Science July 12 2019, Vol.365

私たちはどうやって指差しを進化させたのか? (How did we evolve pointing gestures?)

人類のほぼ全ての文化において、幼児は社会的な意思疎通の一形態として、指さしを学ぶ。 しかしこの行動はいかにして現れたのか?  O'Madagain たちは、人が指さしをする時、指が特定対象の方向に向けられているだけでなく、あたかもそれに触れることを意図しているかのように置かれていることを報告している。 著者たちは、関与する機構を解き明かすよう目論まれた一連の実験を行った。 乳児期から成人期まで、人の指が指す角度は、対象の位置の方向を表示するというよりは、むしろ手の届いていない対象に触れようとする時の手の向きに調整されている。(MY,ok,kj,kh,nk)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aav2558 (2019).

分子の帯電を可視化する (Visualizing molecular charging)

高分解能原子間力顕微鏡(AFM)は、多層塩化ナトリウム薄膜に吸着した有機分子の電荷状態を制御したり画像化したりするのに用いられてきた。 Fatayer たちは、AFM探針にバイアス電圧を印加して、アゾベンゼンとポルフィンのような分子をカチオンからアニオンへと帯電・放電させた。 続いて、一酸化炭素で修飾された探針で画像化し、電荷状態の変化に起因する有機分子のコンフォメーション(立体配座)、結合次数、また芳香族性の変化を明らかにした。(NK,kj)

Science, this issue p. 142

筋肉から最大限のものを得る (Getting the most out of muscles)

電気的、化学的、あるいは、熱的エネルギーを、形状変化に変換する材料は人工筋肉を形成するのに使用することができる。 そのような材料には、バイメタル板、ホスト-ゲスト材料、あるいは、コイル状繊維や織り糸が含まれる(Tawfick と Tang による展望記事参照)。 Kanik たちは、エラストマーと半結晶性重合体から重合体のバイモルフ構造を開発した。 この構造では、熱膨張の違いが、熱的に作動する人工筋肉を可能にした。 寸法と機械的応答の調整のため、被覆繊維の冷延伸を繰り返し用いることでができ、その結果、数百メートルのコイル状繊維を簡単につくれるようになった。 Mu たちは、カーボン・ナノチューブの撚り繊維またはコイル状繊維の外側に、覆いとして体積変化材料を配置したカーボン・ナノチューブ糸について記載している。 この構成は、引っ張りの筋肉の作業能力を2倍にできる。 Yuan たちは、加熱時に回収可能なエネルギーの貯蔵能力がある重合体繊維ねじりアクチュエータを作り出した。 ガラス転移温度より高い温度で繊維に機械的なねじり変形を加え、次いで急冷してその変形を貯えた。(Wt,MY,ok,kj,kh)

【訳注】
  • バイモルフ:外部刺激による膨張が異なっている材料が積層された構造のこと。外部刺激の入力で変形が生じる。
Science, this issue p. 145, p. 150, p. 155; see also p. 125

C–H結合による塩素イオン捕獲 (A C–H bonding trap for chloride)

塩が水に良く溶ける理由のひとつは、分極したO–H結合が負荷電の塩素イオンを引き付けることである。 そのため、塩素イオンのようなアニオンを捕獲するよう作られた分子受容体に、O–HあるいはN–H結合を含めることは一般的に行われてきた。 Liu たちは、十分に分極したC–H結合がさらによく機能しうるという驚くべき結果を報告している(Bowman-James による展望記事参照)。 彼らはC–H結合が内側に向くトリアゾール環を持つかご構造を作り、ジクロロメタン中でアトモルという極めて高い親和性で、塩素イオンをかご内に捕獲した。(MY,kh,nk)

【訳注】
  • トリアゾール:3つの窒素を環骨格に含む5員環。
  • アトモルの親和性:ここでは、1Mの塩素イオンに対して、捕獲されずに遊離している塩素イオン濃度が10–17M と極めて少ないことを言っている。
Science, this issue p. 159; see also p. 124

霊長類の知覚上の判断決定 (Perceptual decision-making in primates)

知覚上の判断決定時の後頭頂皮質(PPC)に関する過去の研究は、どこへ動くかと言う決定の運動的側面への寄与のみを調べていた。 しかし、Zhou と Freedman は、何を見ているか評価する判断決定の視覚的側面と運動的側面の両方における、霊長類のPPCの役割を調べた。外側頭頂間野の不活性化は、運動的側面よりももっと、判断決定の視覚処理的側面を強く損なった。 不活性化の対象とされた外側頭頂間野の神経細胞の活性は、その神経細胞の受容野での刺激に関する、サルの試行ごとの判断決定と高度に相関していた。 したがって、後頭頂皮質は実際に判断決定に関与しているが、予想よりも視覚的な役割を果たしている。(Sk,kj,kh)

Science, this issue p. 180

CAR-T細胞に対する後押し (A boost for CAR–T cells)

