Science May 16, 2003, Vol.300
闇の中のホール(Hole in the Dark)
ブラックホールは、超新星爆発によって大質量星のコアが重力崩壊し中性子星と
なった後に形成された可能性がある。そして、中性子星は、放出された物質を部分
的に再降着させ、ブラックホールへ変わるのに十分な質量まで増加したのであろ
う。また、その超新星は、その星系に、比較的高速度で生誕地から遠ざけるような
「蹴り」も与えるであろう。Mirabel と Rodrigues (p.1119) は、Cygnus X-1 中の
10 太陽質量のブラックホール候補に対して、このモデルをテストした。それの推測
される生誕地に対する Cygnus X-1の位置と空間速度の運動学的な解析に基づくと、
その系は、ほんのわずかな質量を放出しただけであり、その放出質量は、超新星爆
発において放出された質量に比べてずっと少ない。Cygnus X-1 ブラックホールは、
「暗黒」の中で形成され、超新星爆発によって誘発されたものではなかっ
た。(Wt,Ym)
Formation of a Black Hole in the Dark
I. Félix Mirabel and Irapuan Rodrigues
p. 1119-1120.
水素のソフトな貯蔵(Soft Storage for Hydrogen)
金属-有機系骨組み構造の化合物で構成された微小多孔体材料は、小孔の系統的なサ
イズ変化を持たせることが可能である。八面体の Zn-O-C クラスターと芳香族結合
グループに基づく一つの化合物族は、大気環境下において高いメタンの吸着能力が
あることが示されている。Rosi たち (p.1127; Ward による展望記事を参照のこと)
は、これらの材料の一つである MOF-5もまた、高い水素取り込み能力があることを
報告している。10K における水素の回転運動に関する非弾性中性子散乱分光
は、10.3 meV(millielectron volts) と 12.3 meV とに2つの鋭いピークのあること
を明らかにしている。このピークは、それぞれ、亜鉛と芳香族結合グループに対す
る結合サイトに対応している。液体窒素温度では、その材料は、4.5 質量% (wt %)
の水素を吸収し、ある MOF-5 の誘導体は、室温 20気圧 においては 2 wt % の水素
を吸収する。この材料の系統の調整可能性は、自動車への応用に望まれている工学
的目標値6.5 wt % の貯蔵量に到達できる可能性がある。(Wt)
MATERIALS SCIENCE:
Enhanced: Molecular Fuel Tanks
Michael D. Ward
p. 1104-1105.
Hydrogen Storage in Microporous Metal-Organic
Frameworks
Nathaniel L. Rosi, Juergen Eckert, Mohamed
Eddaoudi, David T. Vodak, Jaheon Kim, Michael O'Keeffe, and Omar M.
Yaghi
p. 1127-1129.
ナノ・クラスタの磁性(Magnetism of Nanoclusters)
通常磁気デバイスは、記録材料の結晶対称性をもつ電子の相互作用によって生成さ
れる磁化配向に、容易(easy)軸と難易(hard)軸があることを利用する。ビット
の大きさがナノ・スケールまで小さくなるときに、磁化におけるこの異方性がどの
様に変化するのだろうか? Gambardellaたち(p. 1130)はこの課題を逆の方向から
観察した。単一コバルト原子の磁気異方性を調べ、白金基板上に析出されている数
十個のコバルト原子からなるナノサイズ粒子によってこの異方性がどのように変化
するかを彼らは調べた。単一原子は吸着原子が対称性を減らすか、あるいは軌道電
子が協調(カップリング)によって生じる大きい磁気異方性を持っている。著者たち
は、ナノサイズ粒子がより大きくなったときに示すであろう磁気異方性の減少に対
して、ナノサイズ粒子の磁気特性を改善するためにこのような効果が利用できるの
ではないかと示唆している。(hk,KU)
Giant Magnetic Anisotropy of Single Cobalt Atoms and
Nanoparticles
P. Gambardella, S. Rusponi, M. Veronese, S. S.
Dhesi, C. Grazioli, A. Dallmeyer, I. Cabria, R. Zeller, P. H. Dederichs, K.
Kern, C. Carbone, and H. Brune
p. 1130-1133.
