Science August 14 2020, Vol.369

復興した伐採森林における炭素収量 (The carbon gain in restored logged forest)

炭素を蓄積し、それに伴い来るべき数十年における気候変動の緩和に寄与するという地球森林の能力に現在多大な関心が存在している。南アジア熱帯森林の研究において、Philipsonたちは伐採森林の積極的な復興が、自然に再生する森林よりも高い速度で炭素蓄積を生み出すことを示している。この復興処置の経済的実現可能性を見積もるために、彼らは復興費用を相殺するために求められる炭素価格をモデル化し、復興費用を相殺できる価格に近づくためには、近年パリ協定のもとで見られた最も高い価格が必要となるであろうことを見出している。このような結論は熱帯森林政策にとって重要であり、熱帯森林の炭素回収能力に対する復興の重要性を立証している。(Uc,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 838

3人組の酵素は多岐にわたる合成を促進する (Trio of enzymes power divergent synthesis)

ジテルペン天然物は、20炭素の構築要素から作られており、膨大な数の可能な構造と修飾を有する。具体的な分子の化学合成は、そのうちの幾つかは貴重な生物活性を持っているのだが, 広く利用可能な骨格から出発する場合、選択的な酸化と転位が必要なため、手際が必要だ。Zhangたちは、それぞれが共通の骨格上の異なる位置を攻撃する3つの酸化酵素に対して選択性を特徴づけた。彼らは次に、化学変換と酵素酸化を一体化して組み合わせ、3つのファミリーのジテルペンにわたって9つの異なる化合物を生成した。これらの結果は、多岐にわたる合成のためのハイブリッド有機-生体触媒合成法の可能性を強調している。(KU,kh)

Science, this issue p. 799

自由なBAFはcGASに足を置く (A loose BAF puts its foot on the cGAS)

脊椎動物における cGAS-STINGと呼ばれるシグナル伝達経路は、細胞内DNAの存在を細胞損傷とウイルス感染の両方の代用信号として検出する。同時に、自己DNAの検知は、自己免疫応答の発生を防ぐために抑制される必要がある。Gueyたちは、ゲノムの自己DNAへの結合に対するこの経路のcGAS成分と内在性の競合するタンパク質として、自己統合障壁因子1(barrier-to-autointegration factor 1 (BAF))を特定している。核の区画化が破れると、細胞質のcGASの酵素活性がBAFのために阻害される。この研究は、自然免疫系によるDNA検出の調節が、単純な物理的分離のみよりもより複雑な機構に依存していることを示唆している。(KU,nk,kj,kh)

数の強さ (Strength in numbers)

ヒト表面抗原分類20(CD20)は悪性B細胞に発現し、がん免疫療法で使用される治療用抗体の標的である。Kumarたちは今回、いわゆるI型抗体が補体経路を効率的に活性化して細胞を殺すのに対し、II型抗体がそうでない理由を説明する構造を提示している。I型抗体はそれぞれ2つのCD20二量体に結合し、補体経路の成分への結合を促進するクラスターを形成する。第2世代のI型抗体である ofatumumab(オファツムマブ)は、第1世代のrituximab(リツキシマブ)よりもクラスタ-形成をより効率的にする分子機能を有している。対照的に、II型抗体の obinutuzumab(オビヌツズマブ)は、1つのCD20二量体とだけ相互作用し、より高次の集合体を形成することができない。これらの機構の理解は、次世代の免疫療法の設計に有用な情報を与えることだろう。(KU)

Science, this issue p. 793

ミトコンドリアの動態と細胞の運命 (Mitochondrial dynamics and cell fate)

脳発生初期の幹細胞である放射状神経膠細胞は、それ自体をさらに生成するか、分化神経細胞を生成することができる。Iwataたちは、これらの運命の決定にはミトコンドリアが関与していることを示している。有糸分裂直後に断片化したミトコンドリアを有する細胞は神経細胞になる可能性が高いが、ミトコンドリア融合を受けつつある細胞は幹細胞のままでいることが多い。(Sk,kh)

