Science November 8 2019, Vol.366

避妊方法を改善する (Improving access to contraception)

現在の長時間作用型避妊法は侵襲的で扱いにくく、結果として多くの場合、患者の基本的ではあるが重要な保健医療の利用を制限している。 Li たちは、薬剤送達を単純にし、現在の避妊方法の制限に対処するマイクロニードル・パッチを開発した。 このパッチには、皮膚刺激をほとんど伴わずにパッチからマイクロニードルを迅速に剥離する発泡性の裏張りがある。 このパッチは使用者による特別な介入を必要としないため、より利用しやすい避妊方法を提供する可能性がある。(KU,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aaw8145 (2019).

重力を厳密に調べるため原子を閉じ込める (Trapped atoms to probe gravity)

干渉計内の原子の波動性を用いて、重力の精密な測定が可能となる。 その精度は干渉測定時間の長さで決まるが、それは今度は原子の落下する距離で制限され、それは典型的には10メートルの落下塔に対しては数秒余りである。 Xu たちは、干渉測定の測定時間を20秒に延ばすことが出来る原子閉じ込めによる干渉計について説明している。 新しい干渉計の設計とそれによる精度の向上により、一般相対性理論の基本的な実験や、その他のポテンシャルの精密な測定に用いることができる。(Wt,MY,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 745

恒常性の間の骨格筋 (Skeletal muscle during homeostasis)

筋幹細胞は損傷後の骨格筋再生で機能するが、恒常性における役割ははっきりしていない。 De Morree たちは、損傷がない場合、色々な筋における幹細胞が色々な速度で自然活性化して融合し、それがPax3タンパク質の存在程度に依存することを示している(Xi と Pyle による展望記事参照)。 Pax3タンパク質に対する調節は、核小体の小分子RNAであるU1とマイクロRNAであるmiR206を介して転写後に生じる。 この研究は、正常な状態のもとで筋幹細胞がどのようにして維持されるかを説明し、恒常性を維持する筋幹細胞の活性化が、色々な筋群で異なることを示している。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • Pax3(paired box3)タンパク質:成体の骨格筋幹細胞が、筋再生時に増殖して新たに骨格筋を作る際に必要となる転写因子タンパク質。
  • 核小体:真核細胞の核内に1〜数個存在する直径1〜3μmの構造体。ここでリボソームRNAの転写やリボソームの構築が行われる。
Science, this issue p. 734; see also p. 684

脆さの少ない分解可能なプラスチックをめざして (Toward less brittle degradable plastic)

細菌は、ポリヒドロキシアルカノエートと名付けられたある部類のポリエステルを産生し、その物質は非常にたやすく生分解するという理由で特に魅力がある。 残念ながら、これらの重合体はまた、多くの用途に対して脆すぎる傾向にある。 Tang たちは、分子ランタニド触媒がキラルなジアステレオ異性体を、次にキラルでないジアステレオ異性体を順次重合でき、十分に延性に富む様々なポリヒドロキシアルカノエートを形成することを報告している。 この触媒は、異なるジアステレオ異性を持つ単量体混合物から直接、これらの共重合体を選択的に生成し、事前の無駄な分離プロセスを不要にする。(MY,ok,kh)

【訳注】
  • ジアステレオ異性体:鏡像異性体以外の立体異性体。
Science, this issue p. 754

NOxの変化する寿命 (A shifting lifetime for NOx)

窒素酸化物(NOx)は大気の質を制御する上で中心的な役割を持っていて、そのため、大気汚染、とりわけオゾンと微小粒子状物質による汚染に対処する有効な方法の策定は、その大気中存在量を知ることに左右される。 その存在量は、NOx の生成速度だけでなく、その寿命にも依存している。 Laughner と Cohen は、NOx の寿命が、二酸化窒素の衛星観測から直接測定できることを報告している。 彼らは、北米49都市上のデータを用いて、それらの地点のNOx の寿命が2005年と2014年の間にどのように変化したかを示した。 寿命のこの変化を説明することは、細部から全体へ至る方式と全体から細部へ至る方式の排出見積もりの間の対立する傾向を調和させる助けになるはずである。(Uc,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 723

電離光子が重力レンズで拡大された銀河から逃げていく (Ionizing photons escape a lensed galaxy)

若く高温の星は紫外線を放射し、それが中性ガスを電離できる。 第一世代の星は、ビッグバンから10億年も経たない再電離の時代に、宇宙の銀河間ガスのほとんどを、中性から電離した形に変換した。 Rivera-Thorsen たちは、重力レンズ・システムを利用して、遠方の銀河の同一の星形成領域の12個の画像を観測し、銀河間媒体に逃げ去る紫外線光子の割合を決定した。 この銀河は再電離の時代よりも若くはあるが、その結果は紫外線光子がどのように母銀河から逃げ去り、再電離過程に寄与するかについての手掛かりを与えるものである。(Wt,kh)

