Science June 3 2022, Vol.376

高山の雪の喪失と植生の利得 (Alpine snow loss and vegetation gain)

山岳は低地地域よりも劇的な温暖化が進んでおり、融雪量の増加や降雪パターンの変化がみられる。Rumpfたちは、過去40年間の気候変化がどのようにヨーロッパ・アルプスにおける積雪量と植生の生産性に影響を及ぼしてきたかを調査した。リモート・センシング・データを用いて、彼らは積雪量は大きく減少したが、これまでのところこれは調査地域の10%未満にとどまっていたことを見いだした。植生の生産性は樹木限界より高い地域の2/3以上で増加しており、潜在的な生態系と気候への影響を有している。雪と植生のフィードバックは、おそらくは将来更なる顕著な変化をもたらすであろう。(Uc,KU,ok,kh)

【訳注】
  • 樹木限界(tree line):高木が育たずに森林を形成することができない境界線
Science, abn6697, this issue p. 1119

ナノシートを用いた混合マトリックス膜 (Mixed-matrix membranes using nanosheets)

選択的吸着剤は、混合ガス流からの成分の分離を強めることができるが、この材料は、大規模で堅牢な膜に加工するのが困難であることが多い。Dattaたちは、混合マトリックス膜の合成と特性に関して報告している。彼らは最初に、金属有機構造体(MOF)材料であるAlFFIVE-1-Niのシートの合成について説明している。より一般的な合成MOFナノ粒子の代わりにナノシートを使用することで、著者たちは、MOFナノシートをポリマー・マトリックス中に埋め込むと、ナノシートのはるかにすぐれた配列、最大60%の充填率(loading fraction)、およびより優れたポリマー-MOF適合性を実現することができた。この混合マトリックス膜は、他の多くの相当する膜と比べて、硫化水素を除去する能力だけでなく二酸化炭素とメタンの選択性も向上した。(KU,ok,kj,nk,kh)

Science, abe0192, this issue p. 1080

たくさんのループの運命 (Lots of loops)

染色体の構造維持(SMC)ファミリーのタンパク質複合体は、長さが数十万塩基対のDNAループを押し出すことによってゲノムを組織化する。分子生物学者たちは、このモーター複合体が、最小ATPエネルギー消費で自分のサイズの数倍ある連続したステップでどのように動くのか、また、この複合体分子群の中で、DNAを片側だけから巻き寄せるものと、それとは対称的に両側から巻き寄せるものがあるのは何故かを不思議に思っていた。単一分子の分解能でコンデンシンSMC複合体によるDNAの経路を明らかにすることで、Shaltielたちはコンデンシンが染色体上 をどのように跳び進むかに関する一つの答えを明らかにした。すなわち、コンデンシンの中心部がDNAをその進路の前に折りたたむ一方、その辺縁部分がDNA二重らせん上を保持することによって方向性を決めている。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • コンデンシン(condensin):分裂期の染色体凝縮(chromosome condensation)と分離に中心的な役割を果たすタンパク質複合体
Science, abm4012, this issue p. 1087

自閉スペクトラム症の脳構造 (Brain structure in ASD)

自閉スペクトラム症(ASD)は、社会的な相互作用に障害のあることを特徴とするが、ASDの人は、その他の様々な行動的困難や知的困難に苦しんでいる。個々の困難さをASDのサブタイプと考えるのか、または連続的な多様性と考えるのがいいのか?Aglinskasらは、核磁気共鳴画像脳スキャンを分析して、ASDに帰することができて、個人的多様性の他原因に帰することができない相違点を探した。著者らは、連続的な多様性であるとの証拠を見出し、脳構造の変化に2つの軸を見つけた。ASDの多様性についてのこのような解明は、個々の患者のへの介入を微調整するのに役立つであろう。(hE,nk,kh)

Science, abm2461, this issue p. 1070

リン構成要素からなる新しいクラスター: P3N (A new cluster on the p-block: PN)

