Science September 13 2019, Vol.365

ラットと人の間の役割演技 (Role play between rats and humans)

動物の遊び行動がどれほど広範であるか、そしてその進化的な役割が何なのかについては議論がある。 Reinhold たちは、ラットが人とかくれんぼをすることができることを示した。「捜し役」の状況下では、ラットは隠れた人を捜すことを学び、人を見つけるまで捜し続けた。「隠れ役」の状況下では、彼らはいくつかの場所のうちの1箇所に隠れることを学び、見つけられるまでそこで待っていた。 どちらの場合も、ラットには人との社交的交流(じゃれ合い)という報酬が与えられた。 ラットは、捜して見つける時は鳴き声を発し、隠れる時は沈黙した。 内側前頭前野の記録は、ゲームの構成に反応する神経細胞を捜し当てた。(Sk,nk)

Science, this issue p. 1180

外から内に脂質を輸送する (Flipping a lipid)

真核細胞の細胞膜は、その内葉と外葉において脂質組成が異なっている。 フリッパーゼとフロッパーゼとして知られている酵素はアデノシン・三リン酸(ATP)加水分解からのエネルギーを用いて、それぞれ、外葉から内葉へあるいは内葉から外葉へ、濃度勾配に逆らって脂質を移動させる。 フリッパーゼは、膜輸送、シグナル伝達、アポトーシスなどの過程で重要なP4型ATPアーゼである。 Hiraizumi たちは、CDC50と呼ばれるパートナー・タンパク質と結合したヒト・フリッパーゼである、ATP8A1の6つの中間体に対する低温顕微鏡構造を報告している。 このパートナー・タンパク質はATP8A1が機能するのに必要である。 ATPとの結合とATP8A1の自己リン酸化が、脂質が様々に結合する立体構造サイクルを駆動し、脂質の位置変えに動力を供給する。(MY,kh)

【訳注】
  • 内葉と外葉:脂質二重膜の細胞質側の層と細胞外側の層のこと。
  • P4型ATPアーゼ:ATP加水分解のエネルギーを使ってリン脂質の細胞膜輸送を担う、膜10回貫通型タンパク質。
Science, this issue p. 1149

より粗いナノ粒子を安定化する (Stabilizing rougher nanoparticles)

金属ナノ粒子が触媒する多くの反応に対して、高指数面上にありより多く暴露される金属原子は、平坦で低指数面上の金属原子より活性となりうる。 高指数表面を安定化するために表面配位子を用いることができるが、それら配位子はまた除去するのが困難になることがある。 Huang たちは、高指数面を持つテトラヘキサへドラル・ナノ粒子を形成できる白金やクロムなどの金属ナノ粒子の固相合成を報告している。 ビスマスや鉛などの金属が、高温でこれらの遷移金属と合金にされ、その後、室温への急冷の間に蒸発によって脱合金された。(MY,ok,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 指数:ここではミラー指数である(klm)で表される面指数のこと。 高指数面は表面エネルギーが大きく平坦な表面になりにくいと考えられている。
  • テトラヘキサへドラル・ナノ粒子:立方体の各面が平面ではなく、その各面を底面とする四角錐からなり、合計14個の頂点を持つ形状のナノ粒子。
Science, this issue p. 1159

銅ニトレンを捕らえる (Catching a copper nitrene)

窒素は、安定化合物において典型的には3つの結合を作る。 形成できる結合が1つだけの場合には、生じた電子不足ニトレンはすぐに炭化水素物と反応できて、その原子価殻を全て結合で満たす。 金属で安定化されたニトレンは、炭素-窒素の結合形成反応に広く関わってきたが、想定中間体はほとんど直接合成されたことが無かった。 Carsch たちは今回、アジド前駆体からの銅ニトレン錯体の作成について報告している。 X線の吸収および回折による研究は、錯体の銅中心と多重結合に携わらない三重項電子状態を支持している。(MY,kh)

【訳注】
  • ニトレン:分子内の窒素原子が2つの孤立電子対と1つの置換基を持つ化合物で、ナイトレンとも言う。
  • アジド:窒素原子が3つ直列に連続して並んだ化学基を持つ有機化合物。
Science, this issue p. 1138

