Science June 28 2019, Vol.364

タイセイヨウダラの遺伝的多様性の喪失 (Loss of genetic diversity in Atlantic cod)

タイセイヨウダラの個体数の激減は、20世紀におけるいかなる海洋脊椎動物のなかでも最大規模の崩壊の1つであった。禁漁措置にもかかわらず、この種はまだかっての個体数の水準まで回復していない。Kessらは、染色体構造の多様性が遺伝子的、遺伝表現的、かつ個体統計的な変動にどのように介在するのか、そして乱獲がタイセイヨウダラの遺伝的多様性の喪失をどのようにもたらしたのかを説明するために、前世紀の個体数減少傾向を再構築した。彼らは、乱獲によるゲノムの多様性喪失がまた、これら個体群における表現型の多様性によってもたらされる緩衝作用を弱めているのかもしれず、それが結果として将来の個体数激減の可能性を高め、北西大西洋の全体的な生態学的機能と構成を変えると警告している。(ST,nk,kh,kj)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aav2461 (2019).

多様体は時間とともに遺伝子発現に影響を与える (Variants affect gene expression over time)

遺伝的多様性は様々なヒト表現型をもたらすが、場合によっては病理学的条件と関連する。Stroberたちは、遺伝的多様性が細胞分化における遺伝子発現を長い時間をかけてどのように調節するかの研究に着手した。彼らは、心筋細胞への分化の間の16の時点で19人の ヨルバ(Yoruban)人からの人工多能性幹細胞株における発現量的形質座位(eQTLS)(遺伝子発現と 関係する遺伝子多様体)を調べた。彼らは何百もの発生段階に特異的なeQTLを同定した。このように、遺伝的多様性の影響は発生中の状況や観察中の組織に依存する。(KU,kh,kj)

【訳注】
  • ヨルバ人:西アフリカ最大の民族集団の一つ。
Science, this issue p. 1287

蝶番上のマヨナラ (Majorana on a hinge)

マヨナラ・ゼロ・モード(MZM)の物理的実証に対する初期の提案の一つはトポロジカル絶縁体(TI)を超伝導体に接触させることで、それに超伝導性を誘発することに注目が集まっていた。Jackらは走査型トンネル分光法を用いて、同じようなヘテロ構造においてMZMを観測した。筆者らの装置では、TIは超伝導ニオブ層の上部に置かれた六角形のビスマス・アイランドである。ビスマス・アイランドは六角形の一つおきの辺にトポロジカル境界蝶番状態を持っていた。鉄原子クラスターを蝶番の上に配置すると、クラスターと蝶番状態との界面においてMZMの特徴的なゼロ・バイアス・ピークが生じた。(NK,KU,kh)

【訳注】
  • マヨナラ・ゼロ・モード:フェルミオンとして振るまう疑似粒子のマヨナラは, ゼロ・エネルギーの時に格子欠陥に拘束されることがある. その結合物をこう呼ぶ。
Science, this issue p. 1255

食べ過ぎると脳が変化する (Brain changes after overeating)

視床下部外側野と呼ばれる脳領域は、摂食行動を制御する神経回路における信号統合の結節点である。Rossiたちは肥満に対するマウス・モデルで、この領域内におけるある種の神経細胞群が、摂食のブレーキとして働き、食物摂取を抑えることを見出した(Borglandによる展望記事参照)。この神経細胞群は食事性肥満により、強くかつ独特な形で修正された。このように、視床下部外側野にある神経細胞のある特定の集団は摂食行動の基本的な調節装置であり、摂食障害を治療する標的にできるかもしれない。(MY,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1271; see also p. 1233

脂質小滴が抗結核薬の効力を助ける (Lipid droplets help anti-TB drug efficacy)

細胞内病原体に対する化学療法の改善には、感染細胞内部における抗生物質の分布がどのように効力に影響するのかを理解する必要がある。Greenwoodたちは、結核菌に感染したヒト・マクロファージ内の抗生物質を可視化する方法を開発した(SmithとAldridgeによる展望記事参照)。彼らは、抗結核菌 (anti-TB)薬であるベダキリン(bedaquiline)が、宿主の脂質小滴に蓄積することを示した。脂質小滴は、宿主による脂質消費の際に細菌に運ばれうる抗生物質貯蔵所として作用するらしかった。実際に、宿主脂質小滴内容における変化は、細胞内桿菌に対するベダキリンの抗結核菌活性に影響を及ぼした。(MY,KU,kh)

【訳注】
  • 桿菌:個々の細胞の形状が細長い棒状または円筒状を示す細菌で、結核菌が含まれる。
Science, this issue p. 1279; see also p. 1234

真珠層に触発された強靱化ガラス (Nacre-inspired toughened glass)

