Science July 15, 2005, Vol.309
仮想的シナプス(The Virtual Synapse)
多パラメータの多次元系において、定量的、かつ詳細なるモデル構築はパラメータ
空間を調べるさいの実験研究にとって有用な助けとなる。Cogganたち(p.446,Lucic
とBaumeisterによる展望記事参照)は、シナプス前膜とシナプス後膜、及び基本とな
る細胞質小胞のアーキテクチャーを再構築し、そして神経伝達物質の化学的、物理
的パラメータと同様に神経伝達物質の受容体特性に関する動的な測定を一体化する
ことにより、ニューロンシナプスにおける動的事象を明らかにする第一歩を踏み出
した。このようなシミュレートされたシナプスにおいて、神経伝達物質の遊離に関
する現在の電気生理学では、活性ゾーンというシナプス前とシナプス後の間での膜
並列発生の古典的な領域のみでの小胞融合では説明できなかった。その代わり、モ
デル化した電気生理学では活性ゾーンの外側での小胞融合による異所遊離が関与し
ているとすると観測データとよく一致する。(KU)
Evidence for Ectopic Neurotransmission at a Neuronal
Synapse
p. 446-451.
NEUROSCIENCE:
Monte Carlo Places Strong
Odds on Ectopic Release
p. 387-388.
可能になってきた地球磁場高速計算のお披露目(Field Day for Fast
Computing)
地球磁場は液体の鉄外核における強い対流によって生成され、そして地球磁場逆転
を含む地球磁場とその時系列的変化に見られる多くのことは、これらの対流ダイナ
ミクスによって起きていると想定されている。しかしながら、数値シミュレーショ
ンで核の液体状態を実現することは困難であった。というのは、特に回転力に対し
て粘性の比率が大変小さく、核は磁気トルクの軸成分がゼロとなるテーラー状態に
あるからである。現在高橋たち(p. 459;Kerrによるニュース物語を参照)は、超
高速スーパコンピュータ「地球シミュレータ」を用いた数値実験でこれらの状態を
確認した。彼らのモデルは現在と過去の磁場の多くの様相を再現し、そして地球磁
場が磁場逆転中にどのように変化するかを明らかにしている。(hk、Ej,nk)
Simulations of a QuasiTaylor State Geomagnetic Field
Including Polarity Reversals on the Earth Simulator
p. 459-461.
ある程度揺れ動いている空間(Some Wiggle Room)
アモルファス物質のガラス転移温度Tg以下で、大きな分子運動はもはや起こらず、
物質は凍結状態にあると考えられている。しかしながら、Tg以下でも局所的な原子
運動は十分に起こりうる。Priestlyたち(p.456)は、ポリマー鎖にその動きが追跡で
きるよう蛍光色素を付けることにより、ポリマーガラスの緩和における自由表面、
基板との境界の固定表面、及び内部表面の役割を調べた。緩和現象はそれらの表面
によって強く影響され、その影響は、表面効果によりTgが変化する領域の外側にま
で拡がっている(KU,nk)
Structural Relaxation of Polymer Glasses at Surfaces,
Interfaces, and In Between
p. 456-459.
東京の地下にある脅威(A Threat to Tokyo from Below)
フィリピン海プレートは東京の真南にあたる地点で、北方に向けて日本の地下に沈
み込んでいる。沈み込みゾーン地震に関連する地震ハザードは、断層の深さに強く
依存している。プレート境界は、約3300万人が暮らす都市部の直下20〜40キロメー
トル、あるいはそれ以上の深さにあると考えられていた。Satoたち(p.462)は地震波
による構造解析により、境界断層は平坦化(flatten)しており、東京の真下25キロ
メートルよりも深くないことを示している。(TO,nk)
Earthquake Source Fault Beneath Tokyo
p. 462-464.
今夜見てるのは一番星じゃないの?(Not the First Stars We See Tonight?)
宇宙で最初に生まれた星は、『金属』を含まない原始の気体から形成された。ここ
でいう『金属』とは、炭素とそれより重い元素に対する天文学上の略記法である。
ひとたび、これら第一世代の星が、超新星爆発で死を迎えた後、第二世代、あるい
は、それ以降の星は、金属量の増加した残骸が重力的に合体して形成された。近
年、『超金属欠乏』星の発見は、最も初期の星、いわゆる、Population III世代の
星が発見されたのではないかという希望を抱かせるものである。Iwamoto た
ち(p.451, 2005年6月2日にオンライン出版。Beers による展望記事を参照のこと)
は、これらの『超金属欠乏』星がより初期の星の超新星から形成された第二世代の
天体であることを示唆するコンピュータモデルについて記述している。その結果は
超金属欠乏星における化学元素種の存在比を正確に再現しており、真の『第一世
代』の星の同定に対しての重要な意味を有するであろう。(Wt,nk)
The First Chemical Enrichment in the Universe and the Formation
of Hyper Metal-Poor Stars
p. 451-453.
