Science November 29 2019, Vol.366

アデノ随伴ウイルスの適応度地形 (The fitness landscape of AAV)

アデノ随伴ウイルス(AAV)は、重要な遺伝子治療用ベクターである。 Ogden たちは合成生物学からの手段を使用して、カプシド・タンパク質における配列変化がAAVの性質にどのように影響するかについての包括的な見解を提供している。 AAV2カプシド遺伝子の飽和変異生成後、得られたライブラリーは、ウイルス生成、免疫、熱安定性、体内分布を含む多重表現型解析にかけられた。 マウスの主要器官への変異体分布は、生体内送達に影響を与える支配的な傾向を明らかにした。 さらに、この知見は、ウイルス生成に役割を持つウイルスのアクセサリー・タンパク質を明らかにした。 最後に、カプシドの適応度地形から構築されたモデルは、無作為変異生成よりもはるかに高い効率で、有用な変異体の機械的誘導による設計を可能にした。(KU,kh)

【訳注】
  • アデノ随伴ウイルス:エンベロープを持たないウイルスで、これが持つカプシド・タンパク質により、特定細胞や組織種への指向性を持つ。 これにより、遺伝子組み換えすることで所望の遺伝子の運び屋として用いられる。
  • 飽和変異生成:コドンあるいはコドン集合を無作為に変異させて、結果、タンパク質のその場所に全ての可能なアミノ酸変異を導入するやり方。
  • 適応度地形:個体の表現型に対して縦軸に適応度を対応させて描いたグラフ。
Science, this issue p. 1139

クプラートにおける鋭い境界 (A sharp boundary in the cuprates)

クプラート超伝導体を研究している物理学者の多くは、クプラート相図上のいわゆる異常金属相は量子臨界点と関係があると信じている。 この図式では、量子臨界点は、クプラートのドーピング濃度-温度相図においてV字型領域すなわち異常金属相を生じさせる。 Chen たちは、クプラートの仲間であるBi2212において角度分解光電子分光法を用い、この概念に一石を投じた。 彼らは、信号が外部条件によって影響を受けないことを確保しながらドーピング濃度と温度の関数として広範囲な測定を行い、相図中で温度に依存しない縦線によって従来の相から鋭く区別されるインコヒーレントな異常金属相を見出した。(NK,kj,kh)

【訳注】
  • クプラート:銅を中心金属とする形式上陰イオン性となっている錯イオン。 高温超伝導の研究では、銅原子の一部をビスマス、ストロンチウム、 カルシウムなどに置換したものが対象とされる。
Science, this issue p. 1099

100万回の冷却器 (A million times cooler)

弾性熱量効果を有する材料は、可逆的な相転移を用いて系から熱を排出できるため、固体冷却用途に利用できる。 しかしながら、このような材料の多くは、わずかな繰り返しで機能しなくなってしまう。 Hou たちは、弾性熱量効果を有する金属をレーザー溶融することで、耐疲労性の微細構造が作り出せることを見出した。 ニッケル・チタンを基材とする合金は、100万回の繰り返しが可能で、それにもかかわらず約4ケルビン(K)分の冷却を生じることが可能であった。 この処理方法は、弾性熱量効果の性能を改善し、これらの材料の固体冷却用途へのより広い利用に、我々を近づけてくれるかもしれない。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1116

表面からポリマー・ブラシを成長させる (Growing polymer brushes from surfaces)

表面の機能化は幅広い分野で重要である。 1つの方法はポリマー・ブラシに関するもので、この場合、ポリマー鎖が表面に接合される。 Cai たちは、ポリフェロセニル系ブロック共重合体のリビング結晶化で駆動された自己組織化の利用による表面のナノ規模機能化について述べている(Presa Soto による展望記事参照)。 彼らは非共有結合を用いて、シリコン・ウエハー、酸化グラフェン・ナノシート、金などのさまざまな表面へ、微小な結晶性円柱状分子集合体(ミセル)の種(シード)を付着させた。 このシード被覆された表面の上へ溶解ユニマーを加えることでミセル状ブラシを成長させることが出来た。 ブラシに対するプロトン化および金ナノ粒子と銀ナノ粒子を用いた後修飾で、触媒、抗菌剤、分離方法に対するそのような修飾表面の適用可能性が実証された。(MY,nk,kh)

【訳注】
  • ユニマー:ここではポリフェロセニル系ブロック共重合体が溶媒中に非会合状態で存在していることを言っている。
Science, this issue p. 1095; see also p. 1078

エンハンサーを病気と関連づける (Linking enhancers to disease)

エンハンサーは、時には細胞に依存する様式で、遺伝子発現を調節するゲノム領域である。 しかし、ヒト脳の細胞型依存のエンハンサーについての私たちの知見のほとんどは、ヒト脳組織の巨視的な研究に由来している。 Nott たちは、ヒト脳から単離された細胞核内でのクロマチンとプロモーター活性を調べた。 脳の形質と病気に関連する様々な遺伝子の多様体を調べると、細胞型に特有のパターンでエンハンサー濃縮が起こっていた。 これらのデータは、アルツハイマー病が小膠細胞内の遺伝子多様体により調節され、一方、精神疾患は神経細胞に影響を及ぼす傾向があることを示している。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • エンハンサー濃縮:ある遺伝子のエンハンサー領域のヒストンに転写を活性化させるアセチル化などの修飾の頻度が集中していること。
Science, this issue p. 1134

