Science February 11 2022, Vol.375

カロリー制限模倣の探索 (Searching for caloric restriction mimetics)

栄養障害を引き起こさない食物摂取の適度な低減(カロリー制限)は、モデル生物において健康寿命と生存寿命に有益な効果を及ぼす。Spadaroたちは、2年間にわたりカロリー摂取を約14%制限したヒトと、より厳しい40%の制限下に置かれたマウスで、免疫機能の指標値を調べた(RhoadsとAndersonによる展望記事参照)。細胞解析と転写調査により、カロリー制限下で胸腺機能の向上の効果が見られた。血小板活性化因子アセチルヒドロラーゼをコードしている遺伝子(PLA2G7)の発現は、カロリー制限を受けているヒトで減少した。マウスにおけるこの遺伝子の不活性化は炎症を低減し、老齢マウスにおいて胸腺機能および幾つかの代謝機能の指標値を改善した。このように、PLA2G7発現の減少は、カロリー制限の幾つかの有益な効果を仲介している可能性がある。(MY,KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 胸腺:胸骨の裏にあり、T細胞の分化、成熟など免疫系に関与する器官。
  • PLA2G7:脂質代謝制御で中心的な役割を果たしているホスホリパーゼA2に属する酵素。また、ヒトではその血中濃度が動脈硬化と正の相関を示すことが知られている。PLA2G7はその遺伝子。
Science, abg7292, this issue p. 671; see also abn6576, p. 620

ワクチン接種がオミクロンから身を守る (Vaccination protects against Omicron)

懸念されるオミクロン(B.1.1.529)変異株は、元の重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)ウイルスよりも伝播性および感染性が高いことが証明されている。Muikたちは、ビオンテック/ファイザーのBNT162b2メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンが、オミクロン変異株に対して有効であるかどうかを調査した。血清は、臨床試験対象の2つの集団から収集された。この2つの集団は、初期の2回連続でのBNT162b2ワクチン接種(21日間隔)のみを受けた集団と、この2回目の接種から6?18ヶ月後に3回目の「追加免疫」ワクチン接種を受けた集団である。2回の投与のみを受けた人は、オミクロン変異株を中和する能力が低かったのに対し、BNT162b2の3回目の注射は、抗体のオミクロンに対する認識度を大幅に改善した。これらのデータは、オミクロン主導のCOVID-19から身を守るためには、3回のBNT162b2のmRNAワクチン投与が必要である可能性が高いことを示唆している。(Sk,nk,kh)

Science, abn7591, this issue p. 678

クロマチン修飾のクローズアップ (Close-up on chromatin modifications)

遺伝子発現を地図化するための空間的トランスクリプトミクスにおける最近の進歩にもかかわらず、遺伝子発現と組織発達の両者を高い空間分解能で制御しているその根底にある後成的機構を決定することが出来ていない。Dengたちは、解離していない凍結組織切片上でピクセルごとにヒストン修飾の全ゲノム・プロファイリングするためのspatial-CUT&Tagと呼ばれる技術について報告している。この方法は、マウスの胚性器官形成および出生後脳発達における空間個別的かつ細胞型特異的なクロマチン修飾を空間的に解像するものであった。単一細胞エピゲノム・プロファイル、単一の核を含む組織ピクセル画像から得られた。Spatial-CUT&Tagは、発達と疾患に広く関係する後成的調節の地図化を可能にすることで、高空間分解空間的生物学に新しい次元を追加する。(KU,nk,kj,kh)

Science, abg7216, this issue p. 681

インドでの数えられない患者 (Uncounted cases in India)

インドで積み上げられてきたCOVID-19の公式な患者数は、かなり少なく見積もられていることは明らかであるが、問題は、それがどれくらいの数になるのか?ということである。137,000人の成人に関する独立した調査において、Jhaたちは、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)関連が原因で死亡した人の数を記録した。2020年~2021年までの1年間の全死因死亡率のデータの調査は、新しい変異株の伝播の波を追跡することで26~29%の超過死亡率を明らかにした。インドの全人口に外挿すると、これは320万人以上の死者に相当し、その大部分は2021年の4月から6月に発生している。(Sk,nk,kj,kh)

