Science March 29 2019, Vol.363

セレンゲティに対する脅威 (Threats to the Serengeti)

保護区域は生物多様性および生態系機能の保存にとって重要な手段である。 しかし周辺地域における人間の活動からの圧力に対し、これらの区域はどのくらい良く持ちこたえているのだろうか?  Veldhuis たちは、東アフリカのセレンゲティ-マラの生態系から得られた長期間のデータを研究した。 境界地帯の人間活動は、動物たちを保護区域の中心に集中させることになり、そしてそれはやがて土壌の炭素貯蔵量と窒素固定率を減少させ、極端な干ばつに対する脆弱性を増加させる。 同様の傾向は、全てではないにしても、多くの大規模保護区域に対して存在していそうだ。(Uc,nk,kh)

Science, this issue p. 1424

二次元における磁性構成要素 (Magnetic building blocks in two dimensions)

人工磁気構造は、スピントロニクス素子に様々な機能性をもたらすことができる。 Luo たちは、Pt/Co/AlOx の三層構造内に、面平行磁化及び面垂直磁化が交替する磁区群を作製した。 これらの磁区は、隣接する磁区の磁化の相対的な符号と向きを決めるいわゆるDzyaloshinskii-Moriya相互作用によって、横に並ぶ磁区間で相互作用した。 著者たちは、磁区同士の結合を用いて、スキルミオンやフラストレート磁性体のようなより複雑な磁気構造を作製することができた。(NK,MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • Dzyaloshinskii-Moriya(ジャロシンスキー・守谷)相互作用:磁性体中の隣接する磁気モーメント間の相互作用で、磁気モーメント間に捻れを生じさせる。 この相互作用によってスキルミオンやカイラル磁壁のような特殊なスピン構造が生じる。
Science, this issue p. 1435

両生類の終焉か? (The demise of amphibians?)

病気の急速な拡大は、この相互に結びついた世界においては危機である。 カエルツボカビ症は、約20年前に両生類の個体群で確認され、地球規模で死および種の絶滅を引き起こしてきた。 Scheele たちは、この真菌が、アジアにあるその発祥地を除くあらゆるところで、両生類の個体数減少を引き起こしたことを見出した(Greenberg と Palen による展望記事参照)。 大多数の種と個体数は依然として減少を続けているが、一部の種では限定的な回復の証拠がある。 この分析はまた、回復力を予測するいくつかの条件を示唆している。(Sk,nk,kh)

Science, this issue p. 1459; see also p. 1386

膜タンパク質のための正確な詰め込み方法 (Precise packing for membrane proteins)

アミノ酸の無極性側鎖は膜タンパク質中に効率的に詰め込まれるが、これが膜タンパク質の安定性にどれほど寄与しているかを決定することは困難であった。 設計に基づく人工膜タンパク質は、金属-配位子の相互作用や水素結合などの他の安定化相互作用に今までは大きく依存してきた。 Mravic たちは、天然タンパク質ホスホランバンの折り畳みの根底にある立体的詰め込み規則を明らかにし、彼らはそれを用いて、無極性界面を有する安定な膜タンパク質を設計した。 彼らは、無極性残基の詰め込みが、多くの膜タンパク質の折り畳みと安定性に役割を果たしていることを示唆している。(KU,kj,kh)

Science, this issue p. 1418

発色団をクラウドソースする (Crowdsourcing a chromophore)

光酸化還元触媒作用は、可視光のエネルギーを伝えることで化学反応を加速するのに広く用いられている。 しかし、それを実施する場合のほとんどは、高価な光吸収発色団に依存している。 Fu たちは今回、協調して機能する安価な一対の化学成分が、個々には強い可視光吸収体でないにもかかわらず、これらの反応を誘起できることを示している。 ヨウ化ナトリウムとトリフェニルホスフィンの組み合わせが、さまざまなアルキル化を触媒する光誘起電子移動を可能にした。(MY,kj)

【訳注】
  • 発色団:有機化合物の呈色を引き起こす原子団。通常は芳香族のようなπ電子共役が広がった化学構造から成る。
Science, this issue p. 1429

気孔の反応を速める (Speeding up stomatal responses)

植物の細胞代謝は、光条件の変化にすばやく順応するが、葉のガス交換を可能にする細孔である気孔は、それより反応が遅い。 応答が遅れるため、光合成はより効率が悪くなり、開いた細孔を通して必要以上の水分が失われる。 Papanatsiou たちは、小型のアブラナ属植物であるシロイヌナズナの気孔に、青色光応答性イオン・チャネルを導入した。 このチャネルは、気孔の光に反応しての開閉速度を増加させた。 この遺伝子操作植物は、特に野外生育に典型的な変動する光の条件下で、より多くの生物量を生産した。(Sk,kh)

【訳注】
  • イオン・チャネル:細胞の生体膜にある膜貫通タンパク質の一種で、受動的にイオンを透過させる。
Science, this issue p. 1456