ASTRONOMY:
The First Generations of
Stars
p. 390-391.
単一フォトンの放出を制御する(Controlled Single-Photon Emission)
オンデマンドでの単一フォトンの形成は、量子情報プロセシングや安定した量子情
報工学にとって重要なる要請である。操作の容易さと同じく、一つ一つのフォトン
の再現性も、又、実用化に際して考慮されなければならない。既存の単一フォトン
源は、一般的にこの要請の一つのみを満たすもので、両方を満足させるものは無
い、Darquieたち(p.454)は、単一の光学的にトラップされたルビジウム原子を短い
レーザパルスで励起することで、二つの要請を満足させる方法を報告している。
個々のパルスが原子を励起して、単一のフォトンを放出する。(KU)
Controlled Single-Photon Emission from a Single Trapped
Two-Level Atom
p. 454-456.
トリパノソーマに注意(Trypanosomes Beware)
最近, ヒト血清アポリポタンパク質L-I (apoL-I)は、眠り病の原因寄生原虫である
アフリカトリパノソーマを溶解することが分かった。Perez-Morgaたち(p. 469)
は、apoL-Iがトリパノソーマを殺すメカニズムを解明した。ApoL-Iは膜に細孔を形
成する領域を持っており、この領域は入ってくるトリパノソーマのリソソーム膜を
標的としている。イオン性細孔ができる結果、無制御のリソソーム浸透圧性膨潤が
生じ、トリパノソーマの溶解をもたらす。このapoL-Iの機能によって、ヒトではト
リパノソーマに対する生来の免疫が得られる。寄生虫トリパノソーマ
類(Trypanosoma cruzi)は、昆虫やヒト中で成長する間に4つのライフサイクルの
段階を経由して、ヒトでシャーガス病(中南米での眠り病の一種)を引き起こす。
この問題に関して報告された3つのキネトプラスチド・ゲノム配列を補完すること
により、Atwood たち(p. 473)は、T. cruziのライフサイクル段階のプロテオミクス
分析を提出している。この寄生虫は、昆虫ベクター中で成長するときには、ヒスチ
ジンをエネルギー源として使うが、哺乳動物細胞中で生活するときには、脂肪酸を
使っているらしい。各段階に特異的な経路が解明されると薬剤の標的を選択するヒ
ントになるだろう。(Ej,hE)
Apolipoprotein L-I Promotes Trypanosome Lysis by Forming Pores
in Lysosomal Membranes
p. 469-472.
The Trypanosoma cruzi Proteome
p. 473-476.
加齢と死(Aging and Death)
ミトコンドリアDNA(mtDNA)の変異が哺乳動物の加齢で中心的な役割を果たしてい
ると考えられているが、細胞メカニズムはわかっていない。 Kujoth たち(p. 481)
は、高レベルのmtDNA変異を蓄積するように遺伝子操作したマウスを調べた。変異マ
ウスは野生型の同腹子と比べて寿命が有意に短くなっており、聴力低下、筋肉量の
減少や、通常なら迅速な細胞の代謝回転を行う組織の機能障害などの特徴を示し
た。驚いたことに、加齢表現型は、現在有力な仮説で言われている酸化ストレスの
増加によるものではなく、細胞死(アポトーシス)の増加によるものであっ
た。mtDNAの変異は、置き換えのできない細胞の損失を引き起こすことによって、あ
る種の組織の加齢をもたらすのかも知れない。(hE)
Mitochondrial DNA Mutations, Oxidative Stress, and Apoptosis in
Mammalian Aging
p. 481-484.
神経変性の変化を保つ(Reversing Neurodegenerative Change)
神経原線維変化は、神経変性疾患の患者の脳で最もよく見られる神経細胞内封入物
であり、少なくとも部分的にはタウタンパクの蓄積によるものである。SantaCruzた
ち(p. 476)は、組換えマウスで、タウの過剰発現を抑制することによる顕著な効果
を記載している。かなりの神経細胞が失われ、脳の萎縮があった後でも、記憶障害
が回復した。一方、神経原線維変化は蓄積し続けていた。神経原線維変化と認知障
害のこの解離は、アルツハイマー病のようなタウオパチー発症による神経変性が起
こった後であっても、認知機能の回復が可能であることを示している。(hE)
Tau Suppression in a Neurodegenerative Mouse Model Improves
Memory Function
p. 476-481.