イガイの違反(Mussel Breach)
カリフォルニア沿岸沖の強い海洋沸昇によって、捕食性のバイガ
イ(whelk)、Nucella canaliculataにとって、選択対象となる代替餌動物がほとんど
いなくなる。その結果、イガイを摂食するため、イガイ(貽貝)の穴あけに専念する
ことになる。オレゴンやワシントン沿岸沖の弱い沸昇の場合には、大量のフジツボ
が補充される結果代替対象となる餌動物が多くなり、そしてバイガイはイガイの穴
をあけることがより少なくなる。実験室での飼育実験において、Sanfordた
ち(p.1135)は、バイガイ母集団の間における遺伝子上の差異とともに、この挙動の
違いが持続していることを示した。(TO)
Local Selection and Latitudinal Variation in a Marine
Predator-Prey Interaction
Eric Sanford, Melissa S. Roth, Glenn C. Johns, John
P. Wares, and George N. Somero
p. 1135-1137.
土壌中における炭素サイクルの謎(Carbon Black Box Below Ground)
陸生の生態系における土壌中の部分は、その物理的な特質と生物相の大部分が顕微
鏡レベルのサイズのためにあまりよく研究されていない。このために、土壌生物の
多くのライフサイクルは、菌根の菌類といった重要な植物根の共生生物を含めて不
明である。Staddonたち(p. 1138)は、14Cの食餌と加速質量分析装置を
用いて、土壌中の菌根の菌糸の代謝回転の速度を測定した。菌根の菌類は植物の光
合成生成物の20%までを利用している。この炭素代謝回転速度は、地球規模での炭素
バランスの関連においても重要な意味を持っている。(KU)
Rapid Turnover of Hyphae of Mycorrhizal Fungi Determined by
AMS Microanalysis of 14C
Philip L. Staddon, Christopher Bronk Ramsey, Nick
Ostle, Philip Ineson, and Alastair H. Fitter
p. 1138-1140.
多様性に関する普遍的な増加(Unbiased Increases in Diversity)
多くの動物や植物の多様性(属や種の数)が、第三紀(6500万年前)の時代に劇的に増
加したと考えられている。しかしながら、この見かけ上の増加は、より完全な化石
標本が得られたためにそのように見えているだけではないのか? Jablonskiたち(p.
1133:Kerrによるニュース記事参照)は、現世の化石記録に最も近い時代である鮮新
世と更新性における二枚貝の化石記録を調査することで,このバイアスの影響を調べ
た。「現世への引き寄せ(Pull of the Recent)」は、あってもごくわずかな引き
寄せであること、更にこのバイアスはこの良く研究せれている二枚貝のグループに
おいては最小(せいぜい5%位)のものであることを、彼らは見い出した。彼らは二
枚貝の属が5倍に増加したことと他の多くの属が似たような増加をしたことは事実で
あると結論づけている。(KU)
PALEONTOLOGY:
Life's Diversity May
Truly Have Leaped Since the Dinosaurs
Richard A. Kerr
p. 1067-1069.
The Impact of the Pull of the Recent on the History of Marine
Diversity
David Jablonski, Kaustuv Roy, James W. Valentine,
Rebecca M. Price, and Philip S. Anderson
p. 1133-1135.
スリップをギブアンドテイク(Giving and Taking the Slip)
プレートテクトニクスの単純な解釈は、あるプレートが他のプレートに対してすれ
違い移動することであるが、この過程は現実にはしばしばもっと複雑であり、すべ
り運動が異なる断層に分割する場合があることが分かっている(Jonesによる展望記
事参照)。2002年11月3日に発生したDenali断層地震は、マグニチュード7.9の大きな
モーメントマグニチュードを持ち、アラスカの地表に約327キロートル破断跡を残し
た。Eberhart-Phillipsたちは(p.1113;および表紙写真参照)は、その破断のほとん
どは、Denali断層とTotschunda断層に沿って最大8.8メートルの水平方向のずれを伴
う右横ずれ(right-lateral strike-slip)移動方向をもっていた。その破断速度と指
向性は、地表面に強い変形を生じ、震央から4000キロメートルまでの火山性地域に
おいて地震を起こしやすくした。この地震のすべり(slip)を3つの部分イベントと強
い指向性現象として解釈することで、大規模な地震における希少で重要な観測結果
が得られた。プレート境界に沿った斜圧縮(Oblique compression)は、しばしば異な
るタイプの断層のすべりに分割される。Bowmanたち(p.1121)は、弾塑性の下部地
殻(elasto-plastic lower crust)中の局所的剪断帯(shear zone)上での斜すべ
り(oblique slip)は、破砕が上昇するに従って脆性の上部地殻中ですべりの分割を
引き起こすことを示した。彼らの比較的単純なモデルで、南カリフォルニアや東北
チベットで観測された比較的複雑なスリップ分割について説明つけることが出来
る。(TO)
Slip Partitioning by Elastoplastic Propagation of Oblique
Slip at Depth
David Bowman, Geoffrey King, and Paul
Tapponnier
p. 1121-1123.
