Science January 18 2019, Vol.363

先祖代々の歴史が重要 (Ancestral history matters)

生物多様性は時には、生態系が各種の寄与を作り出すことを可能にする系内の種の数を数え上げるだけで、定量化されることがある。 Grab たちは、種の単なる計数はあまりにも単純過ぎることを示している。 彼らは、遠隔測定による土地被覆の分析と農作物生産の記録を、広範な10年間の花粉媒介者社会の調査およびゲノム全域の進化ゲノム学的手法を用いて作り出された完全な種レベルの系統発生と組み合わせた。 彼らは、花粉媒介者の何百万年相当の進化が、大きく変化した農業環境において失われたことを見出した。 この花粉媒介者進化の喪失は、種の単純な計数から推測されるレベルをはるかに超えて、花粉媒介者の寄与を減少させた。(Uc,MY,ok,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 282

地球と月への衝突の頻度 (Impact rates on Earth and the Moon)

月にクレーターを生み出す衝突の頻度は、惑星科学において年齢の測定に用いられている。 地球も同様の数の衝突を受けてきたはずであるが、多くのクレーターは侵食、氷床、その他もろもろにより覆い隠されてしまった。 Mazrouei たちは、赤外線画像を使って月の若いクレーターの年齢を推定した(Koeberl による展望記事参照)。 彼らは、過去5億年の範囲内では衝突頻度が増えていたことを見出した。 この結論は、地球上の既知の衝突クレーターの解析によっても補強されている。 クレーターの大きさの分布はこの期間にわたって地球と月で同じであり、これは地球での侵食が、大きさに依らずすべてのクレーターに等しく影響していることを示唆している。(Wt,kh)

Science, this issue p. 253; see also p. 224

ポンプに接続する (Plugging into the pump)

光合成生物は、光を用いて、化学還元当量とアデノシン三リン酸(ATP)の両方を必要とする過程で、二酸化炭素を固定する。 これらの入力の比率調整は、光合成複合体Iを通る効率的な循環電子流によって達成される。 この光合成複合体Iは、ATP産生には寄与するが、細胞内の正味の還元当量は増加させないプロトン・ポンプである。 Schuller たちは、光合成複合体Iの低温電子顕微鏡による構造を解明し(Brandt による展望記事参照)、引き続き、電子伝達タンパク質であるフェレドキシンを用いる電子移動を再構成した。(Sk,nk,kh,kj)

【訳注】
  • プロトン・ポンプ:生物体内で光エネルギーなどを利用して水素イオン(プロトン)を能動輸送し、生体膜の内外に膜電位やプロトン勾配を作り出す機能、またはそれを行うタンパク質複合体。
Science, this issue p. 257; see also p. 230

回復への酸化還元の道すじ (A redox road to recovery)

有機-無機ペロブスカイト太陽電池にとって、デバイスの寿命は鍵となる課題である。 カプセル化すると酸素と水との反応から生じる劣化を制限できるが、光、電界、それに熱からの応力が、鉛およびハロゲンの準安定な中性原子欠陥をもたらす可能性がある。 Wang たちは、鉛-ヨウ素系に対して、希土類であるユーロピウムのイオン対 Eu3+-Eu2+ の導入が、電子を行き来させて鉛イオンとヨウ素イオン(Pb2+と I-)に戻すことができることを示している。 この還元シャトルを組み込んだ素子は、さまざまな経年条件下で、その初期電力変換効率の90%以上のレベルを維持した。(Wt,MY,nk,kh,kj)

Science, this issue p. 265

痛みの情緒的な面 (The emotional dimension of pain)

痛みの不快感は、痛みの知覚的特質とは異なる情緒的現象である。 脳が、どのように痛みに関連する情緒を処理するのかを研究するために、Corder たちは、自由に行動するマウスにおける生体内神経カルシウムの画像化を用いた。 彼らは痛みに反応する脳回路を特定し、急性および慢性の痛みがきっかけとなる行動における、それらの因果的役割を直接試験した。(Sk,ok,kh)

Science, this issue p. 276

繊毛二連微小管の組立 (Assembly of the ciliary microtubule doublet)

