Science June 6, 2003, Vol.300
引き離されて、そして、絡まって(Separate and Entangled)
超伝導状態の量子ビット(キュビット)は、現在、量子コンピュータを実装する上
で、有望な候補として開発されている。単一のキュビットの特性は、、キュビット
の状態操作が可能なほど十分長い干渉時間にまで改良されてきているが、量子コン
ピューティングを実現させるには、キュビットどうしを結び合わせる(相互作用さ
せる)、つまり、絡ませることが必要である。Berkley たち (p.1548) は、巨視的
な量子系である電流バイアスジョセフソン接合を絡ませた。この接合は、0.7mm 離
れているが、キャパシターを介して結合されている。分光学的な検討によると、電
子エネルギーレベルは、二つのキュビットの絡みあいから予想されるものに一致し
ている。(Wt)
Entangled Macroscopic Quantum States in Two Superconducting
Qubits
A. J. Berkley, H. Xu, R. C. Ramos, M. A. Gubrud,
F. W. Strauch, P. R. Johnson, J. R. Anderson, A. J. Dragt, C. J. Lobb,
and F. C. Wellstood
p. 1548-1550.
炭素溜めを追跡する(Tracking Carbon Sinks)
生態系による人為的なCO2が焦点になっている2つの研究報告が寄せられ
た。ヨーロッパ陸上生態系は、正味の炭素溜め(net carbon sink)が北アメリカで見
られるものと類似する系で構成されているのかも知れない。CO2の流れ
に基づく逆大気圏モデルから摂取量が推測された。Janssensたち(p.1538)は、ヨー
ロッパにおける4つの主要な生態系タイプである、森林、牧草地、耕作地、ピート地
帯のCO2バランスの計量するために、大気の再構成(atmospheric
reconstructions)と生態系調査記録(ecosystem inventory)アプローチとの2つから
導いた見積もりを比較している。彼らによると、ヨーロッパ の陸上生態系による固
定化の割合(sequester)は、ヨーロッパの化石燃料からのCO2放出の7%
から13%に過ぎず、それは以前の推計の1/3であることがわかった。もちろん、双方
の推計にあいまいさは多く残っているが、その違いは、おそらくメタンのような非
CO2化合物をどのように取り扱うかに拠る。植物の生長における雲の全
般的な影響は、Nemaniたち(p.1560)により評価されてきた。彼らは、1980年から
1999年の期間における全世界的な記録を見積もった。彼らは、どこで大きな変化が
起こってきたのかを推定するために、そのデータと、降水量と気温の関連情報とを
比較した。彼らが記録した植物成長の増加のほとんどは熱帯地方、特に南アメリカ
で起こっていた。そこでは、雲による被覆量の減少が、光合成による一次生産量を
増加させている。(TO)
Climate-Driven Increases in Global Terrestrial Net Primary
Production from 1982 to 1999
Ramakrishna R. Nemani, Charles D. Keeling,
Hirofumi Hashimoto, William M. Jolly, Stephen C. Piper, Compton J.
Tucker, Ranga B. Myneni, and Steven W. Running
p. 1560-1563.
Europe's Terrestrial Biosphere Absorbs 7 to 12% of European
Anthropogenic CO2 Emissions
Ivan A. Janssens, Annette Freibauer, Philippe
Ciais, Pete Smith, Gert-Jan Nabuurs, Gerd Folberth, Bernhard
Schlamadinger, Ronald W. A. Hutjes, Reinhart Ceulemans, E.-Detlef
Schulze, Riccardo Valentini, and A. Johannes Dolman
p. 1538-1542.
2次元 NMR(核磁気共鳴)に類似する光学的共鳴(Optical Analogs of
Two-Dimensional NMR)
核磁気共鳴 (NMR)研究進展の鍵となったのは、厳密に決められた位相と持続時間を
もつ継続的な磁化パルスのもとで、一つのNMRスペクトルの変化を解析する多次元
フーリエ変換によるスペクトル解析法を導入したことであった。分光学における類
似実験は位相マッチングによって実行される。その位相マッチングでは短パルスが
コヒーレントな励起状態を作り出し、異なった方向から入る付加的パルスで摂動さ
れた短パルスがこの状態に摂動を加える。現在Tianたち(p.1553;Jonasによる展望
記事参照)は、特定の非線形偏光状態を選択するために、特定のコヒーレント性を
著しく高めるか弱めるための、特殊に整形された、幾何学的に同一直線上に形成さ
れた超高速光パルスが用いられることを示している。あるモデルシステム(ルビジ
ウム蒸気)のクロスするピークにおけるこのような“位相循環効果”の観察によっ
て、蛍光中の異なった励起状態がいかに共鳴し、かつ、非調和的に相互作用してい
るかについて知ることができる。(hk)
CHEMISTRY:
Optical Analogs of 2D
NMR
David M. Jonas
p. 1515-1517.
