Science September 27 2019, Vol.365

全くそうとは見えない結び目 (Knot all that it seems)

何人かの人たちにとって、結び目はうまく結ばれていない靴ひもが起こすイライラに過ぎないが、物理系における結び目への興味は、流体、光学渦、スキルミオン状態、液晶、励起性媒体、重合体、タンパク質、DNA、それに化学分子さえも含む多くの領域に及ぶ。 Tai と Smalyukh は、コレステリック液晶中の電界を利用した局所結び目構造の創製について述べている(Alexander による展望記事参照)。 この結び目はホスト媒体とは位相幾何学的にはっきり異なり、コロイド粒子のように拡散・組織化し、規則正しい結晶配置を形成する。(MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • スキルミオン:連続場に生じる位相幾何学的に特徴のある渦を準粒子としてモデル化したもの。
Science, this issue p. 1449; see also p. 1377

より低コストの熱電素子 (Lower-cost thermoelectrics)

熱電材料は熱を電気に変換し、集熱または冷却への応用に対して、それらを魅力的なものにしている。 しかしながら、多くの高性能熱電素子は高価または有毒な材料で作られている。 He たちは、主にスズと硫黄で構成される材料が、比較的良好な熱電特性を持つように最適化できることを見出した。 硫化スズへの約10%のセレンの導入が、電子バンドの操作でこれらの特性を調整するのに役立った。 この材料は、現在使用されているテルル化合物主成分の材料よりも、地球上に豊富で、毒性の少ない、低コストな熱電素子に向けた一歩である。(Sk)

Science, this issue p. 1418

エキゾチックな崩壊を探す (Looking for an exotic decay)

電荷を持たない素粒子であるフェルミ粒子に属するニュートリノは、僅かなしかしゼロではない質量を有することによって、標準的な素粒子物理モデルに従わない。 ニュートリノの特性に対する1つの説明は、それらが自身と反粒子とが同じ粒子であるマヨナラ・フェルミオンである、というものである。 もしニュートリノがマヨラナ・フェルミオンであるならば、ニュートリノなし二重ベータ崩壊と呼ばれる過程が可能となる。 すなわち、不安定な原子核が、核中性子の2つを陽子に変えて, 2つの電子の反ニュートリノなし放出で崩壊しうる。 GERDA Collaborationはこの崩壊を、特定のゲルマニウム同位体において探索した。 この実験は、背景信号を減らすため地中奥深くに収容されて行われ、この捕まえにくい過程を検出しなかったが、半減期下限値を改善した。(NK,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • GERDA Collaboration:イタリアのグラン・サッソ国立研究所を拠点に行われている国際的な共同プロジェクト。 目標は、ニュートリノがニュートリノ自身の反粒子であるのかどうかということを突き止め、またニュートリノがもつ質量を特定すること。
Science, this issue p. 1445

哺乳類細胞の音波による調査 (Sounding out mammalian cells)

生細胞の可視化により、我々は細胞プロセスを実時間で観察することができる。 ほとんどの方法は光に依存しており、組織中への光の低透過性がその応用を制限している。 超音波は組織を貫通し、超音波に応答する細胞レポーターが最近開発された。 これらのレポーターは、由来する細菌に浮力を与える空気で満たされたタンパク質構造であるが、液体培地で囲まれると、レポーターは音波を反射する。 FFarhadi たちは、複数の遺伝子からの発現を行い、哺乳類細胞においてこれらの複雑な構造を作った。 レポーターの生成と検出の最適化に加えて、彼らはマウス腫瘍異種移植片における原理証明実験で細胞を可視化している。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1469

生息地の連結性が多様性を高める (Habitat connectivity enhances diversity)

生態系の分断化は、残った生息地パッチにおける多様性の喪失を招くが、パッチ間を連結する回廊を維持することで、これらの損失を減らすことができる。 Damschen たちは大規模な再現実験からの長期データを用いて、これら喪失の減少がどれほどかを定量的に示している。 彼らの pine savanna systemにおいて、回廊は、各パッチにおける植物の絶滅可能性を年間約2%減少させ、パッチでの植物の定着可能性を年間約5%増加させた。 この恩恵は18年間の実験の過程にわたって生じ続けた。 観察の終わりまでに、連結されたパッチは非連結のものより14%多い種を有していた。 それ故、生息地の連結性を回復することは、生物多様性を保つために強力な方法になりえ、また、連結への投資は、保全の恩恵を拡大することが期待できる。(Uc,MY,ok,nk,kh)

