Science January 10 2020, Vol.367

持続可能なよう海水面上昇を抑制する (Limiting sea-level rise sustainably)

人為的な地球温暖化のうち最も大きな被害をもたらす影響のひとつは海水面上昇であろう。 健全な気候政策は、様々な排出シナリオに関連した海水面上昇進行度の確固たる予測に依存している。 しかしながら今後何世紀にもわたって、海水面上昇は大気放射強制力に対して応答し、それは現在の排出制限の主たる焦点である地球表面温度に対してとは非常に異なるであろう。 Li たちは、許容可能な海水面上昇目標の公式な制定を取り入れることがより効果的に前進する方法であると示唆する、統合された評価モデルを開発した。 この研究によると、海水面上昇を制限するよう特別に策定された気候政策は、温度目標単独で推進される政策よりも、持続的で且つ費用が抑えられる可能性がある。(Uc,MY,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 放射強制力:地球から宇宙への放射エネルギーの変化量を言う。 地球温暖化原因ガス種の気温上昇への寄与度を評価するのに用いられる。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaw9490 (2019).

ニッチが筋収縮で再配置される (Niche relocated by muscle contraction)

成体幹細胞の微小環境すなわちニッチによる成体幹細胞の調節は、組織恒常性と、傷害後および加齢の間の再生にとって不可欠である。 毛周期の間の毛包の正常な退行は、幹細胞が幹細胞ニッチ、特に毛乳頭の特殊化間葉系細胞に近接して機能を維持するのに、特に難しい課題を突きつける。 Heitman たちはモデル生物としてマウスを用い、毛包の毛根鞘が、協調した細胞収縮を通じて組織再構築を駆動する活性平滑筋であり、毛包退行の間に毛乳頭と毛包幹細胞の間の新たな接触を可能にすることを実証している。 ニッチ再配置についてのこの生物力学的機構は、他の幹細胞ニッチ系で役立つかもしれない。(MY)

【訳注】
  • 幹細胞ニッチ:幹細胞が持つ組織細胞への分化能が維持されるのに必要な微小環境のこと。
  • 毛周期:毛髪の再生と脱毛の繰り返しのこと。 成長期、退行期、休止期の3期があり、退行期には毛包の収縮が始まり分裂・増殖が停止する。
  • 毛包:皮膚内の毛を取り囲む組織層。 毛を産生する皮膚付属器官で幾つかの構造から成る。
  • 毛根鞘:毛の皮膚内部分をとりまいている組織。
  • 毛乳頭:毛包の基部にある部分。
Science, this issue p. 161

ジャワへの最初のヒト族の到達を年代測定する (Dating the arrival of the first hominins in Java)

インドネシアのジャワ島のサンギランにある世界遺産遺跡は、アジアへの人類の到達と進化を理解する上で非常に重要である。 しかしながら、この遺跡でのホモ・エレクトスの最初の出現の時期は、論争の的になってきた。 Matsu'ura たちは、ヒト族関連の堆積物に対して年代測定技術の組み合わせを用い、約130万年前のホモ・エレクトスの到達を解明した(Brasseur による展望記事参照)。 この年代測定は、サンギランにおける最初のヒト族が、考えられていたより少なくとも20万年新しいことを示唆しており、この論争の解決への重要な一歩を示しているかもしれない。(Sk)

Science, this issue p. 210; see also p. 147

スピンと電荷は異なる道を進む (Spin and charge go their separate ways)

強く相互作用しているフェルミオン鎖は、スピンのみを運ぶスピノン及び電荷のみを運ぶホロンの2種類の集団励起を示すと予測されている。 これらの集団励起はそれぞれ異なる速度で移動する。 このいわゆるスピン-電荷分離の痕跡は固体系で観測されてきたが、動的証拠を直接観測することは容易ではない。 Vijayan たちはこの課題を解決するために、一次元光学格子に収納された極低温相互作用フェルミオン鎖に対し、その原子の1つ抜き取ることで摂動を加えた。 これは2つの独立した励起を引き起こし、彼らは量子気体顕微鏡を用いて、それぞれをスピノンとホロンであると特定した。(NK,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 186

雷の先行放電からのガンマ線フラッシュ (Gamma-ray flash from a lightning leader)

地球ガンマ線フラッシュ(Terrestrial gamma-ray flashes:TGF)は、激しい雷雨によって生成されるミリ秒のガンマ線パルスである。 Neubert たちは、国際宇宙ステーションの機器を使用して、上方から TGF を観察した。 可視光、紫外線、X線、ガンマ線の各帯域での高速測光により、TGF を生み出した一連の事象を決定することができた。 雲内部の先行放電からの発光に続き、ミリ秒以内にTGFが発生した。 その後の稲妻の閃光は電磁パルスを生成し、雷雨の上部の電離層中に、エルブと呼ばれる紫外線放射の拡大波を誘起した。 著者たちは、雷の先行放電内に発生した高電界がTGFを生成したと結論している。(Wt,MY)