ラクトースはGVHDをあおる (Lactose can fuel GVHD)

同種造血細胞移植(allo-HCT)は、ある種の造血器腫瘍の治療に用いられるが、患者は移植片対宿主病(GVHD)を発症する危険がある。 Stein-Thoeringer たちは、4つの臨床センターでallo-HCTの治療を受けた1300以上の患者の大規模解析を実施した(Zitvogel と Kroemer による展望記事参照)。 腸球菌属に属する高濃度の細菌が、GVHDの発症増大とより高い死亡率に関係していた。 ラクトースは、腸球菌増殖の基質を提供するらしく、ラクトース吸収不良の遺伝子型を持つ患者は、腸球菌の量がより多かった。 ラクトースが含まれていない食事は腸球菌増殖を制限し、GVHDの重症度を減らし、また、この菌以外には無菌のマウス・モデルの生存率を良くした。(MY,kh)

Science, this issue p. 1143; see also p. 1077

新規細胞療法が脳腫瘍と戦う (New cell therapy fights brain tumors)

クローンT細胞を増殖する養子細胞療法は、致死性で雑多な脳腫瘍、髄芽腫、神経膠芽腫と戦う一助となり得る。 Flores たちはマウスでの研究で、腫瘍のRNAを発現する樹状細胞を用いて、さまざまな脳腫瘍内でさまざまな異なる抗原に素早く反応する多クローン性T細胞を増殖した。 有望な結果が再発髄芽腫の患者でも得られた。 以前の養子T細胞療法は幾つかの進行ガンに対して有効であることが証明されてきたが、この方法は、脳腫瘍に対する有効なT細胞療法を患者に提供することが出来るかもしれない。(MY,nk,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aav9879 (2019).

驚くべき詳細さで明らかにされた脳の解剖学的構造 (Brain anatomy revealed in startling detail)

哺乳類の大脳皮質は、長くて細い、分岐した、非常に密に詰まった神経突起からなる、途方もなく複雑な網状組織である。 この高い充填密度が、皮質神経細胞網の再構成を困難にしてきた。 Motta たちは、高度な自動画像化および分析手段を用いて、マウスのバレル皮質中の89個の神経細胞の形態学的特徴とその接続を、高空間分解能で再構成した。 この再構成は、以前の神経解剖学的地図化の試みよりも2桁以上大きい領域に及んだ。 この手法は、興奮性視床皮質の接続だけでなく、皮質間の抑制性および興奮性シナプスの接続に関する情報も明らかにした。(Sk,nk,kj,kh)

【訳注】
  • バレル皮質:齧歯類大脳皮質における体性感覚野(皮膚感覚および、筋、腱、関節などに起こる深部感覚を司る)の一領域。
Science, this issue p. eaay3134

光学による海洋観測 (Marine observations with optics)

海底にセンサーを設置することは困難だが、センサー網は海底下と海底上の双方において、発生する一連の過程の観測に巨大な可能性を有している。 Lindsey たちは保守管理時期の間に「Monterey Accelerated Research System」の海中光ファイバーにレーザーを取り付けることにより収集される音響波を計測した(Jousset による展望記事参照)。 音響波がケーブルに沿ったレーザー光の変化によってモニターされた。 このわずか数日で得られた観測結果は、未知の断層網のマッピングおよび上方の水柱における幾つかの動的な過程の検知を可能にした。(Uc,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1103; see also p. 1076

グラフェン中で量子欠陥を制御する (Controlling quantum defects in graphene)

量子技術の開発は、堅牢な量子特性を備えた材料の製造と設計の能力に依存している。 半導体での欠陥の制御付き導入は、現在開発されつつある最も有望な基盤技術の1つである。 Lombardi たちは、グラフェンのハニカム格子に点欠陥(5員環)を正確に配置できる能力を用いて、そのような欠陥がもっと強い量子特性を示すだろうと示唆する、最近の理論的な研究成果を詳しく調べた(von Kugelgen と Freedman による展望記事参照)。 スピンを生み出す欠陥の特性と、それらの相互作用の工学的な制御により、グラフェンを基礎とするスピントロニクスと量子エレクトロニクスのわくわくするような可能性が開かれる。(Wt,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1107; see also p. 1070

相棒の交換を一瞥する (Glimpsing an exchange of partners)

2つの二原子分子が衝突すると、時々相棒を交換する場合がある。 例えば、2つのカリウム-ルビジウム(KRb)分子はK2 とRb2 を生成することができる。 衝突時に形成される4原子中間体は通常、極めて見つかりにくくかつ短寿命のため、超高速の技術を使用しても見つける事が出来ない。 Hu たちは、0ケルビン(K)に近い温度でその反応を調べることにより、この問題を回避した。 質量分析法と速度マップ画像法の組み合わせを用いて、著者たちはイオン化されたK2Rb2 複合体と、同様に反応物と生成物の集団を直接特徴付けた。(KU,kh)

