Science July 3 2020, Vol.369

いくつかは他よりうまく対処する (Some cope better than others)

研究はますます、生命体が変化する気候にどのように適応するのかしないのかについて明らかにしてきている。種の生理学的性質で設定された限界を理解することは、その種が急激な変化に迅速に対応する能力があるかどうかを見極めることに役立つ可能性がある。多くの研究が、気候変動に対する魚類の生理的耐性について注視してきており、さまざまな応答を示す結果を与えている。Dahlke たちはメタ解析(複数の研究成果からの統合分析)を行い、温度変化に耐える種の能力に生活段階(life stage)がどのように影響を及ぼすのかについて調べた(Sunday による展望記事参照)。彼らは、胚と産卵成魚が他の生活段階のものと比べて、温度変化に影響をより受けやすく、それ故にこの因子が感受性評価において考慮されるべきであることを見出した。(Uc,MY,ok,kh,kj)

Science, this issue p. 65; see also p. 35

サルで試験されたワクチン候補 (Vaccine candidate tested in monkeys)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の世界的な蔓延が、緊急のワクチン開発競争を引き起こしてきた。Gao たちは、PiCoVaccと呼ばれる早期のワクチン候補の前臨床結果で、短期研究の分析ではアカゲザルをSARS-CoV-2の感染から保護したことを報告している。彼らは、世界中の11人の入院患者から複数のSARS-CoV-2株を取得し、ウイルスの有害な特性を化学的に不活化した。サルたちは、2つのワクチン用量のどちらかで免疫化され、次にSARS-CoV-2を接種された。低用量のワクチンを接種されたサルたちには感染制御の兆候が見られ、また高用量のワクチンを接種されたサルたちは病気が完全に抑え込まれ、感染後7日目には咽頭または肺に検出可能なウイルス量がなかった。次の段階は、ヒトでの安全性と有効性を試験することである。(Sk,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 77

欠陥がエネルギー貯蔵を高める (Defect-enhanced energy storage)

誘電体コンデンサは、電子機器や電力系統の重要な構成要素である。コンデンサを構成する薄膜材料は、通常、材料組成を変更することで最適化される。しかし、Kim たちは、すでに効率的な薄膜誘電体を高エネルギーのイオン衝撃で後処理することにより、さらに材料を改良できることを見出した。これは、究極的にはエネルギー貯蔵性能を改善する、特定の種類の欠陥が導入されるためである。この結果は、後処理が次世代のコンデンサの開発に重要である可能性を示唆している。(Wt)

Science, this issue p. 81

イオン塩を用いた安定なペロブスカイト (Stable perovskites with ionic salts)

イオン液体は、金属酸化物の電荷輸送層を有する有機-無機ペロブスカイト太陽電池を安定化させることが示されている。しかし、それらは、より容易に工程処理可能な有機電荷輸送物とは相性が悪い。Lin たちは、イオン固体であるピペリジニウム塩が、電子と正孔を取出す有機層を備えたPIN(P型半導体-真性半導体-N型半導体)からなる層状ペロブスカイト太陽電池の効率を向上させることを見出した。積極的な劣化試験により、この添加剤がペロブスカイト層における不純物相への分離とピンホール形成を遅らせることが示された。(Wt,kh)

【訳注】
  • イオン液体:溶媒を含まずイオンのみからなり、常温常圧下で液体で不揮発性の物質。
Science, this issue p. 96

HIV-1感染の起源確認 (Sourcing HIV-1 infection)

HIV-1には多数の株変異体があるが、HIV-1の性的伝搬は、ただ1個のウイルス粒子による増殖性感染に起因すると想定されている。伝搬するウイルス株の遺伝学的性質を知ることは、ワクチン戦略を成功させるために非常に重要となるであろう。Villabona-Arenas たちは、112対の性的パートナーからの疫学的および遺伝的データを使用して、急性感染の人たちが複数の出発ウイルス株を伝搬する可能性がより高いことを見出した。配列データの系統発生解析と伝搬連鎖のシミュレーションを統合した系統動態的方法より、著者たちは、複数の出発ウイルス株多様体の伝搬が感染の最初の3か月では倍であり、このことは伝搬が異性間であろうが、男性と性交渉した男によるものであるかどうかに無関係であることを示した。(KU,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 103

炭化水素を反応試薬として用いる (Using hydrocarbons as reagents)

複雑な分子への小アルキル基の付加は、通常、ハロゲン化アルキル試薬に頼っている。Laudadio たちは今回、エタンとプロパンを事前官能基化や副産物なしに共役オレフィンに直接付加する使いやすい方法を報告している(Oksdath-Mansilla による展望記事参照)。このヒドロアルキル化反応におけるC-H結合の切断は、反応過程を終結する水素原子移動試薬としても働くデカタングステン酸光触媒により達成される。この反応は、流動条件下で最適化されると、効率は低下するがメタンでも同様に機能する。(MY,kh,kj)

