Science February 12 2021, Vol.371

旧石器時代の貝笛の音 (Sounds from a Paleolithic seashell horn)

骨で作られた横笛と笛は、欧州における後期旧石器時代の遺跡で発見されてきたが、他の材料で作られた楽器は珍しい。Fritzたちは、知られているうちで世界最古の巻き貝の殻を鑑定して約17、000年前のものとしたが、これは管楽器としてマルスーラ洞窟のフランス・マドレーヌ文化遺跡で使用されたものだった。古代に、この貝殻の頂部を注意深く取り除くことが、空気がその中を流れて音を出すことを可能にしていた。実験により、この貝殻を演奏すると、C、Cシャープ、Dに似た3つの音が生成されることが明らかになった。この貝殻の外表面を画像強調することにより、洞窟の壁で見つかった絵画に似た赤い顔料の斑点が明らかになった。(Sk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abe9510 (2021).

山岳にとっては退屈な10億年 (A boring billion for mountains)

地球の地殻は、超大陸が形成されたり、分裂したりして時間の経過とともに変化してきた。この周期に関係するのが高山の造山作用と浸食であり、これは地殻プレート間の衝突に関連している。Tangたちは、ジルコン中のユーロピウム異常を用いて、地球全史にわたる地殻の平均的厚さを推定している。この指標は、造山活動が、現在そうであるように、あるいは地球の歴史のごく初期の頃にそうであったように、常に活発に行われていたわけではないことを示している。造山活動とそれに続く浸食は、約10億年間はそれほど激しくなく、おおまかには、生物学的進化の、いわゆる「退屈な10億年」の期間と相関していた。(Wt,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 728

超電導界面 (A superconducting interface)

物質間の界面は、どちらの材料にも属さない量子状態を持つことがある。古典的な事例としては、LaAlO3及びSrTiO3の2種類の絶縁性酸化物の間にある超電導界面が知られており、約200ミリケルビンの臨界温度を有している。Liuらは、異なる物質界面、すなわちKTaO3基板と、その上に形成されたEuOまたはLaAlO3いずれかの被膜層との間の界面において約2ケルビンというかなり高温の超電導性を観測した。電子輸送測定は異方性を示し、このことは特異な超電導状態の可能性を示唆している。(NK,KU,nk,kj)

Science, this issue p. 716

動物由来のコロナウイルスとの戦い (Fighting zoonotic coronaviruses)

過去20年間で、コウモリに由来すると考えられている3つのベータ・コロナウイルスは、人間に壊滅的な病気を引き起こした。最新のそのようなウイルス、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)によって引き起こされた世界的大流行は、人間に脅威を与えるかもしれない他の系統に対して防御する必要性を浮き彫りにしている。Cohenたちは、宿主細胞受容体に結合するタンパク質ドメイン(receptor-binding domain:RBD)を表示するナノ粒子、即ちホモタイプのSARS-CoV-2粒子と4つまたは8つの異なるベータ・コロナウイルス由来のRBDを表示するモザイク粒子を作成した。マウスにおいて、SARS-CoV-2 RBDに対する抗体は、ホモタイプのナノ粒子と同様にモザイク粒子によっても誘発された。モザイク・ナノ粒子は、REDを表示する系統を認識できないだけでなく、表示と不一致の系統も認識する抗体を誘発した。(KU,kj)

Science, this issue p. 735

立体異性リン(III)用のリン触媒 (A P catalyst for stereogenic P(III))

DNA、RNA、および生理活性オリゴヌクレオチドと環状ヌクレオチドにおける主要結合であるリン酸ジエステルは、典型的にはホスホロアミダイト前駆体から合成される。この結合よりも安定なチオリン酸結合もまた、この方法で作り出すことができるが、リン原子位置での不斉性という複雑性を有し、これは特に複数の結合を目的とする場合、合成上問題となる。Featherstonたちは、2つの異なる不斉リン酸触媒が、所望の立体異性だけを持つヌクレオチド誘導体へと酸化修飾できる立体異性亜リン酸塩中間体の立体分岐型合成を提供している。彼らは、環状ジヌクレオチドである2′,3′-環状グアノシン1リン酸・アデノシン1リン酸のチオリン酸誘導体の合成にこの方法を用いた。この化合物は重要なヒト免疫シグナル伝達分子である。(MY,kj)

