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Science May 17 2013, Vol.340


奇襲(Surprise Attack)

人間は、大陸間に新しい種を絶えず移動させることによってかつてない最大規模の生態学的実験を行っている。例えば、アジア原産のハーレクィンテントウムシ(harlequin ladybird beetle)は、多くの土地で 生物的制御のために導入された後で高度に侵略的となったが、しかし我々は、何故にこのテントウムシがその土地固有のテントウムシをこれほど容易に打ち負かすのか分かっていない。Vilcinskasたち(p. 862, Reynoldsによる展望記事参照)は、ハーレクィンテントウムシが自分の血リンパ内に寄生虫の微胞子虫を有しており、この寄生虫がハーレクィンテントウムシの卵や幼生を食べる他のテントウムシにとって致命的となることを示している。こうして、ハーレクィンテントウムシは、さもなければその能力において同等の他の種に対して、生得の有利さを持っているのである。しかし、この種の競争有利を見つけるのは困難である。(KU,nk)
【訳注】
・血リンパ(hemolymph):節足動物において血液の働きをする体液
・微胞子虫(parasitic microsporidia):動物の細胞内に寄生する単細胞真核生物の一群で、昆虫、甲殻類、哺乳類に感染する。     
Invasive Harlequin Ladybird Carries Biological Weapons Against Native Competitors

破砕の水文学?(Fracturing Hydrology?)

「フラッキング」という名で広く知られている水圧破砕法は、従来採掘が難しかった天然ガス資源を、比較的低コストで開発可能とする手法である。Vidicたちは(p.1235009)、シェールガス開発の現在の状況についてレビューし、それが水資源に対する脅威となる可能性について論じた。フラッキングが行われている場所の一つである、米国東部のマーセラスシェールでは、添加剤が地下水源に直接混入していたという証拠は殆ど無いが、リスクは依然として残っている。監視データを確実に入手できるようにすることは、公共と環境の健康への懸念の問題を扱う上では重要な最初のステップである。(Uc,nk)
Impact of Shale Gas Development on Regional Water Quality

石英を加工する(Fabricating Quartz)

石英は研磨剤、不活性ガラス材、マイクロエレクトロニクス用高品質結晶として広く産業に応用されている。また、その圧電特性も活用されている。しかし、石英をパターニング材料として成長させたり、ナノ構造デバイスに組み込むことは非常に困難であった。Carretero-Genevrierたち(p. 827; BrinkerとClemの展望記事参照)は、常圧下、かつ1000℃以下の温度でシリコン単結晶基板上に多結晶α-石英の配向エピタキシャル薄膜を成長させる方法を開発した。プロセス条件を変えることで、種々のポアサイズを有するポーラス状の石英薄膜や、高密度の非孔性のα-石英薄膜を作り分けることができるという。(NK,KU,kj)
Soft-Chemistry?Based Routes to Epitaxial α-Quartz Thin Films with Tunable Textures

析出(Falling Out)

単純な析出の過程では,分子は最も高濃度の場所の溶液から析出する。その結果,析出物の形状は結晶化の熱力学により左右される。Noorduinたちは,シリカと炭酸塩の析出に対する反応条件を変えることで,ミクロンスケールの構造をつくった(p. 832; Vliegによる展望記事参照)。ここでは,析出により局所的な濃度と酸性度が変わり,次の段階の析出条件が変化し,これにより,固相の成長がバルク溶液側に向かうのか,あるいは,バルク溶液と分離するのかが支配される。その結果,多くの複雑な構造をつくる特性が,拡散過程という単純反応に起因する。(MY,KU,ok,kj)
Rationally Designed Complex, Hierarchical Microarchitectures

ストレスを裏返す(Stress Inside Out)

