Science February 26 2021, Vol.371

Shulinによって閉じ込められた繊毛モーター (Ciliary motors locked closed by Shulin)

運動性の繊毛と鞭毛は、左右の体軸を設定し、気道から粘液を除去し、そして単一細胞の動きを駆動するなどの機能を備えた重要な細胞小器官である。繊毛の拍動は、ダイニン・モーターの配列によって動力供給されるのだが、その主要な力の発生器は、外側のダイニン・アーム(outer dynein arm:ODA)複合体である。原生生物テトラヒメナを用いて、Maliたちは、新たに合成されたODAに結合するShulinという名前の因子を同定した。低温電子顕微鏡法は、Shulinがどのようにダイニン・モーターの活動を止め、細胞質から繊毛におけるその最終位置へODAの送達を促進するように、ダイニン・モーターをしっかりと組み合わせるかを明らかにした。(KU,kh)

【訳注】
  • ダイニン:ATPに依存して微小管のうえを滑り運動するモーター・タンパク質
  • テトラヒメナ:水中に生息する繊毛虫で、多数の繊毛が生えており、これによって運動する
Science, this issue p. 910

ワクチンの優先順位付け (Vaccine prioritization)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対する限られた供給量のワクチンに高い需要がある可能性があるが、ワクチンの配布はどのように優先順位をつけるべきであろうか? Bubarらは、ワクチンの特性についての不確実性が、死亡や感染を減らすための優先順位付け戦略にどのように影響するかを国を越えてモデル化した(FitzpatrickとGalvaniによる展望を参照)。このモデルでは、ワクチンの有効性と、疾病を減少させ、かつ/または感染を阻止する能力は、感受性・致死率および免疫力の低下が年齢に結びついた変数で説明されていた。ほとんどすべての状況において、死亡率を減少させるためには、死亡リスクの高い人、すなわち通常は60歳以上の人と合併症のある人にワクチンを配布する必要があった。もしワクチンが、高齢者に対し防御効果が不完全であったり弱かったりするならば、優先順位をより若い層に与えることができるかも知れない。有効な投与人数を増やすためには、抗体テストの陰性者により高い優先度を与えるべきである。(ST,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 916; see also p. 890

表面的には (On the surface)

水性エアロゾルによる大気からのN2O5の取り込みと加水分解は、エアロゾル本体での溶媒和とそれに続く加水分解によって起こると長く思われていた。しかしこの機構は、反応速度が速いために検証できなかった。Galibたちは分子シミュレーションを用いて、その機構がそうではなく逆であることを示した。すなわち、界面での加水分解の後に内部への溶媒和が続くのである。彼らの反応取り込モデルは、幾つかの既存の実験的観察と一致している。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • 溶媒和: 溶質分子もしくは溶質が電離して生じたイオンと溶媒分子とが、静電気力や水素結合などによって結びつき取り囲むことで溶質が溶媒中に拡散する現象のこと。
Science, this issue p. 921

空きが十分ない (Not enough room)

現代の肉食の動物群集は、広範囲の身体の大きさにわたる種を含んでいる。例えば、アフリカのサバンナでは、小型種(マングース)、中型種(野生犬)そして大型種(ライオン)が存在している。この多様性は各集団に最も適する入手可能な被食者の存在を反映している。しかしながら、肉食恐竜群は、成体として中型もしくは小~中型グループに分類できる種に欠けていた。Schroederたちは、動物群・場所そして時代を通じて俯瞰し、巨大な成体が小さな孵化体として始まるという、恐竜のもつ特有な生態学によってこの欠損が生じていたと思われることを見出した。成長途中の未成熟な恐竜がこのように、成体大型恐竜以外の生態学的地位を埋め、食物連鎖上の種の多様性を制限した。(Uc,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 941

地震の電話が来るのを待つ (Waiting for earthquakes to call)

広大な海底を計測することは、難しくて費用もかかるが、地震と津波のモニタリングには重要である。Zhanたちは、通常の通信信号の偏光を用いて、長さ10,000 kmの光ファイバー海底ケーブルにおける地震と水のうねりを検出した (Wilcockによる展望記事を参照)。深海の Curieケーブルは、地上のケーブルほどノイズが多くないため、著者たちはケーブルからのひずみを検出することができた。9か月にわたる観測期間の結果は、現在の海底光ファイバー・ケーブルが、地球物理学的手段としても利用できることを示した。(Wt,KU,kh)

【訳注】
  • Curieケーブル:Googleが敷設したチリとロサンゼルス間をつなぐ海底ケーブル(2019年)。
Science, this issue p. 931; see also p. 882

次世代光ディスクを目指して (Toward next-generation optical disks)

サブ回折限界光の情報ビットは、超解像法を用いて書き込むことが可能であり、非常に高密度な情報記憶手段を実現する。ランタノイドを不純物添加したアップコンバージョン用ナノ粒子を用いて、非共鳴光と合わせた露光設計によるアップコンバージョン共鳴エネルギー移動によって酸化グラフェン薄片を局所的に還元することで、Lamonたちは、ナノ寸法の光書き込みにより、12cmの光ディスクに700テラバイトの推定記憶容量を達成した。これは、28,000枚の単層ブルーレイ・ディスクの記憶容量に匹敵する。この技術は、次世代の大容量光データ記憶に安価な解決策を提供し、柔軟なグラフェンに基づく電子機器の省エネルギーでのナノ加工を可能にする。(Sk,kj)

【訳注】
  • アップコンバージョン:長波長光を短波長に変換する技術
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abe2209 (2021).

