Science September 16, 2005, Vol.309
ひょっとすると温暖化の影響では(Blow Me Down)
地球温暖化は、暴風雨の全体レベルを押し上げることになると示唆されてきた。そ
のような影響が起こっているという証拠は捉えにくいが、大気や海表面の温度の上
昇とハリケーンの活動度との関係が議論されている。Websterたち(p.1844; Kerrに
よるニュース記事参照)は、過去35年間の全世界の台風(tropical storm)やハリケー
ンの発生頻度や強度を調べた。台風やハリケーンの数や頻度の増加は見られなかっ
たが、特に太平洋とインド洋において最大級のエネルギーのカテゴリーに入るハリ
ケーンの頻度が顕著に増加している。(TO,Ej)
Changes in Tropical Cyclone Number, Duration, and Intensity in
a Warming Environment
p. 1844-1846..
ATMOSPHERIC SCIENCE:
Is Katrina a
Harbinger of Still More Powerful Hurricanes?
p. 1807..
永遠の若さにはKlothoが効く?(Klotho for Eternal Youth?)
マウスにおけるKlotho遺伝子の発現の欠損は、加齢に似た症状を引き起こ
す。Kurosuたち(p. 1829、2005年8月25日にオンラインで出版;Couzinによる8月26
日のニュース記事を参照)はここで、Klothoの過剰発現がマウスの寿命を延ばすこ
とを見いだした。Klothoタンパク質は循環性ホルモンとして機能しており、線虫、
ショウジョウバエ、およびマウスにおける進化的に保存された寿命を伸ばすための
メカニズムにおいて、細胞表面 受容体に対して結合して、インスリンおよびインス
リン様成長因子-1(IGF-1)のシグナル伝達を抑制する。さらに、Klotho欠損マウス
において、インスリン/IGF-1シグナル伝達を乱すことにより、加齢の速度が遅く
なった。このように、Klothoタンパク質は、老化防止ホルモンとして機能している
らしい。(NF)
<
Suppression of Aging in Mice by the Hormone Klotho
p. 1829-1833..
バーストの直後で(Right After the Burst)
ビッグバンは別として、ガンマ線バーストは、宇宙の中でもっとも強力な爆発であ
り、大質量星が崩壊してブラックホールを形成する過程の現象と考えられている。
このような事象には、Ⅹ線から電波周波数までの波長領域に至る広がった残光(アフ
ターグロー)が続いて起こる。これまで残光は、バーストから数時間経過したものし
か検出されておらず、バースト直後の重要な変化を研究する機会が失われる結果に
終わってきた。Burrows たち (p.1833, 2005年8月18日のオンライン出版) はSwift
Ⅹ線望遠鏡を用いて、最近のガンマ線バーストの残光のなかに強大なエネルギーのⅩ
線フレアを検出したことを報告している。そのフレアはバーストの数分後に検出さ
れたもので、バースト中心領域においてはガンマ線放出後も数百秒に渡って、強い
衝撃波を伴う激しい活動が続いている証拠と考えられる。(Wt,nk)
Bright X-ray Flares in Gamma-Ray Burst Afterglows
p. 1833-1835..
圧力下でより強くなる(Stronger Under Pressure)
ある種の応用面では、例えばNational Ignition Facilitiesで経験するような極端
な衝撃に耐えるように材料を設計する必要がある:幾つかのナノ結晶が有望である
と期待されている。Bringaたち(p.1838)は、衝撃負荷を受けた銅のナノ結晶に関す
る分子動力学シミュレーションを報告している。高圧において、アクティブな変形
メカニズムが熱的に活性化される変形挙動から圧力介在の変形へと変化している。
この結果は、銅が圧力によって粒界滑りが抑制されるために強くなっていることを
示している。ナノ結晶のニッケルに関する実験により、このシミュレーションで見
られた挙動が確証された。(KU,nk)
Ultrahigh Strength in Nanocrystalline Materials Under Shock
Loading
p. 1838-1841.
昆虫の適応性免疫(Adaptive Immunity in Insects?)
厳密で複雑な遺伝的メカニズムが、適応免疫系のB細胞とT細胞受容体における無限
レベルの多様性を生み出す。しかし、この多様性の生成はいくつかの高等脊椎動物
に限られたものであると考えられてきた。Watsonたち(p. 1874、2005年8月18日に
オンライン出版;Du Pasquierによる展望記事を参照)はここで、昆虫における一つ
の遺伝子座、Dscamの選択的スプライシングのメカニズムを記載しており、この
Dscamは桁外れなレベルのタンパク質多様性を生み出す潜在能力を有している。元々
はニューロン受容体として同定されたこの遺伝子のスプライシング生成物は、ショ
ウジョウバエの様々な免疫組織においても見いだされていた。機能研究によ
り、Dscamのいくつかのイソタイプが細菌の食作用を手助けしているらしく、このこ
とは直接的かつ適応的な形の昆虫の免疫が存在することを示唆している。(NF)
Extensive Diversity of Ig-Superfamily Proteins in the Immune
System of Insects
p. 1874-1878.
IMMUNOLOGY:
Insects Diversify One
Molecule to Serve Two Systems
p. 1826-1827.
