Science December 20 2019, Vol.366

脳オルガノイド中の過興奮性神経細胞 (Hyperexcitable neurons in brain organoids)

アンジェルマン症候群の人は、一生を通じて知的障害と発作に見舞われる。この病気では、鍵となるカリウム・チャネルのユビキチン介在性分解が妨害され、発作の原因となる神経細胞興奮性と神経細胞網の同期を引き起こす。Sunたちは脳オルガノイド技術を用いて、アンジェルマン症候群に関わるユビキチン・リガーゼの変異を有するヒトの神経細胞で、何が起きているかを研究した。これらの試験管内モデルおよびアンジェルマン症候群のマウスモデルでは、カリウム・チャネルに対する拮抗物質が神経細胞の興奮性を正常な状態に戻した。(Sk,ok,kj,kh)

【訳注】
  • オルガノイド:人工的に作られ3次元構造を持つ
Science, this issue p. 1486

球入破砕機 (ボール・ミル) 中の酸化還元触媒 (Redox catalysis in a ball mill)

球入破砕機中で固体反応物を混合することは、ほとんどの化学合成に伴って発生する大量の廃溶剤を避ける有望な手法である。Kubotaたちは今回、圧電性の触媒をこの混合物に添加することで、電子移動サイクルのような機構により結合形成を促進できることを報告している(XiaとWangによる展望記事参照)。特に、チタン酸バリウムは、ある意味で液相の光酸化還元触媒を想起させるような形で ホウ素化およびヘテロ環との結合に向けてアリール・ジアゾニウム塩を活性化する。この反応は空気に影響されず、グラム規模まで実証された。(MY,KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1500; see also p. 1451

言語が喜怒哀楽を伝える多様な方法 (The diverse way that languages convey emotion)

喜怒哀楽の言葉が、文化を越えて同じ意味をを持っているかどうかは明らかではない。Jacksonたちは2500の言語を調査し、文化を越えて24の喜怒哀楽の言葉に関する言語学的ネットワークにおける類似度を決定した。文化を越えて喜怒哀楽の言葉の意味において、低水準の類似度としたがって高い可変性があった。喜怒哀楽の言葉の類似度は、その言葉が生じた言語の地理的近接度、言葉が引き起こす快楽性、言葉が喚起する生理的覚醒度から予測することができた。(KU,nk,kj,kj,kh)

Science, this issue p. 1517; see also p. 1444

表面の不活性化を最適化する (Optimizing surface passivation)

表面欠陥での望ましくない電荷再結合は、複合型ペロブスカイト太陽電池の効率を制限することがあるが、小分子の結合によってこれらの欠陥を不活性化することができる。Wangたちは、カルボニル基とアミノ基の両方を持つ3つのそのような小分子、テオフィリン、カフェイン、テオブロミンを研究した。テオフィリンの場合、アミノ基の水素の、表面のヨウ化物への水素結合により、鉛アンチサイト欠陥とのカルボニル相互作用が最適化され、ペロブスカイト電池の効率が21%から22.6%に改善された。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • アンチサイト:化合物半導体で使用される構成原子の一部が、結晶中の本来の位置でなく、他の元素が入るべき位置に入ってしまう現象
Science, this issue p. 1509

γδT細胞が結合する別の方法 (A different way for γδ T cells to bind)

γδT細胞受容体(TCR)が結合するリガンドは、彼らのいとこαβTCRのリガンド(主要組織適合遺伝子複合体(MHC)及び関連タンパク質によって提示される抗原である)よりも特性があまり解明されていない。Le Noursたちはヒト組織において、ビタミンB誘導体を提示するMHC関連タンパク質1(MR1)に反応する、表現型的に多様なγδT細胞亜集団を同定した。γδTCR-MR1-抗原複合体の結晶構造は、これらのTCRのの中には、提示された抗原を認識する代わりに、MR1抗原結合溝の下に結合できるものがあることを明らかにした。この研究は、γδT細胞に対する付加的リガンドを明らかにし、T細胞抗原認識の特性に対する概念を再考させるものである。(KU,kj)

Science, this issue p. 1522

渦を追いかけ回す (Following vortices around)

攪拌されると、超流動体は量子渦の生成という応答をする。これらの渦の動態の研究、特に強く相互作用する領域において研究を行うことは、技術的には挑戦的な課題である。Sachkouたちは、超流動ヘリウム-4の薄膜内における渦の非破壊追跡技術を開発した。彼らのシステムは、ヘリウム-4の薄膜で被膜されたミクロトロイド(微小円環体)光共振器を含んでおり、その中で渦はレーザー光を用いて作り出された。渦のその後の動態を画像化すると、研究者たちは、干渉性動態が散逸を圧倒していることを見い出した。(Wt,KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1480

多結晶の応力を探る (Probing polycrystals' stress)