グラム陰性菌において、外膜の完全性は生存のために必須であり、抗生物質耐性に関する重要な側面である。外膜の主要な成分であるリポ多糖 (LPS)と外膜タンパク質 (OMP)の生物発生は細胞質の区画内で始まり、内膜を横切っての搬出と周辺質を通っての輸送が関与し、そして最終的には特殊化した組み立てマシンによって外膜中への能動的挿入を必要とする。Limaたち(p. 837)はあるモデル生物のための結果を報告しているが、そこではLPSの生物発生における大きな欠陥が、またOMP生物発生にも問題を引き起こし、そのためσE ストレス応答経路を活性化するのに必要なシグナルが二つ産生された。(KU,nk,kj)
【訳注】σE ストレス応答経路:外膜の完全性を絶えずモニターし、損傷-修復経路を開始する。
Dual Molecular Signals Mediate the Bacterial Response to Outer-Membrane Stress

ATAXIN時計(ATAXIN Clock)

ハエや哺乳類のにおける概日時計の中心的部分は転写回路であるが、最近の証拠ではその時計に転写後制御が存在することを示している。Lim と Allada (p. 875) 及び Zhangたち (p. 879)の研究は、ヒトにおける神経変性疾患に関係するタンパク質 ATAXIN-2が、ペースメーカニュ-ロンの正常な時計機能と日々の行動リズムに必要な翻訳の制御因子であることを一致して示している。このATAXINはRNA-結合タンパク質であり、そして時計の転写制御の核心である、Per(period)タンパク質の蓄積にその一翼を担っている。(KU,kj)
ATAXIN-2 Activates PERIOD Translation to Sustain Circadian Rhythms in Drosophila
A Role for Drosophila ATX2 in Activation of PER Translation and Circadian Behavior

融け去って(Melting Away)

グリーンランドと南極の氷床は、全地球的な海面上昇の主たる要因と推測されている。しかし、他の氷河の氷からはどの程度の規模の寄与があるのだろうか? Gardner たち(p. 852) は氷河学に基づく精細な一覧データを統合して、次のような結果を見出した。すなわち、北極、カナダ、アラスカ、グリーンランド沿岸地方、南部アンデス、アジア高山地帯の氷河からは、グリーンランドと南極の氷床とほぼ同程度の量 が溶け出して、その水が海面上昇に寄与している。これは、2003年から2009年の間、毎年2600億トンに達し、この期間に観測された海面上昇のおよそ30%を説明できる。(Wt,nk,kj)
A Reconciled Estimate of Glacier Contributions to Sea Level Rise: 2003 to 2009

動いている核のアクチン(Nuclear Actin in Action)

アクチンの重合は哺乳類細胞の構造にとって必須である。アクチン線維ネットワーク構造は細胞質中や原形質膜で認められるが,単量体アクチンは核にも見られる。Baarlinkたちは,生細胞の核内部での明瞭で動的なアクチンネットワークを直接可視化した(p. 864; 4月4日発行電子版)。ネットワークは核全体に拡がり,どうやら,核皮質に沿って濃縮されているようであった。核のアクチンネットワークの一時的な形成は,転写性血清応答により引き起こされるらしい。(MY)
Nuclear Actin Network Assembly by Formins Regulates the SRF Coactivator MAL

閉じ込められたヘリウム(Confined Helium)

ヘリウム-3(3He)は、位相幾何学的な絶縁体と超伝導体に密接に関連した超流動相を持つ。幾何学的閉じ込め状態において、3He は奇妙な励起状態を維持することが予想されている。しかし、閉じ込め状態の計測は実験的に困難で、その状態図はほとんど知られていない。Levitin たちは(p. 841)、3He を規定の高さの平板体系の中に閉じ込め、計測手段として核磁気共鳴を用いた。著者たちは、理論から予想されるように、閉じ込めの結果、バルク状態よりも状態図の大きな部分にわたっていくつかの超流動相が安定的に作り出され、位相幾何学的な超流動の試験台を提供できる可能性があることを見出した。(Sk,nk,kj)
Phase Diagram of the Topological Superfluid 3He Confined in a Nanoscale Slab Geometry

望みのモジュール(Modules of Desire)