光路をトポロジカルに定める方法 (How to define a light path topologically)

堅牢かつ柔軟な方法で光の伝搬を制御することは、次世代のフォトニック集積素子を開発する上で重要になるだろう。 トポロジカル・フォトニクスは、トポロジーが与える固有の保護作用を利用して、堅牢な光伝搬に向けての解決策を提供する。 しかしながら、これまでの素子はその機能が固定されていた。 Zhao たちは、光照射によって任意にオン・オフを切り替えられる光路を作りだした。 フォトニック構造内の増幅・減衰の領域を光励起を通して操作することで、所望の経路に沿った光の伝搬をトポロジカルに操ることができる。 本手法は、光集積基盤技術におけるトポロジカルに保護された光路を制御する道を提供する。(NK,MY,ok,kh)

Science, this issue p. 1163

危険な遅れ (Hazardous delays)

ネオニコチノイドは、ますます多くの種、中でも注目すべきは花粉媒介者に悪影響を与えることが示されきた、広く使用されている農薬群である。 Eng たちは、これらの化合物にさらされることが、渡りをする鳴き鳥の行動にどのように影響するかを試験した。 現実にありそうな水準のネオニコチノイド系殺虫剤の摂取は、摂食および体重と貯蔵脂肪の蓄積を減少させ、中継地からの出発の遅れを引き起こした。 このような遅れは、渡りでの生存率の低下と生殖の成功の減少につながる可能性があり、したがって、集団レベルの影響を与える可能性がある。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 1177

遺伝子ドライブに対する米国の支持を評価する (Assessing U.S. support for gene drives)

遺伝子ドライブ技術の賛同者は、害虫管理を革新できるだろうと議論しているが、それは公衆にどのように受け入れられるのだろうか? Jones たちは代表標本を用いて、遺伝子改変された農業害虫全般と特に遺伝子ドライブに対して、米国での公衆の意識を評価した。 遺伝子ドライブの潜在的な危険性と有益性を知らされると、回答者の支持・反対は、遺伝子ドライブの広がりを注意深く制限できるものなのか、標的となりうるのが在来種なのか非在来種なのか、遺伝子ドライブが標的種を抑制するのか置き換えるのか、で左右された。 回答者は、このような質問の評価に、民間企業や合衆国防衛省よりも大学と合衆国農務省により大きな信頼を示した。 このような結果は、研究者、産業界そして政策決定者に対して、遺伝子ドライブの開発と危険性評価において公衆の信頼を維持する上で重要な洞察を提供する。(Uc,MY,kh)

【訳注】
  • 遺伝子ドライブ:ゲノム編集技術で改変した特定の遺伝子が、それを持たない野生型との交配で、メンデル遺伝を超えた確率で子孫に遺伝させる遺伝工学的技術。 これが起こると、特定の遺伝子変異が個体群全体に急速に広まる。
  • 代表標本:母集団を層に分け、それぞれの層から無作為標本をとること。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aau8462 (2019).

ミトリボソームの組立経路 (Assembly pathway for mitoribosome)

リボソームの生合成は、複数の組立因子によって促進される多段階プロセスである。 Saurer たちは、寄生性原虫ブルーストリパノソーマ(Trypanosoma brucei)におけるミトコンドリア・リボソーム、即ちミトリボソームの成熟プロセスに関する構造情報を提供した(Karbstein による展望記事参照)。 細胞は、ミトリボソームの小サブユニットの成熟のための特別な機構を進化させた。 これには、3つの異なる、かつ十分に構造化された組立中間体の形成を含む。 中間体と成熟ミトリボソームの比較により、組立因子とリボソーム・タンパク質がどのように連携して、リボソームRNAを折りたたみ、安定化するかが明らかにされる。(KU,kh)

Science, this issue p. 1144; see also p. 1077

ナノスケール研究用のDNA機械 (DNA machines for nanoscale research)

合成DNAは、機械的な力を生成、伝達、および感知できるナノマシンを構築するために用いることができる。 展望記事において Blanchard と Salaita は、DNA装置の最近の進展と、特にリガンド-受容体結合などの生物学的相互作用における力の生成への、その応用の最近の進展について議論している。 これらの進歩は、生物学的世界における力学的な仕組みへの洞察を提供し、細胞相互作用についての我々の理解を向上させてきた。(KU,MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1080

