Science February 22 2019, Vol.363

絶滅への2つの年代表 (Two timelines for extinction)

6,600万年前の非鳥類型恐竜を一掃した白亜紀-古第三紀の絶滅は、2つの異常な出来事と関連していた。Chicxulubの隕石衝突は、デカン・トラップ から大量の溶岩が噴出したのとほぼ同時代に起こった (Burgessによる展望記事を参照のこと)。Sprainたちは、デカン・トラップからの火山灰に対するアルゴン-アルゴン年代測定を使用して、洪水玄武岩の定常的な噴出は Chicxulub衝撃の後に起こったと主張した。Schoeneたちは、火山灰床からのジルコンに対するウラン-鉛年代測定を用いて、洪水玄武岩の噴出の間に、4つの大きなマグマの突出が発生し、そのうちの最初のものは Chicxulub衝突に先行していたと結論づけた。これらの事象の正しい順序がどうであれ、噴火の時期と噴出率をより精度良く定められれば、火山性ガスが気候にどのように影響したかを解明するのに役立つであろう。(Wt,KU,nk,kh)

【訳注】
  • デカン・トラップ( Deccan Traps):インドのデカン高原に分布する地球で最も広大な化成活動の痕跡が存在する
Science, this issue p. 866, p. 862; see also p. 815

エニオンの動力学を探る (Probing the dynamics of anyons)

分数量子ホール状態にある二次元電子気体は、電子電荷の単位分数量だけを運ぶエニオンと呼ばれる異常な励起を持っている。この単位分数電荷は、マイクロ波を用いて、照射に対する動的応答によって観察することができるが、そのような実験は、高磁場と高感度雑音測定および極低温との組み合わせを必要とする。Kapferたちは、電子電荷の3分の1および5分の1の分数励起を持つ高移動度二次元電子気体の場所を提供する GaAs/AlGaAs ヘテロ構造において、この動的応答を観察した。この方法は、トポロジカル量子計算で用いるのに興味深いかもしれない。(Sk,nk)

【訳注】
  • エニオン: フェルミ粒子およびボース粒子の概念を一般化したものである。二次元の系においてのみ現れ, 分数量子ホール効果を生じる。
Science, this issue p. 846

ナトリウムを使わないバーチ還元の規模拡大 (Scaled-up sodium-free Birch reductions)

バーチ還元と呼ばれる方法は、その条件が危いにも拘わらず、化学者に頻繁に用いられる。自然発火性のナトリウムが、芳香族化合物の部分還元を行なうために純液化アンモニアに溶解される。Petersたちはより安全な手順を考案するために、小規模の電気化学的代替方法を調査し、次に最適化を行った。これは、より大規模で、機能的に複雑な幅広い基質を扱うことができる。(MY,KU,kj)

Science, this issue p. 838

集中的な報道が法制化に先んじて起こる (Concentrated news precedes legislation)

ニュース報道は世論と法制化を形成・反映するさいに決定的な役割を担うことがある。SheshadriとSinghは機械学習技術を用いて、GoogleTrendsデータと米国の立法結果に加えてNew York TimesとGuardianからの25年間のニュース記事を分析した。似たような内容の記事が長い間掲載され続けることが、一般市民の認識の変化と新しい法制化に先んじて観察された。例として、「監視」に関連する内容の記事が、語彙"Snowden"の上昇と共に変化した。これは、国家の安全保証から個人の自由人権への焦点の移行を反映している。このような知見は、ニュース、一般市民の態度及び新しい法律との間の決定的な相互作用を例証して。(Uc,KU,nk,kj,kh)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat8296 (2019).

カリウム・チャネル活性化の鍵 (A key to potassium channel activation)

薬剤を用いてカリウム・チャネルを活性化することは、てんかん・心臓不整脈・痛みのような症状を治療する可能性がある。Scheweたちは、類似の機構で多くの型のカリウム・チャネルを活性化することが明らかにされている薬理中心部を持つ一群の負帯電活性化剤(NCA)について報告している。X線結晶構造解析、機能解析、分子動態シミュレーションは、これらのNCAがイオン選択性フィルターの下方に結合してフィルターの入り口を開け、カリウム・チャネルを活性化することを示した。このNCA部位の標的化は理論的薬剤設計に利用されるかもしれない。(MY,nk,kj,kh)

【訳注】
  • イオン選択性フィルター:イオン・チャネルに備わっている特定のイオン種のみを透過する機構のこと。通常、イオン透過路の最も狭い部分が該当し、その物理的な径や、透過路周辺の電荷を持つアミノ酸の配置などが影響して選択性が決まる。
Science, this issue p. 875

鍵穴形成の鍵 (The key to keyhole formation)

レーザ溶接中の鍵穴、すなわち蒸気で満たされたくぼみの形成は、付加製造にとって大きな問題となる。Cunningham たちは、高速X線画像形成法を用いて、チタン合金における鍵穴の形成を詳しく観察した。彼らは、操作変数と鍵穴形状の間の単純化された関係を見出した。それは、今後、細孔の形成防止を可能にするかもしれない。(Sk,kh)