炭素同様に、リンと窒素の両者は、生命にとって重要な分子の構成要素であり、これら元素からなるクラスターは結合と電子構造に関する基礎的な知見を与える。四面体クラスターは、球状芳香族構造の最も小さな、かつ重要な原型の一つである。Zangらは、イオン化エネルギー計算値に導かれて、窒化三リン(P33N)四面体クラスターの合成とそのガス相の特性を、異性体選択的、調整可能な軟光イオン化リフレクトロン飛行時間質量分析計を手段として実証している。電子構造と計算による歪エネルギーに関する知見が提供され、あまり極端でない環境下でこの分子を使用する為の基礎的研究となっている。(NK,KU,kh)

【訳注】
  • クラスター:分子中に内包される、複数の原子または分子が様々な原因によって結合して形成された集合体。
  • リフレクトロン:飛行時間質量分析計の装置に用いられる、静電場を用いて荷電粒子の飛行する向きを反転させる装置
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abo5792 (2022).

フラクタル・トポロジー (Fractal topology)

トポロジカル絶縁体は、絶縁性のバルク状態を導電性の表面で取り囲むことで形成される。バルク-境界対応の理論的枠組みに由来して、絶縁性のバルク状態が決定的に重要であると考えられていた。しかし、Biesenthalたちは、必ず必要というわけではないことを見出した。彼らは、そのような「バルク」が存在せず、従って、バルクの絶縁性の状態も存在しないフラクタル構造を用いて、それでも端部に閉じ込められたカイラル伝導状態が存在することを示している。この結果は、工学的に作り出された構造物を用いて光のトポロジカル輸送を操作する新しい方法の可能性を与えている。(Wt,nk,kh)

Science, abm2842, this issue p. 1114

最初が肝心 (It’s the start that counts)

単為生殖生物は、無性出産する雌を持つ生物であるが、比較的稀である。これらの生物の稀少さは長らく、性の欠如のためとされてきた。それは多様性の増大とおそらく適応度の増大を導く組み換えを容易にする。Kearneyたちは、交雑起源を持つ単為生殖バッタを研究し、その有性生殖同族体と比較して、多くの形質にわたって適応度の低下がないことを見出した(Normarkによる展望記事参照)。彼らは、この型の無性生殖の稀少さが適応度の欠如によるのではなく、むしろ彼らの起源の困難さによると結論付けている。(MY,ok,nk)

Science, abm1072, this issue p. 1110; see also abq3024, p. 1052

メモリスタを働かせる (Putting memristors to work)

導電性を変化させ、また、メモリとして機能する抵抗器であるメモリスタは、商用コンピューティングに使用されているだけでなく、商用計算や通信にもいくつかの応用がある。Lanzaたちは、相変化メモリ、抵抗ランダム-アクセス・メモリ、磁気抵抗ランダム-アクセス・メモリなどのデバイスが、どのようにシリコン・エレクトロニクスに統合されつつあるかを概説している。メモリスタは、また、低電力の非ノイマン型アーキテクチャのための3次元クロスバー・アレイに統合されたときの人工知能における利用も見出している。その他の応用には、データ暗号化のための乱数生成や、移動体通信のための高周波スイッチなどが含まれる。(Wt,kh)

Science, abj9979, this issue p. 1066

どう猛な戦士 (Fierce fighters)

ダーウィンの時代から、キリンは適応進化の典型的な例として挙げられてきた。長い首のおかげで彼らが樹冠の高いところの若葉を食べているという事実は、この採餌形態に適した選択の必然的結果であると考えられてきた。Wangたちによると、新発見の中新世のキリンもどき種はヘルメットのような被り物と複雑な頭頸部の関節を備えていて、強烈な頭突きの戦いをしたようである。彼らは、そのような戦いのための選択も、この分類群の長い首を形作る役割を果たしたと主張している。(Sk,KU,nk,kh)

