Science March 18 2022, Vol.375

燃え上がる (Fired up)

大規模な山火事は、煙やその他の燃焼生成物を成層圏に注入するほどの強度を有する上昇気流を発生させる可能性がある。Bernathたちは、2019-2020年のオーストラリアでの「Black Summer」火災によって成層圏に運ばれた化合物が、オゾンを破壊する可能性のある極度の攪乱を成層圏の大気組成に引き起こしたことを示している。気候変動によって深刻な山火事がいっそう頻繁に起こるようになるにつれ、地球のオゾン収支へのそれらの影響は大きくなるだろう。(Wt,MY,kh)

Science, abm5611, this issue p. 1292

遺伝的変異から表現型形質へ (From genetic variant to phenotypic trait)

量的形質遺伝子座(QTL)は、特定の表現型に統計的に関連付けられているゲノムの領域である。しかしながら、ほとんどの標的遺伝子座はゲノムの非コード部分の中と複数の近くにある変異を含む領域中にあるため、QTLを原因となる遺伝的変異へ対応付けることは困難である。遺伝子が表現型にどのように結びついているかを明らかにするために、Abellたちは、超並列レポーター・アッセイをゲノムの標的領域に適用して、遺伝的変異とヒト表現型との間の結びつきを決定した。研究グループは、多くの場合、転写因子結合部位を含む、疾病遺伝子座に対する原因となる変異を同定した。表現型の遺伝的基盤は複数の近位の原因となる遺伝的変異による可能性があるため、原因となる変異の影響は以前に仮定されたものよりも弱いことが示された。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 量的形質遺伝子座:量的形質(収穫量などの数値によって評価できる形質)の発現に影響を与えるゲノム中の遺伝子領域のこと。タンパク質コードしている遺伝子部だけでなく、遺伝子の発現に必要な転写因子、オペレーター、エンハンサーやプロモーターなどのタンパク質をコードしている領域も含めて量的形質遺伝子座と呼ばれる。
  • 超並列レポーター・アッセイ:数千から数万のエンハンサー(ゲノムの非コード領域に存在する遺伝子発現制御エレメント)の機能を、1度の実験で大規模並列的に定量解析することが出来る新技術。
Science, abj5117, this issue p. 1247

極低温化学現象を示す層 (Layers of ultracold chemistry)

2次元層配置へと捕捉された極低温極性分子は、異方的で整調可能な長距離双極子相互作用のために、他の技術基盤では実現することができない複雑な量子現象を示すと予測されている。Tobiasたちは、精密な電場制御を用いて、光格子中の2次元平面に束縛された極低温カリウム-ルビジウム分子を原子層の分解能で創り出しかつ撮影することに成功している。彼らはまた、スピン交換と化学反応の関係について研究したが、これは分子の温度と電場勾配によって引き起こされた層間離調に強く依存することが示されていたものである。本研究は、光格子中の極低温分子の高度な制御を実証しており、次元低下量子気体系の新たな現象を探求する有望な一歩となる。(NK,nk,kh)

Science, abn8525, this issue p. 1299

植物が都市環境に適応する (Plants adapt to city environments)

都市開発は地域の環境を変化させ、急速な進化を促す可能性がある。Santangeloたちは、160の都市からシロツメクサに関する個体群データを収集し、都市環境に対する一貫した応答を求めて検査した。彼らは、多くの都市において中心から離れる程、草食動物に対する化学的防御物質の産生が増加することを見出した。ゲノム・データは、この傾向が適応、おそらく乾燥ストレスと草食動物による被食圧が都市中心ではより低いことによる応答であることを示唆している。Global Urban Evolution Projectによるこの研究は、都市化への幅広い適応の証拠を提供している。(Uc,MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • Urban Evolution Project:都市環境の変化に対する生物の適応を、地球規模でゲノムレベルで明らかにする目的で作られた国際共同研究プロジェクト。
  • *本論文に関するプレスリリース:https://www.hokudai.ac.jp/news/2022/03/post-1013.html

Science, abk0989, this issue p. 1275

粒界を押し動かす (Pushing the grain boundaries)