Science, this issue p. 738

10,000年にわたるローマの人々の断面 (A 10,000-year transect of Roman populations)

ローマは一日にして成らず。 Antonio たちは、祖先のDNA分析を行い、中石器時代から現代にかけてローマとイタリア中部で発生した遺伝的変化を調査した。 127個のローマ人のゲノムとその考古学的な背景を調べることにより、著者たちは、狩猟採集者と農耕従事者間の、新石器時代における大きな祖先の交代を論証している。 第二の祖先の交代は、青銅器時代に観察され、貿易および人口移動増加と一致している可能性が高い。 遺伝的変化は、ローマで発生した歴史的変化をたどっており、長い時間をかけた地中海、ヨーロッパ、北アフリカ全体からの遺伝子流動を反映している。(Sk,kh)

Science, this issue p. 708

より多くの、より良い食物を育てる (Growing more and better food)

人口の増加はより生産性の高い農業を必要とし、それは高収量系用に調整された作物に依存している。 Eshed と Lippman は、開花と植物構造を調節する信号伝達系の遺伝的調整が、どのように作物に適用できるかを概説している。 より早く開花する作物は生育期のより短い地域に適応するかもしれないし、小さくまとまった植物の形状は農業管理を容易にするかもしれない。 これらの植物ホルモン系の普遍性は、孤児作物テフからよく知られている小麦まで、さまざまな作物への適用を容易にする。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 孤児作物:ある地域においては重要な作物であるが、近代的な育種や生産技術の改善などの対象にされてこなかった作物。
  • テフ:エチオピアで栽培されるイネ科の作物。
Science, this issue p. eaax0025

移動モジュールが生合成を操縦する (Moving modules drive biosynthesis)

酵素ユニットを組立ライン複合体から出し入れして所望の生成物を生産することが可能な小分子のモジュラー生合成は、自然界では非常に多様なモジュラー・システムがあるにもかかわらず、研究室では遠い目標である。 課題の一部は、モジュールがどのように相互作用し、中間体を手渡すかを理解することにある。 Reimer たちは、完全な2モジュール(dimodule)を含む、非リボソーム・ペプチド合成酵素の幾つかの部分の結晶構造を決定した。 同じ中間体が酵素に結合している場合でも、モジュールの配置はこれらの構造間で異なっていた。 著者たちは小角X線散乱を使用して、生合成およびモジュール間の手渡し中に大きな立体構造変化が可能であることを確認した。(KU)

Science, this issue p. eaaw4388

古代のDNAが、過去の文化を告げる (Ancient DNA informs on past cultures)

考古学は、人工遺物と人々の遺骸の分析を用いて、彼らの過去の行動を明らかにし、文化的慣習を推測してきた。 しかし、相続関係の立証は、ごく最近になって可能になったばかりである。 Mittnik たちは、後期新石器時代の縄目文土器文化、鐘形杯文化複合体、初期青銅器時代、中期青銅器時代にまたがる期間にわたる、ドイツのレッヒ川渓谷の人々の遺骸の血族関係と遺伝質を調査した(Feinman と Neitzel による展望記事参照)。 遺伝学的および考古学的分析から、複数世代にわたる初期青銅器時代の世帯の埋葬は、高い地位の中心的な家族と、彼らに無関係な低地位の人々で構成されていたことが明らかになった。 さらに、女性たち男性たちと血縁関係がなく、男性たちはこの社会の出生共同体内にとどまっていたが、女性たちはそうではなかったことを示唆している。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • 鐘形杯文化複合体:定型化された鐘形広口杯土器を指標とする、ヨーロッパのBC.2,800~2,300年頃の初期青銅器時代文化。
Science, this issue p. 731; see also p. 682

岩に結合し岩となる (Bound to rock)

有機物は層状ケイ酸塩に結合し、この過程は有機物の輸送にも化学的安定性にも影響する。 それは、海に入り込む陸上の有機炭素の結末にどのように影響するのであろうか?  Blattmann たちは、土壌由来の有機炭素は海へと流出・分散するとすぐに鉱物表面から剥がれ、一方、時代の古い岩由来の有機物はそこに保たれることを示している。 彼らの結果は、海底堆積物中の大陸由来有機物の保持が、フィロケイ酸塩の鉱物学的作用によって大きく制御されることを示している。(MY,kh)

【訳注】
  • 層状ケイ酸塩:フィロケイ酸塩とも言い、SiO4四面体が3個の酸素原子を互いに共有して連なり、二次元的な層状構造となっている鉱物化合物。
Science, this issue p. 742

