Science January 1 2021, Vol.371

エーロゾルは雲を持ち上げる (Aerosols give clouds a lift)

大気中のエーロゾルは、雷雲で作られるような厚い対流雲中の上昇気流を強めうることが観測されてきた。過去の研究結果はそのような活性化を、エーロゾル濃度に依存する過程が連鎖して起きる水分凝結もしくは凍結によって放出される潜熱に結び付けてきた。AbbottとCroninは、高濃度のエーロゾルが、より多くの凝縮水を周囲の大気に混入させることで環境湿度を増加させ、そしてそれが次により強い上昇気流に有利となるため、上昇気流が強まるという第3の可能性を提案している。(Uc,MY,kh)

Science, this issue p. 83

細胞分裂における忠実度をチェックする (Checking fidelity in cell division)

細胞分裂の際にはすべてのことがうまくいく必要があり、それ故に紡錘体組み立てチェックポイントと呼ばれるチェックポイント機構は、染色体を紡錘体微小管に付着させる動原体が所定通り働かないかぎり、有糸分裂の進行を妨げる。今回2つの論文が、単一の付着していない動原体が細胞分裂を停止可能にする詳細な分子機構を明らかにしている。Lara-Gonzalezたちは、チェックポイント複合タンパク質の1つの特定の形状を追跡する視覚的プローブを使用し、Pianoたちは、チェックポイントの生化学的再構成を用いた。共に、これらの研究は、どのようにしてタンパク質相互作用、空間的制約、リン酸化、およびタンパク質Mad2のその活性型への触媒変換によりこの全ての非常に重要なセンサーが機能可能になるかを明らかにしている。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 64, p. 67

2つの構造をコードしている1つの配列 (One sequence encoding two structures)

ほとんどのタンパク質は安定な折り畳み構造を持っているが、各々別の機能を持つことができる2つの異なる折り畳みの間で切り替え可能な変形タンパク質の例が稀に存在する。Dishmanたちは、XCL1の進化について調べた。このタンパク質はケモカイン(化学誘引物質)ファミリーの一員で、化学誘引物質の折り畳みと、2量体を形成する別の非標準折り畳みの間を相互変換する。著者たちは、核磁気共鳴分光法を用いて、進化的祖先の推定配列の構造を研究した。彼らの結果は、XCL1がケモカインの折り畳みを持つ祖先から進化し、その後、現在の変形タンパク質に至る前に、非標準折り畳みを選択するよう推移したことを示唆している。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 86

ダイヤモンドを限界まで引き延ばす (Stretching diamond to the limit)

ダイヤモンドは屈曲できないと考えられているが、実際には薄い試料は弾性変形することができる。ダイヤモンドへの比較的大きな応力適用がその電子特性を変えることができ、これは、多くの応用にとって興味深いことである。Dangたちは、さまざまな結晶学的方向に沿って、マイクロメートル大のダイヤモンド板を弾性的に伸ばした。これらの比較的大きな試料は、大ひずみ工学技術(deep-strain engineering)がより均一なダイヤモンド試験片で達成できることと、電子特性に大きな影響を与える可能性があることを示している。(Wt,MY,kh)

Science, this issue p. 76

オリゴマーに対するCo-co組み立て (Co-co assembly for oligomers)

ヒトのプロテオームのほとんどはオリゴマーのタンパク質複合体を形成するが、それらがどのように組み立てられるかはよく分かっていない。Bertoliniたちはリボソーム・プロファイリング法を使用して、共同翻訳された2つの新生ポリペプチドがそれらの相互作用に基づいて組み立てられる、彼らが「co-co」組み立てと呼ぶ組み立て様式の存在を探索した。プロテオーム全体のデータを使用して、新生の複合体サブユニットが何時、どのように効率的に相互作用するかどうかが示された。この知見はまた、ヒト細胞がco-co組み立てを用いて、何百ものさまざまなホモ・オリゴマーを生成することを示している。1つのメッセンジャーRNAを翻訳している複数のリボソームが関与するco-co組み立ては、細胞がどのようにしてさまざまなタンパク質アイソフォーム間の不要な相互作用を防いで、機能性ホモ・オリゴマーを効率的に生成するかという長年の疑問を解決するかもしれない。(KU,MY,kj,kh)