繊毛は、細胞外環境の感知と同様に、運動にとって重要な、進化的に保存された細胞小器官である。 その主要部の構造は9つの二連微小管(MTD)を特徴とする。 MTD組立ての機構は不明である。 Schmidt-Cernohorska たちは、生体外でMTD組立てを再構成する試験法を開発した。 チューブリンのカルボキシル末端尾部がMTD形成で重要な阻害的役割を果した。 分子動力学が、A11微小管原線維のカルボキシル末端尾部が、MTD形成の開始を調節することを明らかにした。 さらに、生細胞の画像化が、予想外のMTDの双方向の等方的な伸長を示した。(NA,MY,kh)

【訳注】
  • 繊毛の構造:中央の2本の微小管(中心対微小管)と、それを取り囲むように並んだ9本の二連微小管(周辺微小管)が繊毛全長に伸びた構造をとる。
  • 二連微小管:チューブリン(タンパク質)により形成された原繊維13本が中空糸状に束ねられ、このように作られた微小管が2本並列した構造をとる。 一部の原線維は2本の微小管(A小管、B小管)の間で共有されている。 A11はA小管を構成する11番目の原線維を指す。
Science, this issue p. 285

血清療法が移植の障害を治療する (Serotherapy treats a transplant hurdle)

サイトメガロウイルス(CMV)の感染と再活性化はよくあり、骨髄あるいは造血幹細胞の移植(BMT)後では致死性の合併症になる恐れがある。 Martins たちは、BMT後のCMV再活性化に対する信頼できる発症前のマウス・モデルを開発して、液性免疫がこの過程を防止出来ることを見出した(Alegre による展望記事参照)。 BMT後は、宿主の形質細胞が除去され、また移植されたB細胞プールの再構成が不十分であるため、CMVを防ぎとめてきた抗ウイルス抗体が減少する。 CMVの再活性化は、抗体を含有する免疫血清を移入することで防止された。 そのような治療方法は、BMT患者に対する細胞療法の幾つかの制限を回避するだろう。(MY,ok,nk,kh,kj)

【訳注】
  • サイトメガロウイルス:ヘルペスウイルスの1つ。 ありふれたウイルスで多くの人が感染し、感染すると生涯その宿主に潜伏感染する。 免疫抑制状態下で再活性化し、種々の病態を引き起こす。
  • 液性免疫:血清中に溶解した免疫グロブリンや補体による免疫系。
  • 形質細胞:リンパ球の1つであるB細胞が分化した細胞で、免疫グロブリンを大量に産生する。
Science, this issue p. 288; see also p. 232

医薬品開発における合成の革新 (Synthetic innovation in drug development)

化学合成は、医薬品の研究・開発において重要な役割を果たしている。 Campos たちは、最近の合成法の革新からもたらされた利点の幾つかを概説している。 特に彼らは、可視光によって刺激される小分子触媒、本来の機能を超える汎用性を目的として設計された酵素、および結合のためにタンパク質を選択的に改変する生体直交型反応に光を当てている。 大量生産技術も、小規模の発見から大規模な生産まで、方式の最適化を加速する態勢ができており、そして補完的な機械学習手法がまさに焦点になっている。(Sk,kh)

【訳注】
  • 生体直交型反応:生体反応に影響を受けない、影響しない(直交関係にある)反応
Science, this issue p. eaat0805

膨張と格子光シートを組み合わせる (Combining expansion and the lattice light sheet)

光学顕微鏡および電子顕微鏡は、脳の複雑さの理解に多大な寄与をしてきた。 Gao たちは、神経細胞、それらの構成要素、およびそれらの分子構成要素を、大きな体積にわたって、高解像度で写し取るための手法を紹介している。 彼らは、膨張顕微法と格子光シート顕微法を組み合わせた彼らの方法を、マウスの皮質柱とショウジョウバエの脳全体に適用した。 この手法は、神経の発達、神経回路の常同性、および神経活動または行動との構造的相関について、高速処理での比較研究を可能にするであろう速度で実行できる。(Sk,kh)

Science, this issue p. eaau8302

CRISPRaがハプロ不全による肥満を正す (CRISPRa corrects haploinsufficient obesity)