光学的スピン軌道カップリングを誘導する (Inducing optical spin-orbit coupling)

固体系におけるスピン軌道相互作用同士のカップリングは、様々なエキゾチック電子輸送効果を発現しうる。 しかし、固体系は、そのスピン軌道相互作用が固定化されているため、カップリングの柔軟性の点で幾分制約される傾向にある。 対照的に光学系は、系の特性を制御し操作できるようにする設計柔軟性を持ち、最近では、複雑な固体状態系を疑似再現することが示されてきた。 Rechcińska たちは、液晶が充填されたフォトニック共振器を用いて、人為的なラシュバ-ドレッセルハウス・スピン軌道カップリングをフォトニック系において模倣して、人為的なゼーマン分裂を制御できることを示した。 この結果は、光子を用いた人工ハミルトニアンの操作が非自明な凝縮物資および量子現象のシミュレーションに対して強力な手法であることを示す良い例となっている。(NK,MY,nk,kh)

【訳注】
  • ラシュバ効果:二次元電子系の面に垂直な方向に電位差を与えると、非磁性体でも、縮退していた電子状態にスピン分裂が現れる現象。
  • ドレッセルハウス効果:反転中心を持たない結晶に、結晶内電場の存在のためスピン軌道相互作用が生じる現象。
  • ゼーマン分裂:磁場中で磁気量子数の縮退がとれてエネルギー準位が分裂し、スペクトル線が分かれること。
Science, this issue p. 727

バンドギャップを維持する (Maintaining the bandgap)

ホルムアミジニウム系三ヨウ化鉛(FAPbI3)の黒色α相のバンドギャップは、高効率ペロブスカイト太陽電池を作るのに最適に近い。 しかし、この相は不安定で、しかも、環境温度でこの相を安定化するのに通常用いられる、メチルアンモニウム、セシウム、臭素などの添加物は、この相のバンドギャップを広げてしまう。 Min たちは、α-FAPbI3相に二塩化メチレンジアンモニウムをドープすると、23.7%の電力変換効率が可能となり、それが動作600時間後も持続したことを示している。 非封入素子は高い熱安定性を持ち、空気中150°Cで20時間アニール後でさえ、初期効率の90%以上を保った。(MY,kj)

Science, this issue p. 749

消火活動に励む (Fighting fire)

細胞死には多くの経路がある。 パイロトーシスは炎症型の細胞死であり、感染症においてと同様に無菌(非病原体)傷害への応答に重要である。 Kayagaki と Dixit は展望記事において、パイロトーシス経路とその長期の活性化がどのようにアテローム性動脈硬化症などの病原性炎症を導きうるかの理解に関する最近の進展について議論している。 実際に、前臨床データと臨床所見は、パイロトーシスの抑制が炎症性疾患とある種のガンに対する治療可能性を持っているかもしれないことを示唆している。(KU,kh)

【訳注】
  • アテローム性動脈硬化症:動脈の内側に粥状(アテローム性)の隆起(プラーク)が発生し、プラークは長い時間をかけて成長し血液を流れにくくする。
Science, this issue p. 688

文化の発展 (Cultural evolution)

文化間には全体にわたって精神的な特性にかなりの変動がある。 Schulz たちは、ヨーロッパにおけるカトリック教の広がりがこの変動の多くを生み出したかどうかを調べた(Gelfand による展望記事参照)。 特に彼らは、教会がどのように拡大した親族に基づく制度を破壊して核家族構造を奨励したかに焦点を当てている。 これを行うために、著者たちは、様々な集団にわたって、教会にさらされた度合いと親族に基づく制度に対する歴史的な尺度を開発した。 これらの尺度は、以前の研究で収集された20の心理学的結果における個々の差異を説明した。(KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. eaau5141; see also p. 686

二重変異を見るのは良いことだ (Seeing double can be a good thing)

多くのヒト乳ガンには、ホスホイノシチド3-キナーゼ(PI3K)の触媒サブユニットを符号化する遺伝子であるPIK3CAの活性化変異が隠れている。 ガン患者でのPI3K阻害剤の有効性を評価するための臨床試験が進行中である。 Vasan たちは、乳ガンのサブセットには1つではなく2つのPIK3CA変異があり、変異は同じ対立遺伝子で発生することを思いがけなく見出した(Toker による展望記事を参照)。 モデル系では、二重の変異はPI3Kシグナル伝達を過剰に活性化し腫瘍の成長を促進する。 臨床試験データの予備分析は、二重変異を有する乳ガンが単一変異を有する乳ガンよりもPI3K阻害剤に対する反応性が高いことを示唆している。 PIK3CAの変異状態は、これらの薬の恩恵を最も受けそうな乳ガン患者の特定に役立ち得る。(Sh)

Science, this issue p. 714; see also p. 685