【訳注】
  • リン(III):原子価が3価のリン。1つの孤立電子対と3つの化学基との単結合を有するリンが該当す
  • ホスホロアミダイト:亜リン酸ジエステルのモノアミド
  • チオリン酸:一般式 PS 4?x O x3- (x=0, 1, 2, 3)で示されるリン化合物 または 陰イオン チオリン酸:一般式 PS 4?x O x3- (x=0, 1, 2, 3)で示されるリン化合物 または 陰イオン
Science, this issue p. 702

クジラの鳴き声による構造調査 (Structure from a whale song)

海洋地殻の構造を調べるには、音波源が必要である。最も一般的な発生源はエア・ガンである。これは有効であるが、海洋生物に有害となる可能性があり、どこでも簡単に使用できるわけではない。KunaとNab?lekは、ナガスクジラの鳴き声が地殻構造を決定するための震源としても使用可能なことを見出した。ナガスクジラの声は大型船の騒音と同じくらい大きいことがあり、海底を通して伝わるのに役立つ周波数で発せられる。これらの特性によって、ナガスクジラの鳴き声を、海底探索の核心となる海洋地殻密度の地図化に使用することができる。 (Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • エアガン:非常に短い時間で圧搾空気を放出して爆発音のような衝撃波を発生する装置で、その波は低周波から高周波までの広帯域の音を含んでいる
Science, this issue p. 731

警備における多様性 (Diversity in policing)

アフリカ系アメリカ人への警察の発砲が注目されている現在、警官と市民の人種と性別が、彼らの間の相互作用に影響を与えているかどうかを知ることが重要になっている。Baたちは従来のデータの制約を克服し、ヒスパニック系と黒人の警官が、特に黒人市民に対して、白人警官と比較して呼び止めたり逮捕することがはるかに少なく、そして執行力の行使も少ないことを見出した。これらの差異は、シカゴ市の黒人が多数地域で最も大きい(Goffによる展望記事参照)。女性の警官はまた、男性警官よりも執行力行使が少ない。これらの影響は警察部門における多様性増加の効力を支持している。(Uc,nk,kh)

Science, this issue p. 696; see also p. 677

マイクロプラスチックの健康への影響 (Health effects of microplastics)

マイクロプラスチック(5ミリメートル未満の有機ポリマー粒子)は、世界中の生物圏で見出されている。野生生物や生態系への影響に加えて、飲料水、吸入、または食物を介したマイクロプラスチックの摂取が人間の健康に影響を与えるかどうかについての懸念が高まっている。展望記事において、VethaakとLeglerは、曝露の水準、マイクロプラスチックが細胞に侵入できるかどうか、もし侵入したとすると、どのような損傷が発生しそうかを含む、多くの未知要素について論じている。マイクロプラスチックが、可能性のある病原体で汚染されているかどうかも不明である。人間の健康へのマイクロプラスチックの影響を理解するには、さらに多くの研究が必要である。(Sk)

Science, this issue p. 672

多重の体内時計を調節する (Regulating multiple body clocks)

多数の組織と器官系に影響を与える概日リズムは、明暗周期および摂食などの他の外部入力と同調している。しかし、そのような時間管理は、複雑な系と解剖学的領域の全体にわたって、どのように調節されているのだろうか? KoronowskiとSassone-Corsiは、脳における中央制御因子と器官の至る所に存在する辺縁制御因子が、概日リズムを調整するためにどのようにして協調的にあるいは独立的に振る舞うことが出来るのかを概説している。体内時計の調節不全は代謝異常症候群とガンに関係しているため、概日リズム調整に対するこの体系的な見方は、行動様式と病気の理解に重要である。(MY,KU,nk,kh)

Science, this issue p. eabd0951

SARS-CoV-2に対するダブル・パンチ (A double punch against SARS-CoV-2)

単クローン抗体は、COVID-19との戦いにおける重要な武器である。しかしながら、これらの大きなタンパク質は必要な量を低コストで生産することが困難である。ナノボディ(ふさわしい命名である)に注目が集まっているが、これは生産が容易で、吸入によって投与される可能性を持つ単一ドメインの抗体である。Koenigたちは、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)棘突起タンパク質に結合し、細胞の感染を防ぐ4つのナノボディについて記述している(SaelensとSchepensによる展望記事を参照)。構造から、ナノボディがSARS-CoV-2棘突起タンパク質上の2つの異なる抗原決定基を標的としていることが示される。多価ナノボディは、単一ナノボディよりもはるかに強力にウイルスを中和し、2つの抗原決定基に結合する多価ナノボディは、ウイルスの逃避変異体の出現を防ぐ。(KU)