真珠層は、貝殻に存在する生物関連の複合材料である。この複合材料は、もろいセラミックを強靱化にする少量の有機物質を含んでいて、微小な無機物質平板からなる非常に規則正しい煉瓦・モルタルの三次元集合体が、生体高分子により全体に接合されている。合成真珠層は、靭性を高めるのに重要な構成煉瓦の大規模滑りを獲得することができないでいる。Yinたちは、このモデルをガラスの強靭化に適用した。ここでは、四角や六角の形をしたホウケイ酸ガラス薄板が、エチレン-酢酸ビニル中間層を用いて全体に接合されている(Datsiouによる展望記事参照)。これが、ガラス薄板が互いにずれることを可能にする構造を作り出した。作製された5層のガラス複合材料は、剛性・曲げ強度・表面硬度・透明度の高さを維持しながら、変形可能でかつ衝撃に強かった。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 1260; see also p. 1232

集団化する渦 (Clustering vortices)

多体系は、一般により多くのエネルギーが系内に供給されるにつれて、より乱れた状態になる。この法則に対する奇妙な例外が、物理化学者 Lars Onsagerにより乱流に関する文脈の中で予言された。彼は、ある二次元(two-dimensional 2D)系のエントロピーの減少が, エネルギー増加にともなって起きることがあり、それは負の実効的温度に対応している、と示唆した。原子のボース-アインシュタイン凝縮体を用いて、GauthierたちとJohnstoneたちは、Onsagarの理論をテストした。彼らは、凝縮体を摂動することでその系にエネルギーを与え、渦と反渦とを生成した。エネルギーの増加とともに、渦のみまたは反渦のみを含む 集団が出現したために、その系はより秩序を有するようになった。(Wt,KU,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 1264, p. 1267

階層的機能性ナノ複合材料 (Hierarchical functional nanocomposites)

複合材料は、さまざまな大きさの材料から構成されている。ナノ寸法の材料は、新しい種類の素子を開発するのに非常に有用(可能)な独特の特性を有している。Begleyたちは、有望な応用に焦点を当てながら、機能性ナノ複合材料のための合成および集積方法を概説している。いくつかの課題の中には、規模拡張および機械的安定性の確保が含まれる。さまざまな分野の新しい開発成果を組み合わせることが、先進的な素子の構想を実現する鍵になるであろう。(Sk,ok,kh)"

Science, this issue p. eaav4299

APOBEC3Aヘアピン・パッセンジャー・ホットスポット (APOBEC3A hairpin passenger hotspots)

変異の影響を決定するために、ゲノムの特徴が極端な状態で調べられることが多い。これらのゲノム領域は、三塩基からクロマチンと染色体特徴の根底にあるメガ塩基まで及ぶ。メソスケール(ゲノムの中間的長さ)における変異動態を調べることで、Buissonたちは、がんの変異動態を解明した(Carterによる展望記事参照)。彼らは、APOBEC酵素によってDNAステム・ループ (ゲノムのメソスケール特徴) で引き起こされる変異が、変異を再び引き起こし得ることを見い出した。この種の変異の多くは、有望ながんドライバーとして同定されている。しかしながら、ステム・ループ外側の APOBECにより生成される変異は、がんドライバー変異である可能性がより高く、がんドライバーをパッセンジャー変異から分離するためのゲノム背景を与えている。(KU,ok,kh,kj)

【訳注】
  • パッセンジャー変異:発がんにより付随的に生じた遺伝子変化
  • ドライバー変異:がん化に直接関係する遺伝子変異
  • APOBEC:がんの発症と関係するがん遺伝子
Science, this issue p. eaaw2872; see also p. 1228

卵細胞生物学の新たな段階 (A new phase in egg biology)

染色体分離は、一般的には、紡錘体微小管を生成する中心体を必要とする。しかし、哺乳類の卵細胞は中心体なしで紡錘体を作り、染色体を分離する。どのようにして中心体のない紡錘体が組織化されるのかは、とらえどころのないままであった。Soたちは、中心体タンパク質と微小管関連タンパク質が目的変更されて、卵細胞中の大きな「液体様減数分裂紡錘体領域」(LISD)に送り込まれることを示している。この領域は紡錘体の両極に局在し、そして動原体に結合する紡錘体繊維にも及んだ。LISDは相分離によって形成され、紡錘体形成に必要であった。それは、大きな卵細胞の細胞質中で紡錘体形成因子を局所的に隔離して結集させる、貯蔵所としての役割を果たしていた。(Sk,kh)

【訳注】
  • 紡錘体微小管:細胞分裂時に、中央に染色体を挟んで形成される、微小管(細胞小器官の一つ)の束が多数集まった紡錘体構造
  • 中心体:動物細胞における細胞小器官の一つで、細胞分裂時は紡錘体微小管の両極になる
  • 動原体:細胞分裂時に、紡錘体微小管が染色体と結合する部位"
Science, this issue p. eaat9557

ねじれとトルクを有するパルス (Pulses with a twist and torque)

