Science May 15 2020, Vol.368

休眠中の火山のうなり (Rumblings of a dormant volcano)

火山の近くで起こる地震は、しばしば噴火の前兆である。しかし、深部低周波地震(深部長周期地震ともいう)は殆どの場合、休眠中の(活)火山に特徴的な、特殊な地震活動である。Wech たちは、活動休止中のハワイのマウナケア火山の地下で、過去19年間にわたって 100万を超える新縁周波地震が発生していたことを突き止めた(Matoza による展望記事参照)。この多数の観測データを解析した結果、彼らは、深部低周波地震が地下深部の冷えつつあるマグマだまりに関連していると結論することができた。深部マグマだまりの結晶化で生じる「二次沸騰」によって放出されたガスが亀裂を開き、深部低周波地震を引き起こすのだと思われる。 (Wt,tf)

【訳注】
  • 二次沸騰:結晶化によって液体部分の量が減り、結果として液体中の揮発性成分が溶解度を超えるため発泡すること。
Science, this issue p. 775; see also p. 708

オンデマンド光の渦 (Optical vortices on demand)

光は、情報を符号化するのに用いることができるいくつかの自由度(波長、偏光、パルス長など)を有している。光線または光パルスは、軌道角運動量特性を持つように構成することも可能であり、それは渦になる。渦の巻き数は任意であるため、通信路容量を大幅に拡張できる。Zhang たち、および Ji たちは、任意の軌道角運動量を持つ光の生成と電気的検出のための、ナノ光学を基盤とする方法を開発した。これは、これまで未解決課題のままの目標であった(Ge による展望記事参照)。このナノ光学基盤技術は、大容量の光素子を開発するための道筋を提供する。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 760, p. 763; see also p. 707

マラリア原虫の内部時計 (Plasmodium's inner clock)

マラリアによる発熱は極めて規則的であり、寄生された赤血球細胞群が同期的に破れて、複製された寄生原虫を放出する際に生じる。そのため、マラリアを起こすプラスモジウム属の寄生原虫は、このような同期を可能にする固有の概日時計を持っているに違いないと長らく推測されてきた。今回2つの研究グループが、生体外での熱帯熱マラリア原虫の発育環の間に得られたデータを用いた実験とモデルにおいて、また、ネズミマラリア原虫によるマウス・モデルにおいて、遺伝子発現について綿密に調べた。Smith たちは、4つの株の熱帯熱マラリア原虫が、それぞれが実験的に操作可能な特有の周期性を備えた概日周期発振器と細胞周期発振器を持つことを発見した。Rijo-Ferreira たちは、ネズミマラリア原虫の遺伝子発現が著しく律動的で、恒常的な暗闇と律動的でないマウスへの感染で持続され、寄生宿主の周期性への同調で律動が同期されることを見出した。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 754, p. 746

ホウ素化を速める (Speeding up borylation)

触媒によるホウ素化は、弱い炭素-水素飽和結合(C-H)を超えてより強いC-H結合を選択的に標的にできる稀な反応である。しかし、この反応は遅く、また大過剰の炭化水素を必要とする代償を抱えていた。Oeschger たちは今回、イリジウムに配位した適切な配位子(2-メチルフェナントロリン)がこの反応を50倍から80倍加速できることを報告している。この速度向上は、炭化水素を(大過剰と逆に)限定反応物質とする条件で、1級C-H結合の選択的ホウ素化を可能にする。この反応はまた普通には見られない、飽和複素環中のβ位のC-H結合に対する選択性がある。(MY,kh)

【訳注】
  • 1級C-H結合:他の炭素原子が1つだけ結合している炭素が作るC-H結合のこと。例えば、アルカンの末端炭素に作られているC-H結合が該当する。
  • 限定反応物質:化学反応で最初に使い尽くされる物質。これにより反応の生成物量が決定される。
  • β位:ここでは複素環中の複素原子(Nなどの炭素と異なる原子)から見て2番目にある炭素が形成するC-H結合のことを指している。
Science, this issue p. 736

