Science March 14, 2003, Vol.299
氷床融解の歴史(Chronicles of a Meltdown)
およそ14,600年前、融解噴出1A(MWP 1A: meltwater pulse 1A)と呼ばれる、大陸氷床に融
解で発生した大規模な淡水の噴出により、わすが500年ほどの期間で海水面が約20m上昇し
た。この事象はBolling-Allerodと呼ばれる温暖気候と北米西方の氷床が関係していた
。Weaverたちは(p. 1709、Kerrによるニュース解説も参照)、南極氷床のMWP 1Aがどのよ
うに北大西洋の熱塩循環の強度を高め、その結果温暖な気候への移行させたかを、それほ
ど複雑でない気候モデルによって示している。この南方融解は南極で19,000年前に起きた
温暖化の結果だった。Bolling-Allerod後の寒冷期は、北半球の大陸氷床の融解による淡
水噴出と、その後の温暖化と対応している。(Na)
Meltwater Pulse 1A from Antarctica as a Trigger of the
Bølling-Allerød Warm Interval
Andrew J. Weaver, Oleg A. Saenko, Peter U. Clark, and
Jerry X. Mitrovica
p. 1709-1713.
曲面上での存在(Living on a Curve)
100年以上前に、J.J.トムソンは球の表面に電子を充填する方法を研究していたが、それ
は固い電子殻をもった原子模型を考察する際に生じる問題でもあった。球面上において一
連の反撥粒子を配列させるという、この一般的な問題には幾つかの理論的解が与えられて
いるが、然しながら、いまだ大きな未解決の問題である。コロイド粒子を用いた研究から
、Bauschたち(p. 1716: Kamienによる展望記事参照)は、この問題を取り扱う実験系を開
発した。彼らはあるクリティカルな球の半径以上において、新たな欠陥がその充填を安定
化するのに必要であることを見い出している。(KU)
PHYSICS:
Topology from the Bottom
Up
Randall D. Kamien
p. 1671-1673.
Grain Boundary Scars and Spherical Crystallography
A. R. Bausch, M. J. Bowick, A. Cacciuto, A. D. Dinsmore,
M. F. Hsu, D. R. Nelson, M. G. Nikolaides, A. Travesset, and D. A. Weitz
p. 1716-1718.
雲がかった見解(Cloudy Outlook)
気候変化における雲量の効果はまだ十分に理解されていないが、北極圏のように気候変化
に敏感な地域では大いに重要な役割を演じる。Wang と Key (p. 1725)は、人工衛星から
のデータを利用して、北極圏における過去20年間の地表面温度や地表面アルベド、雲の性
質、放射フラックスそして雲がになる起因する天気の傾向(cloud forcing)を推定した
。1年の内日照期間中は雲量が増加して地表面温度の上昇を押さえていた。このような地
表面と雲との相互作用の結果、測定期間の間における地表面放射収支の変化は非常に小さ
かった。このことは、北極圏の表面温度は、局所的な放射効果よりも大規模な大気循環パ
ターンの変動が原因となっていることを示唆している。(TO,Nk)
Recent Trends in Arctic Surface, Cloud, and Radiation Properties
from Space
Xuanji Wang and Jeffrey R. Key
p. 1725-1728.
乱れた興奮波を手なずける(Taming Turbulent Excitation Waves)
心臓筋肉を伝播する電気的興奮のような、三次元的に伝わる興奮波は、ボルテックスフィ
ラメントと呼ばれる興奮の線から外向きに放射される"scroll waves"として伝播しうる
。Winfree は、およそ10年ほど前に、そのような scroll waves は、ボルテックスフィ
ラメントが動き回り、相互に相殺傾向のある波を送出するために、2次元における
spiral wave とは異なっていることを示した。そのような "乱れ" は、心臓の細動停止の
基礎をなしている可能性がある。Alonso たち (p.1722) は、この乱れを理論的に研究し
、弱い非共鳴周波数での周期的な力の印加により、制御しうることを見出した。誘発され
た、媒質の興奮可能性の変化は、フィラメントを縮小させ、かくして、乱れを抑止する
。(Wt)
Taming Winfree Turbulence of Scroll Waves in Excitable
Media
Sergio Alonso, Francesc Sagués, and Alexander S.
Mikhailov
p. 1722-1725.