【訳注】
  • ヒドロアルキル化:オレフィンのC=C二重結合にアルカンが付加する反応。
Science, this issue p. 92; see also p. 34

研究は未踏の分野に向かう (Research goes wild)

生物学の多くの分野と同様に、免疫学研究は多くの場合、発見と生物医学研究に対して、限られた組み合わせの動物モデルの使用に依存している。しかしながら、蓄積されつつある例は、免疫学研究を多様化して、数多くの動物と環境を考慮することの重要性を指摘している。Flies たちは展望記事において、多様な動物を用いて免疫の研究をすること、ならびに、「野生の」あるいは「不潔な」環境を用いて免疫発生と応答をより現実に近くモデル化すること、について論じている。免疫学研究の範囲を広げることにより、保護の取り組み、新規感染症の理解、および(基礎研究から現場への)橋渡し的生物医学研究を改善することが期待される。(Sk,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 37

栄養学的な相互依存 (Nutritional interdependencies)

細菌と古細菌は、栄養に関しては様々に異なる専門化を示している。すべての生物が必須成分を合成できるわけではなく、それらを交換する必要があるかもしれない。Sokolovskaya たちは、酵素補因子(ビタミンB12を含む、コバルト含有コバミド)の多様で興味深いファミリーを例として取り上げ、この一連の栄養素に対する微生物間の相互依存を概説した。コバミドは、炭素源の異化からヌクレオチド生合成までの多くの過程に必要であり、腸内微生物から海洋微生物まで、大多数の微生物が必要としている。コバミドの入手可能性にはむらがあり、コバミドを合成する微生物の生息地に偏っており、無差別に取り込んでも、生き物に必要な特定の構造のコバミドを得るには十分ではないかもしれない。そのためさまざまな共生が、それと同じく多種多様な巧妙かつ異なる機構により、生物間または真核生物と原核生物の共同体間で構造的に異なる特定のコバミドをやりとりするよう進化してきた。(Sk,MY,nk,kh)

Science, this issue p. eaba0165

ガン血液検査の実時間試行 (A real-time trial of a cancer blood test)

早期に診断されたガンは、多くの場合、治療への応答がより高い。ガンの分子標識を検出する血液検査は、すでにガンを患っていることが分かっている個人を確認することに成功している。Lennon たちは、そのような血液検査が将来使用されるであろう方法をより密接に反映する探索的研究を実施した。彼らは、ガン病歴の無い10,000人の女性の通常の臨床診療に多ガン血液検査を組み込むことの実行可能性と安全性を評価した。12ヶ月間にわたって、血液検査は26のさまざまなガンを検出した。血液検査と陽電子放射断層撮影法-コンピューター断層撮影(PET-CT)イメージングの組み合わせにより、これらのガンのうち9つが外科手術で除去された。この血液検査を用いることで、多くの無益な継続措置が避けられた。(KU,kh,kj)

Science, this issue p. eabb9601

ヒストンの酵素活性 (Enzymatic activity of histones)

真核生物のヒストンはDNAを収納する構造要素として働く。しかし、ヒストンには生物学的関連性が不明な銅結合部位が含まれている。銅恒常性は、ミトコンドリア呼吸など、いくつかの基本的真核生物過程にとって非常に重要である。Attar たちは、細胞の銅利用でヒストンが決定的な役割を果たしているかもしれないとの仮設を立てた(Rudolph と Luger による展望記事参照)。彼らは、生体外での生化学性質から生体内での遺伝子および分子分析にわたる多面的取り組みを用いて、ヒストンH3-H4四量体が2価銅イオンの還元を触媒し、それにより生物学的に利用可能な1価銅イオンをさまざまな細胞過程に供給する、酸化還元酵素であることを見出した。この研究は、クロマチンに関する生物学に新たな段階を切り開き、真核生物の進化、およびヒトの生物学的性質と疾病に意味を持つ。(MY,kh)

Science, this issue p. 59; see also p. 33

感染モデルとしての腸オルガノイド (Intestinal organoids as an infection model)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)は、呼吸器を伝搬経路とするインフルエンザ様疾患を引き起こすが、患者は下痢、嘔吐、腹痛などの消化器症状を呈することが多い。また、肛門検体採取からウイルスが検出されており、体内の腸内壁の細胞はSARS-CoV-2が細胞に侵入するための受容体を発現している。Lamers たちは、ヒトの腸オルガノイド(培養皿で培養された「ミニ腸」)を用いて、SARS-CoV-2が腸内壁(腸細胞)の豊富な細胞型で容易に複製を作り、腸内で大量の感染性ウイルス粒子を産生することを実証した。この研究は、腸オルガノイドがSARS-CoV-2の生物学的性質と腸内感染性を理解するためのモデルとなり得ることを示している。(ST)