Science, this issue p. 849

遺伝コードを拡張する (Expanding the genetic code)

DNAとRNAは、自然界では対を作るために水素結合を形成する4つのヌクレオチド塩基から構成される。Hoshikaらは、8文字の遺伝コードを生成し、いわゆるhachimoji DNAを作るために、追加となる4つの合成ヌクレオチドを加えた。操作されたT7 RNAポリメラーゼと組み合わせることで、この拡大されたDNAアルファベットをRNAに転写することができた。結果として、情報密度を遺伝的生体高分子に増やす新しい型のDNAを生成することが可能となり、これは、将来の生物合成の応用に役に立つかもしれない。(ST,KU,kj)

Science, this issue p. 884

睡眠が、アルツハイマー病から脳を守るかもしれない (Sleep may protect the brain from AD)

アルツハイマー病(AD)においては、2つの主要なタンパク質、アミロイドβ(Aβ)およびタウ、が脳内に蓄積する。AβはADを引き起こし、タウは脳損傷および認知機能低下を促進するようである。睡眠不足は、急性的および慢性的に、Aβを増加させることが知られている。 今回Holth たちは慢性的な睡眠不足が、タウの数時間のうちの強い急性的増加を起こし、そしてまたマウスと人間の脳中でのタウによる症状の広がりを促進することを示している(NobleとSpires-Jones による展望記事参照)。このように、睡眠は、ADの病状を促進する重要なタンパク質に対して、直接的な保護作用を有するように思われる。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 880; see also p. 813

トポロジカル・パラダイム・シフト (A topological paradigm shift)

物質のトポロジカルな相の発見により、物性物理学者は、彼らの専門分野のいくつかの基本的な概念を疑い、再検証せざるを得なくなった。Wenは、Landauの対称性の破れのパラダイムから、多体系におけるトポロジカルな秩序と量子もつれという現代の概念へと急激な転換を遂げたこの分野の進歩を概説している。この発展は、いっそう精巧な数学的形式を用いることで可能となった。(Wt,nk,kh)

Science, this issue p. eaal3099

葉緑体関連タンパク質の分解 (Chloroplast-associated protein degradation)

タンパク質の分解は細胞機能にとって極めて重要であり、そしてそれは異なる細胞小器官において異なる機構で選択的に作用する。いくつかの細胞小器官のタンパク質は、真核生物の細胞質基質における主要なタンパク質分解ネットワークである、ユビキチン-プロテアソーム・システム(UPS)によって標的とされる。そのような場合に、細胞小器官膜がタンパク質分解に対するかなりな障壁となる。モデル植物シロイヌナズナの研究から、Lingたちは、葉緑体(光合成をおこなう細胞小器官)の外膜におけるUPSを介したタンパク質分解の根底にある機構を明らかにした。彼らは、Omp85型βバレル外膜チャネルと細胞質基質AAA+シャペロンを同定したが、これらは葉緑体から標的タンパク質の細胞質へのレトロトランスロケーション(逆行輸送)において案内と動力の機能を果たしている。このプロセスは、細胞質基質プロテアソームによる外膜タンパク質の処理を可能にした。このような葉緑体関連タンパク質の分解は、葉緑体に局在するE3ユビキチン・リガーゼSP1による標的のユビキチン結合によって開始された。

【訳注】
  • プロテアソーム:タンパク質の分解を行う巨大な酵素複合体。ユビキチンにより標識されたタンパク質をプロテアソームで分解する系をユビキチン-プロテアソーム・システムという。
Science, this issue p. eaav4467

最も単純な複製複合体の構造 (Structures of the simplest replisome)

DNA複製複合体は、両鎖上で協調した親鎖分離とDNA合成を行う。Gaoたちは、複製フォークでリーディング鎖およびラギング鎖の合成を行うことができるバクテリオファージT7タンパク質の最小セットの低温電子顕微鏡構造を報告している(LiとO'Donnellによる展望記事参照)。DNA複製に関与する3つの重要な酵素、即ち DNAポリメラーゼ、ヘリカーゼ、およびプライマーゼが基質DNAとの複合体として可視化され、両鎖上でのそれらの高度に動的な組織化が実証された。原核生物と真核生物の複製複合体の比較は、進化的に保存された動作原理を明らかにし、DNA複製、組換え、および修復の間の協調を理解するための構造的基礎を提供する。(KU,kh)

Science, this issue p. eaav7003; see also p. 814

シナプス形成における同時発生の検出 (Coincidence detection in synaptogenesis)

