Science October 18 2019, Vol.366

岩石型系外天体の中を覗く (Peering inside extrasolar rocky bodies)

岩石の酸素逃散能、fO2は、岩石が形成されたときのその環境が、どの程度酸化的、あるいは、還元的であったかを示す尺度の一つである。さまざまな鉱物は、さまざまな fO2 存在下で形成され、さまざまな物理的特性を有している。そのため、系外惑星の内部構造はこの値に依存する。Doyleたちは、岩石型天体が死んだ星の残骸である白色矮星に衝突したときに残された特徴を利用した。彼らは、個々の白色矮星の表面に残された造岩元素を調べることにより、衝突した天体の fO2 を決定している。6つの系はすべて、太陽系の天体のものに類似した fO2 を有していた。これは、岩石型太陽系外惑星は、しばしば、地球や火星の内部特性に類似した特性を有しているという考えと一致する。(Wt,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 356

集団収縮の起源 (Origins of collective contraction)

植物と真菌類とは対照的に、動物は収縮性細胞の集団活動により自身の体を変形できる。集団収縮性は、原腸陥入や筋肉に基づく運動などの過程の基礎をなす。Brunetたちは、彼らがChoanoeca flexaと命名した、動物近縁の襟鞭毛虫が、集団収縮する茶碗形の群体を形成し、その集団収縮が群体形態の素早い変化をきたすことを報告している(Tomancakによる展望記事参照)。C. flexaの群体は、各々、極性細胞の単層からできている。突然の闇に応答して、光感知タンパク質が、C. flexa細胞の協調的で極性を持つ収縮を引き起こし、これが群体の茶碗形湾曲の反転をもたらす。この過程の基礎をなす細胞機構は、C. flexaと動物の間で進化的に保存されていて、その共通祖先の最後の種もまた極性細胞の収縮が可能だったことを示している。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 襟鞭毛虫(えりべんもうちゅう):1本の鞭毛と、鞭毛の基部が襟状に囲まれた構造を持つ単細胞生物で、淡水・海水に広く分布する。単細胞生物の中では動物に最も近いとされる。
Science, this issue p. 326; see also p. 300

大規模連続3Dプリンティング (Large-scale, continuous 3D printing)

多くの3Dプリンティングは、層ごとに構造を構築し、結果として個別の工程毎に積層をもたらす。いわゆるデッド・レイヤーを用いて固化した構造物と樹脂溜まりの間を和らぐようにすれば、流動床から連続プリンティングを行うことができる。ただし、印刷速度は発熱重合プロセスからの発熱によって制限されるため、印刷物の最終的な大きさが制限される。Walkerたちは、ポンプ駆動の非反応性フッ素系油剤を用いて、重合中に熱を除去するデッド・レイヤーとして機能させている。この手法により、プリンティング・プロセスの高速化と規模拡大の両方が可能になる。(Sk,ok,kh)

【訳注】
  • デッド・レイヤー:光造形時に、造形物と光透過窓の貼り付き防止のため、光透過窓上の樹脂層に形成させる薄い未硬化樹脂層
Science, this issue p. 360

多様な規模に亘る多様な破壊 (Many ruptures across many scales)

南カリフォルニアの地震の休止期間は、2019年7月の一連の Ridgecrest地震によって突然中断された。Rossたちは、この地域を揺り動かしたマグニチュード 6.4 および 7.1の地震の期間中の一連の断層滑りを図化した。彼らは、両方の地震の際に、いくつかのより大きな、しかし多くはより小さな断層の破壊が起こったことを見出した。Ridgecrest地震では、地震の危険度を評価するにあたって、通常は多断層破壊が考慮されていないため、地震の危険度を再考する必要がある。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 346

大規模なクラスター状態を生成する (Generating large-scale cluster states)

