[前の号][次の号]

Science December 6 2013, Vol.342


振動が前駆状態を安定させる(Oscillation Stabilizes the Progenitor State)

転写因子はさまざまな神経細胞系列の将来の成り行き先を規制するが、同じ転写因子が神経前駆細胞中にも発現する。Imayoshiたちは(p. 1203, 10月31日号電子版)、マウスの神経細胞において、いくつかの転写因子の発現の詳細を分析した。分化した神経細胞が、安定して単一の系列特異的な因子を発現するのに対して、神経前駆細胞においては、いくつかの異なる転写因子が振動状態で発現していた。(Sk,ok,kj,nk)
Oscillatory Control of Factors Determining Multipotency and Fate in Mouse Neural Progenitors

太陽の巨大なセル(Giant Solar Cells)

太陽内部の対流運動は、その内部から表面へ熱を輸送する。その高温領域は、粒状班(差し渡し約1000km)や超粒状班(差し渡し約30,000km) として見えている。Solar Dynamics Observatory に搭載された Helioseismic Magnetic Imagerからのデータを用いて、Hathawayたち (p. 1217) は、長い間、理論では予測さながらも明確な形では検出されていなかった、はるかに大きなセルの証拠を見出した。これらの巨大セルに付随する流れは、赤道に向かって角運動量を輸送するもので、太陽の赤道の回転を維持するには重要である。(Wt)
Giant Convection Cells Found on the Sun

しっかりした土台,不十分なアクセス(Good Foundations, Poor Access)

失読症では、言葉の読み書きが難しい。Boetsたちは(p.1251),失読症の成人が朗読している際に,単語音韻の内的参照辞書の構築が不十分なのか,あるいは,参照辞書自体は正常なのだがそこへのアクセスが異常に困難なのかについて分析した。音韻識別中の脳をイメージ化すると,単語音韻に対する内的辞書は正確だが,辞書へのアクセスにおいて正常者よりも困難を抱えていることが示唆された。(MY,ok,nk)
Intact But Less Accessible Phonetic Representations in Adults with Dyslexia

染色体分配を調べる(Dissecting Chromosome Segregation)

細胞分裂の際に、染色体のセントロメア領域は、動原体と呼ばれる多タンパク質小器官を構築し、紡錘体微小管に付着する。線虫の研究により、Cheerambathurたち (p. 1239, 11月14日号電子版)は、正確な染色体分配に必須の動原体-紡錘体微小管の付着形成を制御しているメカニズムに関して記述している。この知見は、紡錘体微小管の付着形成に関与している二つの主要なタンパク質複合体間のクロストークの存在を示唆している:主要な二つのタンパク質複合体とは動原体のダイニン モジュール(これは初期に紡錘体微小管を捕獲する)と Ndc80複合体(これは最終的に染色体を分配する動的な末端に結合付着を形成する)である。(KU)
【訳注】
・セントロメア(動原体と同義)領域:細胞分裂期の染色体において一次狭窄(くびれ)を形成する領域で、分裂装置の紡錘体微小管はこの領域で染色体に結合する
・クロストーク:シグナル伝達系における相互のシグナル伝達が作用して影響を及ぼしている状態
Crosstalk Between Microtubule Attachment Complexes Ensures Accurate Chromosome Segregation

非線形光学が簡単になった(Nonlinear Optics Made Easier)

非線形光学材料は、光の存在下でその光学特性を変化させることができる。その非直線性は相互作用する光子の構成量に起因するが、生じる非線形の光の量は、相互作用する光子場の厳密な位相整合条件への合致度合に大きく依存する。Suchowskiたちは(p. 1223; Kauranen による展望記事参照)今回、位相整合の要求を緩和させる光学特性を持たせて、メタマテリアルを設計できることを示した。メタマテリアルが屈折率ゼロを示す特異的な波長においては、位相整合が自動的になされ、光子が非線形に相互作用することが見出された。(Sk,ok)
Phase Mismatch?Free Nonlinear Propagation in Optical Zero-Index Materials

新しい物理学へ(Toward a New Physics)

標準モデルを超えた物理現象の探求は、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)のような大型の粒子加速器施設で遂行されているが、それより小さな規模で原子や分子の物理実験によっても行われている。この「新物理」の代表的な現象としては電子の非消滅電気双極子があげられるが、これを実験的に実証する場合には、信号と多くの潜在的な人為的ノイズ(artifacts)を区別する必要がある。Lohらは (p. 1220)極性分子のイオン分光に基づく手法について報告しているが、この方法で系統誤差の源が幾つか除去される。(NK,KU,ok,kj,nk)
Precision Spectroscopy of Polarized Molecules in an Ion Trap

