Science April 24 2020, Vol.368

時を超えるだけでなく空間も超えて (Across time, but also across space)

化石、とりわけ海洋系から来た化石は、多様性パターンの経時的変化を見積もるために昔から使われてきた。しかしながら、化石はその出現においてとぎれとぎれであり、それ故にこのような時間的見積もりは、空間による変化を一般的に含んでいない。このような孤立的な調査は、パターンを単純化したり、さらには誤ってとらえる可能性を有している。Closeたちは時間と空間の全体に亘り、海洋の化石の多様性変化を測るために空間明確的な方法(spatially explicit approach)を用いた。彼らは、 現生生物系のように、サンゴ礁が多様性を増大させるのと同様に、多様性が空間の全域にわたって相当変化していることを見出した。この空間的-環境の変化に関する説明は経時的な多様性の研究に新たな光をあてることになるであろう。(Uc,KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 420

金星の超回転を説き明かす (Explaining super-rotation on Venus)

金星の固体表面は、243日ごとに1回と非常にゆっくりと回転しているが、その厚い大気はわずか4日で惑星を一周する。超回転と呼ばれるこの現象は、表面との摩擦に打ち勝つために、未知の源泉からの角運動量の連続的な投入を必要とする。Horinouchiたちは、周回中の Akatsuki探査機から得られる金星の雲の紫外線観測結果を用いて、この惑星の風を地図化した (Lebonnoisによる展望記事参照)。彼らは、これらのデータを大気中の角運動量輸送の全球モデルに組み込んだ。その結果、超回転が太陽の加熱によって駆動される熱潮汐波によって維持されていることを見い出した。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 405; see also p. 363

1個のグアノシンが転写物の運命を決定する (One guanosine determines transcript fate)

HIV-1 RNAゲノムの転写産物は、スプライスされてウイルス・タンパク質に翻訳されるか、或いは子孫ゲノムとして新しいウイルス粒子中に詰め込まれるかのいずれかである。どちらに進むかは、転写物が 5'末端に2個または3個のグアノシン(2Gまたは3G)ではなく、1個のグアノシン(1G)を含むかどうかに依存する。Brownたちは核磁気共鳴分光法を使用して、1G転写物が二量体構造をとっていることを示した。その二量体構造は翻訳とスプライスに必要な末端キャップを隔離するが、HIV-1 Gagタンパク質に結合する部位を露出させ、ウイルス組み立ての際にゲノムを動員する。逆に、2Gまたは3G転写産物はキャップに接近できるが、Gag結合部位は隔離されている。したがって、単一のグアノシンが、HIV-1転写物の運命を決定する構造スイッチとして機能している。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 413

減少問題に関する局地的原動力 (Local drivers of decline matter)

最近の研究は昆虫個体数の驚くべき減少を報じてきたが、そのような減少の広がりと様式については疑問が残っている。van Klinkたちは、世界中に分布した1,676地点にまたがって行われた166件の長期的調査のデータをまとめ、他のいくつかの研究が報告しているよりも低率ではあるが、陸生昆虫の減少を確認した(DornelasとDaskalovaによる展望記事参照)。しかしながら、彼らは、淡水昆虫の個体数が全体的に増加してきていることを見出した。これはおそらく、きれいな水への取り組みと気候変動によるものと思われる。変化の様式は、多くの個体数動向の変化に対して、地域的な原動力が原因でありそうなことを示唆しており、めざす(昆虫多様性の)保護活動に希望をもたらしている。(Sk,ok,nk)

Science, this issue p. 417; see also p. 368

世界的流行に至る突発 (Outbreak to pandemic)

重症急性呼吸器症候群?コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の世界的な拡散に対応して、世界中で検疫措置が実施されている。渡航と検疫がこの新しいヒト・ウイルスのまん延の動態にどのように影響しているかを理解するために、Chinazziたちは、中国の疫学データに世界的規模のメタ個体群感染症伝播モデルを適用した。彼らは、2020年1月23日に武漢で導入された都市出入検疫は中国国内での流行の進行を3?5日遅らせただけであるが、海外渡航制限は2月中旬まで世界の他の地域への広がりを遅らせるのに役立ったと結論付けた。彼らの結果は、この世界的流行の沈静化には、渡航制限よりも早期発見、手洗い、自己隔離、および世帯隔離が効果的であろうことを示唆している。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • メタ個体群感染症伝播モデル:空間的に離れたパッチ(区画)に分布した個体群と、パッチ間の個体の移動を考慮した感染症伝播モデル
  • 自己隔離:症状が現れた場合に、家族を含む他者と接触せずに自室で過ごすこと
  • 世帯隔離:家族の誰かに症状が現れた場合に、家族全員が可能な限り家にとどまること
Science, this issue p. 395

SARS-CoV-2の重要な酵素を標的にする (Targeting a key enzyme in SARS-CoV-2)

