Science February 7 2020, Vol.367

熱帯森林の回復停滞 (Lagging recovery for tropical forests)

熱帯森林の地上炭素(AGC)の蓄積は、2015-2016年のエルニーニョ現象と関連した極度の高温・乾燥気候からいまだ回復していない。Wigneronたちは低周波マイクロ波衛星のデータを用いて、2014年から2017年までのAGCの変化を観察した。2017年の末まで、AGCの蓄積は2014年の干ばつ前の水準に達しておらず、いくつかの地域では減少が続いていた。ゆっくりした回復速度は、部分的には森林の枯死の増加およびまたは特にアフリカの湿潤森林における説明のつかない森林の乱伐と崩壊による可能性がある。このような長期記録を連続的に観察することは生態系における気候変動の理解を向上させるかもしれない。(Uc,KU,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aay4603 (2020).

タキソールの複雑な仲間の合成 (Synthesis of Taxol's complicated cousin)

プロペラン分子は、すべてが 一個の共通辺を共有する3つの環を含み、それにより全体としてプロペラに似ている。抗がん剤タキソールに関連するイチイの樹皮からの天然物、カナタックスプロペラン(canataxpropellane)は、その骨格に2つの異なるプロペラン構造を持つという点で珍しい。Schneiderたちは、30工程以下でのこの複雑な化合物の化学合成を報告している。この経路の重要な特徴は、キラル・シリル補助剤の導入により非対称性を付与されたディールス・アルダー反応と、それに続くシクロブタンのコアを確立するための光化学的環化付加反応を含む。(KU,ok,kh)

Science, this issue p. 676

メジャー・リーグ級の磁歪 (Major-league magnetostriction)

磁気電気物質は、電場あるいは磁場のいずれにも応答して分極するため、データ記憶への応用に魅力的な物質である。Longたちは、高い磁気電気結合を有するイッテルビウムに基づく分子の磁気電気物質を発見した (ZhouとHanによる展望記事を参照のこと)。印加された磁場が物質に歪みを与え、その物質の電気特性を変化させる。必要とされる磁場は、他の磁気電気物質よりもはるかに小さい。この研究は、デバイスにおいて分子材料を用いる可能性に光を当てるものである。(Wt,KU,kh)

Science, this issue p. 671; see also p. 627

増加しつつある気温と減少傾向 (Increasing temperatures and declines)

気候変動の1つの側面は、極端な暑さを伴う日数の増加である。Soroyeたちは、北米および欧州にわたるマルハナバチの存在の大規模なデータ集合を分析した結果、増加しつつある異常に暑い日の頻度が、土地利用方法の変化や状況とは無関係に、地域での絶滅の速度を増加させ、群れの形成とサイト占有状態を低下させ、地域内の種の豊富さを減少させつつあることを見出した(Bridleとvan Rensburgによる展望記事参照)。平均気温が上昇し続けるとともに、マルハナバチは、極暑日が頻発して増殖できない状態に直面しているかもしれない。(Sk,ok,kh,KU)

【訳注】
  • サイト占有状態:生態学において、生息地における種の分布や繁殖状況を明らかにするために複数の調査地 (サイト)を設けてその占有状態(個体の在不在や繁殖の有無など)の調査を行った結果を数値化したもの(https://www.ism.ac.jp/editsec/toukei/pdf/64-1-003.pdf)
Science, this issue p. 685; see also p. 626

CO2とH2Oのための優雅な振り付け (Graceful choreography for CO2 and H2O)

二酸化炭素(CO2)の効率的な電気化学的還元の課題の1つは、このガスが疎水性であるが、その望ましい反応の多くが水(H2O)を必要とするということである。Garcia de Arquerたちは、銅電気触媒とイオノマー集合体とを組み合わせることでこの問題に対処した。このイオノマー集合体はスルホン酸の並んだH2O通路がフッ化炭素のCO2チャンネルと共に散在している。この電極構造は、1平方センチあたりわずか1アンペアを超える電流密度でのエチレンやエタノールのような2炭素製品の製造を可能としている。(Sk,KU,kh,kj)