変形中の金属の粒界の挙動は、巨視的な挙動を決定づけることがあるため重要である。Lihuaたちは、ひずみ発生中の白金粒界に関する、収差補正その場観察型(in-situ)電子顕微鏡観察を用いて、それらがどのように進展するかを詳述した。著者たちは、粒界がすべりを観察したが、それはよく知られ予想された機構である。しかしながら、著者たちはまた、粒界での格子面の除去を含む予期しない機構を観察した。彼らの観察は、変形中の粒界の役割を理解するには、超高解像度顕微鏡を用いることが重要であることを示している。(Sk,ok,kh)

Science, abm2612, this issue p. 1261

ABCグラフェンの基本 (The ABCs of ABC graphene)

特定の配置でグラフェン層を互いの上に積み重ねることは、その結果生じる材料の電子状態に大きな影響を与えることがある。分光学的方法は、バンド構造の研究に用いることができるが、電荷担体密度を制御し試料の特性を改善するための上層の付加は、そのような測定を厄介にする。Yangたちは、いわゆるABC配置に積み重ねられ六方晶窒化ホウ素に封入された、二重ゲート3層グラフェン中での赤外分光法を用いて、これらの課題を克服した。研究者たちは、この積み重なりと電子相関によって作り出されたバンド構造の特徴を描き、この材料を記述すると見込まれる多体モデルの諸指標を測定した。この方法は他の関連する超格子の研究に拡張されうる。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • ABC配置:2種類の3層グラフェン積層構造(ABA積層とABC積層)の1つ。
Science, abg3036, this issue p. 1295

ショウジョウバエにおける動的適応 (Dynamic adaptation in fruit flies)

生態系は急速な環境変化を経験することがあるが、個体群がそれらの変化に継続的に適応できるかどうかは不明である。Rudmanたちは、ペンシルベニア州の季節変化(夏から秋まで)の4か月にわたって、10個のキイロショウジョウバエ個体群で急速な平行進化を観察した(HoffmannとFlattによる展望記事参照)。野外実験と研究室の普通の庭での実験を組み合わせて、彼らは、急速なゲノム全域での進化によって基礎づけられる、生殖生産量またはストレス耐性に関連する6つの表現型の変化を観察した。形質とゲノム変化の方向は、環境変化に応じて、数か月にわたって変化した。この研究は、変化しつつある環境条件に対しての急速で継続的な進化の可能性を実証し、変動する選択の影響を観察するための高い時間分解能でのデータ収集の重要性を強調している。(Sk)

Science, abj7484, this issue p. 1246; see also abo1817, p. 1226

体を温める (Warming up)

熱を産生する脂肪細胞には、褐色脂肪細胞やベージュ脂肪細胞など、さまざまな型が存在する。これらの細胞は、血液からの主要栄養素を使い、それらのエネルギーを熱として散逸させる、熱産生に特化した代謝経路を活性化する。このように、これらの細胞は過剰カロリーを燃焼するのに重要であり、それらの活動は心血管代謝の健全性と結びついている。WolfrumとGerhart-Hinesは展望記事で、この特徴的な熱産生代謝と、関与経路群およびそれらの調節方法をいかにしてよりよく理解するかを論じている。この分野の研究により、熱産生を標的にして、肥満や2型糖尿病のような代謝状況に取り組む可能性が開かれるかもしれない。(MY,kh)

Science, abl7108, this issue p. 1229

ガンの早期発見 (Detecting cancer early)

多くの種類のガンは進行した段階で見つかるが、そのときには治療の選択肢は限られ、予後は悪い。ガンを早期に発見できることは生存性を大幅に高めるが、この取り組みには、明確な悪性腫瘍にならなかったであろう患者に害を与えかねない過剰診断や過剰治療の可能性などの課題が付きまとう。Crosbyは概説記事で、ガンの早期発見の重要性と、スクリーニング検査で発見可能な腫瘍形成の初期現象をよりよく理解するために克服すべき主要課題について論じている。これらの検査の結果は、その後確度をもって解釈されて、個人が治療を必要とするかを決定することができる。(MY,ok,kh)

