Science May 21 2021, Vol.372

欧州の自然を守るための優先事項 (Priorities to protect nature in Europe)

環境保護科学者の間では、生物多様性と生態系サービスを守るために保護地域を拡大すべきとの共通認識があるが、環境保護に向けて地域に優先順位を付けるのは往々にして難しい。欧州各地の環境保護を動機づける要因を考慮して、O'Connorたちは、800を超える脊椎動物種の分布で表される種の価値、自然観光のような活動で表される景観の文化的価値、そして炭素隔離と洪水防止のような生態系サービスの価値を包含する分析を行っている。これら3つの主要な価値が1つの景観において、みな一致することはあまりないが、著者たちは、区域保護を立案する上で生物多様性に焦点を合わせることが、さまざまな自然の価値を取り込む最も効果的な方法であることを見出した。(Uc,MY,kh)

【訳注】
  • 生態系サービス:生物・生態系に由来し、人類の利益になる機能を指す用語であるが、現在は「自然がもたらすもの:nature’s contributions to people (NCP)」が使われるようになってきている。
Science, abc4896, this issue p. 856

ブラジルでの弱まることのない感染拡大 (Unmitigated spread in Brazil)

一次医療を利用できる広範な組織網があるにもかかわらず、ブラジルは重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のパンデミックの中で深刻な被害を受けてきた。州の保健所からの毎日のデータを用いて、Castroたちは、2020年2月から10月までの国内におけるCOVID-19の患者と死亡者の拡大の型を分析した。コロナ感染という事態が明らかになる前の集団死亡の記録は感染が無制御に拡大したことを示した。SARS-CoV-2は、サン・パウロから北に拡大した時に、1か月以上ブラジル内で検出されずに広まった。マナウスでは、伝播は、2020年半ばに一時的に拡大が止まった後で、前例のないレベルに達した。Fariaたちは、棘突起タンパク質に3つの変異(K417T、E484K、およびN501Y)を含む17の変異を持っている、P.1と呼ばれる新しいより攻撃的な系統の進化を追跡した。加速された進化の後、この変異体は2020年11月にブラジルに出現した。P.1の出現と相まって、深刻な地域内格差と政治的混乱によって病気の拡大が加速し、結果として連邦政府の迅速な対応が損なわれた。(KU,nk,ok,kj,kh)

Science, abh1558 and abh2644, this issue p. 821 and p. 815

高い精度で原子の位置を示す (Locating atoms with higher precision)

電子顕微鏡画像の分解能と解釈の向上を阻んでいる2大要因は、レンズ収差と多重散乱である。Chenたちは、干渉性散乱と多重重畳照射スポットを使って遠視野回折像から画像を再構成する技術であるタイコグラフィーを用いて、この課題を克服した。本手法は、光学的要因ではなくむしろ試料の散乱強度で分解能が制限されるため、厚みのある試料ほどより有効である。著者たちは、PrScO3試料中の原子の熱振動よりも高い究極の面方向分解能を達成し、理論的には単一のドープ原子を特定できることを示した。(NK,kj,kh)

Science, abg2533, this issue p. 826

空間と時間における翻訳の定量化 (Quantifying translation in space and time)

発生中に、遺伝子発現の正確な制御は再現性のある様式を確立し、適切な時間と場所で器官の形成を導く。発生様式の出現は、主に転写の段階で研究されてきたが、これらの転写物の運命はほとんど注目されてこなかった。Dufourtたちは、SunTag標識法を用いて、生きているショウジョウバエ胚における個々のメッセンジャーRNA(mRNA)分子の翻訳の動態を画像化した。この研究は、「翻訳工場」(mRNAのクラスターと翻訳機)および同じmRNA間での翻訳効率の不均一性を明らかにした。(KU,kh)

【訳注】
  • SunTag法:短いペプチドの反復を用いたタンパク質標識方法。
Science, abc3483, this issue p. 840

限界点を見つけ出す (Finding the breaking point)

超流動体は粘性なしで流れることができるが、それは流速がいわゆる臨界速度よりも低い場合に限られる。Sobireyたちは、2次元に閉じ込められた超低温のフェルミオン原子の系の臨界速度を測定した。彼らは、リチウム-6 原子の気体を箱型ポテンシャルにトラップした後、トラップを通じて別の周期的なポテンシャルへ移行させた。周期的なポテンシャルの速度が臨界速度に達したとき、この擾乱に対してこの気体は急激な応答の増大を示した。(Wt,nk,kj,kh)

Science, abc8793, this issue p. 844

ビフェニレン炭素シート (Biphenylene carbon sheets)

グラフェンは2次元の炭素シートを形成するが、炭素環の他の配置も平らなシートとして集合させることができる。Fanたちは、金の表面に4員、6員、およ8員環を形成する sp2混成炭素原子からなる超平坦なビフェニレン炭素シートを合成した。 吸着されたハロゲン化テルフェニル分子は、2段階のポリマー間脱フッ化水素重合を経て、炭素-炭素結合の形成により4員環、および、8員環を形成する。走査型トンネル分光法によって、この炭素同素体が金属性であることが明らかになった。(Wt,kj)