F + HD反応における興味深い力学模様 (Intriguing dynamics pattern in F + HD)

数十年にわたる研究にもかかわらず、化学反応力学における相対論的スピン-軌道相互作用は興味深いテーマのまま残されている。Chenらは、高分解能の速度マップ撮像交差ビーム法を用いて、部分波共鳴近傍で F + HD → HF + D 反応において微分断面積に興味深い模様を観測した(Rakitzisによる展望記事参照)。さらなる理論解析により、この模様が異なる全パリティを持つスピン-軌道分裂部分波共鳴間の量子干渉に由来することが示された。長年にわたって知られていたが完全には解明されていない三原子系で観測された部分波の微細構造の効果は、化学反応力学の真の量子特性に関してもう一つの注目に値する証拠である。(NK,KU,kh,kj)

【訳注】
  • 部分波共鳴:反応プロセスの散乱波動関数を角運動量などで展開した時の各成分が部分波で、ある部分波において共鳴的(反応障壁が低くなる)に反応が進むことを言う。
Science, this issue p. 936; see also p. 886

生体内での3Dゲノムの可視化 (Visualizing the 3D genome in situ)

細胞内ゲノムの高次構造は、細胞の状態に応じて変化し、したがってゲノム構造を可視化できれば、調節性遺伝因子間のシスとトランスの相互作用を明らかにすることができる。Payneたちは、生体内での単一細胞における偏りのないゲノム配列決定技術を開発した。その技術は画像化によってクロマチン構造を推測することができる。彼らは、核よりも小さな位置で配列を同定することで、単一細胞における染色体内および染色体全体での遺伝因子間の近接関係を解析することが出来た。この技術を用いて、彼らは染色体領域および異なる型の反復配列と染色体の特徴との間の差異を見つけることができた。この方法は、無傷の単一細胞におけるマイクロメートル以下の分解能でゲノム座標を図化し描くことが出来る。(NA,KU,kh)

Science, this issue p. eaay3446

タウ・タンパク質の多面性 (The many faces of tau)

タウ・タンパク質は、アルツハイマー病を含むいくつかの脳障害に関与しており、治療の標的になるかもしれないことを示唆している。しかしながら、タウの多面的な役割がさまざまな脳疾患の神経病理にどのようにつながっているのかが不明であるため、医薬品の開発は依然として困難である。Changたちは、脳疾患におけるタウ・タンパク質の考えられる機能と、研究と医薬品開発の進歩に向けた可能性のある道筋を概説している。(Sk,nk)

Science, this issue p. eabb8255

徹底的に身体でガンを追跡する (Following cancer through the body)

哺乳類腫瘍の異質性は、十分記録化されてきたが、個々の細胞間の違いがどのようにして転移を引き起こし、身体中に広がるのかは不明なままである。Quinnたちは、Cas9に基づく系統追跡子を作り、単一細胞配列決定法を用いて系統発生を作成し、異種移植片マウス・モデルの肺に移植された転移性ヒト・ガン細胞の動きを追跡した。彼らはこのモデルを用いて、同一の細胞系統内で、ガン細胞が多様な転移表現型を示すことを見出した。これらのサブクローンは遺伝子発現様式に差異を示し、その幾つかは以前に転移と関連付けられていた。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • サブクローン:ガン細胞が変異して作られた新たなガン細胞。
Science, this issue p. eabc1944

肝臓の成長におけるゾーニング (Zoning in on liver growth)

臓器の恒常性または損傷や疾患後の再生において、失われた組織を再構築するために1つないし複数の幹細胞集団が必要とされる。肝臓における新しい細胞の供給源に関してかなりの議論がなされている。今日、2つのグループが新らしい肝細胞の供給源を突き止めた(Anderssonによる展望記事参照)。肝臓はその構造全体で大きな多様性に乏しいように見えるかもしれないが、その小葉は同心円状のゾーンに組織化され、そこでは肝細胞が異なる代謝酵素を発現する。Weiたちは、さまざまな肝細胞型を標識する14系統の運命マッピング・マウスを比較することにより、新らしい肝細胞の供給源を体系的に明確にしようとした。彼らは、肝小葉の異なる領域が肝細胞の代謝回転に違いを示し、ゾーン2が恒常性と再生の際の新しい肝細胞の主要な供給源であることを見出した。同様に、Heたちは、高い空間的および時間的分解能で生体内での細胞増殖を記録する遺伝的方法を考案し、全細胞集団レベルで或る特定の細胞型の増殖現象の連続的な記録を可能にした。この方法を使用して、彼らはゾーン2を最も高い増殖活性を持ち、肝臓の再生に最も貢献しているものとして突き止めた。これらの知見は、慢性疾患の病因、ガンの発生、および再生医療戦略の細胞基盤に影響を与える。(KU,kh,kj)