微細規模での遺伝子発現 (Gene expression at fine scale)

組織内の単一細胞程度の細かさで遺伝子発現を地図化することは、技術的課題のままである。 Rodriques たちは、単層のDNAバーコード・ビーズで覆われた表面へ組織切片を移植することにより、遺伝子発現で生じた組織切片のRNAがビーズ層内で空間的に解像される、Slide-seq と呼ばれる方法を開発した。 Slide-seq をマウスの脳領域に適用することにより、小脳のプルキンエ層における空間的な遺伝子発現様式と、プルキンエ細胞部分にわたる変化軸が明らかになった。 著者たちはこの方法を用いて、外傷性脳損傷のマウス・モデルにおける、細胞型特異的な反応の時間的進展を分析した。(Sk,kj,kh)

【訳注】
  • DNAバーコード・ビーズ:遺伝子解析に用いる、表面に識別用の塩基配列(1本鎖DNA)を付加した、直径10ミクロン程度のビーズ。
  • プルキンエ細胞:小脳皮質にある、小脳からの唯一の出力神経細胞。
Science, this issue p. 1463

大衆のための心臓の機能のモデル化 (Heart-function modeling for the masses)

心臓の動態をモデル化することにより、科学者は不整脈のような個々の心臓の挙動を理解することが可能となる。 これらのモデルは、通常、心臓内の流体力学を捉える微分方程式の個人化された系を解くためのスーパーコンピュータを必要とする。 Kaboudian たちは、良く使われている心臓モデルを、画像処理装置(GPU)上で実行するように変換した。 この GPU は、通常は、画像や動画処理を扱うものである。 その結果、標準的な携帯電話上のウェブ・ブラウザ内ですばやく超並列シミュレーションすることが可能となった。 この技術は、計算的に高価な他の多くの生物医学的計算に広く適用可能である。(Wt,nk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aav6019 (2019).

地球系におけるナノ物質 (Nanomaterials in the Earth system)

ナノ物質は、何十億年もの間、地球系の一部であったが、人間の活動はこれらの物質の性質と量とを変えている。 Hochella Jr. たちは、以下のナノ物質の出所と影響について概説している。 1つ目は天然のナノ物質で、人間の行為によって直接作り出されたものではない。 2つ目は偶発的なナノ物質で、人間の活動中に意図せずに形成されたものである。そして、3つ目は人工ナノ物質で、特定の用途のために作り出されたものである。 これらは地球系を循環するので、この3つのタイプすべての特性に関する知識が、環境と人間の健康へのそれらの長期的な影響を理解して軽減するのに不可欠となる。(Wt,MY,kj,kh)

Science, this issue p. eaau8299

真核生物内での細胞小器官の作り方 (How to make an organelle in eukaryotes)

真核生物のような複雑な生物の進化におけるきわめて重要な段階は、特定の仕事を細胞小器官へ組織化することだった。 Reinkemeier たちは、直交翻訳を行うために、人工の無膜細胞小器官を設計して哺乳動物細胞の中に入れた。 この細胞小器官に閉じ込められたリボソームは、選択されたメッセンジャーRNA中の特定のコドンに応答して、部位特異的に化学機能性を導入することが出来、標準のアミノ酸群を拡大した。 この方法は合成細胞工学および生物医学研究における可能性を開く。(NA,MY,kh)

【訳注】
  • 直交翻訳:内在リボソームの本来のタンパク質への翻訳に影響を及ぼさずに機能する翻訳のこと。
Science, this issue p. eaaw2644

ファージは免疫応答を破壊する (Phage subverts immune response)

緑膿菌(Pa)は、一般に医療現場で見つけられる多剤耐性グラム陰性菌である。 Pa 感染はしばしば、かなりの病的状態と死亡率をもたらす。 Sweere たちは、Pa に感染してその中に取り込まれる溶原性糸状バクテリオファージの一種が、慢性のヒト創傷感染と関連していることを見い出した。 同様に、ファージ感染Pa が住みついたマウスの創傷は、ファージ感染していないPa のみが住みついた創傷よりも重症でより長期間続いた。免疫細胞のファージ感染Pa の取り込みは、ファージRNA産生および不適切な抗ウイルス免疫応答をもたらし、結果として細菌の除去を妨げた。 ファージ・ワクチン接種と抗ファージ抗体の移入の両方とも、Pa 感染を防いだ。(KU,nk,kj,kh)

【訳注】
  • 溶原性ファージ:宿主菌の染色体中にファージのゲノムが取り込まれる能力(溶原化)を持ったファージ。
Science, this issue p. eaat9691

逆境に抵抗する幹細胞性 (Stemness against adversity)