世界中の科学者たちは、コロナウイルス感染症2019(COVID-19)を引き起こすウイルスである、重症急性呼吸器症候群?コロナウイルス2(SARS-CoV-2)の理解に取り組んでいる。Zhangたちは、ウイルスの生活環における重要なタンパク質、つまり主要プロテアーゼのX線結晶構造を決定した。この酵素は、機能するウイルス・タンパク質を作り出すために、ウイルスRNAから翻訳されたポリタンパク質を切断する。著者らはまた、強力な阻害剤となるリード化合物を開発し、この阻害剤が結合し、抗コロナウイルス薬開発の基礎を提供するかもしれない働きを持つ構造を得た。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 主要プロテアーゼ:コロナウイルスの持つ2つのプロテアーゼ(タンパク質を分解する酵素の総称)のうち、ポリタンパク質の切断のほとんどを担うものを主要プロテアーゼと呼ぶ
  • リード化合物:医薬品開発において、生理活性を持つ化合物で、その化学構造が、有効性、選択性などを改良するための出発点として用いられるもの
Science, this issue p. 409

現場で捕えられる (Caught in the act)

プロトン共役電子移動(PCET)は、タンパク質を通じて電子を移動する重要な過程であり、プロトンと電子に適した担体が正確に位置決めされている必要がある。Kangたちは、リボヌクレオチド還元酵素が形成する活性複合体の低温電子顕微鏡構造を決定した。この複合体は2つのタンパク質サブユニット間での合計約35オングストロームの距離にわたるPCETを可能にする。移動途上の電子遊離基を安定化している幾つかの介在機構がまた、この複合体を安定にしており、結果として2つのサブユニット間の界面の可視化と、PCETを可能にする残基群網の全体で構成される経路網全体の可視化を可能にした。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • プロトン共役電子移動:電子とプロトンが連動して移動することで電子移動のエネルギー障壁が下がり、移動効率が向上する電子移動。ATP合成、光合成、DNA修復などでの電子移動に関与しているとされている。
  • リボヌクレオチド還元酵素:DNA合成における前駆体デオキシリボヌクレオチドを合成する酵素で、DNA合成や修復に対する重要な酵素。
Science, this issue p. 424

レトロトランスロコンの拡大図 (A close-up view of the retrotranslocon)

誤って折りたたまれた小胞体(ER)タンパク質は、細胞質中に逆行輸送(retrotranslocate)し、ポリユビキチン化され、ER関連タンパク質分解(ERAD)として知られるプロセスにおけるプロテアソームによって分解される。誤って折りたたまれた管腔 ERタンパク質のERAD(ERAD-L)は、ユビキチンリガーゼ Hrd1と4つの追加タンパク質(Hrd3、Der1、Usa1、およびYos9)で構成される、Hrd1複合体によって仲介される。Wuたちは、酵母からの活性なHrd1複合体の低温電子顕微法構造を報告し、この構造に基づいて、基質がどのように認識され、逆行輸送させれるかについてのモデルを開発した。彼らは、Hrd3とYos9が共同で、誤って折りたたまれた糖タンパク質に対する管腔結合部位を形成すると提案している。Hrd1とDer1は、ER膜の薄い部分に並置された「ハーフ・チャネル」を形成し、これにより、ERAD-L基質のポリペプチド・ループがそれを通って移動することができる。(KU,kj)

【訳注】
  • レトロトランスロコン(retrotranslocon):transloconとは細胞質からER中へと新規なペプチドを移動(輸送)して折りたたまれたタンパク質を作るためのタンパク質複合体であるが、レトロトランスロコンとはERで誤って折りたたまれたタンパク質を逆に細胞質中移動させるタンパク質複合体
Science, this issue p. eaaz2449

真菌疾患 (Fungal diseases)

真菌は、免疫応答の調節を助けて微生物の恒常性を維持する、ヒト関連微生物叢の重要な構成要素である。しかしながら、恒常性真菌の増殖喪失や病原性真菌の感染によって引き起こされる真菌症は世界的に健康負荷であり、感染者の生命を脅かす可能性がある。展望記事において、KongとSegreは、宿主免疫学と微生物叢生態学における菌類の恒常性の役割に関する新たな理解について議論をしている。彼らはまた、真菌症とその治療に利用できる方法について議論している。また、さらなる研究を必要とする未だ対処出来ていない課題に関して議論している。(ST,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 365

プラズモンのスキルミオンを観る (Watching plasmonic skyrmions)

スキルミオンは、電磁場の数学的解から生じる安定なトポロジカル・テクスチャーである。ハリネズミ(hedgehog)状を有するこの特性は堅牢で、操作可能で、相互作用可能なため、スキルミオンをメモリーやロジックへの応用に向けての研究に関心を集めている。スキルミオンは、また光励起により金属薄膜中に創り出すことができるが、これら表面プラズモン・ポラリトンのスキルミオンのベクトル動態に関する詳細な情報がいままで不足している。Davisらは時間分解光電子ベクトル顕微鏡を用いて、スキルミオンが欠陥のない金結晶表面に沿って伝搬していくときの動画をつなぎ合わせることで、スキルミオンの時空間の動態を画像化した。このような高い空間分解能と時間分解能で動態を調べられる本手法は、他のナノフォトニクス系の制御に役立つであろう。(NK,KU,kj,kh)