年齢によるインシュリン抵抗性の増加(Increasing Insulin Resistance)
2型糖尿病は特に高齢者に多い。Petersenたちは(p. 1140)、核磁気共鳴(NMR:
nuclear magnetic resonance)分光法を用い、健康な高齢志願者の生体代謝機能を測
定した。若い成人に比べ彼等はインシュリンに対する抵抗性を顕著に持っていた。
高齢者にはインシュリン抵抗性と同時に肝臓と筋肉の脂肪増加も見られ、骨格筋の
ミトコンドリアの酸化活性とリン酸化活性が40%も顕著に減少している。このように
年齢に関連するミトコンドリアの機能障害が高齢者の糖尿病発症に寄与するよう
だ。(Na)
Mitochondrial Dysfunction in the Elderly: Possible Role in
Insulin Resistance
Kitt Falk Petersen, Douglas Befroy, Sylvie Dufour,
James Dziura, Charlotte Ariyan, Douglas L. Rothman, Loretta DiPietro, Gary
W. Cline, and Gerald I. Shulman
p. 1140-1142.
抗ウイルスの応答の作成と解除(Making and Breaking an Antiviral
Response)
ウイルス感染はI型インターフェロン遺伝子を活性化する。この過程は、インター
フェロン制御因子(IRF)-3とIRF-7といったいくつかの転写制御因子の協同的な活性
化を必要とする(WilliamsとSenによる展望記事参照)。二本鎖RNAのようなシグナル
は、まだ解明されていないウイルス活性化キナーゼ(VAK)による、IRF-3とIRF-7のリ
ン酸化を導く。Sharmaたち(p. 1148)は、IRF-3とIRF-7をリン酸化するVAK成分
は、IKKε/TBK-1というIKK関連キナーゼであることを示している。Foyたち(p. 1145)
は、C型肝炎ウイルス(HCV)のセリンプロテアーゼ(NS3/4A)はIFR-3リン酸化を遮断す
ることを示している。従って、HCVは細胞のインターフェロン応答を遮断する機構を
進化させてきたが、この進化はIKKε/TBK-1のタンパク分解によるものかもしれな
い。(An)
Regulation of Interferon Regulatory Factor-3 by the Hepatitis
C Virus Serine Protease
Eileen Foy, Kui Li, Chunfu Wang, Rhea Sumpter Jr.,
Masanori Ikeda, Stanley M. Lemon, and Michael Gale Jr.
p. 1145-1148.
Triggering the Interferon Antiviral Response Through an
IKK-Related Pathway
Sonia Sharma, Benjamin R. tenOever, Nathalie
Grandvaux, Guo-Ping Zhou, Rongtuan Lin, and John Hiscott
p. 1148-1151.
IMMUNOLOGY:
A Viral On/Off Switch for
Interferon
Bryan R. G. Williams and Ganes C. Sen
p. 1100-1101.
動いている染色体(Chromosomes On the Move)
減数分裂、つまり親細胞の二倍体DNA含有量の半分しか含まない単相体の卵と精細胞
の生成、には複雑な一連の運動が必要であり、この一連の動きを指揮する要因の一
部はcohesinである。cohesinは相同染色体を保持するタンパク質である。Kitajima
たち(p. 1152)は、減数分裂の個別の段階には個別なcohesin複合体が必要であるこ
とを示している。Rec8-Rec11複合体は、母性と父性のゲノムの組換えの有効性を担
保することによって、第一減数分裂において、染色体腕の粘着における必須の役割
を果たす。Rec8-Psc3複合体は、第一と第二の減数分裂において、動原体の粘着を支
持する。またこの複合体は、第一の分裂において、紡錘への単極付着を樹立し、第
二の分裂において、正常な姉妹染色分体の整列を指示する。(An)
Distinct Cohesin Complexes Organize Meiotic Chromosome
Domains
Tomoya S. Kitajima, Shihori Yokobayashi, Masayuki
Yamamoto, and Yoshinori Watanabe
p. 1152-1155.