旱魃の疑いが濃厚(Less Doubt About Drought)
西暦10世紀と11世紀の間における古代マヤ文明の滅亡は、詳しい環境記録が不足している
にもかかわらず、しばしば旱魃が原因とみなされている。Haugたち(p.1731)は、南カ
リブ海のCariaco流域において、水理学的な循環強度の目安である河川水による堆積物中
のチタン含有量の記録を示している。各々10年弱で継続した三つの旱魃期は、考古学的証
拠に基づいて提唱された西暦810年、860年そして910年頃のマヤの市街放棄の三つの局面
と一致していた。(KU)
Climate and the Collapse of Maya Civilization
Gerald H. Haug, Detlef Günther, Larry C. Peterson,
Daniel M. Sigman, Konrad A. Hughen, and Beat Aeschlimann
p. 1731-1735.
ウイルス性シナプス(Viral Synapse)
レトロウイルスが標的細胞に侵入するメカニズムについて、ウイルス粒子がウイルス・エ
ンベロープ糖タンパクと、特定の細胞表面受容体との相互作用を通じて、標的細胞に結合
するのではないか、と言われていた。最近になって、ヒトT細胞白血病ウイルス-I型
(HTLV-I)がリンパ細胞に感染するためには、ウイルス粒子が必須となるが、自然状態では
粒子はほとんどできないこと、つまり従来モデルは単純過ぎ、更に細胞表面への接着タン
パク質と、細胞間接着によるウイルス伝播が重要であることが指摘されていた。HIVと同
様に、HTLV-Iは免疫系のT細胞において複製され、白血病や熱帯性痙性不全対麻痺
(tropical spastic paraparesis)のような深刻な病気を起こす。Igakura たち(p. 1713;
Derse と Heideckerによる展望記事参照)は、HTLV-Iに感染したヒトから得られた刺激さ
れてない
T細胞は、自発的にHTLV-I Gagタンパク質とHTLV-Iゲノムを感染してない細胞に伝達する
ことを見つけた。このような細胞間伝達には宿主細胞の微小管細胞骨格が必要である。レ
トロウイルス成分はT細胞間に形成される免疫学的シナプスに似た構造を通じて非感染細
胞に伝達され、ウイルスで制御される。(Ej,hE)
VIROLOGY:
Forced Entry--or Does HTLV-I
Have the Key?
David Derse and Gisela Heidecker
p. 1670-1671.
Spread of HTLV-I Between Lymphocytes by Virus-Induced Polarization
of the Cytoskeleton
Tadahiko Igakura, Jane C. Stinchcombe, Peter K. C.
Goon, Graham P. Taylor, Jonathan N. Weber, Gillian M. Griffiths, Yuetsu Tanaka,
Mitsuhiro Osame, and Charles R. M. Bangham
p. 1713-1716.
期待の大きな薄膜(Better on Film)
強誘電性, 強磁性、強伸縮結合性(ferroelastic coupling)を同時に示す多強性物質
(multiferroic materials)は、駆動、センサー、情報蓄積への応用が期待されている
。Wang たち(p. 1719)は、BiFeO3の強誘電性で強磁性のヘテロエピタキシャ
ル薄膜の分極と、これに関連する物性を増強した結果について報告している。この薄膜結
晶構造解析によれば単斜晶系であり、バルク状態での菱面体晶系とは異なっている。この
薄膜は室温で自発分極(50〜60マイクロクーロン/cm2)であり、バルクでの値
より1桁大きい。この結果は、格子パラメータの小さな変化に起因する第1原理の計算結
果と一致する。また、バルクと異なり、薄膜は膜厚に依存した磁性を示す。(Ej)
Epitaxial BiFeO3 Multiferroic Thin Film
Heterostructures
J. Wang, J. B. Neaton, H. Zheng, V. Nagarajan, S. B.
Ogale, B. Liu, D. Viehland, V. Vaithyanathan, D. G. Schlom, U. V. Waghmare, N.
A. Spaldin, K. M. Rabe, M. Wuttig, and R. Ramesh
p. 1719-1722.
分離されつつ(Getting Separated)
核分裂の後、細胞は細胞質分裂として知られているプロセスに移る。Straightたち(p.