新型コロナウイルスRNAの合成機械 (The COVID-19 RNA-synthesizing machine)

科学界の多くは、世界的流行病であるコロナウイルス疾患2019(COVID-19)の原因ウイルスの理解に動員されてきた。Gao たちは、このウイルスの複製と転写の回路で重要な役割を果たしている複合体に注目した。彼らは低温顕微鏡を用いて、2.9オングストロームの解像度で、ウイルスRNAの合成を触媒するRNA依存性RNAポリメラーゼnsp12の構造を、2つの補因子nsp7とnsp8との複合体の状態で決定した。nsp12は、レムデシビルのような核酸類似抗ウイルス阻害剤の標的であり、この構造は新しい抗ウイルス治療薬を作る基盤を提供するかもしれない。(MY)

【訳注】
  • 補因子:酵素の触媒活性に必要なタンパク質以外の化学物質。
Science, this issue p. 779

封じ込めが功を奏する (Containment works)

各国政府は、コロナウイルス病2019 (COVID-19) の大流行に対応して、厳格な検疫から自由放任の緩和戦略まで、様々な方法を取っている。Maier と Brockmann は、2020年2月に中国で収集したデータにおいて、流行が予想に反して指数関数的に立ち上がっていなかったことに気づいた。非指数関数的な拡大は、感染する個体の供給が、ウイルスが感染できる時間内で枯渇した場合に起こる。彼らのモデル化手法の結果は、流行病に対する公衆の反応とさらに封じ込め政策が、確認された症例の初期の増加にもかかわらず、有効化しつつあったことを示している。(ST,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 742

感染症動態のモデル化 (Modeling infectious disease dynamics)

重症急性呼吸器症候群-コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の伝搬を防ぐための現在の対策は、予測される拡散を減らし、それにより死亡率を減らすことを目的としている。これらの対策を元気づけるこの予測は、それは、インフルエンザ、エボラ出血熱、HIVを含むこれまでの感染症の世界的流行の動態に基づいている。Cobey は展望記事において、感染症発生の動態について何が分かっているのか、そしてこれがSARS-CoV-2への対応をどのように元気づけるかに関して論じている。SARS-CoV-2のモデル化は季節的要因によって複雑になる可能性があり、また伝搬を減らすために、地域の治療介入の特質を考慮する必要がある。(KU,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 713

変わりつつある視点と変化する海 (Changing views and a changing ocean)

多くの生物分子の成分として、窒素は生命にとって、とりわけ外洋のような栄養に乏しい環境において必須となる元素である。大気の二窒素気体(N2)は量が豊富であるが、アンモニアへの還元で固定化される必要があり、これはある種の微生物と環境に限定される過程である。Zehr と Capone は、どんな海洋微生物がN2 を固定化しているのか、それらはどこに生息しているのか、そしてどんな環境特性がそれらの活動に影響を与えているのか、についての我々の理解の変化について概説している。N2 固定化は従来思われていたよりもより広く分布しており、我々は関係する生理作用と調節作用について、いまだに多くを学ばなければならない。我々は現在、地球と海盆規模での窒素入出力のより優れた見積もりを得ているが、海洋の窒素循環が均衡しているかに関して疑問が残っている。酸性化および温暖化などの人間活動からの破壊的な結果にも関わらず、新しい手法は海洋N2 固定化のより良い解釈を可能にしつつある。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. eaay9514

精密ワクチンをTopoBuilderで作る (TopoBuilding precision vaccines)