【訳注】
  • 先行放電(leader):雷雲から大地に向かって進展する放電。 雷放電は leaderにより開始され、leaderが数十から数百メートル進んでは一旦停止しながら階段的に進行して大地に至る。
Science, this issue p. 183

薬物併用の難題 (Challenges of drug combinations)

抗生物質の併用は、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌のような難治性感染症の治療に利用される。 しかし臨床的には、薬剤は経験に基づいて使われる傾向にあり、結果は相反することがある。 Liu たちは、生体外でなされた観察を患者の例に移し替えて、抗生物質に対する耐性(tolerance)が薬剤併用時に抵抗性(resistance)を促進あるいは抑制するのに果たす役割を理解した(Berti と Hirsch による展望記事参照)。 複数の抗生物質に曝された細菌集団は、複数薬剤に対する耐性を発現しうるが、薬物併用で使われるある薬剤は、他の併用薬剤への抵抗性に対抗できる可能性があり、そのため効果的な治療を提供することが可能かもしれない。 しかし、耐性が既にある薬剤に現れてしまったなら、併用は、抵抗性が他の併用薬剤へ伝播するのを促進することに行き着くかもしれない。(MY,kh)

【訳注】
  • 耐性(tolerance):通常は、薬剤投与の継続で患者に薬剤に対する感受性低下が起こり、薬剤量を増やさなければ同じ効き目が得られなくなることの意味で用いられるが、ここでは、病原体の増殖停止が起き、病原体を殺す薬剤の最小濃度(minimum inhibitory concentration:MIC)は変わらずに、病原体を殺す最小時間が長くなることの意味で用いられている。
  • 抵抗性(resistance):病原体が変異により薬剤に対する生き残り能力を獲得して、薬剤が効かなくなること。 通常は「耐性」の語が用いられるが、ここでは、toleranceとの区別で「抵抗性」としている。
Science, this issue p. 200; see also p. 141

過酸化物を閉じ込めてメタノールを作る (Confining peroxide to make methanol)

過酸化水素は原理的には、緩やかな条件下でメタンをメタノールに転換する効率的な酸化剤になるかもしれない。 しかし実際には、過酸化水素は現状あまりに高価で、この目的のために予め過酸化水素を製造することはない。 Jin たちは、メタンとの即時反応用に、水素と酸素から過酸化水素を生成して濃縮する触媒系について報告している。 疎水性被覆されたゼオライトにより、過酸化水素が金と白金の活性部位近くに保持され、入ってきたメタンがその後、ここで選択的に酸化されてメタノールになる。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 193

抗-脆化への工程表 (An anti-embrittlement roadmap)

水素は、燃料電池などのエネルギー用途にとって重要であるが、材料中に拡散しやすく、材料をより脆くなりやすくする。 Chen たちは、一般的な2種の鋼における水素原子の正確な位置を特定するという課題に取り組んだ。 水素の軽量かつ高移動性により、従来の技術では深刻な問題が生じる。 著者たちは低温移動原子プローブ・トモグラフィーを使用して、水素が鋼中のさまざまな界面に固定されていることを示した。 水素の捕捉に対するこの直接的な観察は、水素脆性に対してより抵抗性のある材料の開発に役立つはずである。(KU,ok,kh)

Science, this issue p. 171

食塩表面上での逆さまの分子 (Upside-down molecules on a salt surface)

分子の量子状態は、スペクトルを不明瞭にするであろう衝突を最小限に抑えるため、通常、気相の研究で測定される。 しかしながら、NaCl(100)表面に吸着した一酸化炭素(CO)分子の場合、高い振動状態からの赤外線放射すら分解することができる。 Lau たちは量子状態分解スペクトルにおいて、NaCl(100)上に吸着した単層COの赤外レーザー励起により、COが逆さまの配置でO原子を介してNa+に結合する異性体を形成することを見い出した(Wu による展望記事参照)。 これらの結果は、単純な振動断熱静電理論で理解でき、この系を異性化化学の研究に対して好適なものにしている。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. 175; see also p. 148

空孔のあいていた水イオン化の一部始終 (The “hole” story of water ionization)