Science, abm5154, this issue p. 667

泳ぐ心臓細胞 (Swimming cardiac cells)

バイオハイブリッドの有機的な組織体は、生物学的な部品が入っている装置であり、生体における生理学的制御機構を研究する方法を提供し、さまざまな課題に対するロボットによる解決策を着想させる可能性がある。Leeたちは、心臓細胞で作られた二重層構成物を用いて、泳ぐ魚の類似物を作った。これらの細胞は、自律的で律動的な、光誘導されるか自己調整される、拮抗筋運動を生み出し、心臓細胞の機械電気的信号伝達および自動性の両方を利用している。このバイオハイブリッド魚は、これまでのバイオハイブリッド体を超える性能の向上を示し、自己調整された筋肉駆動に機械電気的信号伝達をどのように用いることができるのかについての洞察を提供した。(MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 拮抗筋:筋肉運動の際に互いに反対の動きをする筋肉群のこと。
  • 著者たちによる動画:https://www.youtube.com/watch-v=PudGp0BeHTw
Science, abh0474, this issue p. 639

欧州の初期ホモサピエンス (Early Homo sapiens in Europe)

南西フランスのマンドリン洞窟から得られたデータは、欧州への現生人の侵入および現生人とネアンデルタール人との相互作用に関する我々の理解に疑問を投げかけた。従来の研究は侵入時期を約45,000年前とし、その後にアンデルタール人の急速な絶滅が続いたと推定していた。Slimakたちは今回、ネアンデルタール人と現生人の石器類の互層を発見した。この地層の一つは、54,000年前と時代特定され、地中海で発見された道具類と類似した道具類を有しており、また現生人の歯と類似した歯の化石を有している。これらの知見は、欧州におけるネアンデルタール人の交代が単一の事象ではなく、もっと複雑性のある事象であった可能性を示している。(Uc,KU,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abj9496 (2022).

リーダーの作製と除去 (The making and removal of a leader)

上皮が傷つくと、残りの細胞は開いた隙間へと遊走してそれを塞ぐことにより、傷ついた上皮層を修復する。多くの上皮細胞では、これは、リーダーと呼ばれる特殊な細胞により駆動される協調細胞運動を通して起きる。しかし、上皮細胞がどのようにしてリーダーになるのかは不明である。Kozyrskaたちは、負傷が損傷センサーp53を活性化し、それが次にその下流のエフェクターp21を介してリーダーの出現を促進することを明らかにしている(YunとGrecoによる展望記事参照)。しかし、リーダー細胞は一時的にしか存続しない。それは負傷による隙間がひとたび塞がれると、細胞の競争がリーダー細胞を除去し、上皮の完全性を回復させるからである。局所でのp53の上昇は、損傷が細胞遊走を引き起こすことが示されている他の状況においても細胞遊走を作動させているのかもしれない。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • エフェクター:タンパク質に選択的に結合してその機能を促進または阻害する小分子。
  • p53:細胞ストレスに対して応答するタンパク質の発現を促進する転写因子。
Science, abl8876, this issue p. 628; see also abn7411, p. 619

CD97は、流れに沿ってDCの戦いを助ける (CD97 helps DCs fight going with the flow)

cDC2と呼ばれる通常型樹状細胞(DC)のサブセットは、脾臓の血液に曝された領域内に見られる。これらの細胞は、血液から抗原を効率的に捕捉してT細胞に提示する。しかしながら、cDC2が血流に対して自分の位置をどのように感知しているかは不明なまま残されている。Liuたちは、マウスにおいて、Gタンパク質共役型受容体であるCD97のN末端フラグメントが、赤血球上に発現するCD55をせん断応力下で機械的に検知することを見いだした。このCD55が、cDC2の正しい位置決めに必要なGα13のシグナル伝達を誘発する。CD55-CD97-Gα13経路の欠陥は、循環血液中へのcDC2の喪失と、血中細菌への免疫応答に障害をもたらす。(KU,nk,kj,kh)