上皮幹細胞(Epithelial Stem Cells)

上皮幹細胞がどのようにして作られ、維持されているかは殆ど知られていない。Limたち (p. 1226; Frede and Jonesによる展望記事参照)は、幹細胞維持のメカニズムに関して記述しているが、そこでは表皮幹細胞が、隣接する特別な微小環境(ニッチ)からのシグナルによって制御されるのではなく、彼ら自身を自己-更新する Wntシグナルを産生する。これらの幹細胞は又、分泌性の Wnt阻害因子を発現し、それがより分化した子孫細胞に局在化する。これらの自己分泌(autocrine)の Wntシグナルとパラクリン(paracrine)の長距離の Wnt阻害因子が幹細胞の自己複製と分化のバランスを取っているのであろう。(KU,kj,nk)
【訳注】
パラクリン(傍分泌):局所的に産生・放出されるシグナル伝達物質で、その近辺の狭い範囲で作用する
Interfollicular Epidermal Stem Cells Self-Renew via Autocrine Wnt Signaling

ハリネズミが獲物を見張っている(Hedgehog View to a Kill)

ヘッジホッグ(Hedgehog:Hh)シグナル伝達は、発生におけるその役割に関してよく知られており、そして一次繊毛のキーとなるシグナル伝達成分である。Hhシグナル伝達は、T細胞の発生においてある役割を果たしているが、Hhシグナル伝達が、成熟したエフェクターT細部の機能に役割を果たしているかどうかは不明である。De la Rocheたち (p. 1247; Le Borgne and Shawによる展望記事参照)は、T細胞受容体のシグナル伝達が Hhシグナル伝達をトリガーしていることを示している。Hhシグナル伝達が破壊されると、免疫系シナプスへの中心体の分極が弱まり、そして細胞傷害性 T細胞-介在の殺傷性が損なわれる。(KU,ok,kj)
【訳注】
・ヘッジホッグ(Hedgehog:Hh)シグナル伝達:細胞外分泌タンパク質 Hedgehogを介したシグナル伝達経路
Hedgehog Signaling Controls T Cell Killing at the Immunological Synapse

地震の手掛かりをつかむ為、深部の掘削(Deep Drilling for Earthquake Clues)

2011年のマグニチュード9.0の東北沖地震と津波には多くの驚くべき点があったが、中でも注目されるのは、海溝浅部の堆積層が大きなずれを伴って破断したことである(WangとKinoshitaの展望記事参照)。東北地方太平洋沖地震調査掘削(Japan Trench Fast Drilling Project)の緊急掘削実験航海は、一連の掘削穴により断層帯からの資料採取と継続観察を直接行うことを目的としていた。Chesterたちは (p. 1208)、薄い断層帯の構造と組成について詳述しているが、それによれば、そのほとんどがもろい粘土の多い堆積物からなっている。このような同じ断層帯の物質を用いて、氏家たちは (p. 1211)高速摩擦実験を行ない、地震の間発生していた大規模な滑りを物理的に支配した要素を決定した。最後に、Fultonたちは (p. 1214)、断層帯全体に渡って現場の温度異常を9ヶ月間計測し、地震の間そして地震後における摩擦抵抗とずれ応力を求めるために必要な破断が無い時の基底温度を確定した。(Uc,KU,ok,nk)
Structure and Composition of the Plate-Boundary Slip Zone for the 2011 Tohoku-Oki Earthquake
Low Coseismic Shear Stress on the Tohoku-Oki Megathrust Determined from Laboratory Experiments

光によって配列を回転する(Light Turns the Array)

より高度な植物細胞における皮質の微小管配列の組織化は、細胞および組織の形態生成を組織的に行なうために必須であるが、特異的アーキテクチャが環境要因に応答して、いかにして獲得され、再構築されているかははっきりしていない。Lindeboomたちは、生細胞イメージングと遺伝的研究を用いて、微小管-切断タンパク質であるカタニン(Katanin)が、シロイヌナズナの実生において、青色光を知覚した際に皮質の配列を横断方向から長軸方向へ向きを変えるのに重要な役割を果たしていることを明らかにした(10.1126/science.1245533, 11月7日号電子版; またRoll-Mecakによる展望記事参照)。カタニンは微小管が交差する場所に局在していて、そこで、青色光受容体によって刺激されて、優先的に、より新しい微小管の切断を触媒するのである。切断によって産み出される微小管の「プラス」端は、優先的に成長して、初期の配列に直交する新たな微小管集団を効率的に構築していることが観察された。このプロセスの実質的効果が、光に向かって実生を成長させるのである。(KF,KU)
A Mechanism for Reorientation of Cortical Microtubule Arrays Driven by Microtubule Severing