ハプロ不全と呼ばれる片方の相同遺伝子の機能喪失型変異は、タンパク質濃度の不足となり、その結果、ヒト疾患となることがある。 Matharu たちは、CRISPRに基づく活性化系(CRISPRa)が、残存するもう一方の正常遺伝子の発現水準を増大させることにより、ハプロ不全の発現型を救うことが出来るかを試験した(Montefiori と Nobrega による展望記事参照)。 彼らはアデノ随伴ウイルスを用いて、この系をマウスの視床下部に送り込むことにより、マウスとヒトで変異した場合の肥満増進が知られている2つの遺伝子のいずれもで、ハプロ不全性に起因する肥満発現型を救った。 これらの結果は、CRISPR活性化系がハプロ不全疾患を治療する翻訳上の潜在能力に光を当てるものである。(MY,kh)

【訳注】
  • アデノ随伴ウイルス:エンベロープを持たないウイルスで、遺伝子組み換えすることで所望の遺伝子の運び屋として用いられる。 これが持つカプシド構造タンパク質により、特定細胞や組織種への指向性を持つ。
Science, this issue p. eaau0629; see also p. 231

触媒の選択性を予測する (Predicting catalyst selectivity)

非対称触媒は化学的な研究と製造において、2つの可能な鏡像生成物の片方だけを得るのに広く用いられている。 とはいえ、触媒構造を調整して選択性を最適化する過程は、いまだ主として経験に基づいている。 Zahrt たちは、より効果がある最適化予測の枠組みを提供している。 原理の証明として、彼らはキラルなリン酸化合物が触媒するイミンとチオールの既知カップリング反応に焦点を当てた。 彼らは、800以上の有望触媒に対する複数の立体構造をモデル化し、その後、ある部分の実験結果に基づき機械学習アルゴリズムを訓練することで、非常に正確なエナンチオ選択性の予測を達成した。(MY,nk)

【訳注】
  • エナンチオ選択性:互いにキラルなL体あるいはD体が優先的に得られる反応の性質。
Science, this issue p. eaau5631

小脳と報酬駆動行動 (The cerebellum and reward-driven behavior)

小脳の損傷は、さまざまな形の認知障害と異常な社会的行動として現れる。 しかしながら、小脳がこれらの状況で果たしている正確な役割は明らかではない。 Carta たちはマウスの研究から、深部小脳核から脳の報酬中心、腹側被蓋野と呼ばれる領域、への直接的投射を見出した(D'Angelo による展望記事参照)。 この直接的投射は、社会的選好を示す際に、小脳が役割を果たすことを可能にした。 興味深いことに、この経路はそれ自体では向社会的ではなかった。 腹側被蓋野への小脳入力は、社会的探索中により活動的であった。 腹側被蓋野ニューロンの脱分極は、このようにマウスの社会的相互作用と同様の報酬刺激を示している。(KU,MY,nk,kh)

【訳注】
  • 社会的選好:他者の状態を考慮しての行動や相手の行動に合わての行動等、自分以外のことを考慮して行動すること。
  • 脱分極:ニューロン中を興奮が伝わる物理的・化学的状態のこと。
Science, this issue p. eaav0581; see also p. 229

室温でオレンジ色に輝く鉄 (Orange-glowing iron at room temperature)

多くの光活性錯体化合物は貴金属を含んでいる。 ルテニウムをより豊富に存在する鉄に置き換えることは、長年求められていた目標であったが、鉄化合物は通常、光吸収後の緩和が速すぎて、光エネルギーを有効に伝えることが出来ない。 Kjær たちは、数ナノ秒間発光するのに十分安定な励起状態を持つ鉄化合物、すなわち、2分子間電子移動が可能な鉄化合物を作った(Young と Oldacre による展望記事参照)。 金属から配位子への電荷移動よりも配位子から金属への電子移動の状態を狙いとすることが、2つの三座カルベン配位子により強固に押し付けられた八面体配位の環境と並んで、達成の鍵だった。(MY,kh)

【訳注】
  • カルベン:価電子を六個しか持たず、電荷を持たない二配位の炭素を持つ化学種。
Science, this issue p. 249; see also p. 225

ジョルマイシンへの旅 (Journey to jorumycin)

ジョルマイシンは、海洋軟体動物によって産生される構造的に複雑な五環式有機化合物である。 ある種のがん治療における類似化合物トラベクテジン(trabectedin)の成功は、ジョルマイシンの薬学的特性の探索に関する関心を高めた。 Welin たちは、ジョルマイシンとその密接に関連したジョルナマイシンA(jorunnamycin A)を合成する簡潔な経路を開発した。 この経路は、以前の化学合成の根底となる推定上の生合成経路とは意図的に異なる。 注意深く最適化された不斉接触水素化に全面的に依存するこの経路は、さらなる創薬研究における機能最適化のため、非天然の構造的多様性を導入するよう容易に変更することができる。(KU,ok,kh)

