Science January 31, 2003, Vol.299
細胞小器官への突進(Charging Against Organelles)
プラスチドは、マラリア寄生虫である熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)に不
可欠の細胞小器官である。タンパク質がこれら細胞小器官に向かっていく仲介役を果たす
プラスミド移行タンパク質は、潜在的な治療のための対象であるが、そのタンパク質につ
いてはほとんど分かっていない。Fothたち(p. 705)は、アミノ末端近傍のアミノ酸に特徴
的な電荷性質とHsp70結合部位を見つけ、これがapicoplastに対する標的分子を同定するこ
とを可能にしている方法であろうと思われる。輸送ペプチドモデルでこの特異的電荷を変
化させた部位特異的変異誘発を行うと、生体内での細胞小器官への指向性が破壊された
。(Ej,hE)
Dissecting Apicoplast Targeting in the Malaria Parasite
Plasmodium falciparum
Bernardo J. Foth, Stuart A. Ralph, Christopher J.
Tonkin, Nicole S. Struck, Martin Fraunholz, David S. Roos, Alan F. Cowman, and
Geoffrey I. McFadden
p. 705-708.
同期を保つ(Staying in Sync)
並列処理では、計算課題を一度に複数のコンピュータに割り当てる。しかし、複数のコン
ピュータが独立して動作しているため、ある1つのプロセッサが他のプロセッサに先駆け
て、与えられた問題の一部をやり遂げることが起こりうる。その結果、使われるプロセッ
サの数が多くなるに従って、進行度合いはより多く分岐、分散する。Kornissたち(p.677;
Kirkpatrickによる展望記事参照)は、この問題に対し、small-world network(狭い世間モ
デル)の最近の概念を適用し、どのようにしてランダムな数個のプロセッサを断続的に同
期することで、プロセッサたちにシステム全体の大局的状態を知らせることができ、そし
てそれらのプロセッサを収れんして調整することが出来るのかを示した。(TO)
COMPUTER SCIENCE:
Rough Times
Ahead
Scott Kirkpatrick
p. 668-669.
Suppressing Roughness of Virtual Times in Parallel Discrete-Event
Simulations
G. Korniss, M. A. Novotny, H. Guclu, Z. Toroczkai, and
P. A. Rikvold
p. 677-679.
ぶつけ方によっては温度が下がる(Some Hits Are Cooler)
金属表面に摩擦耐性を持たせるには、窒化物による表面の硬化法がある。しかし、窒化処
理には時間もかかるし温度を上げる必要もある。Tongたち(p. 686)は、表面にステンレス
の球を繰り返し打ち付けることで、プロセス温度を500℃から300℃に下げることに成功し
た。鉄の機械的摩擦によってナノ結晶化が生じるだけでなく、多数の欠陥も生じる。これ
ら欠陥が窒化処理に要する十分なエネルギーを蓄えることが出来、反応障壁を低下させ
、処理温度の低下を可能にする。(Ej,hE)
Nitriding Iron at Lower Temperatures
W. P. Tong, N. R. Tao, Z. B. Wang, J. Lu, and K. Lu
p. 686-688.
量子ドットによるスピン選択(Spin Selection Through a Quantum Dot)
半導体中のキャリアのスピン状態が制御できることは、「スピントロニクス」が生き残る
ための鍵となる要請の一つである。強誘電体のソースから半導体中にスピン偏極した電子
を注入するにあたっては、これまでいくつかの成功を収めてきたが、スピン状態は、固定
しており、磁場を新しい方向に向けることによってのみその状態を変化することができる
。Folk たち (p.679) は、量子ドットがバイアス依存の透過性を有することに基づく電
子-スピンフィルターについて述べている。このフィルターは、量子位相の可干渉性を保
存し、非常に選択性が高く、単純にゲート電圧を変化させることによりそれの極性を反転
することができる。(Wt)
A Gate-Controlled Bidirectional Spin Filter Using Quantum
Coherence
J. A. Folk, R. M. Potok, C. M. Marcus, and V.
Umansky
p. 679-682.