H7N9へのトリの親和性(Avian Affinity for H7N9)

トリ起源のインフルエンザウイルス H7N9の結合の構造解析は、受容体-結合の特徴が鳥類と哺乳類でいかに分化しているかを明らかにし、また、完全なウイルスを使った研究からは、このウイルスがヒト型の受容体特異性を獲得しつつあることが示唆された。これと対照的に、Xuたちは、受容体類似体との共結晶構造と、受容体類似体ライブラリに対する組換え型の赤血球凝集素によるグリカン結合解析とを用いて、H7赤血球凝集素がトリ型の受容体の特異性を強く保持していることを示している(p. 1230)。つまり、現在のヒト H7N9ウイルスは、人間の受容体に不十分にしか順応できないままであって、人間の間で爆発的に流行したウイルスたちと同等なほどの、ヒト型受容体への特異性を達成するには、さらなる変異が必要なのである。(KF,kj,nk)
Preferential Recognition of Avian-Like Receptors in Human Influenza A H7N9 Viruses

2つの働きをもつ活性部位(Dual-Duty Active Site)

O-連結N-アセチルグルコサミン転移酵素(OGT)は、セリン残基あるいはスレオニン残基へのN-アセチルグルコサミン(GlcNac)付加反応を触媒し、タンパク質の局在化と機能に影響を与えている。その活性は、栄養となるウリジン二リン酸(UDP)-GlcNacに対して感受性があるので、OGTは、栄養状態への細胞応答を制御していると、提唱されてきた。最近、UDP-GlcNac存在下でのOGTが、ヒトの細胞周期の進行の転写性共制御因子である宿主細胞因子1(HCF-1)を切断していることが示された。この切断は、HCF-1の成熟に必要とされる。構造研究、生化学的研究、そして変異原性研究を通じて、Lazarusたちは、HCF-1の切断と糖鎖付加の双方が、OGT活性部位で生じていることを明らかにしている(p. 1235)。切断はシステインとグルタミンの間で生じ、グルタミンを次にグリコシル化されうるセリンへと転換しているのである。(KF)
HCF-1 Is Cleaved in the Active Site of O-GlcNAc Transferase

命令と統制(Command and Control)

自然リンパ球系細胞は、消化管関連リンパ系組織の発生や上皮性関門の維持、及び腸内微生物に対する防護において必須である:これらの機能障害は免疫病を促進する。免疫グロブリンA(IgA)の産生は、腸の上皮性関門と腸内微生物叢の組成の維持に重要である。ノックアウトマウス モデルにより、Kruglovたち (p. 1243)は、腸内の自然リンパ球系細胞によって発現した可溶性の膜結合型リンホトキシン(lymphotoxin)が、どのようにしてIgAの産生を特異的に制御していルのか、そしてそれによって腸内微生物叢の組成をどのようにしてコントロールしているかを識別することができた。(KU)
【訳注】
リンホトキシン(lymphotoxin):色々の標的細胞に対して細胞毒効果を持つ物質でリンパ球等を活性化する
Nonredundant Function of Soluble LTα3 Produced by Innate Lymphoid Cells in Intestinal Homeostasis

多すぎず,少なすぎず(Not Too Much, Not Too Little)

マイクロRNAであるmiR128はマウスの脳神経細胞で発現する。今回,Lek Tanたちは(p.1254),miR128が,脳機能の安定化に極めて重要であることを見出している。miR128が欠乏しているマウスでは活動亢進が高まり,致死性発作を起こしやすかった。一方,miR128の過剰発現は,運動活性の低下や痙攣促進剤への感受性の低下につながっていた。成体脳組織を体外に取り出して実験することにより,miR128は,神経細胞の内在的興奮性ととシグナル応答性を決定しているシグナル伝達のネットワークを支配することで,活動活性を制御していることが示唆された。(MY,nk)
MicroRNA-128 Governs Neuronal Excitability and Motor Behavior in Mice
[前の号][次の号]