Science April 19 2019, Vol.364

哺乳類の聴覚機構におけるスペクトリン (Spectrin in mammalian hearing mechanisms)

不動毛は内耳にある毛様構造で、音の振動を神経信号に変換する。この構造は、ヒトでは胎児発育の早期に成長を止めるため、その弾力性が生涯にわたる聴力にとって決定的に重要である。Liuたちは、マウスの内耳有毛細胞について誘導放出抑制顕微鏡を用いて、 不動毛小根の基部で細胞骨格タンパク質の配列を観察した。このタンパク質スペクトリンの弾性が、赤血球細胞の変形能におけるスペクトリンの役割に似て、絶え間ない機械的応力下の不動毛が長期間存続し続けることを可能にするのかもしれない。観察されたスペクトリンから成る環状構造への損傷は、マウスにおいて、聴力損失を伴った。(MY,kh)

【訳注】
  • スペクトリン:細胞の形を維持する足場として働き、細胞膜の構造を維持するのに重要な役割を果たしているタンパク質。
  • 誘導放出抑制顕微鏡:試料中の蛍光分子を励起するスポット光と、励起蛍光分子を消光させるようなドーナツ状の刺激光を前記スポット光と同心で同時に照射することで、蛍光発光領域をスポット光中心部のみに限定できる蛍光顕微鏡。生体試料に対して30nm程度の分解能を持つ。
Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aav7803 (2019).

遺伝子編集からオフ・ターゲットを見つける (Spotting off-targets from gene editing)

意図しないゲノム変更は、遺伝子編集手段の可能な治療用途を制限する。オフ・ターゲットを見つける利用可能な方法は、通常in vivoでは機能せず、或いは単一ヌクレオチド変化を検出しない。今週号の3つの論文は、in vivoでの遺伝子編集手段を観察するための新しい方法を報告している (KemptonとQiによる展望記事参照)。Wienertたちは、CRISPR-Cas9によって誘発されたDNA切断に対するDNA修復タンパク質の動員を追跡し、細胞モデルおよび動物モデルにおけるオフ・ターゲット編集の偏りの無い検出を可能にした。Zuoたちは、2細胞マウス胚の一方の卵割球に塩基エディターを注入し、他方の遺伝的に同一の卵割球を未編集のままにすることによって、自然な遺伝的不均一性の干渉なしにオフ・ターゲットを同定した。Jinたちは、意図しない変異を同定するために、個々のゲノム編集されたイネ植物に対して全ゲノム配列決定を行った。アデニンではなく、シトシン塩基エディターが、マウスとイネの両方において多数の一塩基変異体を誘発した。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • オフ・ターゲット:標的遺伝子以外の遺伝子への非特異的作用
  • 塩基エディター:DNAを切断することなく選択的に塩基を置換するタンパク質装置
Science, this issue p. 286, p. 289, p. 292; see also p. 234

腫瘍抑制の組織特異性 (Tissue specificity of tumor suppression)

腫瘍抑制遺伝子の喪失が、特定組織において限定的な一部のがんに導くことはよく知られている。しかし、なぜそれらの組織だけなのだろうか。HeたちはBAP1誘発がんのマウス・モデルを用いて、この組織選択性が腫瘍抑制因子BAP1にどのように作用するかについての比較的簡単な説明を見いだした。ほとんどの細胞においてBAP1の喪失は、細胞死、即ちアポトーシスを引き起こした。しかし腫瘍を形成した組織において、BAP1が失われたにも関わらず、抗アポトーシス効果を持つ遺伝子調節の違いによって、細胞は生存することができた。少なくともこの1つの腫瘍抑制因子に限っては、通常その不活性化は細胞を死滅させるだろう。しかしながら、この機構は一部の組織には存在せず、細胞が増殖して腫瘍を引き起こすことを可能にする。(Sh,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 283

サマリウムの入った、すごい検出素子 (Samarium supersensors)

圧電材料は、応力の変化に応じて電荷を生成するため、優れた検出素子材料である。課題の一つは、均一な特性を持つ単結晶圧電体を成長させることである。現在のところ、その結晶の大半は、組成のばらつきのために廃棄されている。Liたちは、均一で、極めて高い圧電特性を有する、サマリウムを不純物添加したPb(Mg1/3Nb2/3)O3-PbTiO3の単結晶を合成した。(Hlinkaによる展望記事参照)。これらの結晶は、さまざまな検出への応用に理想的であり、廃棄物をなくすことにより原価を低減させるかもしれない。(Sk)

Science, this issue p. 264; see also p. 228

クラスター中の濡れた表面の観察 (Wet surface sightings in clusters)

原理的に、水(H2O)の表面構造は、O-H振動から識別されるはずである。しかしながら、実際には、非常に多くの配置が急速に相互変換するので、その帯域はとまどうほど広がる。Yang等は、19個の重水(D2O)分子の間にある一個のH2Oのが様々に変わる同位体異性体を使って、セシウム・イオンを囲む20個のH2Oのクラスターを調べた。配置の寄与から正確に割り当てられた特徴的なスペクトルが、バルク表面のスペクトル上にきれいに地図化された。(ST,kj,nk,kh)

Science, this issue p. 275

小惑星リュウグウに着いたはやぶさ2 (Hayabusa2 at the asteroid Ryugu)

