Science July 4, 2003, Vol.301
月の組成(The Makeup of the Moon)
月は、生まれて間もない地球と火星くらいの大きさの衝突物の両方の物質から形成
されたと信じられている。Muenkerたちは(p.84)は、種々の地球本体や惑星物質試料
のニオブ(niobium)とタンタル(tantalum)の含有率を再調査し、月が地球と衝突天体
とどの程度の相対的寄与率で生成されているか、その範囲を推定した。それらの元
素は地球マントル中には原始的物質(すなわちコンドライト)の固有な割合を保持
しているとこれまで考えられていたが、著者たちは地球と月のケイ酸塩マントル全
体としてコンドライトよりは低い値(低いNb/Ta比率)を見出した。著者たちは、月
は衝突した天体物質の質量の65%以下であり、この大衝突は45億5300万年前に起
こったと結論付けた。(TO,Tk,Nk)
Evolution of Planetary Cores and the Earth-Moon System from
Nb/Ta Systematics
Carsten Münker, Jörg A. Pfänder,
Stefan Weyer, Anette Büchl, Thorsten Kleine, and Klaus Mezger
p. 84-87.
効率化のモデル(A Model of Efficiency)
ニトロゲナーゼは通常の環境条件で窒素をアンモニアに還元するが、化学者たちは
単純な金属錯体を用いてこの反応を模倣しようと試みているが成功した例は少な
い。この反応は酵素を用いても困難な反応でーー最も優れているニトロゲナーゼを
用いても75%位の効率であり、これは細胞によって供給された還元剤の一部が無駄
な水素生成に消費されるためである。YandulovとSchrock(p. 76;Leighによる展望記
事参照)は、反応によりアンモニアを作る一連のモリブデン錯体を再調査した。この
錯体は単一の中心金属を覆い隠すほどの大きな配位子を持っている。著者たちは、
この非水系での触媒反応を行なう条件を見出し、プロトンと還元剤のゆっくりした
付加によって、還元剤に関して66%の効率になることを示している。(KU)
CHEMISTRY:
So That's How It's
Done--Maybe
G. Jeffery Leigh
p. 55-56.
Catalytic Reduction of Dinitrogen to Ammonia at a Single
Molybdenum Center
Dmitry V. Yandulov and Richard R. Schrock
p. 76-78.
燃料中のイオウを吸着する(Sorbing Sulfur from Fuels)
自動車に使われている触媒コンバータは燃料中の微量なイオウ不純物しか処理でき
ない。石油精製所では水素脱硫処理で脂肪族イオウ化合物を取り除く。しかしこの
プロセスはチオフェンやその派生物のような芳香族イオウを取り除くためには効率
が悪い。Yangたちは(p. 79)、銅イオン、または、銀イオンを含む、ゼオライト分子
で作ったフィルターによりディーゼル燃料中のイオウ不純物の重量比率で0.2ppmま
で減少することが出来ることを示した。この値は米国で今後数年間に提案される
ディーゼル燃料基準の1/30以下である。(Na,Nk)
Desulfurization of Transportation Fuels with Zeolites Under
Ambient Conditions
Ralph T. Yang, Arturo J.
Hernández-Maldonado, and Frances H. Yang
p. 79-81.
合図して結び合う(Firing and Wiring)
脳領域間における軸策の動きに関する全体的な方向性は分子的な刺激により導かれ
ているが、活性が相関することで最終的結合がなされている可能性がある。ニュー
ロンが「相互に合図して、相互に結びついている」(fire together ,wire
together)のかどうかを調べるために、Ruthazerたち(p. 66)は、カエルの眼から成
長している軸策の方向を変えて、両眼が同じ視蓋を神経支配するようにした。この
ような競合的な状況において、眼特異的領域は視蓋の中に組み込まれている。同じ
眼の軸策間でのより大きな相関によって隣接領域で結合が形成された。反対側の眼
によって神経支配されている領域の軸策は、新たな分岐の除去の割合がより大きく
なることを示した。コンピュータシミュレーションでは、このような分岐の追加と
除去が様々な速度になることによって、眼特異的領域が発生する様子を再現してい
る。(KU,NF)
Control of Axon Branch Dynamics by Correlated Activity in
Vivo
Edward S. Ruthazer, Colin J. Akerman, and Hollis
T. Cline
p. 66-70.