Science, abg4509, this issue p. 852

非線形光学分光法は極端へ (Nonlinear spectroscopy goes extreme)

非線形光学分光法は、物質の理解と分析に不可欠な役割を果たすが、実験室では主に赤外線-紫外線領域に限定されてきた。これらの分光手段をより短い波長に拡張するには、通常、自由電子レーザーなどの機器を備えた大規模な設備を必要とする。Helkたちは、フェムト秒卓上レーザーを用いた、極紫外線(XUV)領域での第二高調波発生(SHG)を実証している。彼らは、観測されたチタンからのXUV-SHG発光が、反転対称性の破れた表面に固有であり、内殻準位の原子の遷移によって増大されている可能性があることを示している。これらの発見は、複雑な材料および原子特異性を有する界面における、対称性と動態のより定型的な研究への扉を開く。(Sk,nk,ok,kj)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abe2265 (2021).

「人間の由来」からの150年 (150 years of The Descent of Man)

チャールズ・ダーウィンの 「人間の由来」は1871年に出版された。それ以来、この本は、人類の進化研究の礎石となってきた。Richersonたちは、人類の生物学的および文化的進化に関する現代の研究が、ダーウィンの研究の思想をいかに反映しているかを総説している。彼らは、現代人の祖先における協力、社会的学習、および累積的文化が、いかに私たちの進化に重要であったか、そして更新世の環境激変の間に強化されたかを力説している。進化論的視点は、人類生物学だけでなく社会科学にも浸透して、ダーウィンの洞察を証明するようになった。(Sk)

Science, aba3776, this issue p. eaba3776

鳥インフルエンザの溢流 (Avian influenza spillover)

鳥類のインフルエンザ・ウイルスはヒトに波及してパンデミックを引き起こす可能性があり、2009年にH1N1鳥インフルエンザ・ウイルスでそれが起こった。ShiとGaoは展望記事で、H5N8鳥インフルエンザ・ウイルス系統の出現について議論している。2020年に、野鳥や養殖鳥のH5N8への感染が世界各地に広がり、少なくとも46カ国にわたった。H5N8に感染した最初のヒトの症例は2020年12月に報告された。ヒトへのさらなる感染波及を避けるために、この高病原性の可能性がある鳥インフルエンザ・ウイルス系統のさらなる監視と、農場での厳格な感染制御処置が必要である。(ST)

Science, abg6302, this issue p. 784

再生が立案を支える (Replay supports planning)

直接的な体験からの学習はたやすい(私たちは試行錯誤をいつも用いることができる)が、非直接的な(非局所的な)体験から私たちはどのように学ぶのだろうか? このためには、時間と空間を橋渡しする追加的な機構が必要となる。げっ歯類では、海馬での再生がこの機能を促進すると仮定されている。Liuたちは、新規モデルに基づく視覚指向の多経路強化記憶課題と組み合わせたヒトの脳磁気図記録を用いることで、高時間分解能で脳信号を測定した。この課題は、被験者の中で局所的エピソードか非局所的エピソードかを区別するよう設計された。彼らは、ヒトの内側側頭葉での逆順再生が非局所的な強化学習を支援し、価値学習のような複雑な貢献度分配問題を解く基本的機構であることを見出した。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 視覚指向:実行する課題が視覚情報刺激に基づくこと。
Science, abf1357, this issue p. eabf1357

塩素ラジカルの複雑な役割 (A complex role for chlorine radicals)

ラジカルは不対電子をもっているので、反応性が高い原子や分子である。特定の反応にラジカルが関わっているかを調べる一般的な方法は、受容体化合物によるラジカル捕捉を試すことである。Yangたちは、捕捉による研究が、これまでアルコキシ・ラジカルが関与するとしてきた光誘起アルカン酸化反応を再調査した。この反応に対する分光学的研究、反応速度研究、および同位体標識研究は、アルコキシではなく塩素が重要なラジカル中間体であることを明らかにした。つまり、捕捉による以前の結果は、アルコールとの塩素の錯体形成に由来したのである。(MY,ok)

Science, abd8408, this issue p. 847

脳–コンピューター・インターフェースの強化 (A boost for brain–computer interfaces)

われわれの手足の精密に制御された動きは、脳と体周辺部との間の双方向の神経細胞の通信を必要とする。これは、運動出力を計画し、開始し、実行するための視覚的フィードバックと同様に、筋肉、関節、皮膚からの求心性情報を含む。四肢麻痺において、この神経通信は脊髄の段階で両方向で遮断される。脳–コンピューター・インターフェースは、脳の活動から直接記録することで制御された随意運動出力を生成するために開発されてきた。Flesherたちは脳–コンピューター・インターフェースに求心性チャネルを追加し、手の皮膚からの感覚入力を模倣した(Faisalによる展望記事参照)。求心性入力を追加することによって達成された改善は、人被験者でテストされた一連の運動課題において実際に大きかった。(KU,ok,kh)

