Science February 11, 2005, Vol.307
実空間と運動量空間におけるCuprate(Cuprates in Real-and Momentum-Space)
高温超電導物質であるcuprateの実空間における画像化実験によって、表面における
市松模様(checkerboard)の電荷整列パターンの存在が明らかになった。この特異な
構造が、この物質中に潜む超伝導メカニズムを理解する上で関連があるのではない
かと、注目を集めてきた。この状態をより良く観察するためには、実空間と運動量
空間データの直接の比較を可能とする試料の提供がいまや必要になってきている。
ナトリウムをドープした酸塩化物(oxychloride)超伝導物質を対象にした実験
で、Shenたち(p. 901)は、運動量空間における相補的データとなる角解像度をもっ
た光電子放出データを示している。これによると、実空間と運動量空間で見いださ
れた類似性と差異を解釈することで、トンネル効果測定では電荷の整列度が強調さ
れ、光電子放出はd-波超伝導ギャップのノード付近で励起に対して最も鋭敏になる
ことが明らかになった。この実験結果から、cuprateの複雑な電子的性質を決定する
ために、運動量の不均一性に注目することの重要性が推察される。(Ej)
Nodal Quasiparticles and Antinodal Charge Ordering in
Ca2-xNaxCuO2Cl2
p. 901-904.
パルサーがいっぱい(Stuffed with Pulsars)
球状星団は、数千から数百万の星を含んでおり、宇宙の中で最も古い天体の一つで
ある。Ransonたち(p. 892; Lorimer による展望記事を参照のこと) は、Green Bank
電波望遠鏡を用いて、Terzan 5 という球状星団を調べ、新しい 21個のミリ秒パル
サーを発見した。それらのうち、およそ半分は連星であり(二つは、掩蔽を互いに繰
り返すほど十分に近接した軌道を有しており、他は異常なほど広がった軌道をもつ
ものか、奇妙な随伴星を有している)、いくつかはほとんど最高速レベルの回転をす
るものであり、また、二つは中性子星の理論限界を超える質量を有しているもので
あった。これら風変わりなパルサーの展示場からは、パルサーの物理、一般相対
論、そして球状星団の進化について多くのことを学ぶことができる。(Wt,Nk)
Twenty-One Millisecond Pulsars in Terzan 5 Using the Green Bank
Telescope
p. 892-896.
ASTRONOMY:
A Pulsar
Bonanza
p. 855-856.
アモルファスの中でひそかに(Through a Glass, Darkly)
大抵のカーボンナノチューブは成長するチューブの先端に備わっている触媒粒子の
助けを得て成長する。しかしながら、2つのグラファイト棒間でアーク放電という
触媒なしのプロセスではナノチューブはどう成長するだろうか?De Heerたち(p.
907)はこのプロセスを深く掘り下げて研究し、少数の多層膜チューブ上にアモル
ファスカーボン(炭素)の微小粒子が連なって形成されているのを発見した。そし
てこのことは、このチューブが他の結晶成長プロセスと同じような方法によって成
長することを暗示している。(hk,Nk)
Liquid Carbon, Carbon-Glass Beads, and the Crystallization of
Carbon Nanotubes
p. 907-910.
基準座標系が位置を変える(Shifting Reference Frames)
太平洋プレート上には、基準座標系(Reference Frames)となりうる不動のホットス
ポットが存在するという仮説に基づき、プレートの動きを追跡するために使われて
きた火山や海山の列がいくつか存在している。ハワイ・天皇海山列には急激な曲が
りがあり、それは約4700万年前に起こった成長方向の変化を示しているものであ
る。
KooperとStaudigel(p. 904)は太平洋プレート南部の2つの火山列での同じような折
れ曲がりの年代を決定し、それぞれが別の時期に方向を変えたことを発見した。3つ
の火山列における曲がりの時期のずれは、ホットスポットが移動したか、あるいは
プレートの性質が場所によって異なっていることを意味している。これらの結果
は、ホットスポットを固定点と考える基準座標系をプレートの動きを追跡するため
に使うことができないこと、そしてプレートのテクトニックな歴史を改定すること
が必要となる可能性のあることを示すものである。(TO,Nk,og)
Asynchronous Bends in Pacific Seamount Trails: A Case for
Extensional Volcanism?
p. 904-907.
耳の起源(Ear Origins)
現生している全ての哺乳類は、3つの骨(hammer:つい骨、anvil:きぬた骨、stirrup
あぶみ骨)を含む特徴的な耳とただ1つのあご骨と持っている。これらの構造は、
中生代において爬虫類であった祖先のあごを形成していた4つあるいはそれ以上の
骨から進化した。この進化は、有袋類動物や有胎盤動物(placentals)から、(現存の
カモノハシ・ハリモグラなど卵を産む) 単孔類動物に分かれる前の哺乳類において
発生したと考えられてきた。Richたち(910p: Martin と Luoによる展望記事参照)の
論文は、白亜紀初期の最も初期と知られる単孔類動物の耳は、ただ1つの骨を有し
ていることを示している。つまり、哺乳類の複雑な耳は、別々に発生しそしてそれ
ぞれの哺乳動物の列に収斂したのである。(TO)
Independent Origins of Middle Ear Bones in Monotremes and
Therians
p. 910-914.