【訳注】
  • イオノマー:金属イオンによる凝集力を利用し、高分子を凝集体とした合成樹脂(「イオン + ポリマー」の意味)
Science, this issue p. 661

肝臓病の弱点が同定される (Liver disease defect identified)

エネルギーの感知器であるアデノシン一リン酸活性化タンパク質キナーゼ(AMPK)は、ヒト肝臓関連死の第1位原因である非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)での肝障害に関係している。Zhaoたちは、NASHのマウス・モデルおよびヒトNASHの患者から採取された試料を用いて、NASHでその活性が失われるAMPKが、酵素プロカスパーゼ-6をリン酸化することを示した。正常な肝細胞では、この修飾はカスパーゼ-6の活性化を制限し、その結果、肝細胞死であるアポトーシスに至るカスパーゼの活性化連鎖を制限する。それ故、AMPKとカスパーゼ-6はNASH処置の治療標的を提供するかもしれない。(MY)

【訳注】
  • AMPK:エネルギー物質であるアデノシン三リン酸(ATP)が細胞内で少なくなると、グルコースを細胞に取り込んでATP産生を促進し、ATP消費を伴う糖や脂肪や蛋白質の合成を抑制する作用を持つリン酸化酵素。
  • プロカスパーゼ:カスパーゼの前駆体で不活性型。
Science, this issue p. 652

mRNAプロセッサの構造 (Architecture of an mRNA processor)

後生動物細胞におけるRNA重合酵素IIの3種類の主要な転写物、即ちポリアデニル化メッセンジャーRNA(mRNA)、ヒストンmRNA、核内小RNA(snRNA)の 3′末端プロセシングには、共通の特徴をともに持つ3つの別個の分子機械を必要とする。Sunたちは、活性なヒト・ヒストンmRNA前駆体の3′末端プロセシング機械を再構築して、低温顕微鏡によりほぼ原子レベルの分解能でその構造を解明した。この構造は、ヒストンmRNA前駆体、標準的mRNA前駆体、およびsnRNAの3′末端プロセシング機械間の共有する触媒反応機構を理解する上での基盤を与える。(MY,KU,kh)

Science, this issue p. 700

熱探しは怜悧だ (Heat seeking is cool)

蚊はいくつかの手がかりを使用して宿主を探すが、その1つが体温である。Greppiたちは、もし冷却活性化受容体が熱への反発反応として下流の回路を再配線したとすると、冷却活性化受容体が哺乳類宿主の位置を特定するために使用できると仮定した(Lazzariによる展望記事参照)。昆虫類に保存され、ショウジョウバエの温度変化の感知に関与することが知られている遺伝子族が出発点となった。ゲノム全体の分析と標識CRISPR-Cas9変異体により、ガンビエ・ハマダラカの触角の神経細胞にある受容体の可視化と、破壊されたこの受容体の複製を有する雌成体蚊の評価が可能になった。マラリア蚊はこの先祖伝来の昆虫の体温調節系を熱を出す宿主の発見へ目的を変更してきた。(Sk,ok,kh,kj)

【訳注】
  • 冷却活性化受容体:昆虫の有する、熱からの回避(体温上昇の防止)のための感覚温度受容体
Science, this issue p. 681; see also p. 628

相互作用で活性化される (Activated by interaction)

サイトカインは、その認識受容体と結合する場合に免疫応答を引き起こす。クラスⅠサイトカイン受容体は、会合したヤヌス・キナーゼ2(JAK2)に依存してシグナル伝達を開始する。活性化がこれらの受容体のリガンド誘発二量体化を生じるのか、あるいはあらかじめ形成された二量体のリガンド誘発立体構造変化を生じるのかの議論が続いてきた。Wilmesたちは、単一分子蛍光顕微鏡を用いてヒト生細胞の原形質膜中のサイトカイン受容体を画像化し、リガンド誘発二量体化を観察した。彼らは、JAK2の疑似キナーゼ・ドメインが二量体化に寄与し、さらにJAK2の過剰活性変異体が二量体を促進することを見出した。これは二量体化が活性化を引き起こすモデルと一致している。(MY)