1743)は、細胞質分裂プロセスを、ミオシンIIの新規な高特異性阻害薬のブレビスタチン
(blebbistatin)を含む多数の阻害薬を使って解剖した。ブレビスタチンは、有糸分裂その
ものや、アクチンの収縮環形成に影響を与えずに、細胞質分裂の鍵となる要素である分裂
溝収縮を阻止する。彼らは、細胞質分裂を完了させるにはユビキチン介在のタンパク質分
解が必要で、これによって哺乳類の細胞質分裂と酵母の細胞質分裂とを機械的に結びつけ
ることができることを解明した。(Ej,hE)
Dissecting Temporal and Spatial Control of Cytokinesis with a
Myosin II Inhibitor
Aaron F. Straight, Amy Cheung, John Limouze, Irene Chen,
Nick J. Westwood, James R. Sellers, and Timothy J. Mitchison
p. 1743-1747.
捕獲下での繁殖は、いかにして適応度を減少させるか(How Breeding in Captivity
Can Reduce Fitness)
危機にさらされた種または商業的に利用された種の個体群を増加させるために計画された
捕獲下での養殖・放流プログラムにより、現実には個体群の適応度が低下する場合がある
。これは、不適応な特性を持つものにとって好都合な可能性がある低-死亡率条件下で
、動物を養殖するためである。Heathたち(p. 1738)は、若齢死亡率が計画的に最小にさ
れている水産養殖条件下での養殖キングサーモン(chinook salmon)において、もともと
は大型の卵に有利に働く選択が弱まることを示す。結果は、孵化場に野生個体群を補充す
ることにより、魚個体群中に非適応性の特性(小型の卵サイズ)を引き起こすことにより
、キングサーモンに対して実質的に負のインパクトを与える、というものである。不適応
状態の進化的な変化は、20年以内に現れる。(NF)
Rapid Evolution of Egg Size in Captive Salmon
Daniel D. Heath, John W. Heath, Colleen A. Bryden,
Rachel M. Johnson, and Charles W. Fox
p. 1738-1740.
伝染性はゼロサムゲームか?(Is Infectivity a Zero-Sum Game?)
真菌病原体は、それらの胞子が風で運ばれるため、非常に移動性が高いが、では宿主個体
群全体に感染することができるスーパー-病原体はなぜ発生しないのか?Thrallと
Burdon(p. 1735;Brownによる展望記事を参照)は、南オーストラリアのコジアスコ国立
公園で、野生の亜麻とサビ病真菌との関係を調べ、そして宿主と病原体株との包括的なセ
ットを調査した。真菌の胞子産生とその伝染性とのあいだに交換条件が存在する--すなわ
ち、真菌系統の毒性がより大きくなれば、それだけそれが産生する胞子が少なくなる
。(NF)
EVOLUTION:
Little Else But
Parasites
J. K. M. Brown
p. 1680-1681.
Evolution of Virulence in a Plant Host-Pathogen
Metapopulation
Peter H. Thrall and Jeremy J. Burdon
p. 1735-1737.
娘細胞のダメージコントロール(Damage Control for Daughters)
発芽酵母の新生娘細胞の適合性は、母細胞の酸化的に傷害したタンパク質を保持する能力
に部分的に依存するかもしれない。Aguilaniuたち(p 1751)は、複製の回数によって酸化
的に傷害したタンパク質の量が増加するのに、細胞分裂時にそのタンパク質は子孫に伝え
られないことを報告している。この選択的な分配は、アクチンとsir2遺伝子に依存するが
、sir2はヒストンのデアセチラーゼをコードし、寿命の決定要因であると思われている
。(An)
Asymmetric Inheritance of Oxidatively Damaged Proteins During
Cytokinesis
Hugo Aguilaniu, Lena Gustafsson, Michel Rigoulet, and
Thomas Nyström
p. 1751-1753.
網膜の変性を回避する( Avoiding Retinal Degeneration)
光変換のシグナル伝達カスケードの機能障害をもつ突然変異のハエにおける網膜の変性の
過程は、ヒトの退行性障害を理解するためのモデルとして利用できる。Acharyaたち(p
1740; Ranganathanによる展望記事参照)は、このハエにおける網膜の変性はスフィンゴミ
エリン生成の妨害によって抑制させることができることを示している。
(An)
CELL BIOLOGY:
A Matter of Life or
Death
Rama Ranganathan
p. 1677-1679.