イオン化後に液体水に形成されるカチオン空孔H2O+ を直接観察することは長年にわたる実験的挑戦であった。 可視光および紫外光の技術を用いた以前の試みは、OHラジカルへの超高速転換の間に、H2O+ が示す鍵となる分光学的兆候を明らかにすることが出来なかった。 Loh たちは、約530電子ボルトのX線自由電子レーザー由来の強力で超高速なX線パルスを用いることで、この間隙に取り組んだ。 彼らは、H2O+ の形成とプロトン移動機構によるOHラジカルへの減衰の動かしがたい証拠を見つけ、また、イオン化液体水の初期動態における他の最速時間スケールの諸段階を明らかにした。(MY,kj,kh)

Science, this issue p. 179

コンダクタンスの平坦域に到達する (Reaching a conductance plateau)

鉄系超伝導体 FeTe0.55Se0.45 の表面は、トポロジカル超伝導を支える必要条件を満たしてる。 磁場印加のもとで、マヨラナ束縛状態と整合するゼロ・バイアスのピークを持つ渦が観察されている。 Zhu たちは走査トンネル分光法を用いて、探針と試料との距離を減らしながら、これらの状態のコンダクタンスを調べた(Sau による展望記事参照)。 彼らは、コンダクタンスの値が増加し、最終的には飽和することを見いだした。 彼らが調査した渦の1つについては、コンダクタンスは、マヨラナ束縛状態の特徴である量子化された値に到達した。(Wt)

Science, this issue p. 189; see also p. 145

アポトーシスが左右の混合を防ぐ (Apoptosis prevents left-right crossing)

動物は通常、左側と右側との間で対称性を備えた左右相称体制を示す。 Maya-Ramos と Mikawa は、両側間での細胞の混合を防ぐ機構を調べた。 ニワトリ胚を使用することで、彼らは、プログラム細胞死と細胞外基質が関係する胚性正中線の障壁によって、両側間での細胞混合が防止されることを示している。 この研究は、プログラム細胞死に依存した左右対称な正常発生が原腸形成期の間に存在することを実証している。(KU,MY,kj,kh)

Science, this issue p. 197

代謝制御におけるtRNA合成酵素 (A tRNA synthase in metabolic control)

ロイシンを、対応する転移RNA(tRNA)に共有結合させるロイシルtRNA合成酵素1(LARS1)は、ロイシン代謝の制御に、より広範な役割を持っているようである。 この酵素は、タンパク質合成、代謝、オートファジー、および細胞成長を調節する機構的ラパマイシン標的タンパク質複合体1(mTORC1)のためのロイシン感知器としても機能する。 Yoon たちは、グルコースが欠乏した細胞では、LARS1がUnc-51様オートファジー活性化キナーゼ1によってリン酸化されることを示している(Lehman と Abraham による展望記事参照)。 このリン酸化は、LARS1へのロイシンの結合を減らし、そして次には、翻訳を減らし、mTORC1の活性化を減少させるはずで、おそらくグルコース欠乏細胞でロイシンを解放しアデノシン三リン酸の生成に活用することになる。(Sh,MY,kj)

【訳注】
  • 転移RNA:リボソームのタンパク質合成部位で、mRNA上の塩基配列を認識し、対応するアミノ酸を合成中のポリペプチド鎖に転移させる73〜93 塩基のRNA。
Science, this issue p. 205; see also p. 146

ガン検診を改善する (Improving cancer screening)

乳ガンに対するマンモグラフィのような国のガン検診施策は、陽性の閾値、検査の頻度、および使用される検査の種類に一貫性がないというように、多くの場合まちまちに実施されている。 ガン検診は、過剰診断やその他の害をもたらすかもしれない。 ガン検診の最適な方法は、どのようにして見つけることができるだろう? 展望記事において、Kalager と Bretthauer は、国民健康施策の一環としての国の試みの中で、検診検査の変動要素を比較することにより、どのようにガン検診の害をその利益と釣り合わせられるかについて議論している。 最新の臨床データに基づいて検診施策を行うことにより、これらの学習的検診施策は、国民の健康を改善するかもしれない。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 143

新しい種を見つける (Finding new species)

何千もの種が特定されてきたし、多くの人々は何千もの種が未発見のままであることに同意するかもしれないが、鳥のようなひときわ目立つ脊椎動物の新しい分類群を発見することはまれである。 Rheindt たちは、ただ一度の6週間の遠征を通して、インドネシアのスラウェシ島付近の単一の小さな島で見つかった、5つの新しい鳴鳥類の種と5つの新しい亜種について述べている(Kennedy と Fjeldså による展望記事参照)。 彼らは、その地質学的な歴史と複雑さ、および他の探検家の歴史上の記録を理由に、この場所を標的にした。 彼らは、他の地域での同様の取り組み方もまた、新種の発見につながるかもしれないと主張している。(Sk)

Science, this issue p. 167; see also p. 140