【訳注】
  • リボソーム・プロファイリング法:メッセンジャーRNA上のリボソーム結合状態を解析する方法。
  • プロテオーム:特定の細胞が特定の条件下に置かれたときに、その細胞内に存在する全タンパク質のこと。
  • アイソフォーム:基本的な機能に関連するアミノ酸残基は共通しているが、他の部分のアミノ酸配列は異なるタンパク質。
Science, this issue p. 57

お互い一緒に揺らし、ガタガタさせ、助けあう (Shake, rattle, and help each other along)

古典的統計力学においては、多体系の決定論的挙動は、確率論的解釈に取って代わられる。Chvylovたちは、能動的粒子集団の非平衡自己組織化に同様の解釈を適応した。これら系においては、連続したエネルギー投入により局所的な揺らぎが生じるが、飛行する鳥の群れのようなより大規模の秩序性が生じることがある。これら理論における重要な概念はラットリングの重要性で、これにより、ある特定の周波数で隣接粒子と局所的に衝突することによって規則的な模様が現れる。著者たちは、羽ばたき運動をする1組のロボット群を用いてこの挙動を実証するとともに、ロボット挙動に関係するシミュレーションを提示している。(NK,MY,nk,kh)

【訳注】
  • ラットリング:周囲粒子が作る障壁に囲まれ、その内側に存在する粒子が、障壁内でカタカタと動き回っている状態。
Science, this issue p. 90

アフリカにおけるガンへの影響 (Effects on cancer in Africa)

アフリカの多くの国々はすでに、特にガンの高い発生率と死亡率という複数の公衆衛生上の課題に直面していたが、そこにCOVID-19の大流行が襲った。AddaiとNgwaは、展望記事において、ガンの介護、治療、および患者の早期診断を目的とした訪問支援への、COVID-19への対応の影響について論じている。限られた資源を、ガン患者ではなくCOVID-19患者に割り当てることは、末期ガンと診断される患者数とその結果もたらされる死亡者数を増大させるかもしれない。資金集めや患者の精神衛生、さらにはガンの研究や研修にも影響が生じている。しかしながら、現地で使えるような診断能力の開発、より効率的な放射線治療の実施、植物由来薬の使用を理解することへの注目の高まり、および遠隔医療とオンライン学習の使用のような機会も生み出されてきている。(Sk,MY,kh)

Science, this issue p. 25

神経筋疾患におけるRNA標的 (RNA targets in neuromuscular diseases)

デュシェンヌ型筋ジストロフィーなどの神経筋疾患は、骨格筋または筋肉を制御する神経系の機能障害によって引き起こされ、衰弱を効果伴う。しかしながら、いくつかの神経筋疾患に対するRNA療法の最近のいくつかの承認は、有望な治療法の進展に光を当てるものである。展望記事においてFerliniたちは、神経筋疾患の治療のために開発され、幾つかの症例で承認されたアンチセンス・オリゴヌクレオチドについて論じている。彼らはまた、次世代アンチセンス・オリゴヌクレオチドの適用拡大と、いくつかの神経筋疾患の進行の可能な防止における、課題について論じている。(KU,nk,kh)

【訳注】
  • アンチセンス・オリゴヌクレオチド:20塩基対以下の短いヌクレオチドのDNAまたはRNAの標的配列に相補的な一本鎖のDNAまたはRNA。
Science, this issue p. 29

ガンと日周リズムの関係における疑い (Doubts in cancer-rhythms connections)