Science, this issue p. 858

温度に安定な超弾性 (Temperature-stable superelasticity)

形状記憶合金は超弾性体である。これは、大きな変形を加えても元の形状に戻ることができることを意味している。しかし、ほとんどの合金では、この挙動は狭い温度範囲でしか十分に機能しない傾向がある。Xiaたちは、超弾性が実質的に温度に依存しない鉄-マンガン-アルミニウム-クロム-ニッケル合金を特定した (La RocaとSadeによる展望記事を参照)。この独特の特性は、宇宙探査などのように大きな温度変化が普通であるさまざまな応用に対して魅力的なものである。(Wt,KU,kh)

Science, this issue p. 855; see also p. 773

オゾン汚染が生物多様性を脅かす (Ozone pollution threatens biodiversity)

地球上の生態系の構成と生物多様性は環境要因と密接に関連しており、人為的オゾン汚染の危険にさらされるかもしれないという懸念がある。展望記事において、Agathokleousたちは、オゾン汚染が地球上の生態系の主要な生態学的過程と機能に影響を与え、植物、昆虫、土壌微生物の多様性を変化させるかもしれないという広範な証拠を総合的に扱っている。彼らはまた、世紀末までにオゾンの危険性が高くなるであろう、世界中の高度に豊富な固有種を有する地域を特定している。オゾン汚染とその影響についての私たちの理解におけるこれらの進歩は、地球上の生物多様性の保全に対する新たな課題を提示している。(Sk,ok)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abc1176 (2020).

化学をもっと安価にする (Making chemistry less precious)

現代化学の多くは、白金、パラジウム、ロジウムなどの貴金属の触媒作用に依存している。対照的に、生化学においては、鉄および銅などのより豊富に存在する金属で事足りている。Bullockたちは、 酵素研究から提供された好機について概説して、合成触媒における均衡をこれらの豊富な金属を使う方向へと更に変化させている。酵素自身の修飾であろうと、より安価な金属に特徴的な電子移動の性質を活かす配位子と支持構造の設計であろうと、最近の研究は、具体的な進展の方向に向いている。(MY,kh)

Science, this issue p. eabc3183

神経前駆細胞が混乱させられた (Neural progenitors disrupted)

ハンチントン病(HD)の症状は、異常なタンパク質が疾患を引き起こす変異を持っている人においてはるかに早く存在しているにもかかわらず、成人期に現れる。Barnatたちは、ヒトとマウスの胎児脳の発生おけるHD変異の細胞効果を研究した(DiFigliaによる展望記事参照)。著者たちは、脳の脳室帯における神経前駆細胞が神経上皮壁の頂端面と基底面の両方に接触し、細胞周期が進むにつれてその細胞核が前後に往復することを見い出した。異常なタンパク質によって、これらの上皮接合部が混乱させられ、上皮の極性が乱され、そして細胞周期が神経細胞の未成熟な分化を促がす。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 787; see also p. 771

SARS-CoV-2用の試作DNAワクチン (Prototype DNA vaccines for SARS-CoV-2)

急性重症呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)から防御するワクチン開発は、緊急の生物医学的要求である。Yuたちは、SARS-CoV-2が結合してヒト細胞に侵入するのに使う棘突起タンパク質に対する一連の試作DNAワクチンを作った。アカゲザルにおけるこれらのワクチン候補の解析から、アカゲザルはこのウイルスを接種されると、液性と細胞性の防御免疫応答を発現することが示された。中和抗体価もまた、SARS-CoV-2感染から回復したヒトで見られるものと同様の水準で認められた。(MY,nk)