PALEONTOLOGY:
Homoplasy in the
Mammalian Ear
p. 861-862.
どうしたら良いかの決定(Decisions, Decisions...)
複数の選択肢があるとき、他のものを差し置いて一つの選択肢を選ばせるのは何で
あろう。Briggman(p. 896)は、比較的単純な神経系を有する薬用ヒル(medicinal
leech)の有する行動選択のメカニズムを解明しようとした。彼らの実験では、動物
にほぼ等確率の、互いに排他的な行動を生じさせる定常的刺激を繰り返し与えた。
この手法によって、普遍的入力感覚の神経への効果に影響されずに、選択決定だけ
に関わる神経にのみ注目することが可能となる。泳ぐか這うかの選択決定に関わっ
ている神経細胞がどれであるかは、巧妙な数学的手法である主成分分析と線型判別
分析を利用して、高解像の電位感受性色素画像法を組合わせることで、解明され
た。これらの解析で浮かび上がった候補神経細胞(neuron cell 208)は、泳ぐか這う
かの選択にバイアスをかけることができた。(Ej,hE)
Optical Imaging of Neuronal Populations During
Decision-Making
p. 896-901.
Bt受容体が特異性を決定する(Bt Receptor Defines Specificity)
土壌伝播性細菌Bacillus thuringiensisによって産生される結晶性タンパク質であ
るBt毒素は、農業において害虫を制御するのに用いられている。この毒素は、昆虫
の幼生によって摂取されると、感受性を有する昆虫の腸に害を与える。Joelたち
は、Btの作用様式について調べた(p. 922)。Bt毒素に対する抵抗性を制御すること
で知られているいくつかの遺伝子は、線虫と昆虫において見いだされる複数の糖脂
質を合成する酵素をコードしている。これらの糖脂質はBt毒素の受容体として機能
しており、これはBtの有毒性効果がどうして線虫と昆虫に限られているかを説明す
るものになっている。(KF)
Glycolipids as Receptors for Bacillus thuringiensis
Crystal Toxin
p. 922-925.
生体に蓄積される自然の臭化物(Natural Brominated Bioaccumulators)
ハロゲン化有機化合物は動物の組織に蓄積して、潜在的に有毒な結果をもたらすこ
とがある。こうしたもののいくつか、たとえば炎の抑制剤として用いられるポリ臭
化ジフェニルエーテル(PBDEs)などは、工業によって生み出されたものである。しか
し、生体に蓄積される化合物のうちのある種のもの、たとえばメトキシ化ポリ臭化
ジフェニルエーテル(MeO-BDEs)の起源ははっきりしていなかった。Teutenらは、打
ち上げられて死んだTrueのオオギハクジラから10キログラム以上の脂肪を抽出し、
放射性炭素分析に使うための99%以上の純度のMeO-BDEsを分離した(p. 917)。放射性
炭素分析は古い起源を有する炭素と最近に起源をもつ炭素を信頼性をもって区別す
ることができる。MeO-BDEsに含まれる炭素は、圧倒的に最近のものであって、これ
は、この化合物が産業に起源を有するのではなく、むしろ自然に起源をもつもので
あることを示している。(KF)
Two Abundant Bioaccumulated Halogenated Compounds Are Natural
Products
p. 917-920.
危機にあるヤクヨウニンジン(Endangered Ginseng?)
ヤクヨウニンジンは、北米東部に広く分布している非常に価値の高い下層森林植物
であるが、その個体群密度は低い。これは伝統的アジア(漢方)医学においてさまざ
まに用いられており、またアパラチアの社会集団にも強い文化的結びつきをもつも
のである。McGraw および Furediが実施した集団生存度分析によると、個体数を増
大させているオジロジカにより若芽が食べられてしまう割合が高まるので、野生の
アメリカニンジンのすべてとはいわぬまでもほとんどを1世紀以内に消滅させるおそ
れがある、ということが示唆されている(p. 920; またStokstadによるニュース記事
参照のこと)。オジロジカは、自然界のコミュニティーに巨大かつカスケード的な影
響を与えるかなめとなる種のひとつである。ヤクヨウニンジンやその他の潜在的価
値をもつ下層に育つハーブの野生集団が失われることは、大きな経済的、文化的結
果をもたらすことになる可能性がある。(KF,Nk)
Deer Browsing and Population Viability of a Forest Understory
Plant
p. 920-922.