Tリンパ球は、腫瘍を破壊することができる強力な免疫細胞であるが、ガンは死を逃れるための巧妙な技を開発してきた。 Vodnala たちは、腫瘍の微小環境中のカリウム・イオンが、T細胞エフェクター機能と幹細胞性に影響を及ぼすという二重の役割を果たしていることを見出した(Baixauli Celda たちによる展望記事参照)。 カリウムの増加はT細胞の代謝と栄養素の取り込みを悪くし、結果として自己貪食として知られる飢餓状態になる。 カリウムの増加はまた、分裂する能力を保持している幹細胞様状態にT細胞を保つことができる。 これらの一見ばらばらの過程は、アセチル・コエンザイムAの細胞内分布に関連しており、これを操作すると、ヒトT細胞の能力を回復させて、マウス中の腫瘍を除去することが可能となる。(KU,MY,kh)

Science, this issue p. eaau0135; see also p. 1395

ぴったりの手がビニル・エーテルを揃える (The right hand lines up vinyl ethers)

充分最適化された触媒は、側鎖が全て同じ方向を向いたアイソタクチック・ポリプロピレンを大量に作り出す。しかしながら、このモノマーに酸素1個を加えると、そこまでの均一性の強制はより実現困難になる。TeatorとLeibfarthは、そのようなビニル・エーテル各種をアイソタクチック的に重合する一般的な手順を報告している(FosterとO'Reillyによる展望記事参照)。それらは、カチオン重合の間にモノマーの配向を偏らせる、チタン系ルイス酸に結合したキラルなリン酸に依存している。その結果得られる重合体は有望な接着特性を示す。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • ルイス酸:他の化学種との反応で、反応相手から電子対を受け取る化学種。
Science, this issue p. 1439; see also p. 1394

報酬と脳内の報酬地図 (Reward and the map in the brain)

脳内の格子細胞の役割が単純に空間をコード化することよりも複雑であることを、最近の知見が示唆している。 嗅内皮質内の格子地図は空間情報のコード化を担っているが、もともと思われていたほど固定的でなく、環境の影響で変形しうる(Quian Quiroga による展望記事参照)。 Butler たちはラットにおける格子細胞のコード化を、自由にエサを探す課題と空間記憶課題を行っている間で比較した。 彼らは、嗅内皮質の空間地図が、学習報酬を受けた位置を組み入れるよう再構成されることを発見した。 Boccara たちは、ラットの内側嗅内皮質にある格子細胞の発火から生じる認知地図に及ぼす行動関連情報の影響を試験した。彼らは、格子細胞が全体環境ではなく、目標局所についての神経系のコード化に携わることを見出した。(MY,kh)

Science, this issue p. 1447, p. 1443; see also p. 1388

単に数ではない (More than just numbers)

我々は、しばしば、減少した個体数または種が存在しなくなった地域の数という観点から、動物種に対する人間の悪影響を定義している。 しかしながら、人間の活動は、これらの数字が捉えることができるよりもっと複雑な方法で、種に影響を及ぼしているらしい。 Kühl たちは、我々の最も近い親戚であるチンパンジーの、行動および文化の多様性を研究した。 彼らは、人間が介在する外乱が、これらの複雑な形質を減少させつつあることを発見した。 このように、人間の影響は、個体数または種の単純な減少をはるかに超えており、個体群が生き残っている場合でも行動の変化を引き起こしている。(Sk,kh)

Science, this issue p. 1453

内在性遺伝子の編集 (Endogenous gene editing)

遺伝子組み換え作物には推進派と反対派がいるが、これらの考えはどのようにして食の安全を高めるよう調和させられるのだろうか?  この問題は、農作物を輸出して経済を持続すると同時に人口拡大に備える必要がある中所得国にとってとりわけ切迫性がある。 Zaidi たちは展望記事で、作物植物の内在遺伝子を編集する新しい植物育種技術の見込みについて議論している。 これらの革新は、理想的には食の安全を高め、従来の遺伝子組み換え作物と対峙する活用・実施の障壁を回避するだろう。(MY,kh)

【訳注】
  • 内在性遺伝子:遺伝子組み換えの文脈で、外部から注入する外来性遺伝子ではなく、該当細胞に元々内在的に存在する遺伝子を言う。
Science, this issue p. 1390

自然を守る権利の認識 (Recognizing rights to protect nature)

環境への害を防止することを目的とした法律が、環境破壊を停止または逆転させるには不十分であるようだ。 Chapron たちは展望記事で、自然の固有権利を認識する最近の努力に光を当てている。 動物権利の擁護者によって支持された個々の生物の権利を超えて、自然の権利の擁護者たちは、自然の共同体、生態系、および他の自然実体に注目する。 これらの権利は、それらの要求が人間の要求と対立するときに、自然実体を保護する手段を提供する。 この概念の拡大と実施の成功は、生態学的知識を統合し、自然の権利と人間または企業の権利との均衡をとる法体系の能力に依存するだろう。(KU,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 1392