多結晶材料が変形する方法は、結晶粒間および結晶粒内の内部応力によってある程度決定される。Hayashiたちは、多結晶材料の粒内応力を地図化するためのX線法を開発した。彼らは、驚くほど大きな応力を発見した。これは、これらの材料がどのように故障するかの基本的な理解にとって重要である。この方法は他の材料でも役に立ち、多重規模モデリング(マルチスケール変形モデリング)に重要な情報を提供するであろう。(Sk,kh)

【訳注】
  • 多重規模モデリング (マルチスケール・モデリング):量子・分子・粗粒など時間や空間の異なる尺度規模に関して, ある規模における材料特性あるいはシステム的挙動を, 他の規模のモデルから算出することを目的とする.
Science, this issue p. 1492

マイクロRNAの標的指向性に対する生化学的予測(Biochemical prediction of miRNA targeting)

マイクロRNA(miRNA)はほとんどのヒト・メッセンジャーRNAを調節し、発生及び生理的な多様な過程に不可欠の役割を果たしている。個々のmiRNAの役割を正確に予測するには、miRNAの標的指向の効力をよりよく理解する必要がある。McGearyたちは、6つのmiRNAと合成した標的との間の結合親和性を測定し、miRNAが仲介する翻訳抑制の生化学的モデルを作り、畳み込みニューラル・ネットワークを用いてそのモデルを全てのmiRNAに拡張した。この手法はmiRNAの標的指向性への洞察を提供し、以前の予測アルゴリズムよりも、細胞内miRNAの翻訳抑制効力についてのより正確な予測を可能にする。(MY)

【訳注】
  • miRNA:21~25塩基長の1本鎖RNAで、標的とするmRNAに結合してその翻訳を物理的に阻害することで、さまざまな遺伝子発現を抑制する。標的mRNAを認識するmiRNAの部位は2~8の塩基長で、90程度の配列種類が知られており、また、mRNAの標的部位は400種類以上が知られている。
Science, this issue p. eaav1741

血液細胞のタンパク質発現地図 (A blood cell protein-expression atlas)

ゲノム・ワイド解析は、基礎医学および応用生物医学の進歩のための資源をますます提供しつつある。Uhlenたちは、ヒト血液細胞型の全体的な発現解析を実施し、このデータを、ヒト・タンパク質地図におけるすべての主要なヒト組織および器官全体のデータと統合した。この包括的な大要によって、組織および細胞型の分布に関して、すべてのヒト・タンパク質コード遺伝子の分類が可能になる。(KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. eaax9198

細菌の信号をひそかに探る (Spying on bacterial signals)

多くの細菌は、個体群密度を監視するために小分子を産生し、これにより、細菌の集団行動を調節する。これは集団感知(クオラム・センシング)と呼ばれる過程である。緑膿菌は嚢胞性繊維症を悪化させるが、このような病原体は、感染のさまざまな段階で、集団感知用の異なるリガンド分子を産生する。Moura-Alvesたちは、ヒト細胞、ゼブラフィッシュ、およびマウスにおける実験により、宿主生物が、この細菌の情報のやり取りを傍受できることを示した。宿主の感知器は、細菌の集団感知用分子に対して個別に応答し、異なる応答経路を活性化あるいは抑制する。細菌のシグナル伝達を傍受するこの能力は、生理学的に高くつく免疫応答を適切に調整する力を宿主に与える。(MY,kh)

Science, this issue p. eaaw1629

VDACはMOMの破滅 (VDACs are MOM's ruin)

ミトコンドリアDNA(mtDNA)は通常、ミトコンドリア内に保持されている。ストレスに応答してサイトゾル中に放出されることがあり、サイトゾルDNAセンサーに遭遇し、結果としてI型インターフェロン応答を引き起こす。アポトーシスの間に、mtDNA放出は、タンパク質 BAXとBAKのオリゴマー形成によって作成されるミトコンドリア外膜(MOM)におけるマクロポアによって仲介される。Kimたちは、酸化ストレスの間に、mtDNAは代わりに電圧依存性アニオン・チャネル(VDAC)のオリゴマー形成によって作られたマクロポアを通って脱出することを見い出した(Crowによる展望記事を参照)。 狼瘡(ろうそう)症のマウス・モデルにおいて、VDACオリゴマー形成の阻害剤が、mtDNA放出と下流のシグナル伝達事象を減少させた。この措置はモデルにおける狼瘡様症状を軽減し、このことはmtDNA放出によって仲介される条件に対する可能な治療経路を示唆している。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1531; see also p. 1445

生物界をまたぐ薬剤耐性のお話 (A cross-kingdom tale of drug resistance)