一番最初に受ける影響(Earliest Influences)
胸腺から発生する2種類の主要なT細胞系列は、それぞれの細胞型に異なる機能的特
徴を付与するαβかγδのいずれかを有するT細胞受容体により、識別される。胸腺中に
おいて、これらの2種類の細胞系列の発生は、独立して起こっていると考えられてき
た。Silva-Santosたち(p. 925、2004年12月9日にオンラインで発行;Rothenbergに
よる展望記事を参照)はここで、γδT細胞に特有の特徴が、自発的に生み出されたも
のではなく、未成熟αβを持つCD4+CD8+胸腺中前駆細胞により、この細胞に対して
直接的に付与されるものであることを示した。このプロセスには、リンパ器官形成
のために必須であることがすでに知られている経路を介したシグナル伝達が生じる
こと、そして効果的な免疫応答を発生させること、が必要とされた。つまり、2種類
のT細胞系列間の発生段階における相互作用によって、細胞型の一つに対して、基本
的な特徴が与えられるのである。(NF)
Lymphotoxin-Mediated Regulation of γδ Cell Differentiation by αß T Cell Progenitors
p. 925-928.
IMMUNOLOGY:
Enhanced: Thymic Regulation--Hidden in Plain
Sight
p. 858-859.
神経細胞の極性化をSAD的に促す(SADly Promoting Neuronal Polarity)
神経細胞は、情報伝達ネットワークを互いにつなぎ合わせるために、他の神経細胞
が連結すべきものなのかだけでなく、シグナルを送るべき方向がどの方向なのかも
知る必要がある。1個の神経細胞の中でのそのような極性は、その形態に反映されて
いる:多数の短い樹状突起がシグナルを受け取り、そして1本の長い軸索がシグナル
を送り出すのである。Kishiたち(p. 929)は、線虫のシナプス分化制御因子の類似
体である2種類のSADキナーゼ(SAD-AおよびSAD-B)の、神経細胞極性の確立に際し
ての役割を調べた。SADキナーゼを欠損する神経細胞は、形態学的にそして機能的に
区別される軸索と樹状突起を産生する様には極性化されなかった。(NF)
Mammalian SAD Kinases Are Required for Neuronal
Polarization
p. 929-932.
ストレスの克服(Overcoming Stress)
ウィルス感染、糖尿病、および神経変性などの様々なヒト疾患は、細胞レベルで見
て、小胞体(ER)がタンパク質を適切に折り畳むことができない、という点で特徴
的であり、結果として"ERストレス"の発生を引き起こす。ERストレスが矯正されな
いと、アポトーシス細胞死経路が活性化されるため、治療的な効果を得るためにこ
れらの経路を操作したらいいのではないかと考えられてきた。化学物質のスクリー
ニングにおいて、Boyceたち(p. 935)は、細胞をERストレス-誘導性アポトーシス
から保護する低分子(salubrinal)を同定した。salubrinalは、真核細胞の翻訳開
始因子α2サブユニット(eIF2α)の脱リン酸化を選択的に阻害し、そしてヘルペス
ウィルスの複製を阻害した。したがって、つまり、ERストレスが関与する疾患に対
する貴重な薬物標的である可能性がある。(NF)
A Selective Inhibitor of eIF2α Dephosphorylation Protects Cells from ER
Stress
p. 935-939.
植物性マイクロRNA中にメチルを入れる(Putting the Methyl in Plant
MicroRNAs)
マイクロRNA(MicroRNAs (miRNAs))は、植物ゲノムにも動物ゲノムにもコードされて
いるが、多様な遺伝子配列の発現を制御する潜在能力を持っている。miRNAを機能を
調整する多数の因子、例えば、HEN1のシロイヌナズナ変異体は、miRNAのサイズの不
均一性のみならず、miRNAの量も減少させる。Yuたち(p. 932)は、最終ヌケレオチド
のリボゾーム上のmiRNAsをHEN1がメチル化することを示した。メチル化は、リボ
ゾームRNA因子と外因的小さな干渉性RNAを導入して、安定化に重要な役割を果たし
ている。多くの、多分すべての植物性miRNAは、同様にメチル化されるが、現在の証
拠からは、動物性miRNAはメチル化されることはない。(Ej,hE)
Methylation as a Crucial Step in Plant microRNA
Biogenesis
p. 932-935.
硬い部品の保存(Preserving the Hard Bits)
カンブリア紀に固い体部品が進化したお陰で、化石として生物の記録が保存される
ことになった。しかし、カルサイト系炭酸カルシウムの骨格要素は、より反応性の
高いアラゴナイト系炭酸カルシウムよりは、保存性が良く、この偏り(バイアス)
が生物圏の岩石を通した歴史解釈に影響を与える、と考えられてきた。Kidwell(p.
914)は、2枚貝殻の進化期間を通じての多様なカルサイト系炭酸カルシウムとアラゴ
ナイト系炭酸カルシウムの保存性を解析し、この潜在的「カルサイトバイアス」に
疑問を呈した。予期に反して、単一分類のグループとしてみた場合とか殻の属の持
続世代数を見た場合、予想されていたバイアスとは反対に、アラゴナイト系炭酸カ
ルシウム殻が豊富である傾向がある。従って、化石記録は潜在的には、骨格を作る
生物の本来の進化の方向性が強かったことを表しているのである。(Ej,hE,Nk,og)
Shell Composition Has No Net Impact on Large-Scale Evolutionary
Patterns in Mollusks
p. 914-917.