実用的量子コンピュータの開発には、普遍性、拡張性、耐故障性が必要である。配列中の個々の量子ビットが指定され、操作されるタイプの回路基盤技術では多くの進歩がなされているが、そのような系の規模拡大は実験的に困難である。Asavanantたち、およびLarsenたちは、別の方法を探求している。それは大規模なクラスター状態の生成に基づく測定型量子計算という基盤技術である。これらは光学的に作られており、扱いやすいため(クラスター状態の個々の構成要素で、局所的測定を実行するだけ)、そのような基盤技術は容易に拡張可能で、耐故障性がある。このクラスター状態の幾何学的接続形態により、この手法が量子計算の要件を満たすことが保証されている。(Sk,ok,nk,kj)

【訳注】
  • 測定型量子計算:多数の量子ビットからなる特殊な量子状態を用意し、各量子ビットに対して適切に測定を繰り返していくことで所望の計算を行わせる方法で、可逆性がないため「一方向量子計算」ともいわれる
Science, this issue p. 373, p. 369

疾患遺伝子を見つけるための統計モデル (A statistical model to find disease genes)

遺伝的多様性は個人間で大きく、それが特発性疾患の患者における或る特定の病原性多様体、特にゲノムの非翻訳領域に存在するもの、を同定することを困難にしている。組織特異的なおよび集団レベルの RNA配列データを調べることで、Mohammadiたちは統計的検定(発現変動解析(ANEVA))を開発した。これは、1個人の遺伝子発現が一般的集団内の多様性の文脈においてどのように適合するかを定量化することができる。ANEVAを遺伝子量の異常値検定に適用することにより、著者たちはメンデル型筋ジストロフィー患者における病原性遺伝子転写物を特定した。(KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 351

全身の健康状態を調停する (Mediating systemic health)

スフィンゴシン 1-リン酸(S1P)は、細胞膜の代謝から生じる重要な循環性の脂質メディエーターである。その多様な恒常性に対する役割、とりわけ免疫作用と血管の生物学的過程における役割が、多発性硬化症、循環器疾患、線維症などの多くの病気において、正常に機能しないことがある。SIPシグナル伝達が占める重要な地位は、多発性硬化症の治療に対して認可された2つを含めて、幾つかの薬剤の開発につながってきた。CartierとHlaは展望記事で、どのようにして同じ調停者が様々な組織でそれほどたくさんのシグナル伝達の役割を遂行出来るのか、どのようにして疾患ではこれらの役割が調節不全となるのか、また、SIPシグナル伝達を標的にした薬剤開発の努力、に関する現時点での理解について論じている。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • 脂質調停者:生理作用を持つ脂質で、細胞外に放出され、他の細胞膜中のGタンパク質共役受容体に結合することによって、幅広い生理機能に対する細胞間のシグナル伝達を行う。
Science, this issue p. eaar5551

適応型古人類の遺伝子 (Adaptive archaic hominin genes)

古人類がアフリカからヨーロッパとアジアに移動したとき、解剖学的現代人は、ネアンデルタール人やデニソワ人などの古人類と交配した。 受容集団へのこの遺伝子移入の結果は、特に特定の古人類の遺伝子多様体の選択の場合に、かなり興味深いものである。Hsiehたちは、メラネシア人の 正選択の標的となりそうな適応型構造多様体とコピー数多様体を明らかにした。重複遺伝子を持ち、過剰なアミノ酸置換を示すゲノムの集団特異的領域に注目することで、遺伝的新規性が生じ、ヒト・ゲノム間の分化をもたらす機構の1つに関する証拠が得られる。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaax2083

網膜神経は椅子取り遊びをする (Retinal neurons play musical chairs)

ショウジョウバエにおいて網膜が発達するにつれて、幾つかのカラー光受容体の亜型(サブタイプ)である、R7神経細胞は接続する必要がある下流の神経細胞、Dm8神経細胞がランダムに特定されていなくても確率的に特定される。CourgeonとDesplanは、Dm8神経細胞が実際に亜型において特定され、過剰に生成されることを見い出した。R7入力に接続するこれらの Dm8神経細胞は生き残る。対合の相手を見つけられない Dm8神経細胞は、アポトーシスによって死ぬ。対の組み合わせは、一対の細胞接着分子によって促進される。この確率的なR7分化結果は, それらの下流成分が確率的でないのに、下流に伝播される。(NA,KU,kj,kh)