氷の下のスリップ(Slipping Under the Ice)
氷河の基底部で氷が融解している氷河中に、高速のすべりが発生する。傾斜した平
面上に置かれた融けた氷の塊のように、そのような氷河は下降勾配で急速に加速す
るはずであるが、これを何が妨げているだろうか?硬い岩床上に載っている氷河に
対しては、岩床表面にあるこぶが基底の氷に抵抗力を作用すると信じられている。
そして、石化が崩れつつある(unlithified) 堆積岩からなる柔らかい岩床上に載っ
ている氷河に対しては、おそらくは、その滑り速度は、その岩床の剪断変形速度に
よって制限されている。Iverson たち (p.81) は、北ノルウェーの Svartisen 氷
冠(ice cap )の地下で行われた実験の結果を報告した。彼等は岩のトンネルによっ
て、滑りつつある氷の 210m 下の岩床へ達し、氷河運動メカニズムの再考を促す可
能性がある実験データを得た。硬い岩床では、氷の中の岩屑とその下にある岩床と
の間の摩擦は、十分大きく、氷河の基底の動きに対する全抵抗力の大部分を説明す
ることができた。柔らかい岩床では、堆積岩の細孔中の水の圧力が高い時は、氷
は、それを剪断するよりも岩床を横切るように滑っていた。(Wt,Nk)
Effects of Basal Debris on Glacier Flow
Neal R. Iverson, Denis Cohen, Thomas S. Hooyer, Urs
H. Fischer, Miriam Jackson, Peter L. Moore, Gaute Lappegard, and Jack
Kohler
p. 81-84.
気候変動における岩石の役割り(Climate Change on the Rocks)
珪酸塩岩の化学的風化作用よる大気CO2の除去は、数百万年を超える時
間スケールでの、大気CO2濃度の最終的な決め手である。しかし人為活
動による気候への影響を説明する際に、このプロセスはあまり注目されていな
い。RaymondとCole(p.88; Ittekkotによる展望記事参照)は、ミシシッピ川からアル
カリ性分の移出(export)は雨量の増加によるものであること、そしてミシシッピ川
流域のアルカリ性分移出率は、土地利用のパターン、特に森林から農地への転換
率、と関係していることを示した。化学的風化作用は、全世界に影響を及ぼす降水
量の増加率にも関係している。(TO,Nk)
GEOCHEMISTRY:
A New Story from the
Ol' Man River
Venugopalan Ittekkot
p. 56-58.
Increase in the Export of Alkalinity from North America's
Largest River
Peter A. Raymond and Jonathan J. Cole
p. 88-91.
腫瘍は如何にして血管を流し続けるか(How Tumors Keep Their Blood
Vessels Flowing)
固形腫瘍は通常、新しい血管の形成を刺激する因子を産生することにより、腫瘍自
体の増殖に栄養を供給している。しかしながら、腫瘍微少環境には、これらの新し
い血管を構成する内皮細胞(EC)のアポトーシス死を促進する因子もまた、存在し
ている。Alaviたち(p. 94)は、塩基性線維芽細胞増殖因子(bFGF)および血管内
皮増殖因子(VEGF)によりRaf-1キナーゼを活性化することにより、ECが、アポトー
シスの内在性経路および外来性経路の両方から保護される、ということを見いだし
た。bFGFは、p21-活性化タンパク質キナーゼ-1(PAK-1)のセリン338および339のリ
ン酸化を介してRaf-1を活性化し、結果として、Raf-1のミトコンドリアへの輸送、
およびマイトジェン-活性化タンパク質キナーゼ-1(MEK1)とは無関係にアポトーシ
スの内在性経路からの内皮細胞保護をもたらした。一方、VEGFはSrcキナーゼを介し
てRaf-1を活性化し、それによりチロシン340および341のリン酸化を引き起こし、そ
して外来性-媒介アポトーシスからのMEK1-依存的保護をもたらす。細胞生存におけ
るその中心的な役割を考慮すると、Raf-1キナーゼは、抗-血管新生薬のための可能
性のあるターゲットである。(NF)
Role of Raf in Vascular Protection from Distinct Apoptotic
Stimuli
Alireza Alavi, John D. Hood, Ricardo Frausto,
Dwayne G. Stupack, and David A. Cheresh
p. 94-96.