ワクチン標的に対する強力で選択的な中和抗体(nAb)応答を誘発する1つの戦略が、コンピューター設計の免疫原を使用することであった。しかしながら、多くの既知の抗原決定基(中和エピトープ)の構造的複雑さは、正確なエピトープ模倣体の設計に大きな課題をもたらした。Sesterhenn たちは、不規則で不連続な中和エピトープに対する骨格用に、TopoBuilderと呼ばれるタンパク質設計アルゴリズムを作成した。原理証明として、彼らは、呼吸器合胞体ウイルス(RSV)融合タンパク質の融合前の立体構造に基づいて、エピトープに焦点を合わせた免疫原を作り出した。これらの免疫原を使用してRSV感染モデルにおけるマウスと非ヒト霊長類にワクチン接種した場合、これらの動物はRSVに対する標的 nAb応答を産生し、異種プライムブースト・ワクチン接種方式において部位特異的 nAb応答を増強した。(KU,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 異種プライムブースト・ワクチン接種:同一の抗原が導入されている異なる二種類の送達剤を、免疫誘導(プライム)と免疫増強(ブースト)の二段階で接種することによって、目的の抗原に対する免疫応答のみを増強しようとするワクチン接種法。
Science, this issue p. eaay5051

脊椎動物の不適合対立遺伝子地図の作成 (Mapping vertebrate incompatibility alleles)

有害遺伝子の相互作用は、観察される交雑不適合の基礎をなす可能性がある。しかし、交雑不適合の基礎をなす遺伝子はほとんど特定されておらず、また特定されたほとんどの有害遺伝子が含まれるのは、自然条件では交雑しない種である。Powellたちはゲノム配列解析法を用いて、自然発生の交雑ソードテールの適応度を下げる不適合の原因となりそうな遺伝子地図を作成した。これらの遺伝子の組み合わせは悪性黒色腫を引き起こす。悪性黒色腫は自然交雑の集団には見られるが、その交雑の親集団には存在しない(DagilisとMatuteによる展望記事参照)。彼らは、ゲノムと集団構造の再配列解析を用いて全ゲノム関連解析を行い、原因となる可能性を持つ変異を特定した。複数のソードテール種間の遺伝子侵入を評価するアドミクスチャー・マッピング法を用いて、彼らは、ソードテールの系統がこの同一の候補遺伝子と相互作用する異なる遺伝子を保有し、観察された黒色腫を引き起こすことを示唆している。この結果は種間で発生する収斂性交雑不適合への洞察を与える(Sh,MY,kj,kh)

【訳注】
  • ソードテール:メキシコに生息する熱帯魚。
  • 再配列解析:配列再読み込み解析。ゲノムにおいては、配列がすでに決定されている生物の各個体の配列を読み直すことで、その個体が持っている変異が検出できる。
  • アドミクスチャー・マッピング法:種や地域等で区分された集団ごとに遺伝子と疾患リスク分布を調べ、血筋に沿って祖先のゲノムを計算、それを基に疾患を起こす遺伝子変異を同定することを目標とする遺伝疫学手法。
Science, this issue p. 731; see also p. 710

陰謀的な干渉機構 (Intriguing interference mechanism)

量子干渉(QI)効果は、化学反応の動態において基本的な役割を果たしている。Xie たちは、原型的な素反応 H + HD → H2 + D に対して、反跳散乱方向で測定されたエネルギー微分断面積において異常なQI振動を検出した(Aoiz による展望記事参照)。トポロジカル解析によって、このパターンは直接的引抜き経路と、これまで知られていなかった反跳型挿入経路(円錐交差よりもはるかに低いエネルギーで幾何学的位相に影響を受ける経路)との間のQIに起因することが示された。三原子系におけるこれらの2つの特有の経路の間で観測されたQIは、化学反応に対する量子的性質の明確な例である。(NK,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 767; see also p. 706

局所的要因が森林温暖化を抑制する (Local factors restrain forest warming)

微気候は、生物や生態系が広域気候の変化にどのように反応するかを理解するための鍵であるが、地球規模の変化に対する生物の反応を研究する際にはしばしば無視されている。Zellweger たちは、欧州の森林の群落構成に対する微気候および広域気候の影響の、長期的な大陸規模の評価を提供している(Lembrechts と Nijs による展望記事参照)。彼らは、気候変動に対する群落反応の駆動に関して林冠被覆の変化が根本的に重要であることを示している。深く閉じた樹冠は、冷却効果を通じて広域気候の変化の影響を緩和し、群落構成の変化を遅らせる。一方、隙間だらけの樹冠は、局所的な加熱効果によって群落の変化を加速する傾向がある。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 772; see also p. 711