Science, this issue p. eaay6727

鏡を通して一杯にする (Charging through the looking glass)

不斉触媒は、化学反応で2つの鏡像生成物のうちの1つだけを合成するために一般に適用される手法である。しかし、もし欲しい化合物をあなたは既に得ていて、ただ左手系と右手系の鏡像異性体の混合物の中で抜き差しならない場合はどうだろうか?Shinたちは、環状尿素鏡像異性体の混合物を一方のみに選択的に変換するために、光誘起電子移動が好ましい一連の水素イオンと水素原子の移動段階(そのどちらも触媒によって嵩上げしやすい)を誘発できることを示している(Wendlandtによる展望記事を参照) 。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 364; see also p. 304

種の変化の空間的構造 (Spatial structure of species change)

生物多様性は、気候変動とほかの人間の影響によってもたらされる急速な変化を受けつつある。Blowesたちは様々な地域からの大量の時系列データを用いて、生物多様性における時間的変化の地球規模のパターンを分析している(ErikssonとHillebrandによる展望記事参照)。彼らの知見は、種の豊富さと構成要素の変化における明確な空間パターンを明らかにしているが、そこでは海洋生物の分類群が最も高い変化率を示している。とりわけ、熱帯の海洋は種の豊富さが失われる危険地域として現れている。人間活動が、地球全体で異なる大きさと方向において生物多様性に影響を与えつつあるとすれば、この知見は 非常に望まれていた生物多様性変化の生物地理学的理解を与え、保全の優先度を伝えるのに役立つはずである。(Uc,KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 339; see also p. 308

皮質の静かな状態での特別な瞬間 (Special moments at cortical quiet states)

デルタ波は、徐波睡眠中に活動状態と交互に出現する広範な皮質の沈黙の瞬間である。しかしながら、より綿密に調べると、単一神経細胞の活動電位がデルタ波のさなかに検出されることがある。TodorovaとZugaroは、この神経細胞の雑音に見えるものが、そうではなくて、重要な信号であり得るかどうかを決定しようと試みた(Ikegaya and Matsumotoによる展望記事参照)。彼らは、デルタ波のさなかに発火する可能性のある活動が、見落とされてはいるが広範な現象であり、これがすべての神経細胞とすべてのデルタ波を含むかも知れないことを見い出した。デルタ波の重要な役割は、海馬による再生に応じて生じる特定の皮質計算を隔離することと記憶の統合に関与することにあるのかもしれない。(KU,ok,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 377; see also p. 306

エネルギーの滝をどんどん下る (Down and down the energy cascade)

大きな長さ尺度の乱流系にエネルギーを投入すると、エネルギーは滝 (カスケード) のように流れ落ち、最終的に特徴的な小さな長さ尺度で散逸する。通常の流体において、この短かい長さ尺度は流体の粘性によって決定される。Navonらは、量子ガス即ち均一な捕捉状態で保持されたルビジウム87原子からなるボーズ-アインシュタイン凝縮における乱流エネルギー・カスケードを調べた。散逸は、捕捉ポテンシャルの高さを変えることによって調整可能な範囲で、捕捉状態から原子が逃れることによって生じた。実験装置の自在性のおかげで、筆者らはエネルギー投入と散逸が同じ速度で生じる定常状態と定常状態に先立つ過渡的状態の二つの状態を調べることができた。(NK,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 382

光合成におけるS状態を詳しく調べる (Inspecting S states in photosynthesis)