Science, abi5965, this issue p. 629

MZ B細胞は”a-gnaw-ther(かじるもう一種の提示細胞)”の役割を果たす (MZ B cells take on “a-gnaw-ther” role)

辺縁帯(MZ)B細胞は、多反応性免疫グロブリンM抗体の迅速な産生に特化したリンパ組織に存在するB細胞のサブセットである。Schriekたちは、MZ B細胞も、T細胞に抗原を提示する通常型樹状細胞(cDC)と同様に機能できることを見出した。MZ B細胞によって発現される補体受容体2(CR2)は、cDCの表面にあるペプチドが結合した主要組織適合遺伝子複合体クラスII(pMHC II)分子に結合した補体成分C3(C3)を認識する。MZ B細胞は、cDCからpMHCII?C3複合体を”かじり取り”、齧作用と呼ばれる過程でそれらを自身の膜に提示することができる。ユビキチン・リガーゼMARCH1は、cDCの表面に発現するpMHCII?C3複合体の量を調節することにより、cDCの損傷を制限する。(Sh,kh)

【訳注】
  • MZ B細胞:脾臓は人では左わき腹にある臓器で、赤血球や血小板の貯蔵や老化や破壊された赤血球の処分や血液中の異物除去を行う赤脾髄や、免疫細胞のリンパ球の生産を行う白脾髄などから構成されている。MZ B細胞は、赤脾髄と白脾髄の間の帯状領域である脾臓辺縁帯やその他のリンパ組織の辺縁帯に存在し、血液媒介病原体に対する防御の第一線として機能する。
  • a-gnaw-ther:Alan Mooreが著書エルサレムで用いた “another”と “a gnaw there”、“author”を組み合わせた単語。Mooreは文を単純化するために単語の多くを複合語化して用いている。
  • 免疫グロブリンM:感染に反応して最初に産生されるB細胞に存在する抗体の一つ。
  • 補体:主に肝臓で産生され、細菌の侵入などをきっかけに連鎖的に活性化する血漿タンパク。
  • 主要組織適合遺伝子複合体:免疫反応に重要な役割を果たす細胞表面のタンパク質をコードする遺伝子群。クラス IIは抗原提示細胞のみに存在する。
  • ユビキチン・リガーゼ:他のタンパク質の修飾に用いられ、タンパク質分解、DNA修復、翻訳調節、シグナル伝達などさまざまな生命現象に関わるタンパク質がユビキチン。そのユビキチンが結合したユビキチン結合酵素に結合し、ユビキチン結合酵素からタンパク質基質へユビキチンの転移・触媒する酵素がユビキチン・リガーゼ。
Science, abf7470, this issue p. 630

ヒトの減数分裂において不足しているモーター (A missing motor in human meiosis)

ヒトの卵子の染色体異常は、流産や不妊の主な原因である。これらの誤りは、卵母細胞が卵子に成熟する間の染色体の誤分離に起因している。染色体分離は、染色体を引き離す巨大分子の機械である紡錘体によって駆動される。しかしながら、ヒト卵母細胞はしばしば不安定な紡錘体を組み立て、染色体の誤分離を助長している。Soたちはヒト卵母細胞の紡錘体が、(他の哺乳類の卵母細胞とガン細胞中で紡錘体を安定させている) 分子モーターKIFC1にないためであることが原因で不安定であることを見出した。外来性KIFC1を導入することにより、著者らは、ヒト卵母細胞における紡錘体組み立てと染色体分離の忠実度を高めることができた。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 分子モーター:細胞中の微小管(紡錘体は微小管を束ねたもの)に沿って運動し、物質を運搬するタンパク質
Science, abj3944, this issue p. 631

事象の系列を覚える方法 (How to remember a sequence of events)