【訳注】
  • トラベクテジン(trabectedin):ホヤの一種から抽出された抗がん活性物質。 1グラムのトラベクテジン抽出に1トンのホヤが必要とされた。
Science, this issue p. 270

NaKとKとの束の間の会合 (Brief get-togethers between NaK and K)

分子をナノケルビンまで冷却することは、分子を最も強い量子力学的制約に置くことになる。 この興味深い領域における研究は二原子分子に限定されてきてきた。 すなわち、冷却二原子は弱く束縛されたフェッシュバッハ共鳴へと引き込まれることができ、そうするとレーザがこの状態をより安定な分子状態へ変化させることが出来る。 Yang たちは今回、カリウム(K)原子とナトリウム・カリウム(NaK)二原子分子との極低温衝突において、三原子によるフェッシュバッハ共鳴の観測を報告している。 この発見は、極低温三原子分子の作製と研究に対する土台造りとなるかもしれない。(NK,MY,kh)

【訳注】
  • フェッシュバッハ共鳴:2つの原子の衝突の際に、原子の束縛が共鳴状態として形成される中間状態のこと。
Science, this issue p. 261

発生分化へクロマチンの動態を反転する (Reversing chromatin dynamics for development)

ヒストンH3の 9位のリジンのトリメチル化(H3K9me3)によって特徴付けられる凝縮されたクロマチン領域は、高度に反復されたDNA配列に生じ、組換えと遺伝子発現を抑えることを助ける。 多能性細胞は分化した細胞と比較して、低レベルのH3K9me3ヘテロクロマチンを含むので、そのようなヘテロクロマチンの増加は細胞分化を特徴づけることを助けると考えられてきた。 Nicetto たちは、2つの独立した方法を用いて凝縮ヘテロクロマチン領域を調べたところ、H3K9me3の凝縮が、マウスの器官形成初期にタンパク質をコードする遺伝子で増加することがわかった。 分化の間、これらの領域は細胞特異的発現を可能にするために凝縮が解かれる。 H3K9me3メチルトランスフェラーゼの遺伝子不活性化によるヘテロクロマチンの喪失は、細胞に不適切な遺伝子の異所性発現と組織の病変を引き起こした。(Sh,kh,kj)

【訳注】
  • ヘテロクロマチン:セントロメアとテロメア周辺によく見つかり、主に短い配列の繰り返し構造を持つ高度に凝縮した転写活性の低いクロマチンの領域。
  • 異所性発現:本来発現する場所以外で遺伝子が発現してタンパク質が生成すること。
Science, this issue p. 294

皮膚微生物叢の二重の役割 (Dual roles of skin microbiota)

腸のように皮膚は、恒常性の維持を助けるために防御的であったり、また病原性の可能性がある微生物が定着している。 Stacy と Belkaid は展望記事で、表皮ブドウ球菌の皮膚に対する二重の役割について論じている。 この微生物は皮膚微生物叢がどのようにして、病原体に対する免疫と抗菌反応を促進することがある一方、ある状況では、湿疹やおそらくは皮膚ガンなどの病状を悪化させるのかについての良い事例である。 皮膚はしばしば最大の人間の臓器と呼ばれているように、皮膚の微生物叢がどのように健康に寄与するかを理解することが重要である。(Sh,MY,kh)

Science, this issue p. 227

自然保護のための科学を標準化する (Standardizing science for conservation)

生物多様性と環境への人間の影響の評価は、変化する環境における種生存の予測をデータに基づいて行う、種の分布モデルに依存することが多い。 しかしながら、このモデルを評価するための合意された標準は存在せず、このモデルの保護政策への適用は一貫性に欠ける。 Araújo たちは、過去20年間にわたるモデルに基づく400の研究を解析して、これらのモデルの妥当性と、科学的解釈と予測に対するそれらの影響の妥当性を評価した。 彼らは最適実践標準の開発を論証し、使用データとモデルの評価指針を作成している。 そのような標準化された方法は、さらに分かりやすく一貫した科学についての説明を政策に転換するのを確実にするはずである。(KU,MY,ok,nk,kh,kj)

Sci. Adv. 10.1126/sciadv.aat4858 (2019).