キメラ抗原受容体(CAR)-T細胞免疫療法は、ある種の血液ガン治療に対して大きな成功を収めてきている。 それにもかかわらず、この方法は固形腫瘍に対しては課題があり、それは1つには遺伝子操作で機能が作られたT細胞の目標を、その腫瘍部位に向けることが困難なためである。 Ma たちはワクチン戦略を設計して、本来のリンパ節微小環境内における CARの直接再刺激によって、 CAR-T細胞の有効性を改善した(Singh と June による展望記事参照)。 注入された「両親媒性リガンド(amph-ligand)」ワクチンは合成的な抗原提示を促進し、CAR-T細胞の活性化、成長、および腫瘍死滅の増加に導いた。 この系は、いかなるCAR-T細胞をも増強するために適用することができるかもしれない。(KU,MY,kh)

【訳注】
  • キメラ抗原受容体(CAR)-T細胞療法:ガン免疫療法の1つで、ガン患者から採取されたT細胞を遺伝子組み換え技術を用いて、ガン細胞の表面抗原を認識し攻撃できるよう遺伝子改変し、これを増殖してガン患者に戻す治療法。
Science, this issue p. 162; see also p. 119

牛のゲノムはどのようにしてモーと動いたのか (How cow genomes have moo-ved)

牛は約1万年前に家畜化されたが、現代の品種に対する解析では、その起源が解明されないでいた。 Verdugo たちは、太古近東の67のBos taurus のDNA試料について、全ゲノム分析を行った。 幾つかの種類の太古のオーロックスが家畜牛の祖先だった。 これらの遺伝系統は、約4千年前の干ばつの時代にインダス渓谷の周辺地域で交雑した。 興味深いことに、ミトコンドリアの解析で、乾燥地に適応したBos indicus(コブウシ)の雄牛に由来するらしい遺伝物質が遺伝子侵入により導入されたことが示された。(MY,kj,kh)

【訳注】
  • Bos taurus:家畜種の牛。
Science, this issue p. 173

人間はどのようにしてアメリカ大陸に移住したか (How humans colonized the Americas)

アメリカ大陸全体への人間の到着と広がりは、興味の尽きない研究テーマである。 近年の数多くの考古学的発見が、13,000年前のクロービス文化以前の、最初の居住の時期の再評価を引き起こしてきた。 遺伝学的研究、特に過去5年間のゲノム研究はまた、約15,000年前にベリンジアから広がった始祖集団に関して、より早い年代の可能性を示している。 Waters はこれらの研究の進歩を概説し、アメリカ大陸における人間の祖先の歴史に関する我々の知識を豊かにするための、将来のゲノム研究の可能性についての道しるべを提供している。(Sk,kh)

【訳注】
  • クロービス文化:約13,000年前に北米を中心に現われた、独特な樋状剥離が施された尖頭器を特徴とするアメリカ先住民の石器文化。
  • ベリンジア:ベーリング海峡付近に、更新世の氷河期に存在していた陸橋とその周辺の、160万平方kmにおよぶ陸地。
Science, this issue p. eaat5447

栄養不良と食事による腸内細菌叢修復 (Malnutrition and dietary repair)

幼児期の栄養不良は、発育阻害と腸内細菌の未発達を伴う。 子供たちは、標準的な市販の補助食品による治療介入後でさえ、発育を損なう可能性がある。 Gehrig たちと Raman たちは、バングラデシュの健康な子供たちと、ひどい急性栄養不良から回復した子供たちにおける代謝の指標を追跡測定した。 著者たちは、治療のための食事、腸内細菌叢の発達、発育回復の間の相互作用を調べた。 その後、ブタ・モデルとマウス・モデルを用いて、子供の成長を支援することが期待できる発達した離乳後状態へと腸内細菌が近づくよう、食事を考案した。 これらは最初、年齢相応の腸内細菌叢が植菌されたマウスで試験された。 この考案された食事は、調査対象の子供たちの腸内細菌叢の発達と同調して、子供たちの代謝と発育の変化の様子をより健全な軌道に乗せた。(MY,ok,kh)

Science, this issue p. eaau4732, p. eaau4735

局所空間から高次の地図へ (From local space to higher-order maps)

思いどおりの動きは、特定の物的環境下での自分の位置の正確な知覚にかかっている。 神経科学者たちは、自己中心型と世界中心型のナビケーション(進路決定)を識別し、すべての進路決定材料が一緒になる脳領域を探し続けている。 LaChance たちは、ラットが野外で採餌している最中に、後部皮質と呼ばれる領域の、単一神経細胞の活動を記録した。 著者らは、その物的環境に対する動物の即時の知覚を空間地図に変換する、1つの細胞集団を発見した。 この地図は、海馬の場所細胞や嗅内皮質の格子細胞で観察される高水準の描写とは著しく異なるが、非常に柔軟であり、より高水準の描写を作成するために必要な構成要素を提供している可能性が高い。(Sk,kj)

【訳注】
  • 場所細胞:動物がある特定の場所を通過するときにだけ発火する海馬の錐体細胞。
  • 嗅内皮質:側頭葉にある皮質領域で、物体情報と空間情報の両方に関わる。
  • 格子細胞:動物の脳内にある、方向感覚や相対的な位置関係を認識する神経細胞。
Science, this issue p. eaax4192