進化する抗生物質耐性 (Evolving antibiotic resistance)

抗生物質に対する耐性は、ヒトの健康に対する深刻な脅威である。 しかし、細菌はどのようにして治療に対する耐性を持つのであろうか? 蓄積された証拠は、細菌が、抗生物質耐性を与える遺伝子をコードする遺伝因子を集団内および集団間で共有することによって、耐性を進化させていることを示唆している。 展望記事で MacLean と Millan は、これらの遺伝因子がどのようにして生じるのか、細菌間でどのように伝達されるのか、それらの拡散を妨げて耐性形質の広がりを防ぐのに何ができるのかについて議論している。(ST,nk)

Science, this issue p. 1082

レンズ効果によりハッブル定数を求める方法 (Lensing approach to the Hubble constant)

現在の宇宙膨張の割合は、ハッブル定数 H0 をパラメーターとして表記されている。 H0 を測定するさまざまな方法は、互いに一致しない結果を生み出している。 これは、新しい物理学か、あるいは、方法に系統的なエラーがあるためかもしれない。 Jee たちは、2つの重力レンズ系を分析して、その距離を決定した(Davis による展望記事参照)。 彼らは、これらを H0 の測定の基準として用いている。 その精度は論争を解決するのに十分ではないが、系統的不確かさのいくつかを回避するものである。 H0 の値を絞り込むには、より多くのレンズ系を観察することが必要であろう。(Wt,ok,kh)

Science, this issue p. 1134; see also p. 1076

冷却した分子をピンセットでつまむ (Tweezing cold molecules)

原子を捕捉するために光ピンセットの配列が使用されてきたが、この道具立てで分子を捕捉しレーザー冷却するには手際を要する。 しかしながら、このような手法は、多くの分子種に一般化できるだろう。 Anderegg たちは、基底状態までレーザー冷却された、一フッ化カルシウム分子の光学ピンセットの配列を作製した(Kotochigova による展望記事参照)。 ピンセット内の単一分子と複数分子を区別することにより、研究者たちは、分子衝突を観察することができた。 個々の分子にわたって精緻な制御ができるため、この光ピンセット配列の基盤技術は、極低温分子の応用を拡大するための大きな可能性を秘めている。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1156; see also p. 1079

一緒になって行動する活性部位 (Active sites that move together)

酵素は、個々の活性部位が分離され、その反応が単純な場合でも、しばしば二量体或いはより高次の低量体を形成する。 しかし、お隣の影響がはなはだしい場合もある。 Mehrabi たちは光分解性化合物を使用して、フルオロ酢酸脱ハロゲン酵素の反応を開始した結果、彼らはこの反応を時間分解シリアル・シンクロトロン結晶解析によって追跡することができた。 反応の瞬間瞬間を捉えることにより、二量体酵素の2つの活性部位の間での大きなアロステリックな動きが明らかにされた。 個々の活性部位は、基質に結合する能力と反応を触媒する能力のどちらかを選ぶので、一度に1つの活動にしか関与しなかった。 この挙動は酵素において一般的であるが、視覚化されることはほとんどなく、まだ十分に理解されていない。(KU,nk,kh)

Science, this issue p. 1167

RNA修飾は免疫代謝に対応する (RNA modification meets immune metabolism)

N6-メチルアデノシン(m6A)RNA修飾は、さまざまな細胞機能を調節する。 Liu たちは、宿主細胞がウイルス感染後にRNA m6A脱メチル化酵素活性を損なうことを見出した。 この活性低下は、m6Aの増加とα-ケトグルタル酸脱水素酵素(OGDH)mRNAの不安定化を引き起こす。 その結果、OGDHの減少はイタコン酸塩の生成を減らし、それによってウイルスの複製を阻害する。 著者たちはウイルス感染時のOGDHとイタコン酸塩の機能を調べ、ウイルスと宿主間の相互作用を調節するときのm6A RNA修飾と代謝適応応答を洞察し、ウイルス感染制御のための潜在的な治療標的を提案している。(Sh)

Science, this issue p. 1171