Science, aay9040, this issue p. 1244

カルシウム放出と神経可塑性 (Calcium release and neuronal plasticity)

神経細胞の信号処理および海馬の場所受容野の形成における小胞体からの細胞内カルシウム放出の役割とは何であるのか? O'Hareたちは単一細胞ウイルス送達技術、光遺伝学、およびin vivoでのカルシウム・イメージングを用いて、海馬領域CA1の錐体神経細胞の樹状突起と細胞体の活動を同時に記録した。細胞内カルシウム放出の増加は、CA1錐体細胞の尖端樹状突起において、そして基底樹状突起においてはより少ない程度で、場所受容野の空間的調整を増加させた。この活動は次に、学習と記憶貯蔵中の場所細胞の応答を変化させた。したがって、神経回路の刺激レベルに合わせた細胞内カルシウム放出は、受容する場所に対する細胞体の特徴選択性をin vivoで経験的に形成し促進する。(KU,MY,kj)

【訳注】
  • 場所受容野:海馬内の場所細胞が発火するある特定の外部空間の範囲。
  • 単一細胞ウイルス送達技術:短パルスの電流を利用して一時的に細胞に穴をあけて、ウイルスや高分子を細胞内に導入する技術。
  • 尖端樹状突起:大脳皮質や海馬などに分布する興奮性の神経細胞である錐体細胞の細胞体(核が存在する部位で円錐形)の頂点から数百μmに渡って一方向(海馬錐体細胞では海馬の中心方向)に伸びる突起。
  • 基底樹状突起:細胞体の基部(円錐形の裾野部)から細胞体周辺を放射状に伸びる先端樹状突起より短い数本の突起。
  • 特徴選択性:神経細胞が示す、一定の特徴を持つ刺激にのみ反応する性質のこと。
Science, abm1670, this issue p. 1245

銅は細胞死を誘発する (Copper induces cell death)

細胞死は、損傷した細胞と余分な細胞を除去するために重要な、不可欠で精密に調整された過程である。アポトーシス、フェロトーシス、ネクロトーシスなどの、プログラムされた細胞死とプログラムされていない細胞死の複数の形態が識別されている。Tsvetkovたちは、異常な銅イオンの上昇が、これまで識別されていなかった細胞死の経路に向かって細胞を感受化する可能性があるかどうかを調べた(KahlsonとDixonによる展望記事参照)。CRISPR/Cas9スクリーニングを実行することにより、銅による細胞死から防ぐことができるいくつかの遺伝子が特定された。遺伝子組み換え細胞と銅過剰症のマウス・モデルを用いて、研究者たちは、過剰な銅がリポイル化タンパク質の凝集を促進し、ミトコンドリアの代謝を銅依存性の細胞死に結び付けることを報告している。(Sh)

【訳注】
  • アポトーシス:多細胞生物の体を構成する細胞死の一種で、個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、管理・調節された細胞の自殺(プログラムされた細胞死)。核内のクロマチン(DNAとヒストンの複合体)が凝集したあと細胞全体が萎縮して断片化して死に至る。
  • フェロトーシス:鉄に依存し、過酸化脂質の蓄積によって特徴付けられるプログラム細胞死の一種で、アポトーシスで見られるクロマチン凝集は起きず、脂質の過酸化が抑制されず最終的に細胞死に至る。
  • ネクロトーシス:プログラムされた細胞の壊死または炎症性細胞死。細胞が膨張、ミトコンドリアなどの細胞小器官の崩壊や核融解を経て細胞膜の崩壊へと至る。形態は非プログラム細胞死の一種、ネクローシス(細胞壊死)と同じ。
  • CRISPR/Cas9スクリーニング:遺伝子編集技術CRISPR/ Cas9を用いて種々の遺伝子の発現を抑制した細胞群や個体群を作製し、作製した群を機能や性質で選別し、特定の機能・性質に関わる遺伝子を同定する方法。
  • リポイル化:多くの酵素の補助因子として欠かせない含硫黄複素環化合物であるリポ酸が、アミノ酸の一つリシンのアミノ基とアミド結合する反応。
Science, abf0529, this issue p. 1254; see also abo3959, p. 1231