脳において、シナプス結合は精緻な特定性で形成されるが、その根底にある分子機構はほとんど探求されていないままである。シナプス形成は、シナプス間隙を横切って互いに結合するタンパク質による双方向のシグナル伝達を 必要とすると考えられている。Sandoたちは、シナプス形成の機構を研究するために条件付き遺伝的手段とin vitro分析を用いた。彼らは、マウス海馬におけるシナプス形成がラトロフィリンを必要とすることを発見した。ラトロフィリンは、テネウリンおよびフィブロネクチン・ロイシンに富む反復配列膜貫通タンパク質(FLRT)と呼ばれる細胞表面タンパク質に結合するGタンパク質共役受容体である。2つの異なるラトロフィリンが、同一の海馬ニューロン上で異なるシナプスの形成を仲介した。この機能は、テネウリンとFLRTの両方の結合を必要とした。したがって、ラトロフィリンは、テネウリンとFLRTの結合の両方の シグナル伝達の同時発生によってシナプス形成を誘導し、結果としてシナプス結合の特異性を説明するのに役立つかもしれない。(KU,kj,kh)

【訳注】
  • ラトロフィリン(latrophilin):テネウリン(teneurin)に結合することで接着分子として働く
  • フィブロネクチン:巨大糖タンパク質で接着分子として機能する
Science, this issue p. eaav7969

分子気体において量子性を引き出す (Coaxing quantumness in a molecular gas)

極低温まで冷却された希薄な原子気体は、いわゆる量子的縮退状態に入ることが可能で、そこではその気体の量子特性が前面に現れる。この状態は、ボソン原子とフェルミオン原子の両方に対して達成されてきたが、多くの内部状態を有する分子では、特有の問題を引き起こす。De Marco たちは、量子的縮退に至るまで、フェルミオンであるカリウム・ルビジウム分子のバルク気体を冷却した(Zelevinskyによる展望記事参照)。著者らは、まず原子状のカリウム気体とルビジウム気体を別々に冷却し、その後それらを結合してカリウム・ルビジウム分子にし、そして最終的にそれらの分子をその基底状態にした。この分子気体の密度図はこの系の量子的性質を明らかにし、そしてその量子力学的縮退が今度は化学反応を抑制してこの気体を安定に保った。(Sk,nk,kj,kh)

Science, this issue p. 853; see also p. 820

自己調整された歪を利用する (Harnessing self-tuned strain)

歪みは金属の電子的性質を変更でき、電極触媒活性を高める方法を提供してきた。実用的な触媒に対しては、高表面積のナノ材料が必要である。しかし、ナノ粒子にとって、歪みは往々にして被覆層(吸着物や異原子)を用いて誘発され、誘発された歪みを解放する操作の間に、この被覆層が再構成を受けることがある。Wangたちは、自立したパラジウム・ナノシート(原子層が3ないし4層重なった厚さ)が1~2%の内部圧縮歪みを持って形成され、アルカリ条件下でナノ粒子と比べて、酸素放出および水素放出の両方の反応に対して遙かに活性になり得ることを示している。(MY,kh)

Science, this issue p. 870

寄生虫感染の小さなモジュレーター (Tiny modulators of parasite infection)

細胞外小胞は多様な細胞型によって産生されるが、それらは何ものだろうか? それらは機能を持っているのだろうか、それとも細胞ゴミだろうか? 展望記事でOfir-BirinとRegev-Rudzkiは、細胞外小胞が寄生虫によって分泌され、宿主の免疫応答を調節することによって宿主細胞中での寄生虫の生存可能性を改善するという証拠が増えていると論じている。寄生虫由来の細胞外小胞は、ワクチンを製造するよう操作できたり、診断に使用できる可能性がある。(Sh,kj,kh)

【訳注】
  • モジュレーター:特定の受容体に特異的に結合する物質であるリガンドの中で、特定の機能のみを発現促進するように振舞うもの。
Science, this issue p. 817

ニッケル 2 個で五員環 (Five-membered rings for two nickels)

ディールス・アルダー反応は、炭素4つのジエンを炭素2つのアルケンに付加して六員環を作るのに広く用いられている。ジエンと炭素1つの原料或いはカルベンから五員環を同様に得ることは容易と思われるだろうが、しかし、そううまくはいかない。それよりも、カルベンはジエンの2つの二重結合の片方だけに付加して (三員環の)シクロプロパンを形成する。ZhouとUyedaは今回、2つのニッケル中心を持つ触媒がこの反応をシクロペンチル生成物に向けて進めることを示している(JohnsonとWeixによる展望記事参照)。この触媒のキラル版は、分子内反応の場合に反応をエナンチオ選択性にした。(MY,KU,kh,kj)

【訳注】
  • アルケン:炭素炭素二重結合を1つ持つ鎖式化合物。
  • ジエン:・ジエン:炭素炭素の二重結合を2つ持つ化合物。本論文のディールス・アルダー反応は、二重結合が 1 個の炭素炭素一重結合を介して隣接する、共役ジエンを対象とする。
  • カルベン:2 個の価電子と 2 個の非共有価電子を伴う中性炭素のこと. あるいはそのような炭素を持つ化学種の総称.
  • シクロプロパン:炭素3つによる三員環。
  • シクロペンチル:炭素5つによる五員環。
  • エナンチオ選択:互いにキラルなL体あるいはD体が優先的に得られること。
Science, this issue p. 857; see also p. 819