Science, this issue p. eabe6230; see also p. 681

キネシンは小幅に歩く (Kinesin takes substeps)

分子機械が生み出すナノ規模の運動と力の同時測定は、それらがどのように機械的に動作して、それらの細胞機能を果たすのかについての洞察を与える。Sudhakarたちはこれらの機械を研究するため、いわゆる光ピンセット用の測定子としてゲルマニウム半導体のナノ球を開発した。彼らはこの高屈折率ナノ球を用いて、光ピンセットの解像度を改善し、それによりモーター・キネシンが4ナノメーターの小幅に歩くことを見出した。さらに、モーターは、積み荷のあるもとで微小管レールから離れずに、微小管上を後戻りし、輸送への素早い再従事を可能にした。この新技術は、他の一連のタンパク質とその挙動をナノメーター規模で調べることを可能にするだろう。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • キネシン:細胞内の細胞骨格に沿って運動するモーター・タンパク質の1つ。細胞内物質輸送に重要な役割を果たしている。
  • 光ピンセット:集光したレーザー光により微小粒子をその焦点位置の近傍に捕捉し、さらには動かすことができる装置および技術
  • 微小管:細胞中に存在する直径約25nmの管状の構造体。細胞形態の形態維持や変形の役割を果たしている。また、キネシンが動く際のレールとなる。
Science, this issue p. eabd9944

医薬のための機械学習 (Machine learning for medicine)

治療薬候補を同定することを目的とした小分子選別は、伝統的に、1ないし多くても数個の評価結果に影響を与える分子を探索しており、それは真の疾患修飾薬の発見を制限する。Theodorisたちはそのような候補小分子を同定するための機械学習手法を開発したが、それは大動脈弁が関わる一般的な心臓病形態のヒトiPS細胞疾患モデルにおいて、調節不全の遺伝子ネットワークを広範に修正した。最も効果のある治療候補による遺伝子ネットワークの修正は、20人以上の散発性大動脈弁疾患の患者由来の大動脈弁の初代細胞に応用し、マウスモデルにおいて生体内で大動脈弁疾患を予防した。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • 選別:一つもしくは複数の評価系で化合物を評価し、その評価結果から多くの化合物群の中から新規医薬品として有効な化合物を選択する作業。
  • 疾患修飾薬:疾患の再発率を抑制したり、進行を遅らせたりする作用をもった薬剤。
  • 初代細胞:生体組織から直接採取された細胞もしくはそれを培養して得られた細胞。生体内の細胞の状態に近く、適切な条件下では増殖の可能性はあるが、一定回数しか分裂せずやがて死滅する。そのため、初代細胞を形質転換して構築した株化細胞を使用することも多い。
Science, this issue p. eabd0724

ネアンデルタール人の遺伝子を持つ脳オルガノイド (Brain organoids with Neanderthal genes)

ネアンデルタール人と現代人のゲノムは、全体としてよく似ている。Trujilloたちは、現代人に特有の遺伝子多様体の影響を理解するため、全ゲノム解析を実施して、タンパク質をコードしている遺伝子に、61の現代人だけのコード多様体を突き止めた。彼らは、RNA結合性タンパク質NOVA1をコードしている遺伝子を機能解析のための最重要候補として突き止め、この古代の遺伝子多様体をヒト多能性幹細胞の中に導入し、脳オルガノイドを作った。これらの脳オルガノイドは、形態とシナプス形成と同様に遺伝子発現とスプライシングにおける変化を示した。このことは、この方法を用いて我々の種を絶滅した近縁種から分離させた表現型形質の根底にある他の遺伝子変化を探索できるかもしれないことを示している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • NOVA1:スプライシングに関わるたんぱく質で、5種のスプライシングの中の1つである選択的スプライシングを発生中の神経系で調整する機能や、シナプス形成に関係するスプライシングを調整する機能を持つ。
  • 古代の遺伝子多様体:現代人には認められず、ネアンデルタール人やデニソワ人に認められる塩基変化を持つNOVA1遺伝子のこと。
Science, this issue p. eaax2537

鳴き鳥の運動回路の細胞 (The cells of songbird motor circuits)