偏光した反復高速電波バースト (Polarized repeating fast radio bursts)

高速電波バースト(Fast radio burst:FRB)は、正体不明の銀河系外放射源からの、ミリ秒単位の強烈な電波放射である。ほとんどのFRBは一度しか見られないが、不規則な間隔で繰り返されるものもあり、追跡が可能である。Fengたちは、5つの反復FRBの偏光を測定した(Calebによる展望記事参照)。彼らは、それぞれの光源が高周波数では偏光しているが、ある閾値周波数以下では偏光がなくなり、その閾値周波数は光源間で異なることを見出した。著者たちは、すべての反復FRBが放射源では、つまりその電波が超新星残骸のような複雑な前景構造で散乱して去る前には、100%偏光していることを見出した。これらの結果は、反復FRBの放射機構に関する理論に制約を与えるものである。(Wt,MY,nk,kh)

Science, abl7759, this issue p. 1266; see also abo2353, p. 1227

ガルブリミマ・アルカロイドは先ず平らに構築される (Galbulimima alkaloids built flat first)

熱帯のガルブリミマ植物の樹皮は、その神経学的作用が研究されているさまざまな複合アルカロイドを含んでいる。縮合飽和環からなるそれらの化合物の密な骨格は、化学合成へ特別な挑戦をもたらしてきた。Landwehrたちは、これらのアルカロイドのうちの3つに対する効率的な合成経路を報告している。その経路では、平らな、芳香族構築要素が最初につなぎ合わされ、次にまとめて還元される(Pitreによる展望記事参照)。 この方法の鍵は、臭化アリールとシロキシシクロプロパンとの注意深く最適化されたラジカル・カップリング反応であり、この反応は、ニッケル-可視光酸化還元の二重触媒作用を用いて達成された。(KU,MY,kh)

Science, abn8343, this issue p. 1270; see also abo2398, p. 1234

ヒストン多様体がゲノムを保護する (A histone variant protects the genome)

ヒストンH3.1およびH3.3多様体は、多細胞真核生物の増殖細胞中に存在している。これらの2つの多様体はほぼ同じものであるが、染色質におけるヒストンH3.1の発現と積み込みは、DNA複製中にのみ起きる。このことは、この過程におけるこの多様体の特定の機能を示唆している。Davarinejadたちは、DNA修復タンパク質TSK/TONSLが、H3.1多様体と相互作用することにより、複製中のゲノムの安定性を維持することを発見した(Bergerによる展望記事参照)。TSK/TONSLのTPR領域によるH3.1の認識は、DNA修復タンパク質の活性を調節しており、H3.1多様体のこの役割は、顕花植物から哺乳類まで遺伝的に保存されている可能性がある。(Sk)

【訳注】
  • ヒストン:染色質を構成するタンパク質であり、その周囲にDNAを巻き付けることで、DNAを小さく折り畳んで核内に収納したり、遺伝子発現を調整する役割を果たしている。
Science, abm5320, this issue p. 1281; see also abo4219, p. 1232

環境を丁度よくする (Getting the environment just right)

粒子状メタンモノオキシゲナーゼ(pMMO)は、好気性のメタン資化性細菌がメタンを代謝する上での重要な酵素である。この反応を、基本的な生物地球化学的変換として、また見込みのある生物工学的応用に対して、の両方から理解することへの相当な関心が存在するが、この膜結合型金属酵素の精製段階での不活性化により、進展が妨げられてきた。Kooたちは、脂質ナノディスク中に自然に作られたpMMOを再構成し、二分子層環境に戻すことがこの酵素の活性もまた復活させることを見出した。一連の低温顕微鏡構造は、以前の構造で分からなかった部位にある三量体複合体の内部細孔付近の金属イオンを配位する進化的に保存された残基など、これまで見落とされていたこの酵素の領域を明らかにした。脂質はこの構造のさまざまな部分を安定化するのに重要な役割を果たしており、これらの試料の活性回復は、新たに観察された金属結合部位がメタン酸化に関与していることと合致している。(MY,nk,kj,kh)

Science, abm3282, this issue p. 1287