ゆがんだ身体意識 (Distorted Body Awareness)
奇妙で困惑させられる神経学的な症状である病態失認(anosognosia)は、明らかに判
断力があり覚醒していて会話をしている個人に、彼らの半身が麻痺していることを
気づかなくさせる。Bertiたち(p.488)は空間無視(spatial neglect)の患者を調査し
て、彼らの約半数は右側脳半球にある障害のため、左側麻痺に対して病態失認であ
ることが分かった。病態失認とそうではない2つのグループを比較して、前頭部への
ダメージ(特に脳領域6と44、運動皮質BA 4、そして感覚皮質) が、これらの患者の
運動障害(motor impairment)に関する意識欠如の原因であることが明らかになっ
た。(TO)
Shared Cortical Anatomy for Motor Awareness and Motor
Control
p. 488-491.
1つの毒素より3つの毒素(Three Toxins Are Better Than One)
神経伝達物質の遊離および短期シナプス可塑性の機構を理解することは、神経科学
における中心的課題の1つである。Sakabaたちは、神経伝達物質の遊離における
SNAREタンパク質の役割をクロストリジウム神経毒を用いて調べた(p. 491)。いくつ
かの毒素の作用についての詳細な動力学的分析によって、どのSNAREタンパク質が切
断されたかによって伝達物質の遊離の動力学が異なるということが明らかにされ
た。シナプトブレビンとシンタキシンを切断する毒素は、残存する小胞の遊離装置
のCa2+感受性を変えることなく、融合可能な小胞の数を減少させた。対
照的に、SNAP-25のC末端を切断する毒素は小胞融合の細胞内Ca2+感受性
を減少させ、C末端が急速な融合を進めるのに重要であることを示唆する。さらに、
シナプトブレビンを切断する毒素は、Ca2+チャンネルと遊離可能な小胞
との間の結合の変化に導いた。(KF,hE,NF)
Distinct Kinetic Changes in Neurotransmitter Release After
SNARE Protein Cleavage
p. 491-494.
南極の氷の下の熱流(Heat Flux Beneath Antarctic Ice)
巨大な氷床の底部における地熱の流れが氷床の融解をもたらし、氷床が下の地面に
凍結している場合よりも滑りやすくなる。氷床下の地熱の熱流を決定することは難
しく、ほとんどなされていないが、それは測定に基岩、あるいはその近くまでボー
リング孔を穿孔する必要があるためである。Fox Mauleたちは、人工衛星に搭載した
機器で地殻の磁気を測定し、岩石の磁気特性とその温度との関係を利用すること
で、大規模なマッピングをずっと簡単にできる方法を記述している(p. 464、2005年
6月9日にオンライン出版)。彼らは、数百キロメートルのスケールで大きな変異を明
らかにする南極大陸全体についての熱流マップを作成し、火山活動が知られている
地域とならんで、氷が流動している地域もまた高い熱の流れをもっていることを実
証した。 (KF)
Heat Flux Anomalies in Antarctica Revealed by Satellite
Magnetic Data
p. 464-467.
RNAiとヘテロクロマチン(RNAi and Heterochromatin)
分裂酵母においては、RNA干渉(RNAi)機構によって、動原体周囲の転写物が、動原体
周囲のヘテロクロマチン形成に必要な小さな干渉性RNA(siRNA)へと転換され
る。Katoたちは、分裂酵母におけるRNAi-依存的な動原体周囲のヘテロクロマチンを
特異的に破壊する、RNAポリメラーゼII(RNAPII)の2番目に大きなサブユニットにお
ける変異について記述している(p. 467、2005年6月9日にオンライン出版)。この変
異体は、他のコーディング領域だけでなく動原体周囲の領域も転写できたが、その
転写物からsiRNAを産生することはできなかった。RNAPIIは動原体周囲の転写と、ヘ
テロクロマチン組立に必要となるsiRNA産生とを結びつけているらしい。(KF)
RNA Polymerase II Is Required for RNAi-Dependent
Heterochromatin Assembly
p. 467-469.
光合成における光の明るさと暗さ(High and Low Lights for Photosynthesis)
光合成が効率的であり続けるためには、光合成装置の組成が光条件に応答して変化
する必要がある。ScheuringとSturgisは、原子間力(atomic force)顕微鏡を用い
て、光合成細菌の自然の膜組織を調べた(p. 484)。ハイライト条件下では、膜は、
均質に分散した反応部位とその間にある集光性アンテナからなるアモルファス構造
をもっている。低光条件下では、このアモルファス構造は維持されているが、余分
な集光性アンテナが準結晶領域へと分離する。この構造上の順応がハイライト条件
下での光損傷を防ぎつつ、低光条件下での効率的な光子捕獲を可能にしてい
る。(KF)
Chromatic Adaptation of Photosynthetic Membranes
p. 484-487.