Science, abl8316, this issue p. 1067

菌株特異的な単一細胞配列決定 (Strain-specific single-cell sequencing)

単一細胞法は、生物学研究の最先端技術である。Zhengたちは、微生物叢から単一の細菌細胞を分析するために設計されたMicrobe-seqと呼ばれる高速大量処理技術を開発した。Microbe-seqはマイクロ流体技術を用いて、液滴内の個々の細菌細胞を分離し、次にそれらのDNAを抽出、増幅、液滴ごとにバーコード化し、個々の液滴のゲノムをプールしてイルミナ・シーケンシングにかけられる。この技術は、複数のヒト糞便試料を配列決定することでテストされ、サンプルごとに数千の単一増幅ゲノム(SAG)に対するバーコード読み取りを作成した。同じ細菌種に対応するSAGのプール化は、これらのゲノムの標準仕様を可能にし、菌株レベルの多様性に関する洞察を与えた。また、ファージの共生や株間での遺伝子水平伝播の限界を明らかにした。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 単一細胞配列決定:次世代シーケンサー(next generation sequencer)を用いることで、個々の細胞が保持しているmRNA全体を質的、量的に網羅的に調べる方法。
  • イルミナ・シーケンシング:イルミナ(株)が開発した次世代のシーケンサー(Microbe-seq)
Science, abm1483, this issue p. 1068

免疫の始まりについての視野を拡大する (An expansive view of immunity’s start)

近年の単一細胞ゲノム研究は、発生中のヒト免疫系への深い洞察を提供してきたが、免疫系を多くの組織間に張りめぐらされたネットワークとして概念的に解釈してこなかった。Suoたちは、9個の出生前組織に対する、単一細胞RNA配列決定、抗原受容体配列決定、および空間的トランスクリプトミクスを統合して、免疫系の発生を時間と空間にわたって再構築した。彼らは、マクロファージとナチュラル・キラー細胞による免疫作用機能の遅い獲得と、末梢組織播種前の単球とT細胞の成熟とを記述している。さらに彼らは、血液細胞と免疫細胞の発生が、一次造血器官内だけでなく末消組織全体にどのようにして生じているかを記述している。最後に著者たちは、B1細胞などのさまざまな出生前の自然様B細胞集団と自然T細胞集団の発生の特性を明らかにしている。(MY,kh)

【訳注】
  • 空間的トランスクリプトミクス:組織切片上でその組織や細胞が存在していた空間的・構造的情報と紐づいた、網羅的な遺伝子発現情報を得る解析技術。
  • マクロファージ、ナチュラル・キラー細胞:ともに自然免疫(生まれつき備わっている免疫)を担う免疫細胞。
  • 一次造血器官:胚の外に存在し、個体の発生過程で最初に造血が起きる卵黄?のこと。その後、大動脈-生殖巣-中腎が生じる胚内の領域で、成体造血(二次造血)の起源となる造血幹細胞が発生する。
  • B1細胞:抗体の産生および放出を担う2種のB細胞のうちの1つ。B2細胞が抗原特異的抗体を産生するのに対し、B1細胞は自然抗体を産生して自然免疫を担う。
Science, abo0510, this issue p. 1069

転移RNAを乗っ取り、タンパク質合成を停止させる (Hijacking tRNAs to halt protein synthesis)