鳥類は多くの哺乳類に匹敵する、あるいはそれを上回る複雑な運動能力と認知能力を持っているが、その脳は著しく異なる方法で組織されている。鳥類の脳の一部は、機能的に哺乳類の大脳皮質と比較される。しかし、これらの領域が大脳新皮質とどの程度正確に相同性があるのか、あるいはそうではなく進化の収束の例なのかについては依然として議論されている。Colquittらは、単細胞配列決定法を使用して鳥類における歌の制御システムを構成するニューロンの主要なクラスを同定し特徴を明らかにした(Toschesによる展望記事を参照)。彼らは鳥類の脳の中にこれまで知られていなかった複数の神経クラスを発見し、鳥類と哺乳類の脳の間の相同性の性質に関する長年の論争に新たな光を当てた。(ST,kj)

Science, this issue p. eabd9704; see also p. 676

系統の動態 (Lineage dynamics)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に対するゲノム配列決定の取り組みの規模は、前例のないものである。英国はこの取り組みに対して26,000を超える配列を提供した。この大量のデータにより、du Plessisたちは、2020年の最初の数か月間にパンデミックが発生したときに英国に到達するウイルス流入の詳細な図を作成することができた(Nelsonによる展望記事を参照)。ロックダウン以前に、大旅行量と僅少の海外旅行制限のため、1000を超える系統が定着可能になった。これが、局所的な流行の拡大を加速し、接触者追跡調査の能力を超えた。著者たちは、伝播された系統の存在量、サイズ分布、および空間的範囲を定量化することができた。伝播は非常に不均一であり、それが有利に働いたいくつかの系統広範は広範に拡がり、その後は撲滅することが困難になった。この悲惨な歴史は、封じ込めが成功した他の場所と同じように、迅速な、さらには先制攻撃的な応答でさえも使用されるべきだったことを示している。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 708; see also p. 680

早期に組み上がった銀河円盤とバルジ (Early assembly of a galaxy disk and bulge)

宇宙初期の銀河形成はカオス的な過程であり、乱れた非対称の銀河形態を生み出したと考えられている。数十億年の歳月をかけて、銀河は力学的に緩和され、安定した形態を形成してきた。Lelliたちは、宇宙年齢が12億年だった時の赤方偏移を示す、遠方の銀河を観測した (Wardlowによる展望記事を参照)。彼らはガスと塵の放出を用いて、その運動学的状態を計測し、次に銀河内の質量分布をモデル化した。その結果、著者たちは、銀河には巨大な恒星バルジと一様に回転している円盤が存在していることを見出した。このような特徴は、現在のモデルにおいては形成に数十億年かかると予測されている。これらの結果は、銀河の進化は、以前に考えられていたよりも速いプロセスであることを示している。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 713; see also p. 674

より高い伝導率を頼む (Ordering up better conductivity)

熱を電気に変換するための熱電材料の能力改善はある特性を、他の特性を有害なやり方で変化させることなく、最適化することを意味する。Roychowdhuryたちは、テルル化銀アンチモンへのカドミウム不純物添加が陽イオン秩序を強化し、それが電気特性を改善すると同時に、有難いことにまた熱伝導率をも低下させることを見出した(LiuとIbanezによる展望記事参照)。この方法は熱電特性を著しく改善し、他の材料に応用することが可能であるのかも知れない。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 722; see also p. 678

パンデミックを和らげる (Taming a pandemic)

コロナ発生から1年、重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は広範囲に拡がり、撲滅の見込みがほとんど無い。しかしながら、風土病であり、複数の再感染を引き起こす他のいくつかのヒト・コロナウイルスが存在し、それらは重度の成人病を保護するのに十分な免疫を生み出す。そのすでに存在する風土病の親類からの獲得免疫に関する仮定をたてることで、Lavineたちは、SARS-CoV-2の風土病への軌跡を分析するためのモデルを開発した。このモデルはSARS-CoV-2の年齢構成の疾患状況を説明し、ワクチン接種の影響を評価している。流行病から風土病への遷移の動態は、一次感染の年齢分布における若い年齢層への移行と関連しており、次にウイルスがどのぐらい速く拡散するかに依存する。長期に持続する殺菌免疫は、風土病への遷移を遅くするだろう。それが生み出す免疫応答の種類に依存して、ワクチンは軽度な風土病の状態の確立を加速するかもしれない。(KU,kj)

Science, this issue p. 741