細菌感染症を治療する医師とがんを治療する医師は、しばしば共通の課題(薬剤耐性の発生)に直面する。細菌が抗生物質にさらされると、細菌は一時的に突然変異率を高め、その結果、子孫の抗生物質耐性細胞が発生する可能性が高まることがよく知られている。Russoたちは、今回、がん細胞が薬物曝露後の生存を確保するために、同様の機構を活用しているという証拠を提供している(Gerlinger による展望記事参照)。彼らは、特定の標的療法で治療されたヒト結腸直腸がん細胞が、errorprone DNAポリメラーゼの一時的な発現上昇と、DNA損傷を修復する能力の低下を示すことを発見した。したがって、細菌と同様に、がん細胞はその変異性を高めることで治療圧力に適応しているのかもしれない。(Sk,kj)

【訳注】
  • errorprone DNAポリメラーゼ:DNA複製において機能する通常のDNAポリメラーゼと違って複製のエラー率が非常に高いDNAポリメラーゼ
Science, this issue p. 1473; see also p. 1458

不思議な相に向かうパターニングされた外観 (A patterned look into a mysterious phase)

超伝導薄膜は、例えば十分に大きな磁場にさらされると、絶縁性になることがある。超伝導状態と絶縁状態の間に、中間的な金属状態が観察されているが、その性質はいまだ明かでない。超伝導体-金属-絶縁体間の遷移について研究するために、C. Yang たちは、高温超伝導体であるイットリウム・バリウム銅酸化物(YBCO) の薄膜をパターニングして、橋で接続された三角形の超伝導の島からなるネットワークを作成した (Phillipsによる展望記事を参照のこと)。パターニングに使用される反応性イオン・エッチング過程により、膜品質を制御しながら低下させた。エッチング時間を長くすることにより、薄膜の輸送特性は、超伝導状態から金属状態を介して絶縁状態まで調整することができた。金属相はボソン的な特性を示した。(Wt,ok,nk,kj)

Science, this issue p. 1505; see also p. 1450

ナイロン前駆体へのカルボニル化経路(A carbonylation path to a nylon precursor)

アジピン酸とそのエステルは、主としてナイロンを生産するために大規模に製造される。しかし、標準的な反応経路は、腐食性の硝酸を大量に必要とする。J. Yangたちは、それとは別の、パラジウム触媒がブタジエンの両末端に一酸化炭素を付加する経路を提示している(Schaubによる展望記事参照)。2つの反応物は、ともに汎用品規模で入手でき、また、この反応では副生成物が出来ない。水素イオン往復のためのピリジン置換基を持つ、最適化されたホスフィン二座配位子が、必要な反応選択性を達成する鍵であることが分かった。(MY)

Science, this issue p. 1514; see also p. 1448

大環状分子が簡単に作れるようになった (Macrocycles made easy)

12原子以上の大きな環をもつ分子である大環状分子は、自由末端が折り返すのではなく他の分子と結合する傾向があるため、分子内環化による生成はやりがいがあるが。Girvinたちは、フォルダマー(短い構造化されたペプチド)を特定してそれを鋳型に使うアルドール縮合により、自由末端を持つジアルデヒド基質を環化できた(GutierrezCollarとGulderの展望記事参照)。フォルダーマー内の残基の変化は、そのらせん構造が触媒に対して重要なアミン官能基の位置を定めるのに役立つことを示唆している。著者たちは、広範囲の大きさの環状分子を合成し、22員環を有する大環状天然物であるロバストールの合成法を開発した。(KU,ok,kj,kh)

Science, this issue p. 1528; see also p. 1454

脳の免疫監視機構 (Immune surveillance of the brain)

脳は、血管から脳への物質と細胞の移動を制限する、血液脳関門によって末梢免疫系から遮断されると考えられている。しかしながら、脳を取り巻く異なる三層からなる髄膜が、脳の免疫監視機構を調整しそれによって、血液脳関門を迂回するという新たな見解が出現している。 展望記事でRustenhoven とKipnisは、髄膜層がどのように免疫細胞の監視と老廃物の除去を調節し、病気の時にはこれがどのように不首尾に終わことがあるのかを論じている。特に、彼らは、神経変性の間に髄膜炎症状による排液路の機能不全の結果、タンパク質凝集物の蓄積を促進する可能性について論じている。(Sh,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1448

散逸によるキラリティー (Chirality by dissipation)

量子多体系は、散逸存在下でエキゾチックな挙動を示す。Dogra等は、光共振器内に置かれそしてレーザー光定常波に曝されたボーズ・アインシュタイン凝縮原子からなる系においてそのような挙動を研究した。原子雲から共振器内へと散乱する光は、二つの異なる、原子の空間的に組織化された集団モードを発生した。続いて、研究者たちが系に散逸を導入して、この二つのモードを結合すると、この系は指向性円軌道に従い、位相空間中で両モード間を回転し続ける。(NK,KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1496