【訳注】
  • 表面プラズモン・ポラリトン: 金属/誘電体(あるいは金属/真空)界面に対して平行方向に伝播する表面電磁波のこと。
Science, this issue p. eaba6415

タンパク質恒常性が ISR で壊される (Proteostasis dISRupted)

細胞内タンパク質の品質を管理する多くの重要な回路網は、その重要性にも関わらず、年齢とともに縮小する。その結果生じる、細胞のタンパク質群の健全性を監視・維持する過程であるタンパク質恒常性の喪失は、加齢に伴う幅広いヒト疾患と関係する。Costa-MattioliとWalterは、タンパク質合成を調整することでタンパク質恒常性の異常に応答する中心的なシグナル伝達網である、統合的ストレス応答(ISR)について概説している。ISRは広範な病的状況で活性化され、そのため、その経路を機構面から理解することは、その経路を調節できる治療手段の開発に役立つかもしれない。(MY,kh)

Science, this issue p. eaat5314

ブロモドメイン抑制剤の再検討 (Bromodomain inhibitors revisited)

ブロモドメインおよびエクストラターミナル・ドメイン(BET)タンパク質は、転写調節へのその影響を通して、がんと免疫疾患の病因に寄与する。 BETタンパク質は、2つのほぼ同一のブロモドメイン、BD1とBD2を含んでおり、これらは、医薬品開発の標的として大きな関心を集めてきた構造要素である。BD1とBD2の両方を抑制した第1世代の薬剤は、前臨床モデルで有望な治療活性を示したが、臨床試験において有効性が低いことが判明した。Gilanたちは別の方法を採用し、BD1またはBD2を選択的に抑制する薬剤を設計した(FilippakopoulosとKnappによる展望記事参照)。彼らは、BD1とBD2の抑制剤が異なる方法で遺伝子発現を変化させ、BD2抑制剤が炎症および自己免疫疾患の前臨床モデルにおいてBD1抑制剤よりも大きな治療活性を有することを見い出した。(KU,k,kh)

Science, this issue p. 387; see also p. 367

公衆衛生、出口のない矛盾した状況 (A public health catch-22)

小児に投与された経口ポリオウイルス・ワクチンの血清型2型成分は、2016年に撤回された。弱毒性生ワクチンの突然変異によって引き起こされるワクチン関連の病気の発生を防ぐために、この方策は取られた。世界中の子供たちは現在、血清型2型のポリオウイルスに対する免疫力が弱い。なぜなら不活化ワクチンは効果がはるかに低く、新しい経口ワクチンはまだ準備されていないからである。統計モデルを使用してMacklinたちは、アジアとサハラ以南のアフリカのいくつかの国でのポリオの最近の激増は、血清型2型のワクチン株に関連している可能性が高いことを見出した(DonlanとPetriによる展望記事を参照)。ポリオウイルスの激増が起きた時に感染を阻止するには、道具箱中の唯一の道具である、既存の弱毒性の血清型2型の経口生ワクチンの配備が必要であるが、これはワクチン由来の疾患危険性を高める。(Sh,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 血清型:病原体の表面に存在する抗原の型。抗体を含んだ血清と反応させ、どの血清と最も反応するかで型別するので血清型と言う。ポリオウイルスには1型、2型、3型の三種の血清型が知られている。
Science, this issue p. 401; see also p. 362

いくらかのカルシウムが結合に必要 (Some calcium is required for binding)

メラノコルチン-4受容体(MC4R)は、食物摂取とエネルギー消費を連携させており、肥満治療の標的である。MC4Rは普通のGタンパク質共役型受容体とは異なる。それは1つには、内在性の作用物質かそれとも拮抗物質に結合し、それぞれ食欲の減退あるいは食物摂取の増進をもたらすためである。Yuたちは、拮抗物質に結合したMC4Rの構造を決定した(ChaturvediとShuklaによる展望記事参照)。この構造は、受容体と拮抗物質が配位した一個のカルシウム・イオンの存在を明らかにした。生化学的な研究により、このカルシイム・イオンは内在性作用物質に対する親和性も増加させ、これが作用強度の増大になることが示された。彼らはまた、MC4Rがイオン・チャネルKir7.1と直接共役し、チャネルの開閉を制御するというこれまでの知見を確認している。(MY,kh)

【訳注】
  • Gタンパク質共役型受容体:2つの末端がそれぞれ細胞内と細胞外にある7回膜貫通型受容体タンパク質で、細胞内に三量体Gタンパク質が結合し、細胞外の信号物質を受容してそのシグナルを三量体Gタンパク質の変化として細胞内に伝える。
Science, this issue p. 428; see also p. 369