Femtosecond Phase-Coherent Two-Dimensional
Spectroscopy
Peifang Tian, Dorine Keusters, Yoshifumi Suzaki,
and Warren S. Warren
p. 1553-1555.
あなたの彗星はどのように輝くの?(How Does Your Comet Glow?)
およそ8年前、X線衛星は、彗星がX線を放射していることを示したが、その放射
を生み出す本質的メカニズムは、なかなか判明しがたいものとわかっ
た。Beiersdorfer たち (p.1558) は、ASTRO-E 人工衛星計画で予定されていた予備
のX線微少熱量分光計を用いて、気体中に捕獲されたイオンの高分解能スペクトル
を得た。その実験室でのスペクトルは、電荷交換過程における電子の二重捕獲に
よって説明することができる。これらの実験室での測定を放射モデルに用いること
により、Chandra X線観測衛星によって得られた Linear C/1999 S4 彗星のスペク
トルと一致させることができた。太陽風のイオンとコマの中性ガスとの間の電荷交
換は、そのX線放射を説明するのに十分なものである。(Wt,Nk)
Laboratory Simulation of Charge Exchange-Produced X-ray
Emission from Comets
P. Beiersdorfer, K. R. Boyce, G. V. Brown, H. Chen,
S. M. Kahn, R. L. Kelley, M. May, R. E. Olson, F. S. Porter, C. K. Stahle,
and W. A. Tillotson
p. 1558-1559.
ホットスポットから種のるつぼへ(From Hotspots to Melting Pots)
更新世時代の氷河期において、多くの生物の生息地は孤立したポケット地域や温度
変化の少ない安全地帯である「退避地(refugia)」へと縮小した。これに対する一
般的な仮説の一つは、後氷河期のコロニー形成の間に一連の浸水水没現象により、
生物は退避地を去って種内部の多様性が減少したのだろうというものであっ
た。Petitたち(p. 1563)は
,相当数のヨーロッパ植物種からのデータのメタ分析を行い、多様性に関する全体的
なパターンがこの仮説と矛盾することを見出した。殆んどの種は、南方の退避地
域(Hotspots)においては大きな遺伝的多様性を持っているが、最も多様性を持つ
集団は、基本的にはより遠く離れた北方の緯度の地域に位置している。著者たち
は、このようなパターンは様々な退避地からやってきた多様な系統の混合に起因す
る可能性が大であると論じている。(KU)
Glacial Refugia: Hotspots But Not Melting Pots of Genetic
Diversity
Rémy J. Petit, Itziar Aguinagalde,
Jacques-Louis de Beaulieu, Christiane Bittkau, Simon Brewer, Rachid
Cheddadi, Richard Ennos, Silvia Fineschi, Delphine Grivet, Martin Lascoux,
Aparajita Mohanty, Gerhard Müller-Starck, Brigitte Demesure-Musch,
Anna Palmé, Juan Pedro Martín, Sarah Rendell, and Giovanni
G. Vendramin
p. 1563-1565.
一本鎖DNAを探し出す(Seeking Out Single-Stranded DNA)
DNA損傷に応答して発生する細胞のチェックポイント信号はATRタンパク質キナーゼ
によって仲介され、ATRIPタンパク質との複合体中で機能する。Zou と Elledge (p.
1542; Carrによる展望記事参照)は、複製タンパク質A (RPA)を欠く細胞中でDNA損
傷個所にはATR-ATRIP複合体は補充されないことを見つけた。RPAは複製や組換えと
いったプロセスにおいて機能するが、一本鎖DNAに結合し、その後、ATR-ATRIP複合
体と相互作用することによってチェックポイント信号を発生させるように見える。
このATR-ATRIP複合体は損傷個所において基質タンパク質をリン酸化する。(Ej,hE)
MOLECULAR BIOLOGY:
Beginning at the
End
Antony M. Carr
p. 1512-1513.
Sensing DNA Damage Through ATRIP Recognition of RPA-ssDNA
Complexes
Lee Zou and Stephen J. Elledge
p. 1542-1548.