ケイ素カチオンへの酸経路 (An acidic route to silicon cations)

中心ケイ素原子が水素3つだけに結合している最も単純なケイ素カチオンは、長らく大量合成を逃れてきた。 Wu たちは今回、カルボラン酸をフェニル・シランと反応させることでケイ素カチオンを作る直接的な経路を報告し、ベンゼンとこのシリリウム・カルボランのイオン対を作っている。 Si-フェニル結合あるいはS-H結合の酸開裂による第1級と第2級のシリル・カチオンの効率的な合成が、同様の手順で提供された。 全ての3つ生成物は、結晶学的にまた溶液中で特性化され、カルボランの臭素置換基への弱い配位が明らかになった。(MY,kh)

【訳注】
  • カルボラン酸:ここではで [C6H6·H]+[CHB11H5Br6] で表される20面体型の強酸塩のことを指している。
  • シリリウム:ケイ素カチオンのこと。
  • 第1級、第2級:ケイ素カチオンの中心ケイ素に結合している水素原子が、数字の数だけ有機基で置換された構造を表している。
Science, this issue p. 168

タンパク質対の予測 (Predicting protein pairs)

生物学的機能はタンパク質間の相互作用によって駆動される。 高速大量処理の実験技術が、幾つかの生物におけるタンパク質相互作用の大きなデータ群を提供してきた。 しかしながら、多くの組み合わせ領域が未知のままである。 Cong たちは、整列タンパク質の配列中で共進化残基を同定することにより、タンパク質界面を予測している(Vajda と Emili による展望記事参照)。 模範的基準集合と陰性対照集合を比較して、彼らは、この予測精度が全タンパク質にわたるツーハイブリッド法と質量分析法による選別よりも高いことを示している。 この方法は、大腸菌における682が予想外であった1618のタンパク質相互作用、および結核菌における911の相互作用対を予測しており、それらのほとんどが以前に記載されていなかった。 10~20%の予測誤判定率と合わせ、予測された相互作用と相関構造はさらなる研究のための優れた開始点を提供する。(NA,MY,kh)

【訳注】
  • ツーハイブリッド法:タンパク質間相互作用やタンパク質-DNA間相互作用を調べる手法の1つ。
Science, this issue p. 185; see also p. 120

胎盤形成と胎児死亡 (Placenta formation and fetal demise)

胎盤発生の決定的な段階は、栄養膜細胞の多核合胞体性栄養膜への融合である。 栄養膜融合は、内在性レトロウイルス由来の外被糖タンパク質によって符号化されたシンシチンによってもたらされる。 Buchrieser たちは、インターフェロン誘導性膜貫通(IFITM)タンパク質が、シンシチンを介した合胞体性栄養膜の形成を抑制し、胎盤の発達を制限し、胎児の死滅を引き起こすと報告している(Kellam と Weiss による展望記事参照)。 この結果から、子宮内発育遅延、TORCH(トキソプラズマ症、その他、風疹、サイトメガロ・ウイルスと疱疹)感染症、およびいくつかの形態の子癇前症などのインターフェロンを介した疾患で観察される胎盤機能障害の分子的な説明ができる。(Sh)

【訳注】
  • 合胞体性栄養膜:胎児の栄養膜のうち、母体血と接触する外側の細胞層で胎盤の絨毛を子宮内膜につなぎとめている部分。
  • 子癇前症:妊娠中に高血圧やタンパク尿を特徴とする疾患。
Science, this issue p. 176; see also p. 118

海鳥を知れ、そして海を知れ (Know the seabirds, know the ocean)

海鳥の観察は、海洋生態系の健全さに関する豊かな情報をもたらすことができる。展望記事において Velarde たちは、海鳥の組織内の汚染物質の測定がどのように海洋の汚染レベルの指標として役立ちうるのかを詳述している。 更に海鳥の繁殖と摂食の行動は、彼らの餌の存在量と分布の漁業や気候変動の結果としての変化に関する情報を提供する。 局所的および地域的な計画は、これらの知見をもとに作られつつあるが、海鳥観察の潜在力を最大に引き出すようにするには、標準化されたデータを収集する組織的な取り組みが必要となるだろう。(Uc,MY,kh,nk)

Science, this issue p. 116

ガン駆動因子としての慢性炎症 (Chronic inflammation as a cancer driver)

ガン細胞に対する免疫応答は、その抗ガン効果により非常に有益であると考えられている。 しかしながら、最近、治まらない感染症や組織損傷に起因する慢性炎症関連ガン(CIAC)が問題とされるようになってきた。 これらのガンは活動的で高死亡率である場合が多い。 展望記事において Tlsty と Gascard は、CIACの明確な病変形成、および腫瘍細胞の標的化に加えて、腫瘍微小環境を治療的に正常化することによって、それらがどのようにより効果的に治療される可能性があるかに関して考察している。(KU,MY,kh,nk)

Science, this issue p. 122