【訳注】
  • 液性免疫:抗体認識によりB細胞が元になって産生される抗体(免疫グロブリン、血清中に溶解して存在)に基づく免疫機構。
  • 細胞性免疫:抗原認識によりマクロファージ、細胞傷害性T細胞などの細胞が活性化され、病原体に感染した異常細胞を攻撃・排除する免疫機構。
Science, this issue p. 806

再感染に対する免疫 (Immunity from reinfection)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)感染症に関する多くの未解決問題の1つは、ウイルスが消え去った人が、もう一度感染して発病する可能性があるかどうかである。Chandrashekarたちと Dengたちは、SARS-CoV-2感染症のアカゲザルによるモデル生物を作り出し、自然のSARS-CoV-2感染症がウイルス再感染に対する免疫をもたらすかどうかを試験した。彼らは、アカゲザルが確かに2度目の感染を防ぐ免疫応答を発現させたことを見出した。サルとヒトのSARS-CoV-2感染症の間には違いがあるが、もしヒトの研究で検証されれば、これらの知見は公衆衛生および経済戦略に極めて重要な影響を及ぼす。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 812, p. 818

核輸送は慢性疼痛を制御する (Nuclear transport controls chronic pain)

慢性神経因性疼痛は人を衰弱させ、治療は困難である。Marvaldiたちは今、慢性疼痛が末梢性感覚神経における特定の核内輸送因子によって調節されることを示している(YousufとPriceによる展望記事参照)。インポーチンα3は、感覚神経における転写制御因子c-Fosの核内輸送に必要であり、この経路の撹乱は、マウスにおける持続的な神経因性疼痛を改善する。この経路を模倣し、マウス・モデルの神経因性疼痛を緩和する候補薬が特定された。疼痛機構を調節する核輸送因子の同定は、将来の鎮痛剤開発に対する機会を提供する。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • インポーチン:核局在化配列と呼ばれる特定のアミノ酸配列と結合して、タンパク質を細胞核内への輸送を担うタンパク質。
Science, this issue p. 842; see also p. 774

電子とともに水素イオンを送り込む (Delivering protons with electrons)

多くの化学反応は、1個の水素イオンと1個の電子の同時移動を伴う。電気化学的合成においては、この機構は、陰極での電子移動だけに必要なエネルギーを低下させるのに役立つことがあるのかもしれないが、そうではなくて、それと競合して水素を生成する水素イオンと電子との直接結合により妨げられてしまう。Chalkleyたちは今回、コバルトセニウム電子受容体に繋がれたジメチルアニリン塩基からなる分子介在物質を報告している。この構成物は、水素生成経路を回避しながら、酸と陰極から1個の水素イオンと1個の電子の両方を反応基質に送り込むことができる。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • メタロセニウム:金属(ここではコバルト)が2つのシクロペンタジエン環により挟まれた構造を含有する有機塩化合物。
Science, this issue p. 850

不均一性と集団免疫 (Heterogeneity and herd immunity)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス 2(SARS-CoV-2)に応答して、政治家の中には集団免疫を達成するという考えを活用するのに熱心になっている人もいる。この可能性に対する反論は、歴史上のワクチン接種研究に関する研究成果から導き出された推定である。それは、集団免疫が容認できない命の犠牲においてのみ達成可能であることを示唆している。人集団は均質さからほど遠いので、Brittonたちは、SARS-CoV-2の人集団モデルに年齢と活動の不均一性を導入することによって、集団免疫が、以前の推定値よりもかなり低い、集団全体の約40%の感染率で達成できることを示している。この変化は、伝播と免疫が、最も活発な集団の構成員(往々にしてより若くより頑健である)に集中しているためである。もし非医薬品介入が非常に厳密であれば集団免疫が達成されず、非医薬品介入の緩和が速すぎると感染が復活する。(Sh,KU,kh)

Science, this issue p. 846

とらえどころのないポケット (An elusive pocket)

