Science August 1, 2003, Vol.301
輸送体のスナップショット(Snap Shot of Transporters )
膜タンパク質が、どのようにして疎水性の脂質二重膜を横切って小さな親水性の分
子を輸送するかに関する疑問は、細胞質と外側領域(周辺質)に交互に開く中心結合
部によるということで既に問題のケリがついたものと考えられている。しかしなが
ら、好ましい分子を内部に輸送し、他を外側の流れに押し出すようなこの二次的輸
送がどのように起こっているかという詳細な概念図が欠けている(Locherたちによ
る展望記事参照)。Abramsonたち(p. 610:表紙参照)とHuangたち(p. 616)は、主要
な促進因子として知られたクラスから二つの膜タンパク質であるラクトース透過酵
素とグリセロール−3−フォスフェート輸送体のスナップショットを提供している。
両者とも大腸菌の成分であり、一方はプロトン勾配を利用して個々のラクトースに
対して一個のプロトンの内部移動を助け、他方は無機リン酸塩をグリセロール-3-
フォスフェートの代わりに外側に流す。両者共細胞質に向いた結合サイトで捕獲さ
れており、ラクトース透過酵素の場合には結合した糖基質と共に捕獲されてい
る。(KU)
Structure and Mechanism of the Glycerol-3-Phosphate
Transporter from Escherichia coli
Yafei Huang, Joanne Lemieux, Jinmei Song, Manfred
Auer, Da-Neng Wang
p. 616-620.
量子力学的もつれを野外で検証(Field-Testing Entanglement)
量子力学的にもつれた光子対の発生・伝送は、これまで実験室に設置された全長数
十キロメートルの光ファイバー内、いわば(光子にとって)閉ざされた空間で行わ
れてきた。しかしながら、実用的な量子暗号技術にこのもつれた光子対を応用した
場合、その光子対を自由空間で伝播させる必要がある。Aspelmeyer等は、一般的な
大気条件下でもつれた光子対の伝送に成功したと報告している。(P. 621, Rarity
の展望記事を参照のこと)その距離はドナウ川の川幅(600m)に相当する。(Ku)
PHYSICS:
Getting Entangled in Free
Space
J. G. Rarity
p. 604-605.
Long-Distance Free-Space Distribution of Quantum
Entanglement
Markus Aspelmeyer, Hannes R. Böhm, Tsewang
Gyatso, Thomas Jennewein, Rainer Kaltenbaek, Michael Lindenthal, Gabriel
Molina-Terriza, Andreas Poppe, Kevin Resch, Michael Taraba, Rupert Ursin,
Philip Walther, and Anton Zeilinger
p. 621-623.
安定なエレクトライド(Stable Electrides)
ほとんどの物質では電子は特定の原始や分子に関連付けられているか、金属のよう
に非局在化している。ところがエレクトライド(electride)と呼ばれる物質では陰イ
オンに補足されることがある。ナトリウムが液体アンモニアに溶解されると、溶媒
和された電子に由来する鮮烈な青い溶液が作られる。このような化学的に捕捉され
た電子は、アニオンとして作用するのだが、エレクトライドと呼ばれる固体物質中
にも形成されうる。このような物質の多くは非常に不安定であるが、デバイスの冷
陰極源のような興味深い潜在的用途を有している。Matsuishi たち (p.626; Dye に
よる展望記事を参照のこと) は、絶縁性の化合物である
12CaO.7Al2O3 とカルシウムとの反応により、ケージ化され
た O2- アニオンが電子で置換されることを報告している。結果として得られた物質
は、空気中で安定であり、1cm あたり 10 Siemens にもなる顕著な電気伝導度を有
している。(Wt)
CHEMISTRY:
Electrons as
Anions
James L. Dye
p. 607-608.
High-Density Electron Anions in a Nanoporous Single Crystal:
[Ca24Al28O64]4
+(4e-)
Satoru Matsuishi, Yoshitake Toda, Masashi Miyakawa,
Katsuro Hayashi, Toshio Kamiya, Masahiro Hirano, Isao Tanaka, and Hideo
Hosono
p. 626-629.