知覚学習と脳の再構築(Perceptual Learning and Brain Reorganization)
Hebbian学習において、繰り返し事象(例えば、給餌とベルの音)により、シナプス
強度の増加が生み出される。Dinseたち(p. 91)は、ヒト被検者におい
て、100〜3000 msのランダムに割り当てられた間隔で、長期間指先を刺激すること
により、そのような知覚学習を裏付ける皮質の変化を解析した。以前の研究から予
想されるように、この強烈な経験の後に、触覚による2点の識別が、刺激された側で
は改善したが、刺激されなかった側は改善しなかった。改善はNMDA-受容体ブロッ
カーであるメマンチンによりブロックされ、そして精神刺激薬であるアンフェタミ
ンにより亢進され、これは、調節性神経伝達物質の放出を増加させることを介して
作用している。一次体性感覚皮質において体性感覚で誘発された電位を測定するこ
とと、触覚による識別閾値とを組み合わせることにより、著者らは、コアクチベー
ション-誘導性知覚改善の量と個々の皮質再構築の程度との間に、緊密な相関関係が
存在することを示した。(NF)
Pharmacological Modulation of Perceptual Learning and
Associated Cortical Reorganization
Hubert R. Dinse, Patrick Ragert, Burkhard Pleger,
Peter Schwenkreis, and Martin Tegenthoff
p. 91-94.
ゲノムの非コード部分の比較(Comparing the Noncoding Parts of Genomes)
比較ゲノム学の研究の多くは、長い遺伝子コード領域にしばしば注目してきたが、
より短い非コードエレメントは遺伝子制御に関する重要な手がかりをもつ。Cliften
たち(p. 71)は、5つの酵母菌属(Saccharomyces)の種に対して2倍〜3倍のショットガ
ン配列のカバレージを生成し、それらをS. cerevisiaeゲノム配列と比較した。比較
の目的は、遺伝子制御エレメントのような保存した非コードモチーフを同定するこ
とであった。特定の保存されたモチーフは、遺伝子発現の特定パターンに関与し、
そして特定の転写制御因子の結合部位を予想することができた。これらの生物にお
ける転写制御因子が多数であるにもかかわらず、少数の新たな候補は同定されたも
のの、制御領域の多数の配列は既知であった。(An)
Finding Functional Features in Saccharomyces Genomes
by Phylogenetic Footprinting
Paul Cliften, Priya Sudarsanam, Ashwin Desikan,
Lucinda Fulton, Bob Fulton, John Majors, Robert Waterston, Barak A. Cohen,
and Mark Johnston
p. 71-76.
迅速な応答(Hair-Trigger Responses)
有毛細胞は、聴覚と平衡感覚の基盤であり、細胞の毛の束の機械的ゆがみを電気信
号に変換する。この変換方法は、機械受容性イオンチャネルが開き、内向き変換電
流を誘起することによるものである。Sidiたち(p 96)は、ゼブラフィッシュ感覚性
有毛細胞において、NompCという一過性受容器電位の陽イオンチャネルをこの機械受
容性機構の中心部分として同定した。機能できるNompCを欠損した変異体は、聴覚の
刺激に反応できなくなった。以前にNompCの無脊椎動物オルソローグは聴覚に関与す
ると考えられたが、脊椎動物の機械受容性機構は今まで発見されなかった。:(An)
NompC TRP Channel Required for Vertebrate Sensory Hair Cell
Mechanotransduction
Samuel Sidi, Rainer W. Friedrich, and Teresa
Nicolson
p. 96-99.