酸化銅材料における超伝導は、モット絶縁体と呼ばれる特別な種類の相関状態のドーピングにより発現する。しかし、モット絶縁体に低濃度の電荷キャリア(正孔または電子)が添加されたときに何が起こるかを研究することは、実験的には難しい課題である。いわゆる「フェルミ・ポケット」が実験中に見えるようになるはずだと予測されているが、そのようなポケットは明確には観察されていない。Kunisadaたちは、珍しい銅酸化物 Ba2Ca4Cu5O10(F,0)2を研究した。これには単位格子に5つの銅酸化物面がある。それに対し、ほとんどの銅酸化物は1つまたは2つの面を有しているだけである (Vishikによる展望を参照のこと)。彼らは、光電子放出と量子振動データの両方で2つのフェルミ・ポケットを観察した。これによると、最も内側の酸化銅面が重要な役割を果たしている。(Wt,kh)

Science, this issue p. 833; see also p. 775

社会的接触と社会的和解 (Social contact and reconciliation)

グループ間の積極的な関係は偏見を減らし、平和を促進できるということが理論化されている。しかしながら、それを支持する実証的証拠は、特に現実世界の紛争の状況では弱い。Mousaたちは、キリスト教徒のイラク難民をすべてキリスト教徒の選手またはキリスト教徒選手とイスラム教徒選手の混合で構成されたサッカー・チームに無作為に選んだ(PaluckとClarkによる展望記事参照)。イスラム教徒と同じチームでプレーすることは、サッカーの状況内でイスラム教徒に対するキリスト教徒選手の態度と行動に良い影響を与えたが、これらの影響はサッカー以外の状況に一般化されなかった。これらの知見は、グループ間の平和を実現するための積極的なグループ間接触の潜在的な利点と限界に関する示唆を与える。(KU,kh)

Science, this issue p. 866; see also p. 769

柔軟性のない生態系 (Inflexible webs)

人類の活動が現在の生態系に悪影響を及ぼしていることは明らかである。我々の活動が将来の生態系にどのように影響するのかを予測することは、未知なるものの推定を含むため、より挑戦的である。Nagelkerkenたちは、すべての栄養階層を代表する種を含む小型版の海洋生態系、すなわちメソコスムを構築することにより、これらの未知なるものの幾つかを克服した(Chownによる展望記事参照)。彼らは次に、これらの生態系を将来予測されている二酸化炭素と酸性化の水準に暴露した。栄養構造は、酸性化に対して比較的耐性を示したが、温暖化に対しては耐性を示さなかった。暖められた生態系は栄養構造の再編成を経験し、それは機能的冗長性や他の安定化応答ではもとに戻せなかった。そのような柔軟性のなさは生態系崩壊の前兆かもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • 栄養構造:ここでは、食物連鎖から見た生態系の構造のことを言っている。
  • 機能的冗長性:ここでは、環境変化により、競争優位にあるが環境変化に敏感な種が失われることで、競争優位にないが環境変化に敏感でない別の種がそのニッチに進出するようなことを言っている。
Science, this issue p. 829; see also p. 770

草と灰でできた寝床 (Bedding of grass and ashes)

南アフリカのクワズール・ナタール地域にあるボーダー洞窟遺跡は、よく保存された層序記録のために、石器時代の人類に関する考古学的知識の豊富な情報源となってきた。Wadleyたちは今回、約20万年前に遡る、ボーダー洞窟の草でできた寝床の発見を報告している。一連の顕微鏡および分光分析技術で特定されたこの寝床は、灰の層が混じっていた。それはまた、岩石、焼かれた骨、および丸みを帯びた黄土色の穀物の破片を含んでおり、それらのすべてが明らかに人為的起源であった。著者らは、この灰が、ダニやヒトを刺す他の節足動物の動きを阻止するために、意図的に寝床に使用されていたのかもしれないと憶測している。これらの発見は、植物製寝床の意図的な作成の記録を少なくとも10万年遡らせる。(Sk,kh)"

Science, this issue p. 863