良い変異と悪い変異(Good Mutation, Bad Mutation)
ヒトの男性の特定の少数遺伝子は、女性に比べ、その変異の割合が著しく大きなも
のがあることが分かっており、この変異率は男性の加齢とともに増加することが知
られている。線維芽細胞増殖因子受容体2遺伝子, FGFR2,は受容体型チロシンキナー
ゼタンパク質をコードし、この遺伝子の755位の変異によって、頭蓋顔面や手足の奇
形を起こすApert症候群のような子が生まれることが多い。Gorielyたち(p. 643; お
よびCrowによる展望記事参照)は、精子中のFGFR2変異の有病率を調べ、その年齢へ
の依存性を示した。変異の発生率は高くなかったが精巣中での細胞選択作用によっ
て変異遺伝子の割合が高くなる。つまり、精原細胞中で発生する変異については問
題なかったが、その結果として生まれる子にとっては悪いこととなる。(Ej,hE)
DEVELOPMENT:
There's Something
Curious About Paternal-Age Effects
James F. Crow
p. 606-607.
Evidence for Selective Advantage of Pathogenic FGFR2
Mutations in the Male Germ Line
Anne Goriely, Gilean A. T. McVean, Maria
Röjmyr, Björn Ingemarsson, and Andrew O. M. Wilkie
p. 643-646.
乱流への確率的アプローチ(A Probabilistic Approach to Turbulence)
標準的な運動量保存則の方程式(ナビエ−ストークス方程式) による乱流の数値モデ
ル化は、しばしば、膨大な仮定と、時にはその場限りの特別な仮定を必要とする。
遭遇する問題には、モデルに用いられる空間格子よりも小さなサイズのものを含
む、さまざまなサイズのエディ(小渦巻き)の相互作用が含まれている。Chen たち
(p.633; Benzi による展望記事を参照のこと) は、統計物理に基づく(拡張ボルツマ
ン方程式) 乱流へのアプローチを採用している。そのアプローチでは、流れのなか
の非常に多くの粒子に対する分布関数を導出しており、それは、いくつかの計算の
困難点を大幅に取り除くことができる。(Wt)
PHYSICS:
Getting a Grip on
Turbulence
Roberto Benzi
p. 605-606.
Extended Boltzmann Kinetic Equation for Turbulent
Flows
Hudong Chen, Satheesh Kandasamy, Steven Orszag,
Rick Shock, Sauro Succi, and Victor Yakhot
p. 633-636.
成層圏から地表の気候を予測する(Top-Down Weathercasting)
対流圏の流れは複雑で無秩序なため、数日間以上先の正確な天気予報を行うことは
非常に困難である。一方、成層圏の循環データが活用できれば、より長期の予想を
行うことが出来る可能性がある。Baldwinたちは(p. 636)、中緯度から高緯度地方の
冬季の気候変化に相関のある、北極振動(AO: Arctic Oscillation)の時間スケール
が、成層圏の循環変化に変化を与え、ひいては、対流圏上層(圏界面領域)に沿って
流れる波に変化を与えることで地表の気候に影響を与える、ことを報告してい
る。AOの予測性は、今日行われているような対流圏循環データの利用でなく成層圏
最低層の循環データを用いることで改善出来る可能性がある。(Na)
Stratospheric Memory and Skill of Extended-Range Weather
Forecasts
Mark P. Baldwin, David B. Stephenson, David W. J.
Thompson,, Timothy J. Dunkerton, Andrew J. Charlton, and Alan O'Neill
p. 636-640.