小惑星は隕石の形で地球に落下するが、それが小惑星の起源に関する情報を与えることはほとんどない。日本のミッション「はやぶさ2」は、小惑星の表面から直接サンプルを収集し、実験室で分析するためにそれらを地球に持って帰るように設計されている。今週号の3つの論文は、地球近傍の炭素質小惑星 162173 Ryugu(リュウグウ) に関するはやぶさ2チームの研究について記述している。この宇宙船はやぶさ2は、リュウグウに2018年6月に到着した(Wurmによる展望記事を参照のこと)。Watanabeたちは、その小惑星の質量、形状、密度を測定し、それがもろい岩石からなる「ラブル・パイル天体」であり、高速回転以前に独楽状の形になったことを示している。彼らは、また、サンプル収集に適した着陸地点を特定した。Kitazatoたちは近赤外分光法を用いて、表面いたるところに水和鉱物が存在することを見出し、リュウグウを既知のタイプの炭素質隕石と比較した。Sugitaたちは、リュウグウの地質学的な特徴と表面の色について記し、そして全3本の論文からの結果を組み合わせて、その小惑星の形成過程に制限を与えている。Ryuguは、恐らくは、より大きな小惑星から衝突により放出された岩石の破片の再集積により形成された。これらの結果は、はやぶさ2によって収集されるサンプルを理解するのに必要な背景情報を与えるものである。はやぶさ2は、2020年12月に地球に戻ってくると期待されている。(Wt,kj,nk,kh)

【訳注】
  • ラブル・パイル天体:岩塊が集積することによって形成された天体。
Science, this issue p. 268, p. 272, p. aaw0422; see also p. 230

難燃剤は注意が必要 (Flame retardants require care)

多数の消費者向け製品には、火事のリスクを減らすため難燃剤を含んでいる。しかしながら、ハロゲン化難燃剤が、魚と海洋哺乳動物を含む環境下で検出され、人の健康への強い影響に関して懸念が生じている。これらの利用を取り締まるために種々取組が進行中であるが、禁じられた製品が、しばしば他の化合物に置き換えられるが、また有害であることが判明する。展望記事において、de BoerとStapletonは、一般的なハロゲン化難燃剤のより安全な代替手段への置き換えとどういう所に難燃剤が必要とされるか厳格な評価を喚起している。(Uc,KU,kj,kh)

Science, this issue p. 231

脳全体の神経細胞の活動 (Neuron activity across the brain)

何でまた、脳全体に分散した神経細胞のグループが相互作用して、複雑な挙動を生み出すのか?今週号の3つの論文は、神経活動と動態の脳規模での研究を紹介している(HukとHartによる展望記事参照)。Allenたちは、喉の渇いたマウスにおいて、なめることと飲むことを誘発する刺激に関連した広範な神経活動があることを見つけた。個々の神経細胞は課題固有の応答をコード化したが、一つ一つの脳領域は異なる型の応答を持つ神経細胞を含んでいた。脳のある領域における喉の渇きを感知する神経細胞の光遺伝学的刺激は、以前に喉の渇きで選択された飲むことと脳全体の神経活動を復元した。Grundemannたちは、さまざまな課題中の行動に関連してマウスの基底扁桃体神経細胞の活動を調べた。神経細胞の2つの集団は、探索行動および非探索行動の間で直交的な活動を示し、おそらくこれらの領域で経験した異なるレベルの不安を反映していた。 Stringerたちは、自発的神経細胞発火を分析し、一次視覚野の神経細胞が顔面運動に関連する視覚情報と運動活動の両方をコードしていることを見い出した。一次視覚領域における視覚刺激に対する神経細胞応答の可変性は、主に覚醒に関連しており、潜在的行動状態のコード化を反映している。(KU,kh)

Science, this issue p. aav3932, p. aav8736, p. aav7893; see also p. 236

対数的特徴 (A logarithmic signature)

一部の一次元不規則相関量子系は、多体局在(MBL)と呼ばれる物性を示すことが理論的に予想されており、そこではその系は初期状態の記憶を保持するので熱化されない。しかしながら、何かが起こらないことを実験的に証明することは困難である。その代わりに、物理学者たちは、MBL系において時間が進むにつれ対数的に増大するはずのもつれエントロピーを監視することを提案している。Lukinらは、ルビジウム87の相関する原子からなる無秩序鎖においてこの特徴的な対数的傾向を観察した。この手法は、他の実験基盤とより高次元の系に一般化出来るはずである。(NK,KU,nk,kh)

【訳注】
  • 熱化:熱的平衡に達すること
Science, this issue p. 256

もつれの中のエントロピーの様子 (An entropic look into entanglement)

量子系はそれらの古典的な同等物より情報処理において優れていると予測されており、そして量子もつれはこの優れた性能への鍵である。しかし、系内のもつれの程度をどのように正確に測定するのであろうか。Brydgesたちは、それらの各々が量子ビットを符号化している、最大10個の閉じ込められたカルシウム・イオンからなる鎖の中の、いわゆるレニー・エントロピーの増大を監視した。系が進展するにつれて、相互作用が、この鎖と系の他の部分との間のもつれを増大させ、それがレニー・エントロピーの増大に反映された。(Sk,kh)

Science, this issue p. 260

原子の充填が励起子寿命を制御する (Atomic packing controls exciton lifetime)

小さな金属クラスターは、半導体のように光を吸収して励起子(電子-正孔対)を作ることが出来る。一般的な面心立方充填をとる30個から40個の原子からなる、配位子でキャップされた金クラスター(Au30~Au40)では、励起子寿命は約100ナノ秒である。Zhouたちは、原子充填と分子軌道の重なりが、担体の寿命に大きな影響を及ぼし得ることを見出した。六方最密のAu30クラスターは、面心立法のクラスターと同様のバンドギャップを持つにもかかわらず、励起子寿命がはるかに短く(約1ナノ秒)、また、体心立方のAu38クラスターは約5マイクロ秒の寿命であった。これはバルクなケイ素に匹敵する。(MY,nk,kh)

Science, this issue p. 279