【訳注】
  • 求心性(神経):全身からの感覚情報を中枢に伝える神経(感覚神経)。
Science, abd0380, this issue p. 831; see also abi7262, p. 791

適切な酸化還元分子を設計する (Engineering suitable redox molecules)

フロー電池では、陰極液と陽極液は別々のタンクに保管され、ポンプを用いて、薄い膜で分離された電極対を有するスタック(小さな電池の集積体)に電解液を循環させる。このような電池は、大規模な電力網用蓄電池への応用に最適である。しかしながら、適切な酸化還元分子は今のところ限られている。Feng たちは、「分子工学」を用いて、有機系レドックス・フロー電池の主成分として安価な前駆体(9-フルオレノン)を改変した(HuとLiuによる展望記事を参照)。著者たちは、水性電解質中でのケトン基の可逆な水素化と脱水素化がレドックス反応に関与するフロー電池において、一連の9-フルオレノン改変分子を試験した。これらの反応は、2電子酸化還元反応および空気中かつ高温(50°C)での作動を含む有益な特徴を有しており、実世界での応用により適している。(Sk,kj,kh)

Science, abd9795, this issue p. 836; see also abi5911, p. 788

食べるべきか食べざるべきか (To eat or not to eat)

4型メラノコルチン受容体(MC4R)は、食物摂取の制御に関与する。つまり、刺激ホルモンによるMC4Rの活性化は食欲を抑制する一方、天然の拮抗薬との結合は食欲を促進する。最近明らかにされた不活性高次構造中でのMC4Rの構造を補完して、Israeliたちは、体重制御薬であるセトメラノチドとそのシグナル伝達相手のGタンパク質に結合した構造を提示している(Farooqiによる展望記事参照)。この研究は、MC4R活性化機構を明らかにし、なぜセトメラノチドが強力な作動薬として作用するか、一方でなぜ構造的に類似した化合物であるSHU9119が阻害剤であるか、の理由を説明している。この構造は、体重調節障害に対するMCR4の変異の寄与についての洞察も提供している。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 拮抗薬:生体内の細胞の受容体に結合し、神経伝達物質やホルモンなどの作用を阻害する物質。
  • Gタンパク質:細胞膜の内側表面に結合し、グアノシン三リン酸(GTP)をグアノシン二リン酸(GDP)に変換するタンパク質で、細胞内シグナル伝達に関わる。
  • 作動薬:生体内の受容体分子に働いて神経伝達物質やホルモンなどと同様の機能を示す物質。
Science, abf7958, this issue p. 808; see also abi8942, p. 792

完新世の植生変化速度 (The pace of Holocene vegetation change)

産業革命以降に起きた急速な環境変化については多くが知られているが、それ以前の何千年にわたる変化の様式は、まだらにしか理解されてこなかった。Mottlたちは、1100を上回る地球規模の化石花粉記録群を用いて、過去18,000年にわたる植生変化の速度を探求した(OverpeckとBreshearsによる展望記事参照)。著者たちは、完新世後期(約4,600年前~2,900年前)の間に変化の速度が著しく加速し、それは、最終氷期末に伴う気候変動による植生変化よりもさらにいっそう急速だったことを示している。さらに、完新世後期の加速は、総じて陸上の群落に対して始まった。これは、過去2世紀にわたる植物種入れ替わりの加速が、より幅広い傾向の一端であることを示唆している。(MY,kh)

Science, abg1685, this issue p. 860; see also abi9902, p. 786

真菌類の初期陸生植物との共生 (Fungal symbiosis with early land plants)

何億年前に、進化した水生植物の子孫が陸地に現れ始めた。これらの新たに陸生化した種は紫外線曝露の増大、乾燥、および利用可能な栄養物がより少ないこと、に対処しなければならなかった。Richたちは、これらの初期の植物系統がその新たな厳しい環境に適合するのに、相利共生真菌がどのように助けたのかを示している(Bouwmeesterによる展望記事参照)。そのような植物の代表として、ゼニゴケの遺伝子と代謝を解析すると、アーバスキュラー菌根菌との互恵的な栄養物交換が、これらのほとんどの初期陸生植物を特徴づけるものだったのかもしれないことが示唆される。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • アーバスキュラー菌根菌:土壌中に普遍的に存在し、およそ80%の陸生植物と共生可能な糸状真菌で、植物の根の細胞の中にまで菌糸を伸ばして栄養物の交換を行う。土中に菌糸を張り巡らして植物の根圏を広げる。
Science, abg0929, this issue p. 864; see also abi8016, p. 789