翻訳を乱す分子は、有用な手段や薬になる場合もあるが、所望の標的に極めて特異的でない限り毒物にもなる可能性がある。Xieたちは、アデノシン・スルファメートが反応して、縮合反応で一般的な生合成中間体であるアデノシン一リン酸の模倣化合物を形成することがあることを見出した(Statsyukによる展望記事参照)。一連のスルファミン酸塩化合物を選別することで、著者らは、マラリア原虫Plasmodium falciparumの増殖を試験管内と動物内で抑止するがヒト細胞には毒性のない、修飾された塩基を有する分子ML901を見出した。タンパク質生合成に重要な酵素であるチロシン転移RNA(チロシン-tRNA)合成酵素は、ML901に結合してML901をチロシン-tRNAからチロシンに結びつけ、結果として活性部位を塞ぎ、マラリア原虫における下流のタンパク質合成を抑制する行き止まりの生成物を作る。ヒトの酵素はこの反応を触媒することができないため、マラリア原虫に対するML901の毒性は特異的である。(Sh,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 転移RNA(tRNA):タンパク質合成時、特異なアミノ酸と結合してメッセンジャーRNA(mRNA)の塩基配列に合うようにアミノ酸をペプチドのなかに繰り込む作用をもつ。
Science, abn0611, this issue p. 1071; see also abq4457, p. 1049

生物多様性の喪失を終わらせる(Ending biodiversity loss)

土地利用転換は、現代世界での生物多様性に対する最大の脅威の1つである。2つの関連する論文において、未転換の土地の量と景観領域の間の結合の程度が測定され、保護されるべきものとこの課題の緊急性の両方についての考えが明確に示された(McGuireとShipleyによる展望記事参照)。Allanたちは、主要な生物多様性の喪失を防ぐためには、陸域の44%が生態学的に健全でなければならないことを見出した。Brennanたちは、保護地域間の最も重要な接続経路が、転換によって脅かされ続けていることを見出した。どちらの場合も、著者らは、必要な地域の多くが人間集団によって占拠されていることを強調し、これらの地域において持続可能な共生と生態系保護を改善することの重要性を強調している。(Sk,ok,nk,kh)

Science, abl9127, abl8974, this issue p. 1094, this issue p. 1101; see also abq0788, p. 1048

原油分離用高分子膜 (Polymer membranes for crude oil separation)

非プロトン性有機溶媒は、概して高分子分離膜を破壊し、そのため、このやり方による有機物分離を困難にする。Chiscaたちは、薄膜キャスト法および非溶媒誘起相分離法とその後の化学架橋を引き起こす単純な熱処理過程により、ポリトリアゾール膜を作った(SeoとKohによる展望記事参照)。この高分子はこの措置で、卓越した溶媒透過性と溶媒選択性を示す約10nmの選択層を有する非対称膜へと転換した。この膜は、10未満炭素数の炭化水素の濃度を高めることができ、原油の分別用にも使われた。(MY,kh)

【訳注】
  • 非プロトン性溶媒:プロトン供与性(水素原子をプロトンとして放つ性質)の基を含まない溶媒のこと。炭化水素、エーテルなど.
  • キャスト法:高分子溶液を基体上に塗布し、溶媒を蒸発させることで高分子膜を得る方法。
  • 非溶媒誘起相分離法:高分子溶液を非溶媒に接触させ、高分子溶液中に侵入した非溶媒で高分子を相分離させることにより多孔質構造を得る方法
Science, abm7686, this issue p. 1105; see also abq3186, p. 1053

非致死的影響が問題 (Nonlethal effects matter)

グリホサートは、世界で最も広く使用されている除草剤の1つであり、家庭用と農業用の両方で広く用いられている。この化学物質が人間を含む脊椎動物を脅かすかどうかについては、議論が続いている。しかしながら、最も曝露量が多い対象外の生物は、重要でありながら減少しているように見える昆虫群である。Weidenmullerたちは、必須の花粉交配者であるマルハナバチに対するグリホサートの影響を調べ、環境上現実的な曝露水準は直ちに致命的ではないものの、必要な巣箱の温度を維持するための群れの構成員の能力低下をもたらすことを見出した(Crallによる展望記事参照)。このような非致死的影響は、このすでに問題を抱えている分類群において間接的な衰退につながる、有害な影響を持つかもしれない。(Sk,ok,kh)

Science, abf7482, this issue p. 1122; see also abq5554, p. 1051