単一の分子に照準を合わせる(Zeroing In on Single Molecules)
単一分子を検出するために、従来の蛍光を用いるには、通常、希釈された状態(ナノレベ
ルあるいはピコレベルのモル数の状態)が必要である。Levene たち (p.682; 表紙および
Laurence と Weiss による展望記事を参照のこと) は、観測体積を減らして、それゆえ
、生物的な条件にいっそう典型的なレベルであるマイクロレベルのモル数の濃度に対して
用いることができる光導波路方法を創案している。彼らのゼロモード導波路は、ガラスス
ライド上に、溶液にとって井戸を形成するような金属フィルム中のピンホールからなって
いる。この構成では、いかなる伝播する電磁波も存在しないため、ガラス表面の分子のみ
が放射を吸収することができる。蛍光によってタグを付けられたヌクレオチドを有する固
定された DNA ポリメラーゼの活動状態が、マイクロ秒の分解能で追跡された。(Wt)
ANALYTICAL CHEMISTRY:
How to Detect Weak
Pairs
Ted A. Laurence and Shimon Weiss
p. 667-668.
Zero-Mode Waveguides for Single-Molecule Analysis at High
Concentrations
M. J. Levene, J. Korlach, S. W. Turner, M. Foquet, H. G.
Craighead, and W. W. Webb
p. 682-686.
干ばつを起こす海(Ocean of Drought)
1998年から2002年にかけて、厳しい干ばつが、米国、地中海周辺地域、ヨーロッパ、そし
て中国南西部や中央部を含む北半球中緯度の広範囲な地域に起こった。この干ばつは、異
常に高い陸地温度をもたらす代わりに、降水量を著しく低下させた。Hoerlingと
Kumar(p.691;Keerによるニュース記事参照)は、この干ばつは、熱帯海域における海面温
度強度(temperature forcing)によって生じた先例のないパターンの結果であることを発
見した。この海洋状態の構成要素は温室効果ガスの増加と整合する。(hk)
CLIMATE CHANGE:
A Perfect Ocean for Four
Years of Globe-Girdling Drought
Richard A. Kerr
p. 636.
The Perfect Ocean for Drought
Martin Hoerling and Arun Kumar
p. 691-694.
X線の稲妻(X-ray Lightning)
雷は、イオン化の流路が雲と地表の間に形成された先駆放電相と、大電流が地表から上に
向かって流れていく帰還電撃相によって始まる。地表に向かって伝播する先駆放電相の前
面に強い電場が発生し、予備観測ではあるタイプの先駆放電相が自然界の雷においてエネ
ルギ−性の波を放射していることを示している。Dwyerたち(p.694;Kriderによる展望参
照)は、ロケットートリガーの雷から強烈なX線が放射されていることを報告している。こ
のようなX線に関する最も可能性のある原因は空気の暴走崩壊であり、このプロセスにお
いて電子が強い電場によって超高速のエネルギー状態へと加速されている。(KU)
ATMOSPHERIC SCIENCE:
Deciphering the
Energetics of Lightning
Philip E. Krider
p. 669-670.
Energetic Radiation Produced During Rocket-Triggered
Lightning
Joseph R. Dwyer, Martin A. Uman, Hamid K. Rassoul, Maher
Al-Dayeh, Lee Caraway, Jason Jerauld, Vladimir A. Rakov, Douglas M. Jordan,
Keith J. Rambo, Vincent Corbin, and Brian Wright
p. 694-697.
X染色体が雄性発現を抹消する(X-ing Out Male Expression)
動物の性染色体における起源と選択に関して大きな関心がもたれている。雄は一個のX染
色体を持っているために、雄に有利なより大きな選択性が期待される。しかしながら、集
団におけるX染色体の2/3は雌の中に含まれており、逆の可能性が生じてくる。Parisiたち
(p. 697; Schloettererによる展望参照)は、ショウジョウバエのDrosophilaにおける大規
模な遺伝子発現を調査して、性で異なる遺伝子発現プロフィルを持つ遺伝子がどのように
染色体の中で分布しているかを決定した。この解析では、ゲノムの30%以上が雌雄の間
で別々に発現していること、及び性でによる偏りを持った発現の殆んどが生殖腺の中に見
い出されることを示した。Drosophilaの雄ではX-連結遺伝子が性で偏りを持つ仕方で発現
しているものは少なく、雄性に偏りを持つ発現を示す小数のX-連結遺伝子は蚊のゲノムに
は保存されていない。この結果は、X染色体が「真正の脱雄性化」効果を体験しているこ
とを示唆している。(KU)
STRUCTURAL BIOLOGY:
Enhanced: Complex II Is Complex Too
Lars Hederstedt
p. 671-672.