極限までいくと(Taken to the Limit?)
生物は常に選択圧に応答して進化しうるのだろうか? Hoffmannたちは、多雨林に
いるショウジョウバエにおける乾燥に対する抵抗性が、30世代にも及ぶ激しい選択
の後でなければ現われないということを発見した(p. 100; またRoffによる展望記事
参照のこと)。この形質は他の種ではたやすく選択されるものであるし、またこのハ
エでは遺伝的変異が豊富にあるにもかかわらず、そのような結果となった。つま
り、それ自身の環境にすでに極限まで適応しているスペシャリスト的な種は、さら
なる変化には適応しにくい可能性があるのだ。この結果は、種の保存の優先順位に
ついての関心を提起するものであり、集団の気候変化への適応方法に関するモデル
に影響を与える可能性がある。(KF)
EVOLUTION:
Enhanced: Evolutionary Danger for Rainforest
Species
Derek Roff
p. 58-59.
Low Potential for Climatic Stress Adaptation in a Rainforest
Drosophila Species
A. A. Hoffmann, R. J. Hallas, J. A. Dean, and M.
Schiffer
p. 100-102.
摂動法による細胞ネットワークのプロファイリング(Profiling Cell Networks
via Perturbations)
ある調節性ネットワークの特性が、それぞれの実験上のパラメータを余すところな
く検査することなしに決定された。Gardnerたちは、大腸菌のSOS経路における、DNA
損傷やその他のストレスに対する細胞の応答を調節する、9つの遺伝子からなるネッ
トワークを調べた(p. 102)。生理学的な定常状態点(培地で維持されている細胞の
ような場合)に近いところで生じる比較的小さな変化に対しては、この非線形な細
胞過程は線形なものとしてモデル化できる。ネットワークの各要素の転写活性を変
化させ、他の要素のメッセンジャーRNA転写の量に関するその影響を測定した。各遺
伝子について、そのネットワーク結合性と調節性入力の限界に関するいくつかの仮
定を置くことで、彼らは、このよく調べられた経路における既知の調節性結合の大
部分を同定できたのである。(KF)
Inferring Genetic Networks and Identifying Compound Mode of
Action via Expression Profiling
Timothy S. Gardner, Diego di Bernardo, David
Lorenz, and James J. Collins
p. 102-105.
免疫監視からの遮断(Sealed Off from Immune Surveillance)
再発性の膀胱の感染症は、ある種の大腸菌によって引き起こされることがあ
る。Andersonたちは、マウス・モデルを使って、それらの病原体が膀胱の上皮性細
胞内に感染を引き起こすことを見い出した(p. 105; また表紙とFerberによるニュー
ス記事参照のこと)。その細菌は増殖し、分化して、膀胱壁から突出する、細菌で満
たされた明瞭な「ポッド」を形成する。こうしたポッドは、宿主の免疫応答からは
遮断され、膀胱上皮のように、ウロブラキン(uroplakin)によって被覆されることに
なるが、これによっておそらくそれらは免疫応答を寄せ付けなくなるのであ
る。(KF)
MICROBIOLOGY:
Pods Invade Infected
Bladders
Dan Ferber
p. 31.
SOLAR PHYSICS:
SOHO Scientists See
the Light After All
Daniel Clery
p. 31.
Intracellular Bacterial Biofilm-Like Pods in Urinary Tract
Infections
Gregory G. Anderson, Joseph J. Palermo, Joel D.
Schilling, Robyn Roth, John Heuser, and Scott J. Hultgren
p. 105-107.