして、そのための合成調整要素を埋め込み、結果をテストする、デザイン・ビルド・テスト法は発現される機能を目標に最適化した。著者たちはこれらの合成調節要素を用いて、モデル植物シロイヌナズナの根の発生を再設計し、側根の密度を定量的に制御した。ここで開発された方法は、さまざまな表現型や生物における正確な変更を生成するのに役立つ可能性がある。(KU,nk,kh)

Science, abo4326, this issue p. 747; see also add6805, p. 711

接着のための音響法 (A sound way to make it stick)

細胞組織用接着剤は、一時的または恒久的な細胞組織の修復、創傷管理、および装着可能な電子機器の取り付けに役立つ。しかしながら、要求に応じて可逆性を確保したり透過性を維持したりするために、接着強度を調整することが困難なことがある。Maたちは、キトサンのナノ粒子、ゼラチン、またはセルロースのナノ結晶を含む溶液を用いてプライマー処理された、ポリアクリルアミドまたはアルギン酸塩を結合させたポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)からなるヒドロゲルを設計した(Es SayedとKampermanによる展望記事参照)。超音波の適用は、プライマー分子を細胞組織に押し込む空洞現象を引き起こす。こうして押し込まれた錨役の固定材による機械的連結は、最終的に、化学結合を必要とせずにヒドロゲルと組織との間に強力な接着をもたらす。ブタまたはラットの皮膚での試験は、接着エネルギーの増大と求めに応じた剥離に対する界面疲労耐性を示した。(Sk,nk,kh)

Science, abn8699, this issue p. 751; see also abq7021, p. 707

フッ素化された立方体 (A fluorinated cube)

ほぼ60年前の立方体形状の炭化水素の合成は、その化合物の美しく高い対称性と、その明らかに不自然な結合形状の両方の理由から、化学における重要な出来事であった。Sugiyamaたちは今回、各頂点の水素原子がフッ素で置換されたキュバン誘導体を合成し、構造的に特性を明らかにした (KrafftとRiessによる展望記事参照)。理論的予測と一致して、低温電子スピン共鳴分光法は、この分子が還元されて陰イオンになる時一個の電子を立方体中央に内在化させることを示唆している。(Sk,kj,kh)

Science, abq0516, this issue p. 756; see also adc9195, p. 709

単純化由来の複雑さ (Complexity from simplification)

ヒトの発話と言語は非常に複雑で、数多くの音から構成されている。これまでの研究がヒトと他の霊長類の発声器官である喉頭の間の多くの類似性を明らかにしてきたが、ヒトの喉頭はより広範な音を作り出せる能力を獲得してきた。Nishimuraたちは数多くの霊長類を調べ、解剖学的、音声的、およびモデル化の研究法を組み合わせて、喉頭における音声生成の特性を明らかにした(Gouzoulesによる展望記事参照)。彼らは、ヒトの喉頭が複雑性を増してきたわけではなく、実際には他の霊長類に比較して単純化したことを、結果として聴く際の混乱が少ない、より明瞭な音声生成を可能にしたことを見出した。(MY,KU,nk,kh)

Science, abm1574, this issue, p. 760; see also add6331, p. 706

大規模学習 (Large-scale learning)

地震学における大量のデータ群とその可用性は、データ処理に機械学習と人工知能を適用する絶好の機会を産み出す。MousaviとBerozaは、地震データ群に適用されている深層学習技術に関して取り組み方、限界、および機会を網羅する、包括的な調査を提供している。データ処理と解析におけるその動向は、地球科学やその他の研究分野により広く役立つ可能性がある。(KU,nk,kh)

Science, abm4470, this issue p. 725

STANDがウイルス侵入者に立ち向かう (STAND against viral invaders)

動物、植物、菌類の自然免疫系は、STANDスーパーファミリーに属するヌクレオチド結合オリゴマー化ドメイン様受容体(NLR)を広く用いて、病原体に共通する分子パターンを検出する。Gaoたちは、NLRに基づく免疫パターン認識が細菌と古細菌にもまた広く認められる、これは今まで知られていなかったものであることを示している。著者たちは特に、NLR様遺伝子の4つのファミリーの特性を明らかにし、それらが、バクテリオファージが持つ、高度に保存された2つのタンパク質に対する特異的なセンサーであることを見出した。これらのNLRは、標的タンパク質に結合すると、核酸分解酵素を含む多様なエフェクター・ドメインを活性化し、ファージの増殖を妨げる。これらの知見は、病原体特異的タンパク質に対するパターン認識が、生命の全てのドメインにわたる免疫の共通機構であることを実証するものである。(MY,kh)

【訳注】
  • STAND:signal transduction ATPases with numerous domains
  • バクテリオファージ:細菌に寄生して増殖するウイルスで、タンパク質の外殻と遺伝情報を担う核酸からなる。
Science, abm4096, this issue p. 726

進路を維持する (Staying on course)

どれほど多くの渡りを行う種が、とてつもない距離に渡って移動するのかについては、まだほとんど分かっていない。これは、監視が困難な無脊椎動物に特に当てはまる。しかし、新しい技術が非常に軽量で動物に取り付けられる標識札をもたらして、この分野で新しい研究の道を切り開きつつある。Menzたちはこのような標識札を用いて、ヨーロッパとサハラ以南のアフリカ間で渡りをするメンガタスズメ蛾の飛行を追跡した。彼らは、乱風や高い山に直面しても、この蛾はその特定の進路に修正できることを見出した。この研究は、この蛾がただ受動的に正しい方向に動いているだけでなく、内部の地図やコンパスに基づいて能動的に航行していることを示唆している。(Sk,kj,nk,kh)

Science, abn1663, this issue p. 764