Architecture of Succinate Dehydrogenase and Reactive Oxygen
Species Generation
Victoria Yankovskaya, Rob Horsefield, Susanna
Törnroth, César Luna-Chavez, Hideto Miyoshi, Christophe
Léger, Bernadette Byrne, Gary Cecchini, and So Iwata
p. 700-704.
二車線ある代謝の経路(Double-Tracked Metabolic Pathways)
生命体は、代謝経路における順流入(forward fluxes)と逆流入(backward fluxes)の制御
をたやすく行なうために、同一の反応を媒介する異なった2つの酵素を用いることがある
。たとえば大腸菌では、フマル酸還元酵素(QFR)が無気性の条件でフマル酸をコハク酸塩
へと変換し、コハク酸塩脱水素酵素(SQR)が好気的にコハク酸塩を酸化してフマル酸に変
換するのである。Yankovskayaたちは、SQRの2.6オングストロームの構造を提示している
(p. 700;またHederstedtによる展望記事参照のこと)。彼らは、SQRは呼吸の望ましくない
副産物である活性酸素種をさほど生み出さないので、酸素の存在によって経路が切り換え
られるのだ、という考えを提唱している。ヒトの腫瘍(傍神経節腫)や線虫での早老
(mev-1)につながる遺伝的異常はSQRのユビキノン結合部位にマップされるのである。(KF)
STRUCTURAL BIOLOGY:
Enhanced: Complex II Is Complex Too
Lars Hederstedt
p. 671-672.
Architecture of Succinate Dehydrogenase and Reactive Oxygen
Species Generation
Victoria Yankovskaya, Rob Horsefield, Susanna
Törnroth, César Luna-Chavez, Hideto Miyoshi, Christophe
Léger, Bernadette Byrne, Gary Cecchini, and So Iwata
p. 700-704.
暖かかった日本(Japanese Warmth)
グリーンランドの掘削アイスコア中に記録されている、14,700年前のベーリング海温暖化
とか12,900年前に始まったヤンガードライアス寒冷期(Younger Dryas cold period)のよ
うな気候上のできごとは、他の地域にも記録されているが、これほど明瞭な時間的記録を
保持しているわけではない。Nakagawaたち(p. 688)は福井県の水月湖(すいげつこ)の堆
積物の年層計測と14Cの高精度計測から、最終氷期の一部の気候を再構成した
。その結果日本では、ベーリング温暖期のような現象は、さきがけて起きており、ヤンガ
ードライアス期のような寒冷化現象は、後から起きているらしい。(Ej,hE)
Asynchronous Climate Changes in the North Atlantic and Japan
During the Last Termination
Takeshi Nakagawa, Hiroyuki Kitagawa, Yoshinori Yasuda,
Pavel E. Tarasov, Kotoba Nishida, Katsuya Gotanda, Yuki Sawai, and Yangtze
River Civilization Program Members
p. 688-691.
悪い結果への二道(Two Means to a Bad End)
胃腸の間質性腫瘍(GISTs)は、新しい癌薬Gleevecに非常に感受性であるため、最近注目を
集めた。Gleevecは、この腫瘍において異常に発現する発癌遺伝子のKIT受容体チロシンキ
ナーゼを抑制するのである。Heinrichたち(p. 708)正常なKIT機能をもつGISTsを検査した
が、この腫瘍は関連のチロシンキナーゼをコードする遺伝子中に活性化変異をもっている
ことを発見した。この関連チロシンキナーゼは、血小板由来成長因子受容体α(PDGFRA)で
あった。KITまたはPDGFRAに変異を含む腫瘍は、同様の細胞遺伝的プロフィールを表し
、同様の下流の情報伝達経路の活性化を示す。この結果は、別の遺伝子における変異が
、癌発生を駆動する共通の細胞性経路を活性化できるという考え方を支援している。(An)
PDGFRA Activating Mutations in Gastrointestinal Stromal
Tumors
Michael C. Heinrich, Christopher L. Corless, Anette
Duensing, Laura McGreevey, Chang-Jie Chen, Nora Joseph, Samuel Singer, Diana J.
Griffith, Andrea Haley, Ajia Town, George D. Demetri, Christopher D. M.
Fletcher, and Jonathan A. Fletcher
p. 708-710.