Modulating Sphingolipid Biosynthetic Pathway Rescues Photoreceptor
Degeneration
Usha Acharya, Shetal Patel, Edmund Koundakjian, Kunio
Nagashima, Xianlin Han, and Jairaj K. Acharya
p. 1740-1743.
タンパク質挿入の可能性(The Potential for Protein Insertion)
TIM22と呼ばれている複合体は、ミトコンドリア内膜にタンパク質を挿入するが、膜電位
から動力を得る。Rehlingたち(p 1747)は、内膜タンパク質挿入に関与する分子機構の研
究によって、TIM22複合体が2つの投下孔をもつ転位酵素として作用することを発見した
。まずTIM22はタンパク質前駆物質と結合し、それから膜電位を用い、前駆物質に転位酵
素を入れてからタンパク質挿入を駆動する。(An)
Protein Insertion into the Mitochondrial Inner Membrane by a
Twin-Pore Translocase
Peter Rehling, Kirstin Model, Katrin Brandner, Peter
Kovermann, Albert Sickmann, Helmut E. Meyer, Werner Kühlbrandt, Richard
Wagner, Kaye N. Truscott, and Nikolaus Pfanner
p. 1747-1751.
癌のスクリーニングのための後成的マーカー(An Epigenetic Marker for Cancer
Screening)
結腸直腸癌(CRC)による多くの死は、早期の検出で防ぐことができたはずである。Cuiたち
は、インシュリン様成長因子-II(IGF-2)をコードする遺伝子における刷り込みの欠損
(LOI、DNAメチル化におけるある変化のこと)という後成的マーカーの予測面での価値(的
中率)を調べた(p. 1753; またRansohoffによる展望記事参照のこと)。この遺伝子は以前
からCRCと結び付けられていて、血液検査で検定できるものであった。ある結腸鏡検査ク
リニックの172人の患者をも対象としたパイロット研究において、著者たちは、CRCの家族
歴を有する個人ではLOIが通常の5倍も見い出されるということ、自分自身がCRCになった
個人ではLOIが21倍も見い出されることを発見した。こうした予備的結果から、LOIが癌の
リスクを予測する価値あるマーカーである可能性のあることが示唆される。(KF)
CANCER:
Developing Molecular Biomarkers
for Cancer
David F. Ransohoff
p. 1679-1680.
Loss of IGF2 Imprinting: A Potential Marker of Colorectal
Cancer Risk
Hengmi Cui, Marcia Cruz-Correa, Francis M. Giardiello,
David F. Hutcheon, David R. Kafonek, Sheri Brandenburg, Yiqian Wu, Xiaobing He,
Neil R. Powe, and Andrew P. Feinberg
p. 1753-1755.
まず最初のものが重要(First Things First)
古気候学における基本的な疑問の一つは、最後の氷河期の終わりを示す温暖化が大気中の
CO2の増加によって引き起こされたのか、それともCO2の増加は温
度が高くなったことの結果なのか、ということである。氷の掘削コアのデータの解釈は
、捉えられたCO2を含む空気の泡の、温度を計算するのに用いられるそれらを
取り囲むより古い氷に対する相対年代が、1000年以上もの幅のどこかに存在するかという
不確定さをもっているために不完全なままである。この問題を回避する一つの方法は、氷
に含まれている同じ空気泡に由来するCO2と温度記録を使うことである
。Caillonたちは、そのような一つの方法、すなわちアルゴンの同位体組成における変化
を用いる方法、によって、Termination III期(今から24万年前)のCO2と気候
の相関
係を決定した(p. 1728)。南極大陸のVostokから得られた、彼らの古大気中のアルゴン同
位体の記録は、CO2の濃度が南極区の退氷をもたらした温暖化より800±100年
遅れていたことを示唆するものである。この結果は、氷河期から間氷河期にかけての温度
変化に対する有意な寄与が、初期の変化の方向をさらに強めるように働いた温室ガスによ
ってなされた、とする考えと整合するものである。(KF)
Timing of Atmospheric CO2 and Antarctic Temperature
Changes Across Termination III
Nicolas Caillon, Jeffrey P. Severinghaus, Jean Jouzel,
Jean-Marc Barnola, Jiancheng Kang, and Volodya Y. Lipenkov
p. 1728-1731.