ウランの環状化合物(Rings of Uranium)
アクチニド系の元素は核崩壊性で、放射能や原子力エネルギー面で応用されてい
る。しかしながら、この元素は異常な化学的結合の観点でも関心が持たれている
が、これは占有f-軌道と大きな核電荷の相対論的効果により、異常な化合物が形成
される可能性があるからである。Evansたち(p.1835,Burnsによる展望記事参照)は、
ニトライド基やアジド基(N3)を交互に結合した8個のウラン原子からな
る環状化合物を単離して解析した。有機ウラン前駆体とアジ化ナトリウムを溶液中
で混合することで作られ、この化合物は分子状のウラン-ニトライド結合に関する道
を拓くものであり、延びた格子状のウラン窒化物のエレクトロニクスに関するモデ
ルとなる。(KU,nk)
Molecular Octa-Uranium Rings with Alternating Nitride and Azide
Bridges
p. 1835-1838.
CHEMISTRY:
Bridging a Gap in Actinide
Chemistry
p. 1823-1824.
クレータの分布から小惑星を考察(Connecting Craters)
月、火星、金星、水星表面にできた衝撃クレータの記録は、アポロが持ち帰った月
試料の放射性物質による年代測定で較正することによって、惑星表面の年代を決定
する方法となっている。Stromたち(p. 1847; Kerrによるニュース記事も参照)は、
クレータのサイズ分布を調べ直し、衝突した小惑星のサイズを推定し、38億年よ
り古いクレータを生んだ衝突小惑星のサイズ分布は、現在小惑星帯にある小惑星の
サイズ分布と同じであることを示した。38億年より新しいクレータは、近地球小
惑星(最近小惑星帯からはじき出されて地球軌道を横切る小惑星)が衝突して作ら
れたらしい。これらのデータから、太陽系の歴史の初期において、小惑星帯から小
惑星をはじき出す原因となった出来事、多分巨大惑星の軌道が外側に移動したこ
と、が起こり、それが約38億年前に終結したらしいと推測される。(Ej,hE,nk,tk)
The Origin of Planetary Impactors in the Inner Solar
System
p. 1847-1850.
配列および発現の進化(Evolving Sequence and Expression)
Khaitovichたち(p. 1850、2005年9月1日にオンライン出版;Jollyによる9月2日の
論 説、Hauserによる展望記事、McConkeyとVarkiによる展望記事、そしてCulottaに
よるニュース記事を参照)によるヒトとチンパンジーにおける遺伝子配列パターン
および遺伝子発現パターンの進化の解析は、脳、心臓、肝臓、腎臓、および精巣に
おいて、進化の一般的パターンが中立理論に従っていることを示した。同様の淘汰
パターンが、タンパク質配列と遺伝子発現について見られた。より多くの組織にお
いて発現している遺伝子は、より少ない組織において発現している遺伝子と比べ
て、種間の発散の度合いが低かった。これは負の淘汰による中立進化を示唆してい
るが、しかし精巣で発現されているX染色体上の遺伝子は、正の淘汰の証拠を示し
た。驚くべきことに、脳において発現している遺伝子は、遺伝子発現の観点だけで
なくアミノ酸配列の観点でも、チンパンジー系列と比較して、ヒト系列においてよ
り大幅に変化していた。(NF)
Parallel Patterns of Evolution in the Genomes and
Transcriptomes of Humans and Chimpanzees
p. 1850-1854.
タンパク質構造予測(Protein Sequence Structure Prediction )
タンパク質のアミノ酸配列が自身の構造を規定していることはずっと以前から知ら
れている。しかし、配列から構造を予想することは容易ではない。Bradleyた
ち(p.1868)は、テストとして用いた16個の小さな(85残基以下)タンパク質領域に
おける5個の配列に関する解像度1.5オングストローム以下の構造予測を達成した。
これらの結果は、改良コンフォメーション・サンプリング法と物理的に妥当な全原
子自由エネルギー関数、及び高性能の高速計算を組み合わせることで得られた。天
然での構造の自由エネルギーの凹み(basin)は極めて狭く、このことからコンフォ
メーション・サンプリングそのものが、困難な高解像の構造予測の決め手になって
いるようだ。(Ej,hE)
Toward High-Resolution de Novo Structure Prediction for Small
Proteins
p. 1868-1871.
炎症性応答における時間的制御(Temporal Controls in Inflammatory
Responses)
細胞調節の制御を理解するには、シグナル伝達事象とそれに関与するメディエータ
についての記述だけでなく、信号がいかに生成され検知されるかについての時間的
特性を理解する必要がある。Covertたち(p. 1854)とWernerたち(p. 1857)はこのた
び、炎症性応答のキーとなるメディエータ、転写制御因子NF-κ Bの活性を制御する
信号の時間的制御に関する洞察を提供している。炎症性サイトカイン腫瘍壊死因子
からの信号、あるいは細菌性リボ多糖を認識するToll様受容体4(TLR4)からの信号
は、それぞれ結果として、NF-κ B活性の振動パターンあるいは安定なパターンを生
み出し、これらがそれに引き続く遺伝子発現において別々のパターンを導いてい
る。計算的モデルと生化学的分析によって、NF-κ B活性の異なる時間的パターンを
生み出す調節性イベントの存在が明らかにされたのである。TLR4の活性化で生み出
される安定な信号は、2つのシグナル伝達経路の活性化によるもので、その1つは急
速な経路、もう1つはタンパク質合成と自己分泌のシグナル伝達を必要とするゆっく
りした経路であるらしい。(KF)
Achieving Stability of Lipopolysaccharide-Induced NF-κB Activation
p. 1854-1857.