Science, this issue p. 1111

悪い経験を帳簿につけておく (Keeping tabs on bad experiences)

われわれがどのようにして否定的な経験を得て、処理、保存しているかの基礎となる神経基盤を特定することは、気分障害に対する効果的な治療法の探索に役立つかもしれない。 Szőnyi たちはさまざまな神経科学的手段を用いて、マウス脳幹の中央縫線領域に由来する特定の神経回路の役割を解明した(Ikemoto による展望記事を参照)。 興奮性神経細胞の亜集団は、嫌悪を示す脳領域に投射し、外側手綱からの反復性のフィードバックとさまざまな恐怖関連回路網からの集中的なフィードバックを受けた。 これらの神経細胞は嫌悪刺激によって活性化され、人工的刺激は嫌悪または不安関連行動を促進した。 この細胞グループはこのように、嫌悪の動機付けを仲介するのを助けるネットワークにおいて中心的役割を果たしている。(KU,ok,kj,kh)

【訳注】
  • 気分障害:抑うつ或いは高揚などの気分の変調が一定以上示す精神疾患の1つ。
Science, this issue p. eaay8746; see also p. 1071

マグノンのデバイスを目指して (Toward magnonic devices)

マグノニクスの分野は、スピン波(spin wave, SW)とそれに付随する準粒子(マグノン)を情報の運び手として用いることを目指している。 従来のエレクトロニクスにおける電荷の移動と比較すると、SW はジュール加熱が減少することに主な利点がある。 ただし、SWは、方向を指示し、制御することが難しい。 今回、2つのグループがマグノンを基礎とするデバイスに向かって、さらに一歩前進している。 Han たちは、多層膜中で磁壁をスピン波の位相と大きさを変えるのに用いることが出来ることを示している。 Wang たちは、マグノンの流れを用いて隣接層の磁化を切り替えることができる方法を実証している。(Wt)

Science, this issue p. 1121, p. 1125

CTP加水分解は染色体を組織化する (CTP hydrolysis organizes chromosomes)

細菌DNAのparSセントロメアは、細菌染色体にParBタンパク質を動員する。 Soh たちは、広範なParBタンパク質ファミリーがDNAに結合するだけでなく、シチジン三リン酸(CTP)にも結合して加水分解することを見出した(Funnell による展望記事参照)。 ParBのCTP加水分解はparSによって刺激され、ParBタンパク質のparS隣接領域への拡散を調節する。 これは、細菌染色体を組織化するために重要である。 シチジン・トリホスファターゼ・ドメインはさまざまなタンパク質配列で保存され、他の細胞プロセスにおけるその潜在的役割を示唆している。(KU)

【訳注】
  • ParBタンパク質:細菌の染色体分離の際に必要となるDNA結合性タンパク質。 さらに、ParAと呼ばれるタンパク質と、DNA領域(parS)が関係し、ParBとparSからセントロメアが作られる。
  • セントロメア:細胞分裂期の染色体において一次狭窄(くびれ)を形成する領域。
Science, this issue p. 1129; see also p. 1072

ヘリックス膜タンパク質に向かう経路 (A pathway for helical membrane proteins)

膜タンパク質は、翻訳されて、おそらくその2次および4次構造へと共に折り畳まることができる期間中に細胞膜に挿入される。 Choi たちは、小胞および二層ミセル中にあるヘリックス膜タンパク質の折り畳みを追跡測定できる単一分子力顕微鏡技術について述べている。 2種のヘリックス膜タンパク質である大腸菌ロンボイド・プロテアーゼGlpGとヒトβ2-アドレナリン受容体は両方とも、N末端からC末端へと、ヘリックス・ヘアピンの単位で作られる構造で折り畳まれた。 細胞においてこのことは、これらのタンパク質が翻訳されながら折り畳みを始めることを可能にするだろう。(MY,kh)

【訳注】
  • ヘリックス・ヘアピン:ヘリックス・ターン・ヘリックス構造のこと。
  • タンパク質への翻訳:リボソームでのタンパク質の合成はN末端側から行われる。
Science, this issue p. 1150

腸内細菌叢がワクチンへの反応に影響する (Microbiota influence vaccine responses)

ワクチンに対する反応は一定していないことがあり、しかも最近の発見は、腸内細菌叢の影響で解釈できるかもしれないことを示唆している。 Pulendran は展望記事において、ワクチン接種への反応(たとえばインフルエンザ・ワクチンに対するもの)の体系的な分析が、ワクチンへの反応および感染症に対する免疫原性を形成する上での腸内細菌叢の重要性についての洞察を、どのように深めつつあるかを論じている。 このことは、ワクチンの設計と、起こりそうなワクチン反応に応じた個人の層別化に対して影響を与える。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1074