構造化された光ビームは、光の角運動量を輸送する渦ビームとして機能し、そして、光通信と画像化を向上させるために用いられてきた。Regoたちは、高次高調波発生過程により異なる軌道角運動量を有する、入射時間に遅延のある二本の渦ビームを干渉させることによって、動的な渦パルスを発生させた。制御されたパルス間の時間遅延は、高次高調波である極紫外領域の渦ビームが時間と共に変化する角運動量を示すことを可能にしたが、これは自己トルクと呼ばれる。そのような動的渦パルスは、超高速時間スケールでのナノ構造と原子の操作に使用できる可能性がある。(Wt,KU,nk,kh)

Science, this issue p. eaaw9486

人間の脳における活動の再生 (Replay of activity in the human brain)

ラットおよびマウスにおける電気生理学的記録は、海馬神経特有の活動様式が、休息期間または睡眠中に順を追って再活性化されることを示している。人間の海馬もまた、例えば意思決定のような非空間的課題においてさえ、活動の順序を再生するのであろうか? SchuckとNivは、ある意思決定課題を記憶した後の被験者における、機能的磁気共鳴画像信号を調べた。人々が休息している間、海馬における活動様式の再生は、その前の課題-状態の順序を反映していた。このように、順を追った海馬再活性化は、人間の意思決定に関与しているかもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. eaaw5181

一次視覚野機能を再考する(Rethinking primary visual cortex function)

色が脳内でどのようにコードされているかを理解することは、視覚研究の中心である。現在主流のモデルは、色と方位が霊長類の一次視覚野で別々に抽出されていることを示唆する。これらの特徴は、さらなる処理のためにより高次の視覚野に別々に投射するさまざまな皮質柱に位置する神経細胞によって表現されると考えられている。サルを用いた研究から、Gargたちは、単一神経細胞の分解能で2光子カルシウム可視化法を使用して何千もの神経細胞を記録した。抽出された色相選択的神経細胞のほぼ半分は、最大明暗対比無彩色刺激よりも等輝度の彩色刺激に対してより強く反応した。色に強く反応する神経細胞の大多数は、また方位選択的であった。方位と色の処理は視覚処理の最も初期の段階で結びつけられ、それは既存のモデルに挑戦するものである。(KU,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 1275

GPCRでの正の強化 (Positive reinforcement in a GPCR)

多数の創薬努力は、多くの生理的過程を制御する受容体の一種であるGタンパク質共役受容体(GPCR)に焦点を当てている。 代表例はβ2-アドレナリン受容体(β2 AR)で、心血管疾患と呼吸器疾患を治療するための遮断薬と作動薬の両方によって標的にされる。ほとんどのGPCR薬は一次(オルソステリック)リガンド結合部位を標的とするが、アロステリック部位での結合は活性化を調節することができる。そのようなアロステリック部位は進化的保存の程度が少ないので、それらはもっと特異的に標的にできるかもしれない。Liuたちは、オルソステリック作動薬と、受容体活性を増加させる正のアロステリック調節因子の両方に結合したβ2ARの結晶構造を報告している。この構造は、関連が密接なβ1ARに比べ、β2ARに対して調節化合物がより選択的であるかの理由を示唆している。さらにこの構造は、その調節因子がオルトステリック作動薬結合の増強と受容体の活動的高次構造の安定化によって作用することを明らかにしている。(Sh,nk,kh,kj)

【訳注】
  • オルソステリック部位:リガンド(特定の受容体に特異的に結合する物質)が結合する受容体の場所。
  • アロステリック部位:本来のリガンドが結合する場所とは異なる場所で、そこに結合する物質によって受容体機能が影響を受ける受容体の場所。
Science, this issue p. 1283

世界中の昆虫を保護する (Protecting insects around the world)

激減する昆虫の量と花粉媒介昆虫に対する脅威の報告は、より一層の昆虫保護活動への差し迫った要請を引き起こしてきた。展望記事の中で、Basset と Lamarre は、昆虫の集団を保護するために取る必要がある、重要な手段のいくつかを概説している。保護活動に情報を与えるための継続的な監視調査を行うことにより、科学的知識を強化する必要があるが、特に知識が非常に乏しい熱帯地方においてはそれが重要である。気候変動を緩和し、農薬の使用量を減らし、生息地の喪失や分断を止めることも重要である。最後に大事なことは、大衆を参画させることが、ミツバチや蝶などの象徴的な種を超えて、昆虫を保護することへの関心を高めるのに役立つであろう。(Sk,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1230

人と自然にとってより良い世界を目指して (Toward a better world for people and nature)

過去100年の間で、ヒト集団と彼らの資源消費レベルの急速な増加が自然界にますます影響を与えている。展望記事において、Ellisは、ヒト集団とヒト以外の自然界の両者にとって地球をより公平な場所にするための努力が、既に進行中であることを説明している。これらの努力を構築するために、ヒト社会は、都市をより高密度にそして農業をより高生産性にすることによって規模の経済を増進させる必要があるだろう。同時に、人とより広大な自然界双方に利益をもたらすようなそのような方向に、一層の自然保護の努力が推進されるべきである。(Uc,KU,ok,nk,kh)

Science, this issue p. 1226