概日時計は、生理的過程と、明暗の日周および摂食、活動、休息の周期を同調するのを助ける。そのような24時間周期を持つ同期からの狂いは、不健康な影響を与えることがある。SancarとVan Gelderは、概日性の崩れとガンへのなりやすさの関連、およびガン化学療法に対する応答の概日変動に関する入手可能な証拠について概説している。文献は解釈するのが難しいことがある。例えば、概日時計遺伝子の完全ノックアウトの影響は、交替勤務の影響と同じではない。全体的に見ると、彼らは、概日性の崩れが一般のガンを増進しうるのか、またガン治療の最適時刻が存在しうるのかについて、決定はまだ下されていないことを見出している。しかし、十分な兆候が存在するので、さらなる研究が推奨される。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. eabb0738

抗凝固薬が乗っ取る (Anticoagulants take over)

ビタミンKは、完全還元型で血液凝固に必須な酸化反応を触媒するのを助けるが、反応毎に還元により再生される必要がある。Liuたちは、凝固を担う酵素であるビタミンKエポキシド還元酵素の構造を、酸化されたビタミンK基質に結合した状態で、あるいは広範に処方されるワルファリンなどの抗凝固薬を含んだ状態で、決定した。これらの分子がどのように結合して凝固を阻害するのかを理解することで、治療応答における幾らかのバラツキも、有害生物防除で用いられる抗凝固薬への抵抗性も説明される。(MY,kh)

【訳注】
  • 有害生物防除:ワルファリンおよびその他の抗凝固剤は、医薬品と殺鼠剤の双方において用いられ、それらに抵抗性を有する種類のラットが出現している。
Science, this issue p. eabc5667

RNAポリメラーゼを止める方法 (How to stop RNA polymerase)

RNA合成の臨機の調整可能な停止は、細胞の恒常性にとって不可欠である。典型的な終止因子ρなどのRNAヘリカーゼは、転写複合体を積極的に分解するが、一過性という終止の性質が、その過程を構造的に研究することを困難にしている。Saidたちは、ρ結合転写複合体を組み立て、低温電子顕微鏡を用いて終止に向かう途中の一連の機能的状態を捕捉する方法でそれらを研究した。彼らは、RNAポリメラーゼ、核酸、およびアクセサリNus因子とρの相互作用の広範で動的なネットワークを見出した。ρはこれらの接触の段階的な再配列を仲介し、活発に転写する複合体を活性をなくした終止前中間体に変換する。(KU,kj,nk,kh)

【訳注】
  • RNAヘリカーゼ:RNAの二次構造をほどく酵素。
  • ρ:hexameric adenosine triphosphatase ρ
Science, this issue p. eabd1673

タンパク質恒常性の転写制御 (Transcriptional control of proteostasis)

組織恒常性は、炎症を惹起しそれから消散するために、複数の細胞型の協調的な活動を必要とする。内因性細胞ストレス応答経路は、ストレスへの順応と組織の回復を促進する。これらのストレス経路の中で、小胞体ストレス応答は、小胞体(ER)ストレスへの順応とプログラム細胞死による終結という2つの異なる結果を引き出すことがある。Youたちは、QRICH1を、タンパク質翻訳と分泌の段階でERストレスへの順応を制御する転写調節因子だと証明した。著者たちはさらに、結腸と肝臓の炎症性疾患におけるQRICH1プログラムの役割を実証している。(Sh,kh)

【訳注】
  • タンパク質恒常性:主にタンパク質が正しく折り畳まれるのを介助する過程と、正常な高次構造に折り畳まれなかったタンパク質(変性タンパク質)を分解する過程からなる、細胞内に存在するタンパク質の質と量を一定に保つ仕組み。
  • プログラム細胞死:個体をより良い状態に保つために積極的に引き起こされる、管理・調節された細胞の自殺。
  • 小胞体ストレス:変性タンパク質が小胞体に蓄積することにより生じる細胞への負荷(ストレス)。
Science, this issue p. eabb6896

低酸素ストレスから肺を守る (Protecting the lung from hypoxic stress)