地中海の高含水含有マントル (Wet Mantle Below the Mediterranean)
沈み込んだスラブによりマントル内に水が取り込まれるが、このスラブがマントル
遷移帯(深度410から660km)に移動した時に、どのくらいの水分が残存するは不確か
である。Van der Meijdeたちは(p.1556)、深度410kmの不連続面における地震波の周
波数依存性を測定し、地中海の遷移帯において予想以上の水分含有の証拠を発見し
た。複数の沈み込み帯から水分が運び込まれたものと思われる。深度410kmの不連続
面におけるolivine(カンラン石)から、より多くの水分を含有できる構造をもつ
wadsleyite(カンラン石のベータ相)への相変化が水分含有を増強させるよう
だ。(Na,Tk)
Seismic Evidence for Water Deep in Earth's Upper
Mantle
Mark van der Meijde, Federica Marone, Domenico
Giardini, and Suzan van der Lee
p. 1556-1558.
真中を切る(Cutting Down the Middle)
細胞分裂中2つの娘細胞は、2つの新しい娘の核の間にアクチン環が形成すると、物
理的に分離することになる。PardoとNurse(p. 1569)は、分裂酵母の細胞分裂時のア
クチン環局在化の制御における赤道微小管の構造の新規な予想外の役割について記
述する。この構造の非存在下では、アクチン環は細胞の端へ劇的に遊走したが、2つ
の核は細胞の真中で一緒に崩壊する現象が頻繁に起こった。従って赤道の微小管の
構造は、細胞分裂が遅れると、分裂平面の正確な位置決めを維持するのに必須なの
かもしれない。(An)
Equatorial Retention of the Contractile Actin Ring by
Microtubules During Cytokinesis
Mercedes Pardo and Paul Nurse
p. 1569-1574.
インシュリン情報伝達を崩壊するもの(A Disrupter of Insulin Signaling)
タンパク質リン酸化酵素Aktは、インシュリン情報伝達の重要な成分である。Duた
ち(p. 1574)は、Aktに直接に相互作用するタンパク質を探索し、TRB3というタンパ
ク質を発見した。TRB3は、ショウジョウバエtribblesタンパク質の哺乳類の相同体
であり、Aktキナーゼの阻害薬として機能する。野生型と比較すると、糖尿病性マウ
スの肝臓におけるTRB3のRNAの量は増加していた。マウスかラットのFAO肝細胞腫の
細胞を、TRB3を発現するアデノウイルスで感染させると、高血糖を引き起こし、イ
ンシュリンへの応答を減少した。この結果によってTRB3は、インシュリンによる代
謝制御の成分であることが明確になった。またTRB3は、II型糖尿病治療の治療標的
となる可能性も示している。(An)
TRB3: A tribbles Homolog That Inhibits Akt/PKB
Activation by Insulin in Liver
Keyong Du, Stephan Herzig, Rohit N. Kulkarni, and
Marc Montminy
p. 1574-1577.
スパイク、学習、そして海馬ニューロン(Spikes, Learning, and
Hippocampal Neurons)
脳の中で記憶が固定するときのニューロン活性のパターンはどんなものなのだろう
か?この問題での重要なステップが、記憶の符号化と併合が行われる間に特異的に
生じるニューロンの発火を同定することであろう。Wirthたち(p.1578)は、サルの
海馬中の個々のニューロンから記録を取り、そして細胞の活動が、動物の位置-場面
連合課題作業(location-scene association task)の学習と平行して変化すること
を見いだした。かなりの割合の細胞において、活性の変化は、動物が連合を学習し
た後でも維持されていたが、一方で他の細胞においては、変化はより一時的なもの
であった。これらの知見から、新しい連合学習が、海馬ニューロンの刺激-選択的反
応特性での変化によりシグナル伝達されることが示される。(NF)
Single Neurons in the Monkey Hippocampus and Learning of New
Associations
Sylvia Wirth, Marianna Yanike, Loren M. Frank, Anne
C. Smith, Emery N. Brown, and Wendy A. Suzuki
p. 1578-1581.