腫瘍放射線療法を再考する(Rethinking Tumor Radiotherapy)
全ての癌患者のほぼ半分は、放射線療法を用いて治療されている。放射線に対する
腫瘍の反応の程度は、腫瘍幹細胞の細胞死比率により主として決定されると考えら
れる。しかしながら、Garcia-Barrosたち(p. 1155)は、腫瘍中の内皮細胞が、放
射線感受性を決定する際に主要な役割を果たすことを示した。内皮細胞のアポトー
シスに必要とされる酵素の酸性スフィンゴミエリナーゼ(acid sphingomyelinase)あ
るいはBaxを遺伝子的に欠損させたマウスにおいて、それらの内皮細胞のアポトーシ
スは顕著に減少して放射線に対して耐性となることにより、腫瘍が放射線耐性に
なった。これらの結果から、放射線療法による最適な腫瘍の標的化に関しては、内
皮の反応を考慮しなければならない可能性があることが示唆される。(NF)
Tumor Response to Radiotherapy Regulated by Endothelial Cell
Apoptosis
Monica Garcia-Barros, Francois Paris, Carlos
Cordon-Cardo, David Lyden, Shahin Rafii, Adriana Haimovitz-Friedman, Zvi
Fuks, and Richard Kolesnick
p. 1155-1159.
EFGなしで(Look, Ma, No Factors!)
リボソームは、メッセンジャーRNA(mRNA)に沿って移動して、タンパク質合成のた
めに3-ヌクレオチドコドンを読み取る。通常は、この移動は、伸長因子G(EF-G)の
立体構造的変化により促進される;リボソームに対するEF-Gの結合は、結合したグ
アノシン三リン酸(GTP)の加水分解を刺激することによりエネルギーを解放し、立
体構造的変化を推進する。FredrickとNoller(p. 1159)は、ペプチジル-トランス
フェラーゼ阻害剤スパルソマイシンが、意外にも、EF-GおよびGTPが存在しない条件
下において、mRNAに沿ったリボソームの因子-非依存的転位を誘導できることを示し
た。このように、50Sリボソームサブユニットのペプチジル-転移反応中心での基質
から生成物への変化は、mRNAをおよそ50オングストロームの距離にある30Sリボソー
ムサブユニット中のデコード中心を介して移動させるために十分な情報とエネル
ギーとを供給する。(NF)
Catalysis of Ribosomal Translocation by
Sparsomycin
Kurt Fredrick and Harry F. Noller
p. 1159-1162.
骨のある論争(A Contention of Bone)
従来の研究では、骨中のヒドロキシアパタイト[Ca10 (OH)
2 (PO4)6]には水酸化イオンが足りないことが
わかっていたが、その欠損をヒドロキシアパタイトがどのようにして補償している
のかについての説明はなされていなかった。水素とリンの信号を関連付けられる固
体核磁気共鳴技法を用いて、Choたちは、水酸化イオンが、化学量論が示す量に近い
くらい存在していることを明らかにした(p. 1123)。この方法は、従来の研究で水酸
化信号が低く出た理由になっていた可能性のある、コラーゲン・マトリックスから
ヒドロキシアパタイトを物理的に分離すること、つまりそのスペクトルを分析的に
分離することを必要としないのである。(KF)
Detection of Hydroxyl Ions in Bone Mineral by Solid-State NMR
Spectroscopy
Gyunggoo Cho, Yaotang Wu, and Jerome L.
Ackerman
p. 1123-1127.
二人がかりで加齢プロセスに対抗する(Double-Teaming the Aging Process)
線虫(Caenorhabditis elegans)のコードにおいて寿命の長さを制御する2つの転写制
御因子は、熱ストレスによって誘導されるHSF-1と、FOXOファミリーのメンバーであ
るDAF-16である。Hsuたちは、これらの転写制御因子が一緒になって、低分子量熱
ショックタンパク質(HSP:heat-shock protein)のための遺伝子などからなる遺伝子
の集合を制御しているということを明らかにした(p. 1142)。この低分子量熱ショッ
クタンパク質はそれ自身が寿命を制御するものなのである。これら低分子量HSPは、
損傷したタンパク質に結合し、有害な集合体の形成を妨げることによって、加齢効
果に対して逆向きに働くのである。(KF)
Regulation of Aging and Age-Related Disease by DAF-16 and
Heat-Shock Factor
Ao-Lin Hsu, Coleen T. Murphy, and Cynthia
Kenyon
p. 1142-1145.