生来の適応性(Innate Adaptations)
ウイルス、バクテリア、そして菌類は免疫系の生来の戦闘力を活性化する全く異
なった分子パターンを示している。もっとも顕著には、Toll-like receptor (TLR)
は、Toll/IL-1 receptor (TIR)領域を含むアダプター蛋白質であるMyD88とTIRAPに
依存するか、あるいは依存しない細胞内シグナルを引き出すために、これらの病原
体に特異的な合図を使っている。Yamamotoたち(p. 640)は、第3のTIRアダプターで
あるTRIFが、特定のTLRによるMyD88に依存しない情報伝達に対して決定的である
としている。TRIFを欠失した細胞は、TLR3又はTLR4の活性化に応答したインター
フェロン制御因子-3かあるいはNF-κB経路のどちらか一方を開始できないが、他の
TLRファミリーの活性化に対しては正常に反応した。(hk)
Role of Adaptor TRIF in the MyD88-Independent Toll-Like
Receptor Signaling Pathway
Masahiro Yamamoto, Shintaro Sato, Hiroaki Hemmi,
Katsuaki Hoshino, Tsuneyasu Kaisho, Hideki Sanjo, Osamu Takeuchi, Masanaka
Sugiyama, Masaru Okabe, Kiyoshi Takeda, and Shizuo Akira
p. 640-643.
容易にねじれる(Easy Twisting)
弱い分子間相互作用と電場への応答性により、液晶は配向状態を容易にスイッチで
きるため、通常、表示技術や他の光学デバイスに用いられている。しかしながら、
その再配向を制御するには巧妙な工夫が必要であり、この工夫で必要とする駆動力
や電圧を低くすることが可能となる。LukやAbbott(p. 623)はフェロセンで被膜さ
れた電極の酸化状態を変えることよって、スイッチング電圧を大幅に下げることが
出来た。彼らは、又、フェロセンの酸化の際に形成する電気二重層と液晶の誘電結
合により面外配向を制御している。(KU)
Surface-Driven Switching of Liquid Crystals Using
Redox-Active Groups on Electrodes
Yan-Yeung Luk and Nicholas L. Abbott
p. 623-626.
負の重力異常 ( The Negatives of Gravity Anomalies)
20世紀で最大級の地震としては、1960年のチリ地震(瞬間マグニチュードM
w=9.5)、1964年のアラスカ地震(Mw=9.2)、1952年のカムチャッカ地震(Mw=9.0)
が挙げられるが、これらはプレートの沈む込み帯(subduction zones)に沿って発生
した。Song と Simons(p.630)は、沈み込み帯重力データ(密度の変化で表わされ
る)を分析した。地震波データとの比較から、巨大な地震は、ずっと強い正常な方向
の異常とは異なった、海溝と平行した重力異常(gravity anomalies)が負の重力異常
を示すところで発生する傾向があることが示される。これらの負の重力異常は、プ
レート表面に沿ったより高い剪断牽引力(shear tractions)によって引き起こされ、
それはより大きな固着・滑り挙動(stick-slip)を生み出しそしてその結果大きな地
震となる。(TO)
Large Trench-Parallel Gravity Variations Predict Seismogenic
Behavior in Subduction Zones
Teh-Ru Alex Song and Mark Simons
p. 630-633.
枝刈りとReelin(Prunin' and Reelin)
reelinは、皮質の発生の過程で大きな役割を果たしているが、脳の構造の発生を指
示するという決定的な機能を終えた後でも引き続き発現している。Quattrocchiたち
はこのたび、reelinが関与している可能性のある他のプロセスについて分析した(p.
649)。reelinは、マウスの神経筋接合部における運動性軸索と筋肉繊維の双方で発
現している。発生の過程で、最初は過剰に増殖する筋肉繊維の神経分布は、通常、
多重の神経分布を最小化するよう枝刈りされる。reelinが欠けているマウスには、
この枝刈りプロセスが欠けている。神経筋接合部におけるreelinの機能は、脳発生
におけるその役割を仲介するDisabled1情報伝達経路を介しているのではなく、それ
がもつ内在性のタンパク質分解酵素機能を介して生じるらしい。(KF)
Reelin Promotes Peripheral Synapse Elimination and
Maturation
Carlo C. Quattrocchi, Cheng Huang, Sanyong Niu,
Michael Sheldon, David Benhayon, Joiner Cartwright Jr., Dennis R. Mosier,
Flavio Keller, and Gabriella D'Arcangelo
p. 649-653.