Stimulus Specificity of Gene Expression Programs Determined by
Temporal Control of IKK Activity
p. 1857-1861.
SARSスパイクの詳細と個別性(SARS Spike, Up Close and Personal)
SARSコロナウイルスは重症急性呼吸器症候群(SARS)を引き起こすが、この致死率は
およそ10%である。ヒト細胞への付着は、細胞表面亜鉛ペプチターゼであるアンジオ
テンシン-変換酵素 (ACE2)に結合するウイルス表面上のスパイクタンパク質を介し
てなされる。このたびLiたちは、SARSコロナウイルスのスパイクタンパク質の、ヒ
トのACE2のペプチダーゼ領域に結合する受容体結合領域の構造を2.9オングストロー
ムの分解能で決定した(p. 1864; Holmesによる展望記事参照のこと)。このインター
フェースの解明により、2002年から2003年にかけてのSARSの激増において、数個の
残基の変化が、いかに効率的に種間の感染とヒトからヒトへの伝染を導いたかを示
唆するものである。この構造は、効果的なSARSワクチン開発における受容体結合領
域の変異体を作るうえでの指針となるであろう。(KF,hE)
Structure of SARS Coronavirus Spike Receptor-Binding Domain
Complexed with Receptor
p. 1864-1868.
STRUCTURAL BIOLOGY:
Adaptation of SARS
Coronavirus to Humans
p. 1822-1823.
新たな塩分(New Salt)
地球温暖化が、大規模な海洋の熱塩循環(thermohaline circulation)にどのような
影響を与えているのかについて、多くの推測がされてきた。北大西洋への淡水の流
入が増加してきており、そして、塩分濃度が低下した表層水が深層水の形成を妨げ
て、深層海水循環の速度を落としているかもしれない。しかし、計測により、大西
洋からの流入(Atlantic Inflow)により北極海やノルウェー海に供給される海水は、
塩分濃度が増加してきていることが明らかにされてきた。Hatunたち(p.1841)は、観
測と海洋結合モデルの結果とを組み合わせることにより、大西洋からの流入する海
水の塩分濃度は、北大西洋の極近傍の渦(subpolar gyre)の強さと緊密に関係してい
ること、そして最近の塩分濃度の上昇は熱塩循環の安定化に役立つている可能性を
示した。(TO)
Influence of the Atlantic Subpolar Gyre on the Thermohaline
Circulation
p. 1841-1844.
酵母における長寿命への2つの道(Two Ways to Longer Life (for Yeast))
カロリー制限は、哺乳類などある種の生命体の寿命を伸ばすことがあり、さらに酵
母の複製寿命を増加させることもありうる。しかし、酵母における効果がSir2、す
なわちsirtuinファミリーのヒストン・デアセチラーゼに全面的に依存しているかど
うかは不明確であった。Sir2はリボソームRNAの組換えを抑制することでゲノムの不
安定性を減少させると考えられている。Lammingたちは、酵母において、SIR2の相同
体(HST2)と呼ばれるもう1つのSIR2関連遺伝子を同定した(p. 1861、2005年7月28日
にオンライン出版)。これもまた、Sir2の非存在下にあってさえ、カロリー制限信号
を仲介している。つまり、カロリー制限による寿命延長におけるSir2非依存の機構
には、sirtuinファミリーに属する別のメンバーが関与している。(KF)
HST2 Mediates SIR2-Independent Life-Span
Extension by Calorie Restriction
p. 1861-1864.
DNA損傷が明るみに(DNA Damage Comes to Light)
臓器移植を受けた患者は、一般の人に比べて皮膚癌にかかるリスクが非常に高ま
る。新しい研究が、そうした患者における免疫系を抑制するためにふつうに用いら
れている薬剤、アザチオプリンがその機能面での役割を果たしている可能性がある
ことを示唆している。アザチオプリンの効力は、6-チオグアニン(6-TG)の形でのDNA
への組み込みに依存している。O'Donovanたちは、培養細胞の研究で、6-TGを含む
DNAが低線量の紫外A(UVA)光に曝されると、DNA修復を逃れるような光分解生成物が
形成され、それによって変異の頻度を増すことを示している(p. 1871)。アザチオプ
リンを投与された患者の予備的分析で、彼らがUVA領域での皮膚感光性を増したこと
が明らかになった。より広範な臨床研究で確認されれば、この結果は、移植を受け
た患者はとくに太陽に曝されることに対して用心深くなければならない、というこ
とを示唆することになる。(KF)
Azathioprine and UVA Light Generate Mutagenic Oxidative DNA
Damage
p. 1871-1874.