【訳注】
  • pine savanna system:米国南部地域における松の森と下草からなる植生を持つ生態系。
Science, this issue p. 1478

ヒト腎臓の免疫景観 (Immune landscape of the human kidney)

単一細胞RNA配列決定は、特定器官の細胞多様性の全貌を明らかにし始めている。 しかしながら、これらの研究が器官特異的免疫細胞を調べることはめったにない。 Stewart たちは、健康な成人と胎児の腎臓サンプルを単一細胞レベルで配列決定し、上皮細胞および骨髄、リンパ系由来免疫細胞におけるその不均質性を規定した。 彼らはこのデータ群から、疾患との関連で、また、さまざまな腫瘍状況で生じる種々の変動との関連で、細胞の領域特異性(zonation)を特定した。 このヒト腎臓のプロファイル作成は、既存の細胞集団の包括的な調査をもたらし、これは腎臓関連疾患の診断と治療に役立つであろう。(KU,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 領域特異性(zonation):細胞が組織内での存在部位により、異なる遺伝子発現を示し、部位特異的な機能を持つこと。
Science, this issue p. 1461

多発性硬化症の遺伝子的根源 (Genetic roots of multiple sclerosis)

誰が多発性硬化症(MS)を患うのかの根底にある遺伝的特徴は、はっきりさせるのが難しいままである。 国際多発性硬化症遺伝学コンソーシアム(International MS Genetics Consortium)は、47,000以上の症例と68,000以上の対照群を全ゲノム関連研究で調べ、MSにおける200以上の危険座位を特定した(Briggs による展望記事参照)。 著者たちは、主要組織適合性遺伝子複合体領域モデルを含む最適候補遺伝子に注目し、統計的に独立した効果をゲノム段階で特定した。 遺伝子発現研究により、どの主要免疫細胞型もMS感受性遺伝子に富んでいて、また、MSの危険がある多様体は脳常在免疫細胞、特にミクログリアで富んでいることが検出された。 MSへの遺伝的関与の48%までもが、この解析により説明できる。(MY,kh)

【訳注】
  • 多発性硬化症:中枢神経系の神経細胞を取り囲むミエリン鞘が破壊される病気で、病変が生じる部位により様々な症状が現れる。
  • 全ゲノム関連研究:ある集団を設定し、集団に存在する個体間の形質の違いと遺伝子多型との関連をゲノム全体にわたって調べることにより、対象とする形質と関連する遺伝要因を仮説を設定することなく検出しようとする手法。
  • 主要組織適合性遺伝子複合体領域:免疫反応に必要な多くのタンパク質をコードする遺伝子領域。 ヒトでは6番染色体上に存在し、224の遺伝子を含む360万塩基対に及ぶ巨大な複合的遺伝子領域を占める。
  • ミクログリア:グリア細胞の一種で、脳内の免疫防御を担っている。
Science, this issue p. eaav7188; see also p. 1383

細菌の代謝同調 (Microbial entrainment of metabolism)

哺乳類の代謝は、睡眠と食事時間に関係する日周期に同期している。 消化を助けている腸内細菌叢もまた、日周期を示すはずだということは驚くに値しない。 Kuang たちは、腸内細菌叢が日周期に介在しうることを見出した(Bishehsari と Keshavarzian による展望記事参照)。 腸内細菌叢は、小腸の外皮細胞内でヒストン脱アセチル化酵素(HDAC3)の律動的発現を誘導するが、結腸の上皮細胞では誘導しない。 HDAC3の発現は、小腸での代謝に関わる遺伝子の発現、特に栄養素輸送と脂質代謝に対する発現の振動を駆動する。 HDAC3はまた、エストロゲン関連受容体αを直接活性化し、これが脂質吸収を促進する。 それ故、腸内細菌叢がないマウスは、代謝の日周調節を欠き、高脂肪食で肥満になる。 HDAC3周期の破壊は、抗生物質による腸内細菌叢の損傷に伴うヒトの肥満、および時差や夜間の仕事で引き起こされる睡眠障害に伴うヒトの肥満の説明になるかもしれない。(MY)