【訳注】
  • オルガノイド:生体内の細胞で見られる立体的な3次元構造を形作るように培養された細胞の塊のことで、培養皿の上に育った生きた小さな臓器のようなもの。
Science, this issue p. 50

Cas13の絶対に誤りのない阻害剤 (An infallible inhibitor of Cas13)

CRISPR-Cas13は、細胞とその侵入者のRNAを無差別に破壊し、同時に、感染した宿主の増殖とウイルスの拡散を阻止することにより、ウイルス感染から細菌集団を保護する。この応答はCas13ヌクレアーゼによって仲介されるが、このヌクレアーゼは、ガイドRNAに相補的なウイルス転写物の認識後に大量のRNA分解を行なう。Meeske たちは、Cas13に結合してRNAガイドを閉じ込めヌクレアーゼの活性化を妨げる、ウイルスにコードされた阻害剤、 AcrVIA1を見つけた(Barrangou と Sontheimer による展望記事参照)。DNA切断CRISPR-Casシステムの阻害剤(宿主のすべてのCasヌクレアーゼを中和するために複数の感染を必要とする)とは対照的に、単一ウイルスによる AcrVIA1の産生だけでCRISPR-Cas13応答を十分に克服することができる。(KU)

Science, this issue p. 54; see also p. 31

細胞の泉からのバイオフィルム (Biofilm formation from cell fountains)

細菌はバイオフィルムと呼ばれる三次元の群生を形成し、これは、自然界では至る所に見られ、ヒト感染症の根底をなす。バイオフィルムは、細菌が住む細胞を抗生物質から守るため、医学的には問題含みである。バイオフィルムは精力的に研究されてきたが、それが細胞ごとにどのように発達するのかは分かっていない。ミクロンの大きさの細菌はバイオフィルム内にぎっしり詰まっていて、細菌の動きを追跡することを特別困難にしている。Qin たちは、病原体でモデル・バイオフィルム形成体であるコレラ菌のバイオフィルム形成を研究した(Dal Co と Brenner による展望記事参照)。彼らは光シート顕微鏡と細胞標識付けを組み合わせて、バイオフィルムの創始細胞とその子孫の軌跡を、それらがバイオフィルムを作る過程で、空間的時間的にマッピングした。この知見は、細菌が増殖するにつれて、細菌の噴水状の連なり(fountain)がバイオフィルムの拡張を駆動し、子孫の最終位置を規定することを明らかにした。(MY,ok,kh,kj)

【訳注】
  • バイオフィルム:微生物が自身の産生する粘液により膜状に集合した状態。
  • 光シート顕微法:シート状の励起光試料側面から照射する蛍光顕微鏡。
Science, this issue p. 71; see also p. 30

気体の接合 (A gas junction)

超伝導体において、電子は特定の位相を有する巨視的な波動関数を形成する。波動関数の位相が異なる2つの超伝導体が絶縁連結を通して互いに接して置かれた場合、外部電圧無しでこのいわゆるジョセフソン接合を電流が流れるだろう 。Luick たちと Kwon たちは、2つの超流動フェルミ気体溜りを含む実験系で、類似した現象を観測した。両グループは、電流量が相対的位相に依存するいわゆる電流-位相関係を測定した。彼らは外部磁場を調節することで、フェルミ粒子同士の相互作用がどのように超流動状態の性質に影響を及ぼすかを調べることができた。(NK,kh)

Science, this issue p. 89, p. 84

SARS-CoV-2の遺伝子組換えと起源 (Recombination and origin of SARS-CoV-2)

重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)に関する研究で緊急の問題は、ウイルスの起源と過去の病気の発生を引き起こしたものを含む他の既知コロナウイルスとの関係である。 それらの進化の分析は、異なるコロナウイルス間の遺伝子組換えが頻繁に起こることを考慮する必要がある。 Li たちはSARS-CoV-2ゲノム全体にわたる組換え切断点の分析を、切断点間の配列の系統学的分析と構造分析と組み合せて行った。 彼らは、感染を開始する棘突起タンパク質の受容体結合ドメインが、センザンコウ・コロナウイルスとの遺伝子組換えを通じてコウモリ・コロナウイルスによって獲得されたという証拠を提供している。 遺伝子組換えを通じて取得された棘突起タンパク質配列は、その後の純化選択を受け、ヒト細胞へのウイルス侵入の増強を可能にし、感染効率に寄与している可能性が高いと考えられている。(Sh,kh)

【訳注】
  • 棘突起タンパク質(スパイク・タンパク質):コロナウイルスの周りに突き出し、感染する細胞の受容体に最初に結合する突起を構成する糖タンパク質。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.abb9153 (2020).