肺は絶えず変化する酸素濃度を経験しており、低酸素環境を認識して応答する必要がある。Shivarajuたちは、気道幹細胞が低酸素を直接感知して、組織損傷を軽減するペプチドを分泌する防御性の神経内分泌(NE)細胞へと分化することによって応答することを明らかにしている(Zachariasによる展望記事参照)。この研究は、喘息、嚢胞性線維症、慢性閉塞性肺疾患などの肺疾患に伴い認められるNE細胞の過形成が、代償生理的反応であることを示唆している。さらに広く見れば、この研究は、身体中の幹細胞が低酸素を感知して器官固有のNE細胞へと分化する可能性を提起する。(MY)

【訳注】
  • 代償:ある機能の一部が失われた場合に、その機能を本来果たす部位以外の部位が、その機能を補完するように機能すること。
Science, this issue p. 52; see also p. 32

4よりも2が優れている時 (When two is better than four)

亜鉛と酸素の反応に基づく電池は1世紀以上にわたって用いられてきたが、これらは一次電池(すなわち、再充電不可能)であった。これらの電池はアルカリ電解質を使用しており、水の関与で酸素を4電子還元する必要があり、これは遅い反応過程である。Sunたちは、非アルカリ電解質を正しく選択することで、はるかに可逆的な2電子の亜鉛-酸素/過酸化亜鉛の化学的性質を用いて、この電池が作動できることを示している。電解質を疎水性にすることにより、正極(カソード)表面近くから水が排除され、こうして4電子還元が妨げられる。これらの電池はまた、より高いエネルギー密度とより優れた繰り返し安定性を示す。(Wt,MY,kh)

Science, this issue p. 46

より優れた淡水化への道筋を見つける (Finding the path to better desalination)

ポリアミド膜は、何十年にもわたって大規模な淡水化に用いられてきた。しかしながら、膜の薄さとそれらの内部のばらつきのために、膜のどの性状がそれらの性能に最も影響しているかを決定することは困難であった。Culpたちは、電子断層撮影法、ナノ規模の3次元(3D)でのポリアミド密度の地図化、調整可能パラメータなしのバルク透水性のモデル化を組み合わせて、ポリアミド膜中の水輸送に対する、3Dナノ規模での高分子体量変動の影響を定量化した(Geiseによる展望記事参照)。彼らは、局所密度の変動(不均一性)が膜の性能に最も影響を与えることを見出した。したがって、より優れた合成方法が、選択性に影響を与えることなく性能を向上させるかもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 72; see also p. 31

ケニアにおける大流行の進行 (Pandemic progress in Kenya)

2020年7月末までに、ケニアはCOVID-19による341人の死亡者と約20,000の症例を報告した。これは、多くの高所得国で報告されている数万人の死亡者に対し、著しく対照的である。この地域社会におけるCOVID-19の真の広がりは不明であり、示された報告よりも高い可能性があった。Uyogaたちは、献血者の全体的な血清有病率が4.3%であり、35〜44歳の人で最高になることを見出した(MaedaとNkengasongによる展望記事参照)。死亡率が低いことは、65歳以上が人口の4%未満しかいないというケニアの極端な人口統計によって、ある程度、説明できる。これらの状況が組み合わさって、ケニアの病院は現在のところ、呼吸困難の患者であふれかえってはいない。しかしながら、この国で厳格な封鎖を課したことが、疾病の重荷を、不可欠な医療サービスの中断の結果としての母子の死亡数増大に移し替えてしまった。(Sk)

【訳注】
  • 血清有病率:血液中に抗体を持つ人の割合。
Science, this issue p. 79; see also p. 27

車内でのSARS-CoV-2の伝播を回避する (Avoiding spread of SARS-CoV-2 in cars)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)はエアロゾルによって伝播するという証拠が明らかになったため、自動車などの閉鎖空間は危険性が高い。Mathaiたちは、4窓の車の車内のエアロゾル液滴の流れの様子を数値的に計算した。窓を閉め、エアコンを入れると、搭乗者間での空気とエアロゾルのかなりの移動がもたらされる。しかしながら、すべての窓を完全に開くと車内の右側と左側での空気の流れが分離され、その結果、もし同乗者が運転手とは反対側の後部座席に座れば、疾病の伝播が最も低減される。(Sk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abe0166 (2020).