【訳注】
  • クラスⅠサイトカイン受容体:サイトカインがリガンドとなる一対の受容体で、触媒機能であるキナーゼ活性を持たない。このためこのシグナル伝達経路における経路下流のタンパク質のリン酸化は、サイトカイン受容体に会合しているチロシンキナーゼであるJAKファミリーが担う。
Science, this issue p. 643

細胞間情報伝達の臨床での使用 (Clinical uses of cellular communication)

エキソソームは、それを分泌する細胞の成分(タンパク質、DNA、およびRNA)を含む細胞外小胞の一種である。エキソソームは遠くの細胞に取り込まれ、細胞の機能と行動に影響を与えることがある。エキソソームを介した細胞間情報伝達は、がん、神経変性、炎症性疾患などのさまざまな障害の病変形成に関与しているらしい。レビュー記事で、KalluriとLeBleuは疾患におけるエキソソームの生物発生と機能について考察し、より多くの研究が必要とされる分野を強調している。彼らはまた、診断のためのエキソソーム 特性分析の可能な臨床応用と、標的疾患細胞への治療薬のエキソソーム仲介の送達について考察している。(KU,kh)

Science, this issue p. eaau6977

ブタ熱ワクチンに関する懸念 (Concern about swine fever vaccines)

アフリカ・ブタ熱(ASF)は、イノシシや家畜豚などのブタに発症する致死性出血疾患である。2018年半ばに中国にASFウイルスが入り込んで以来、アジアではASFの流行により養豚業が壊滅的な打撃を受けている。この病気はヨーロッパに広がりつつあり、やがてブタ集団にとって世界的な脅威となるかもしれない。ASFウイルスの蔓延を防止しようとする取り組みは、イノシシ集団における残留感染と、ブタ製品の移動を防止することの困難さという課題を抱えている。展望記事において、Gavier-Widenらは、ASFを効果的に克服するために、イノシシに対しては餌の中で使用できる、そして飼育ブタには投与できるワクチンを開発する戦略について考察している。しかしながら、ワクチン生産を急ぐあまり、展開中の既存の選択肢が事態を悪化させる懸念がある。(ST,KU,kh)

Science, this issue p. 622

分げつと窒素施肥のの分離 (Decoupling tillering and fertilization)

農作物としてのイネの場合、窒素施肥の必要を少なくしながら、穀粒をつける分げつ、即ち分枝をより多くすることが望まれる。残念ながら、多くのイネ品種において、分げつの数は窒素施肥の量に依存する。Wuたちは、窒素状態がヒストン修飾を介してクロマチンの機能に影響を与えることを示している。即ち窒素が十分の状態ではヒストン修飾は転写因子 NGR5がポリコーム抑制複合体2を動員して行い標的遺伝子の発現を抑制するプロセスになっている窒素状態がヒストン修飾を介してクロマチンの機能に影響を与えることを示している。即ちこれらの標的遺伝子の中でヒストン修飾によって、窒素が増えるば増えるほど、その植物はより多くの分げつを発生させるように、分げつを調節する。一方で、NGR5はホルモンのシグナル伝達に関わり、プロテアソーム分解を受けて下方調節される。またそれを遮断する機構もある。NGR5濃度の増加は、窒素に富む肥料の増加を必要とせずに、イネの分げつと収量の増加をもたらすことができる。(KU,kh,kj)

【訳注】
  • 分げつ(分蘖):イネ科などの植物の根元付近から新芽が伸びて株分かれする事
  • ポリコーム抑制複合体2:ヒストンH3の27番目のLysのトリメチル化を行うヒストン修飾タンパク質複合体で、標的遺伝子の転写を抑制する
  • NGR5:NITROGEN-MEDIATED TILLER GROWTH RESPONSE 5
Science, this issue p. eaaz2046

リン酸化抗原を認識する奇妙な方法 (A weird way to recognize phosphoantigens)