Science, this issue p. 1428; see also p. 1379

冷たさへの応答 (Responding to the cold)

ミントはスーっとした味がする。それは有効成分であるメントールが、その受容体でカルシウム・チャネルのTRPM8を活性化し、このチャネルは低温にも応答するためである。 以前の構造は、TRPM8の構成とそれがどのようにリガンドと結合するのかを明らかにしてきたが、その開閉機構については不明だった。 Diverたちは低温電子顕微鏡を用いて3.0-3.6オングストロームの間の解像力で、トリのTRPM8の構造を、リガンドが結合していない状態、拮抗物質が結合した状態、およびカルシウムが結合した状態で決定した。 彼らは、拮抗物質の存在下での閉塞状態を観測し、また、カルシウムの存在の下では脱敏感状態を作るのに大きな立体構造変化が必要であることを観測した。 リガンドがチャネルの開閉にどのように影響するのかの理解は、薬剤設計を促進するかもしれない。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1434

ハバード・モデルを一ひねりする (Tweaking the Hubbard model)

高温超伝導(HTS)のモデル化は、依然として非常に困難である。 多くの研究者が、HTSを捉える最も単純なモデルは、相互作用を説明し、電子がある格子点から別の格子点に跳躍することが可能な、ハバード・モデルであると考えている。 しかしながら、このモデルの基底状態が超伝導を裏付けているかどうかを判定することさえ大変である。 Jiang と Devereaux は、密度行列繰り込み群として知られる方法に基づいた、大規模な計算研究を実施した。 彼らは、特定の空格子点濃度に対して、実際に超伝導性が長距離状態として現れることを見出したが、それは電子が格子上の隣接格子点のもう1つ先の格子点に跳躍可能な場合のみであった。(Sk,MY,kh)

【訳注】
  • ハバード・モデル:周期ポテンシャル中で相互作用しながら跳躍 (hop)する多数の粒子を扱うモデル。
Science, this issue p. 1424

小さな星が大きな惑星の主星となる (A small star hosts a big planet)

最も一般的なタイプの星である M型矮星は、弱々しい光のほとんどを近赤外領域で放射する低質量の天体であり、そのため、軌道を周回するいかなる太陽系外惑星の検出も困難である。 Morales たちは、近傍の M型矮星 GJ 3512を、可視光および近赤外領域で観測した(Laughlin による展望記事参照)。 その星の視線方向速度の周期変動は、この星が、離心率の大きな軌道上に、太陽系外巨大ガス惑星を抱えていることを示している。 著者たちは、シミュレーションを用いて、このような小さな星の周りにこのような大きな太陽系外惑星が存在することは、惑星形成のモデルに影響することを示している。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. 1441; see also p. 1382

タンパク質-ナノロッド凝集体の探索 (Probing protein-nanorod aggregates)

タンパク質とナノ粒子の相互作用は、円偏光二色性信号を増強し、高感度の生体検出への道を提供する。 しかしながら、集合体の測定は、プラズモン結合円偏光二色性(PCCD)の起源を解決するには不十分である。 Zhang たちは、関連するトモグラフィー再構成と電磁シミュレーションとともに単一粒子の 円偏光差分散乱分光法(circular differential scattering spectroscopy)を使用して、ウシ血清アルブミンと金ナノロッドの個々の凝集体を研究した(Kim と Kotov による展望記事を参照)。 凝集体は、プラズモン・ホットスポットの形成を通じてPCCD活性に寄与するが、単一のナノ粒子は寄与しない。 このタンパク質は、単にキラル発色団として機能するのではなく、キラルなナノロッド-タンパク質複合体の構築をも可能にする。(KU,MY)