酸素発生型光合成は、酸素発生複合体中のMn4CaO5クラスターを用いて、水から電子を取り出し、酸素分子を生成する。この過程における各々の化学状態であるS0からS4を可視化すること、また、構造に基づき各々の状態の化学的独自性と動作機構を割り当てることは、X線自由電子レーザーでの研究により最近取り組まれている難題である。Sugaたちは、極低温での連続結晶構造解析を用いて、光化学系IIで水が酸化される間の幾つかの安定状態構造を捕捉し決定した(BrittとMarchioriによる展望記事参照)。水クラスターの周りの変化はS2状態で既に生じており、水挿入への舞台が用意され、挿入はS3状態への移行の間に生じる。S3状態における2つの酸素原子間の距離が1.9オングストロームと短かいことは、酸素分子形成に対して、オキシル/オキソ機構を支持する理論研究と合致している。(MY,kj)

【訳注】
  • 光化学系Ⅱ:光エネルギーを吸収し、2つの水を分解して1つの酸素分子、4つの水素イオン、4つの電子を生成する、光合成系における最初の過程のこと。
  • 酸素発生複合体:光化学系Ⅱの反応を触媒するタンパク質複合体で、Mn4CaO5からなるマンガンクラスターを保有する。このクラスターが順次、5つの異なる状態(S0~S4)をとって反応が進行する。
  • オキシル/オキソ機構:ここでは、水素イオンと結合しているマンガンクラスター中の酸素原子の状態(オキシル)から水素イオンが外れ、この酸素がその近傍に取り込まれた水由来酸素原子と結合できる状態(オキソ)になり、この機構で酸素分子が放出されることを指している。
Science, this issue p. 334; see also p. 305

T細胞を動員する (Mobilizing T cells)

蓄積しつつある証拠は、ヒト白血球抗原E(HLA-E)により仲介される非古典的な抗原提示経路が、感染症やがんに対する自然免疫と適応免疫の応答の調節に重要な役割を果たしていることを示唆している。展望記事で、OttenhoffとJoostenは、非通常型T細胞の活性化と並んで、(免疫チェックポイントによる)免疫応答の抑制もこなすという HLA-Eの二つに分かれた機能について考察している。この非古典的経路は、ワクチン接種によって感染症を予防し、免疫療法によってがんを治療するために扱われる可能性がある。(Sh,KU,nk,kj)

【訳注】
  • 免疫チェックポイント:免疫系が自己を攻撃しないように、過剰な免疫反応を抑制する機能。
Science, this issue p. 302

依存症と闘うためのMOREモデルをもっと (MORE model to fight against addiction)

米国は、1500万人以上のアメリカ人に影響を与えている、オピオイド危機の真っただ中にある。Garlandたちは、オピオイド使用障害(OUD)のある人々を救うための治療方法に関する神経生理学的裏付けを提供している。彼らは、マインドフルネス指向の回復促進(Mindfulness-Oriented Recovery Enhancement)、すなわちMOREと呼ばれる手法を用いて、一連の無作為抽出実験を行った。脳の報酬回路における快楽調節不全は、オピオイド常習行為の中核機構と見なされている。MOREモデルは、マインドフルネス手法を用いて報酬の応答性を再構築することを目的としている。MOREは、自然報酬に対する反応性を高めると同時に、薬物関連の報酬に対する反応性を低下させることにより、快楽調節不全を是正するかもしれない。MOREおよびその他の認知訓練療法の使用は、最終的に米国の依存症の流れを変えるのに役立つかもしれない。(Sk,nk,kh)

【訳注】
  • オピオイド:痛み止めに用いられる強力な医療用麻薬であり、北米ではその乱用が社会問題となっている。
  • マインドフルネス:今現在において起こっている経験に注意を向ける心理的な過程であり、瞑想およびその他の訓練を通じて発達させることができる
  • 報酬:誘因行動(引き寄せられる、それに近づきたいと思う)を引きおこす刺激の総称であり、脳中で報酬の受容や期待に関係する領域を報酬系と呼ぶ
  • 自然報酬:喫食や喫水などの自然の欲求に関連する報酬
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aax1569 (2019).