連続的な順序は、心の中でどのように符号化され、記憶に蓄積されるのだろうか? Xieたちは、2光子カルシウム・イメージングを用いてこの疑問に取り組み、視空間系列遅延再現課題を実行しているサルにおいて数千の前頭前野ニューロンを同時に記録した。そのサルたちは3つの場所の系列を見て、或る時間をおいた後に、対応する場所へ適切な順序に眼球を向ける運動を行った。数学的分解法を用いて得られたデータは、新しい単純なタイプのモデルを支持している。そのモデルは、事象配列の各階層に対して、明瞭でかつほぼ直交する部分空間を持つ静的集団符号化が形成されると言うもので、すべての階層のコードが同じ重なった前頭前野ニューロンのグループに重畳している。これらの結果は、脳内の系列表現を理解する上で重要かつ新しい視点を開くものである。(Wt,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 集団符号化:神経細胞がその活動のどの部分に外界の情報を表現しているかの仮説の一つ。相関を伴う神経細胞集団の同時活動に刺激が符号化されているとする。
Science, abm0204, this issue p. 632

意外な方法でひずみを検出する (A surprising way to detect strain)

圧電材料においてひずみに反応して電荷が発生する現象はその結晶構造に依存している。この特性故に圧電材料は様々なセンシング応用に魅力的な材料となっている。Parkらは、非圧電性の二酸化セリウムにガドリニウムを導入するというこれまでとは異なる戦略を提案している (Liによる展望記事参照)。本手法はまた、酸素空孔を創り、その結果静電場下において周波数依存性の圧電効果を示すようになる。本材料のピエゾ効果の大きさは市販のピエゾ材料のものと同等であり、この戦略は幅広い材料に対してより一般的に使えるはずである。(NK,KU,ok,kh)

Science, abm7497, this issue p. 653; see also abn2903, p. 618

生まれつき強いが、しかし軽い (Naturally strong but light)

発泡体やハニカムのようなセル構造体は、最小限の重量で優れた剛性や靭性を発揮できる。Yangたちは、コブヒトデの骨格からの石灰質の骨要素である小骨を調べた (HydeとMeldrumによる展望記事参照)。著者らは、この構造が、方解石の原子レベルの結晶と、菱形の三重周期極小曲面によるミクロレベルでの微小格子の両方から成り、二重尺度の微小格子で構成されていることを示している。このような複合的な特徴が、圧縮下での骨格の損傷耐性を高め、ヒトデに驚くべき比エネルギー吸収能力を与えている。(Wt,ok,nk,kh)

【訳注】
  • 比エネルギー吸収能力:質量あたりの必要な変形(吸収)エネルギー(単位:J/kg)
Science, abj9472, this issue p. 647; see also abn2717, p. 615

Y染色体の進化モデル (Evolutionary models of the Y chromosome)

進化遺伝学における主要な問題の一つは、性染色体が他の未分化の染色体からどのようにそしてなぜ形成されるかということである。性的対立理論は、雄性に利益をもたらすが雌性に害を及ぼす拮抗性対立遺伝子が、最初の雄性決定遺伝子座と同じ染色体上にあり、組換えに対する選択をもたらすと仮定している。LenormandとRozeは、別の進化経路を提案する4段階のモデルを 展開した(MuralidharとVellerによる展望記事を参照)。Y染色体の一部で偶然に逆位が起こりそれが戻らないとその部分での組換え停止につながる。これがXとYのシス調節因子の分岐を引き起こし、遺伝子量補償および性的に拮抗する調節効果を選択する。この性的対立は、組換えの再確立から逆位を保護する。したがって、Y染色体の劣化を進める性染色体の非組換え領域の拡大は、性的に拮抗する遺伝子の動員に依存しない。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • 性的対立:雌雄間で繁殖に関する最適戦略が異なるときに起きる進化的な対立で、両性間に進化的軍拡競走を引き起こす原因となる。
  • シス調節因子:同一分子上の遺伝子発現を調節するDNA またはRNA の領域を指す
  • (染色体)逆位(chromosomal inversion):ある1つの染色体に2か所の切断が起こりその断片が反対向きに再構成されてしまう染色体異常の一つ
  • 遺伝子量補償:性染色体上にコードされている遺伝子の発現量が雄と雌の間で同じになるように調節されること
Science, abj1813, this issue p. 663; see also abn7410, p. 616