よく研究されたαβT細胞 (この細胞は主要組織適合遺伝子複合体(MHC)とMHC様分子によって提示されるペプチド抗原を認識する)とは対照的に、γδT細胞がどのようにして抗原を認識するかはほとんど謎のままである。Vγ9Vδ2陽性細胞と呼ばれるγδT細胞の1つの主要なクラスは、微生物やがん細胞によって産生される小さなリン酸化非ペプチド抗原、すなわちリン酸化抗原によって活性化される。 Rigauたちは、この細胞がリン酸化抗原を認識するために、細胞表面に2つの免疫グロブリン・スーパーファミリーのメンバー、ブチロフィリン2A1(BTN2A1)とBTN3A1の組み合せを必要とすることを見出した。BTN2A1はT細胞受容体(TCR)のVγ9陽性ドメインに直接結合するが、BTN3A1の可能性がある2番目のリガンドは、TCRのVγ9陽性ドメインとは反対側のVδ2とγ鎖ドメインに結合する。この予期しない型のT細胞抗原認識のより良い理解は、将来のγδT細胞仲介の免疫療法に情報を与え強化するはずである。(Sh,KU)

【訳注】
  • γδT細胞:γδ鎖のT細胞受容体を発現するT細胞(ヒト末梢血中のTリンパ球の大半はαβ鎖のT細胞受容体を発現するαβT細胞)。
  • 免疫グロブリン・スーパーファミリー:免疫グロブリン類似のアミノ酸配列で約100個のアミノ酸残基からなる免疫グロブリン領域を持つタンパク質の集合。
Science, this issue p. eaay5516

水選択性ゼオライト膜 (Water-selective zeolite membranes)

多くの工業的気相反応の収率は、副産物としての水の生成によって制限される。Liたちは、筒型の反応器内の無欠陥連続膜中にNaAゼオライト結晶を形成することで、この結晶の水ふるい特性を利用した (Carreonによる展望記事を参照のこと)。これらの膜は水を通過させることができるが、水素や一酸化炭素、二酸化炭素(CO2)などのガスを通さない。副生成物である水とともにメタノール生成のための CO2 水素付加反応にこれらの膜を用いると、CO2転化率とメタノール収率の両方でかなりの向上が観察された。(Wt,KU,ok,kh)

Science, this issue p. 667; see also p. 624

小膠細胞が記憶を調節する (Microglia modulate memories)

シナプスの再編成と回路の再配線は、神経細胞間の接続の喪失や減弱を引き起こし、以前に形成された記憶の消去をもたらすかもしれない。小膠細胞は、発達中の脳における過剰なシナプスを除去し、生涯にわたって神経細胞間のシナプス結合の動態を調節する。しかし、忘却が小膠細胞の活動に関係しているのかどうか、そして小膠細胞がどのように成人の脳の記憶消去を調節するかはいまだ不明である。Wangたちは、小膠細胞が成人の海馬のシナプス成分を除去し、小膠細胞を枯渇させるか小膠細胞の食作用を抑制すると忘却を防ぐことを見出した。このように、小膠細胞によるシナプス除去は、記憶痕跡の劣化と以前に学習した文脈的恐怖記憶の忘却を引き起こすのかもしれない。(Sk)

【訳注】
  • 小膠細胞:中枢神経系の主要な免疫細胞
  • 文脈的恐怖記憶:過去に恐怖を味わった時に自分の置かれていた状況の記憶
Science, this issue p. 688

粘つきすぎない (Not too sticky)

多くの細胞過程において、液-液相分離(LLPS)が果たす役割の証拠が増えつつある。LLPSを行なう多くのタンパク質はプリオン様ドメイン(PLD)を含んでおり、このドメインは極性アミノ酸が豊富で、また多くの場合、芳香族残基が散在している。実験データとシミュレーションを組み合わせて、Martinたちは共存する希薄相と濃厚相中のPLDの濃度を温度の関数として定量化し、それによってこの相の挙動が芳香族残基の数とその散在様式により決まるもので、芳香族残基が均一に散在する様式ではLLPSが促進されて会合が阻止されることを示している。彼らは、粘着体とスペーサーからなり、その並びに基づきPLDの相挙動を予測できるモデルを開発した。(MY,kh,kj)

Science, this issue p. 694