特定の性質を有する物質を設計するのに計算方法(またはコンピュータ)を用いるやり方は、あまり成功してこなかった。Dyer たちは(p. 847, 4月11日号電子版)、広範囲のモジュール材料の組み合わせに基づいて、そのやり方を工夫した。それは化学的な直感と、必要な機能性を示す構造タイプの断片やモジュールから始める第一原理計算を結びつける方法である。その方法は、固体酸化物型燃料電池のカソードに適した材料を特定したことにより吟味された。(Sk,ok)
Computationally Assisted Identification of Functional Inorganic Materials

EZ抑制(EZ Inhibition)

ゲノムパッケージング物質の核となる成分、クロマチンにおけるミスセンス変異は、いくつかのヒト癌に関与してきた。ヌクレオソームはヒストンによって構成されているが、ヒストン変異体 H3.3および H3.1のN末端におけるリジン 27 (K27)のメチオニンへの変異が、小児の多様な神経膠腫において同定されている。Lewisたちは、ポリコーム酵素複合体(メチル基の添加によって後成的にK27を修飾し、そしてサイレンシングシグナルであることの多い)がそれ自体メチオニンによる H3.3/3.1 K27の置換によって強力に抑制されることを明らかにした(p. 857, 3月28日号電子版; また、MorganとShilatifardによる展望記事参照)。ポリコーム酵素複合体を構成するEZH2 サブユニットの抑制は、K27 メチル化の全体的減少の原因となる。ヒストン H3における、メチル化された他のリジン残基のメチオニン変異体は、同族のリジンのメチル化レベルの同様な減少を引き起こし、そうした癌細胞の後成的特性を変化させるのである。(KF,nk,kj)
【訳注】
・ポリコーム:後成的に転写制御に関与する遺伝子群
・ミスセンス変異:あるアミノ酸のコドンが他のアミノ酸のコドンに変わることで、活性の変化したタンパク質が合成される変異
Inhibition of PRC2 Activity by a Gain-of-Function H3 Mutation Found in Pediatric Glioblastoma

シグナルの裏打ち(Signal Scaffolds)

細胞のシグナル経路中の裏打ち(scaffold)は、複合体中に複数のタンパク質を保持する以上の役割を果たしていることがわかりつつある。Kimたちは、裏打ちタンパク質 Axinを、経路を介するシグナル伝達の活性化の動態を制御するアクティブな要素として、その重要性を明らかにした(p. 867, 4月11日号電子版)。Axinは、シグナル伝達のタイミングを制御する対立する作用をもつ2つのタンパク質複合体の重要な要素であり、それぞれはWntシグナル伝達を活性化してβ-カテニンを破壊から保護するか、β-カテニンのタンパク分解性の破壊を引き起こす、。Rockたちは、有糸分裂終了ネットワークにおける裏打ちタンパク質 Nud1の役割を特徴付け、そこでは、予め、裏打ちタンパク質へ別の活性化タンパク質キナーゼが結合し、ドッキング部位を作り、そのドッキングによって活性化された裏打ちタンパク質Nud1とシグナル複合体のキナーゼが相互作用してシグナル出力を生むことを発見した(p. 871, 4月11日号電子版)。(KF,KU,kj)
Activation of the Yeast Hippo Pathway by Phosphorylation-Dependent Assembly of Signaling Complexes

安価な画像(Cheap Pix)

三次元(3D)画像は、たとえばホログラフィー結像あるいはステレオ画像技術によって捉えることができる。特定の波長に限定された高価な光学的要素を用いることを回避するため、Sunたちは、物体上にランダムなテクスチャ光(二値の点滅光)のパルスを投射した(p. 844; また、FaccioとLeachによる展望記事参照)。彼らは、いくつかの光検出器を用い反射光をレンズなしで検出することによって、3D物体の画像を再構築できた。パターン化された光ビームは、つまるところ、原則的にどんな波長の光源の代わりにもなりうるのである。(KF,nk)
3D Computational Imaging with Single-Pixel Detectors
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