アミロイドを妨害(Interfering with Amyloids)
アミロイド原繊維の形成は、トランスチレチンアミロイド症を含む多様な疾病の病理学を
明確するために重要である。トランスチレチンアミロイド症は、遅発性心臓病である全身
性老年性アミロイド症の病原である。Hammarstroemたち(p. 713)は、トランスチレチンに
よるアミロイド形成を試験管内で妨害する小さな分子を設計したが、この分子は患者のア
ミロイド症の処置に役に立つかもしれない。
(An)
Prevention of Transthyretin Amyloid Disease by Changing Protein
Misfolding Energetics
Per Hammarström, R. Luke Wiseman, Evan T. Powers,
and Jeffery W. Kelly
p. 713-716.
自由なヘテロクロマチン(Heterochromatin Open Prison)
遺伝子およびその他の配列を"しまい込んだ"ヘテロクロマチンは、クロマチンの非常に安
定した形態であると考えられてきたが、しかし最近の結果から、細胞核の構造に寄与する
多くのタンパク質が、非常に動的な状態であることが示唆された。Festensteinたち(p.
719)およびCheutinたち(p. 721)は、フォトブリーチングを使用して、生細胞内でのヘ
テロクロマチンタンパク質1(HP1)の動態を研究した。このHP1は、主要なそして非常に
緊密に結合したヘテロクロマチンの構成要素である。予想に反して、ヘテロクロマチン中
のHP1は、細胞核内の非結合HP1 のプールと迅速に入れ替わっており、この動態はヒスト
ンメチルトランスフェラーゼSuv39hに依存していた。サイレントな遺伝子は、ヘテロクロ
マチンから迅速に放出され、そして適切なキューを受け取った際に再活性化される能力を
有している可能性がある。(NF)
Modulation of Heterochromatin Protein 1 Dynamics in Primary
Mammalian Cells
Richard Festenstein, Stamatis N. Pagakis, Kyoko
Hiragami, Debbie Lyon, Alain Verreault, Belaid Sekkali, and Dimitris
Kioussis
p. 719-721.
Maintenance of Stable Heterochromatin Domains by Dynamic HP1
Binding
Thierry Cheutin, Adrian J. McNairn, Thomas Jenuwein,
David M. Gilbert, Prim B. Singh, and Tom Misteli
p. 721-725.
異なる色の神経変性(Neurodegeneration of a Different Color)
プリオン病を有する動物は、ニューロンの進行性喪失および細胞質内空胞の蓄積により特
徴づけられる、スポンジ-様脳病変を示す。Heたち(p. 710)は、マホガノイド被毛色遺
伝子中にヌル変異を有するマウスは、年齢-依存的なスポンジ様プリオン病において見ら
れる神経病変と非常によく似た特徴を有する神経病変を発生することを示す。マホガノイ
ド遺伝子は、色素性表現型と遺伝的相互作用がアトラクチン(Atrn)のものとよく似たマ
ウス被毛色変異体であり、このマホガノイド中に変異を有する遺伝子は、in vitroでE3ユ
ビキチンリガーゼ活性を示すRINGドメインタンパク質をコードした。これらの結果は、神
経変性におけるユビキチン-媒介タンパク質ターンオーバーの重要性を強調しており、そ
してユビキチン化経路がプリオン病において破壊されているという可能性を提起した
。(NF)
Spongiform Degeneration in mahoganoid Mutant
Mice
Lin He, Xin-Yun Lu, Aaron F. Jolly, Adam G. Eldridge,
Stanley J. Watson, Peter K. Jackson, Gregory S. Barsh, and Teresa M. Gunn
p. 710-712.
染色質とArgonautes(Chromatin and the Argonautes)
RNA干渉(RNAi)は、RNAベースのサイレンシング・システムの多くの核になっていて、酵母
菌属に属する分裂酵母のヘテロクロマチンの特異的領域の形成を制御するものである
。ARGONAUTEファミリーのタンパク質がそうしたRNAベースのサイレンシング・システムに
おいて中心的役割を果たしていることが知られている。Zilbermanたちは、このたび高等
植物であるシロイヌナズナのARGONAUTE4遺伝子が、特異的座位におけるDNAメチル化とヒ
ストン・メチル化だけでなく、25ヌクレオチドの小さな干渉RNA(RNAiの中間体)の形成に
おいて決定的な役割を果たしていることを明らかにしている(p. 716)。(KF)
ARGONAUTE4 Control of Locus-Specific siRNA Accumulation and
DNA and Histone Methylation
Daniel Zilberman, Xiaofeng Cao, and Steven E.
Jacobsen
p. 716-719.