エチレンを理解する(Understanding Ethylene)
遺伝子の機能の特徴づけを助けるツールの開発は、ゲノム理解の進歩につれ重要に
なってくる。Alonsoたちは、モデル植物であるシロイヌナズナについて、ゲノム全
体にわたって、配列でインデクスされた挿入性変異体のコレクションを開発した(p.
653)。シロイヌナズナ遺伝子の補体全体のおよそ3分の2は、アグロバクテリウムで
導入したDNAで225,000個以上の挿入性変異体を生成することによって、個別にノッ
クアウトされたものである。組込みは、染色体あるいは遺伝子レベルでランダムに
生じたものではない。著者たちは、植物ホルモン、エチレンへの応答に関与する新
しい遺伝子を同定した。(KF)
Genome-Wide Insertional Mutagenesis of Arabidopsis
thaliana
José M. Alonso, Anna N. Stepanova, Thomas J.
Leisse, Christopher J. Kim, Huaming Chen, Paul Shinn, Denise K. Stevenson,
Justin Zimmerman, Pascual Barajas, Rosa Cheuk, Carmelita Gadrinab, Collen
Heller, Albert Jeske, Eric Koesema, Cristina C. Meyers, Holly Parker, Lance
Prednis, Yasser Ansari, Nathan Choy, Hashim Deen, Michael Geralt, Nisha
Hazari, Emily Hom, Meagan Karnes, Celene Mulholland, Ral Ndubaku, Ian
Schmidt, Plinio Guzman, Laura Aguilar-Henonin, Markus Schmid, Detlef
Weigel, David E. Carter, Trudy Marchand, Eddy Risseeuw, Debra Brogden,
Albana Zeko, William L. Crosby, Charles C. Berry, and Joseph R. Ecker
p. 653-657.
パートナー探し(Find Your Partners)
酵母ツーハイブリッド法は、哺乳動物タンパク質の相互作用をスクリーニングする
ために広く使用されている方法であるが、酵母細胞は、哺乳動物細胞とは、重要な
点で異なっている可能性がある。例えば、酵母細胞は、非常に低濃度の一酸化窒
素(NO)を維持しているが、NOは、哺乳動物細胞においては制御的機能を有してい
ることが知られている。Matsumotoたち(p. 657)は、改良型ツーハイブリッドスク
リーニング法を開発し、それによりNO-依存性タンパク質相互作用を追跡することが
可能になった。彼らは、プロカスパーゼ-3を結合するパートナー分子についてスク
リーニングした。プロカスパーゼ-3は、細胞死を引き起こし、そして活性がS-ニト
ロシル化により制御される分子である。酸性スフィンゴミエリナーゼ(ASM)は、プ
ロカスパーゼ-3との間でNO-依存的結合を示すいくつかのタンパク質のうちの一つで
ある。内在性ASMは、培養哺乳動物細胞中でNO-依存的にカスパーゼ-3と相互作用
し、そしてプロテアーゼの活性化を阻害する。したがって、リン酸化と同様に、S-
ニトロシル化によるタンパク質の共有結合修飾は、シグナル伝達複合体中のタンパ
ク質の相互作用を変化させることにより、細胞活性を実際に制御することができ
る。(NF)
Screening for Nitric Oxide-Dependent Protein-Protein
Interactions
Akio Matsumoto, Karrie E. Comatas, Limin Liu, and
Jonathan S. Stamler
p. 657-661.
パートナー獲得(Take Your Partners)
軸索内部でのカリウムチャンネルの適切な配置は、機能的な神経系を維持するため
に必須である。Guたち(p. 646)はここで、Kv1チャンネルサブユニットのT1四量体
化ドメイン内のモチーフがチャンネルの適切な配置にとって重要であり、そしてKv1
サブユニットと別のカリウムチャンネルサブユニットであるKvbとの適切な組み合わ
せが必要であることを示した。T1ドメインをその他のタンパク質に移し、そしてそ
のタンパク質の軸索への再分布を促進することができる--もちろん、Kvbと組み合わ
される場合に限るが。(NF)
A Conserved Domain in Axonal Targeting of Kv1 (Shaker)
Voltage-Gated Potassium Channels
Chen Gu, Yuh Nung Jan, and Lily Yeh Jan
p. 646-649.