それ以上のDNAは・・・(No More DNA, We're Full)
単細胞真核生物であるテトラヒメナは、生殖細胞系列小核および体細胞大核中にそ
のゲノムを含む。大核中のDNAは、実質的に再構成され、約15%までが欠失する。こ
の欠失は小核によりプログラムされており、そしてRNA干渉(RNAi)機構に関与する
と考えられている。Yaoたち(p. 1581;Selkerによる展望記事を参照)は、RNAiの
基質である二本鎖RNAを直接注入すると、結果として相同ゲノム領域の特異的かつ効
率的な欠失が生じることを示した。小核中に導入される外来性DNA配列は、娘体細胞
大核から効率的に取り除かれる。このプロセスにより、栄養細胞におけるそれらの
発現が阻害され、そしてこのRNA-指向性DNA欠失システムは侵入性DNAを機能できな
くするように作用することが示唆される。(NF)
MOLECULAR BIOLOGY:
A Self-Help Guide
for a Trim Genome
Eric U. Selker
p. 1517-1518.
Programmed DNA Deletion As an RNA-Guided System of Genome
Defense
Meng-Chao Yao, Patrick Fuller, and Xiaohui Xi
p. 1581-1584.
コメの遺伝子数をより正確に(Polishing the Number of Rice Genes)
コメのゲノムはコメについて理解するのに役立つだけでなく、他の禾穀類を理解す
るのにも有益である。コメ染色体10番配列決定コンソーシアムは、このたび12個あ
るコメの染色体のうちもっとも小さい染色体10番のほぼ解読が完了した配列を提示
している(p. 1566; またBevanによる展望記事参照のこと)。コメゲノムに関する以
前のドラフト状態の配列と比べて、このより洗練された配列解析は、さまざまな統
計情報に加えて、遺伝子の予測サイズの中央値が40%大きく、予測される遺伝子の総
数が、従来の予測に比べておよそ倍である、ということを示すものである。(KF)
PLANT SCIENCE:
Surprises Inside a
Green Grass Genome
Michael Bevan
p. 1514-1515.
In-Depth View of Structure, Activity, and Evolution of Rice
Chromosome 10
The Rice Chromosome 10 Sequencing Consortium
p. 1566-1569.
隣接粒子の解放(Stressing Out the Neighbors)
幾つかの実験研究によると、より粗の粒子物質と比べてナノ結晶の金属は異なるメ
カニズムで変形し、大きな応力のもとでの塑性変形を妨げることを示している。ナ
ノ金属は、また脆くなり易く、クラスター状のより大きな粒子の亀裂表面に「へこ
み(Dimpling)」を生じやすい。Hasnaouiたち(p.1550)は大規模シミュレーションを
用いて、この種の小さな粒子は協同的に動く傾向があることを示している。然しな
がら、応力下で本質的には動きを生じないある特殊な粒界、例えば双晶界面が存在
すると、隣接粒子をピン止めして塑性変形の発生を妨げる。(KU)
Dimples on Nanocrystalline Fracture Surfaces As Evidence for
Shear Plane Formation
A. Hasnaoui, H. Van Swygenhoven, and P. M.
Derlet
p. 1550-1552.
病原体スクリーニングの詳細(The Ins and Outs on Pathogen Screening)
全ての多細胞性生命体は、病原体による攻撃に対する反応の早い段階で作用する複
数の仕組みを共通にもっている。昆虫や哺乳動物についての研究で、Tollファミ
リーの役割と、同一ではないが類似した信号伝達経路の活性化におけるパターン認
識分子Nod1およびNod2の役割とが明らかにされてきた。リポ多糖が生得的免疫系に
よって認識される唯一のパターンというわけではなく、Girardinたちは、グラム陰
性菌のペプチドグリカンに由来する剥き出しのジアミノピメリン酸系アミノ酸をも
つトリペプチドを、細胞内Nod1が特異的に検知する、ということを明らかにした(p.
1584)。これとは対照的に、Nod2は、単核細胞やマクロファージ、樹状細胞に存在し
ているものだが、全ての細菌に共通するペプチドグリカン・ジペプチド・モチーフ
を感知するのである(Nod2の非応答性変異体はクローン病に関わっている)。つま
り、Nod1は細胞内のグラム陽性菌とグラム陰性菌の弁別を可能にし、引き続いて進
む順応性免疫応答ができるのを助けているのである。(KF)
Nod1 Detects a Unique Muropeptide from Gram-Negative
Bacterial Peptidoglycan
Stephen E. Girardin, Ivo G. Boneca, Leticia A. M.
Carneiro, Aude Antignac, Muguette Jéhanno, Jérôme
Viala, Karsten Tedin, Muhamed-Kheir Taha, Agnès Labigne, Ulrich
Zäthringer, Anthony J. Coyle, Peter S. DiStefano, John Bertin,
Philippe J. Sansonetti, and Dana J. Philpott
p. 1584-1587.