【訳注】
  • プラズモン結合円偏光二色性(PCCD):ナノ金属粒子表面のプラズモンにより、その表面にあるキラル分子の円偏光二色性が増幅される現象を利用した測定法のこと。
  • トモグラフィー再構成:試料を連続的に傾斜させて撮影した多数の投影像をコンピュータで画像処理し、試料の三次元構造を再構成する手法。
  • 円偏光差分散乱分光法(circular differential scattering spectroscopy):右向きと左向きの円偏光を試料に照射し、その散乱光強度の差を波長を変えて測定する分光法。 また、吸収強度の差を測定するのが円偏光二色性測定となる。
Science, this issue p. 1475; see also p. 1378

正孔の平面世界 (A hole flatland)

2つの異なる材料を重ねると、2つの層間の分極の違いにより、その界面に電荷キャリアを誘起する可能性がある。 このような二次元(2D)電子ガスは多数観察されているが、ドーピングの助けなしには 2D 正孔ガスを作り出すことは非常に難しい。 Chaudhuri たちは、分子線エピタキシーを用いて、ドーパントを持ち込むことなく窒化アルミニウムの上部に窒化ガリウムの層を成長させた。 この方法により、この技術的に実際的な価値を持つ系の界面に高密度の 2D正孔ガスが生成された。(Wt,kj,kh)

Science, this issue p. 1454

害虫ミバエの雄を作る (Making males in a fruit fly pest)

地中海ミバエまたはミバエ(Ceratitis capitata)は、世界的で破壊性の高い果実の害虫である。 Meccariello たちは、ミバエのY染色体上の雄性決定のマスター遺伝子を特定し、それを Maleness-on-the-YMoY)と命名した(Makki と Meller による展望記事参照)。 それぞれの性のハエは遺伝子操作によって他方の性に転換され、転換されたハエの交配は雄と雌の子孫を生み出した。 MoY は、オリーブ・ミバエと侵入種の東洋ミバエにおいて、進化的に保存されて機能している。 この発見は、不妊雄の大量放出に基づく昆虫の遺伝的制御、および遺伝子ドライブに基づく将来的な方策の可能性を持っている。(Sk,kh)

【訳注】
  • マスター遺伝子:生物の個体発生において、他の一群の遺伝子に連鎖的な反応を引き起こし、特定の形質の形態形成を制御する遺伝子。
  • 遺伝子ドライブ:ゲノム編集技術で改変した特定の遺伝子が、それを持たない野生型との交配で、メンデル遺伝を超えた確率で子孫に遺伝させる遺伝工学的技術。 これが起こると、特定の遺伝子変異が個体群全体に急速に広まる。
Science, this issue p. 1457; see also p. 1380

老若女性における受胎能力を理解する (Understanding fertility in young and old)

ヒトの妊よう性はUカーブを描いており、10代と出産年齢が高い女性(30代半ば以降)でその割合が低い。 Gruhn たちは、この明確な形状がヒトの卵の染色体エラーに起因し、それがゲノムの不均衡と妊娠喪失という結果をもたらすことを見出した。 エラーの種類と影響を受ける染色体は若年群と高齢群で異なっていて、染色体に基づく2つの別個の機構が、女性が生殖可能期間に入って出る間の、妊娠に伴う危険性と進化的適応の釣り合いをとっていることを暗示していた。 染色体構造は加齢のみによって壊れていき、生殖老化の「分子時計」として作用していることを著者たちは示している。(ST,kj,kh)

Science, this issue p. 1466

DNAへの応答を段階的に拡大する (Escalating responses to DNA)

ウイルス感染と微生物感染を検出するための多数のDNAセンサーと同様に、非生理的な細胞質DNAのためのものが存在する。 これらの検出系は、免疫シグナル伝達経路を活性化して感染に応答するが、なぜそれほど多くのDNAセンサーが必要なのだろうか?  展望記事で Emming と Schroder は、新たに同定された核内センサーを含むDNAセンサーが、検出された細胞内DNAの量に応じて細胞応答を調整できる階層機構の中で機能すると提案している。 感染によってもたらされる脅威に応じて、低レベルの炎症から免疫原性細胞死まで、細胞応答と免疫応答の規模を増減できる。(Sh,kh)

【訳注】
  • 細胞質DNA:細胞質に存在する断片化したDNA。 がん細胞や複製阻害、紫外線ダメージ等のDNAストレスが原因となって生じることが知られている。
Science, this issue p. 1375