【訳注】
  • 肝小葉:肝臓組織の構造単位
  • 運命マッピング・マウス:蛍光タンパク質などのレポーターを特定の時期や起源の細胞に由来する一群の細胞に発現させた遺伝子改変マウス
Science, this issue p. eabb1625, p. eabc4346; see also p. 887

たった1つの糖が全ての違いを作る (A single sugar makes all the difference)

抗体は、その不変尾部(Fc)領域に基づき幾つかの部類に分けられる。これらの領域は、異種免疫細胞の受容体および補体タンパク質と相互作用して、固有の免疫応答を指示するのを助ける。免疫グロブリンG(IgG)抗体のFc領域は、進化的に保存されたN結合型糖鎖を297の位置に含有する。しかし、この位置に用いられる特定の糖鎖は、非常に多様である。この位置の最も重要なフコシル化を欠くIgGは、Fcの受容体であるFcRIIIaへの親和性が向上することにより、抗体依存性細胞傷害性の増強を引き起こす。Larsenたちは、重い症状のCOVID-19患者が、軽い症状の患者と比べて、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に抗するIgGの、フコシル化していないものの濃度が高いことを報告している。これらの知見は、フコシル化した抗SARS-CoV-2抗体でCOVID-19の患者を治療することが、重症COVID-19に関連する病状を回避できるかもしれないことを示唆している。(MY)

【訳注】
  • フコシル化:六単糖の1種であるフコースによるN結合型糖鎖の修飾。
Science, this issue p. eabc8378

宿主を標的にしてウイルスを傷つける (Hurting the virus by targeting the host)

多くの宿主タンパク質は、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の生活環の中で役割を果たしており、いくつかはウイルスの複製と翻訳に必要である。ウイルス・タンパク質を標的とする薬剤を見つけるための取り組みがあるが、補完的な手法は、ウイルスが必要とする宿主タンパク質を標的にすることである。Whiteたちは、宿主細胞の翻訳機構を標的とする、環状デプシペプチド薬プリチデプシンの抗ウイルス活性を調べた(WongとDamaniaによる展望記事を参照)。著者らは、細胞内において、その薬剤がSARS-CoV-2に対してレムデシビルよりも実質的により強力であり、細胞毒性は限られていることを示している。予防的処置がマウスをSARS-CoV-2感染から守ったので、治療薬としてのプリチデプシンのさらなる研究が求められる。(Sh,kh)

【訳注】
  • デプシペプチド:一つ以上のアミド結合がデプシ結合(エステル結合)に置換されたペプチド。
Science, this issue p. 926; see also p. 884

レーザーに基づく乱数の発生 (Laser-based generation of random numbers)

我々のデジタル通信網の機密保護は、乱数または無作為ビットの流れを生成する能力によって支えられている。通信網は常につながった状態で拡大していくため、乱数の生成速度を上げて需要に対応していくことが課題である。Kimたちは、超高速で無作為ビットを生成する回路素子大のレーザー・ダイオードを設計した(FischerとGauthierによる展望記事参照)。光共振器の形状を調整することにより、多くのレーザー発振モードの時空間干渉を利用して、空間と時間にピコ秒尺度の発光強度変動を生成し、超高速無作為ビットの流れを並列に生成することができた。このような素子は、超高速、小型、堅牢、かつエネルギー効率の高い無作為ビット発生器を必要とする幅広い応用があるだろう。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 948; see also p. 889

rプロセス元素の起源 (The origin of r-process elements)

理論モデルによると、高速中性子捕獲プロセス(rプロセス)による重元素の合成は、中性子星合体やある種の超新星などの極端な天体物理学的環境下で発生すると予測されている。この予測をこれら重元素の同位体記録との比較によって検証することは今まで難しかった。Coteたちは、2つのrプロセス同位体であるヨウ素129とキュリウム247を調べた。どちらも半減期は1,560万年である。したがって、これらの同位体の比は、元素合成後もずっと一定である。太陽系形成時のこれらの同位体の比率は隕石に記録されている。この値を核天体物理学的な計算と比較すると、最も可能性の高い発生源は、中性子連星の合体から放出された中程度の中性子に富む物質であったことを示している。(Wt,kj)

Science, this issue p. 945