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Science September 22, 2000, Vol.289


極限に生きる(Living on the Extreme)
気候変化は、干ばつ、洪水、熱波そして嵐がより多く発生しより強力になることの原因と
なるであろうか?こうした極限状況が経済に及ぼす影響は、日々のニュースでも明らかで
あり、平均気温あるいは地域の気象の変化よりもさらに重要である。あるレビューでは
、Easterlingたち(P.2068)が、こうした社会や生態系に影響を及ぼすような極限的な気象
発生に関係する、過去の傾向と気候モデルの結果を分析した。ある政策討論の場において
、ChangnonとEasterlingは、気象による災害への対応に関する政府の政策がどのように変
更されてきたのかを明らかにし、今後さらにどのように変えていく必要があるかを示唆し
た。(TO)
エロスとのランデブー(A Rendezvous with Eros)
近地球軌道小惑星(NEAR)-シューメーカー探査機は2000年2月14日以来近地球軌道小惑星
433、つまりエロスの構造や化学組成を画像化している。4つの報告[Yeomans たち(p.
2085), Veverka たち(p. 2088; see the cover), Zuber たち(p. 2097), および Trombka
たち(p. 2101)]は、各種測定器からの主要な結果をまとめた。エロスは、バルクの密度と
して2.67g/cm3であり、この値は地球の地殻岩石の値に近い。また、質量の偏
りがあまり見られず、比較的均質である。表面は大中の衝突によるクレータが散在してお
り小クレータの数は予想より少なかった。表面には線条のリッジ(凸地形)や溝地形が目
立ち、また長い。これは衝突プロセスに関係しているのであろう。30から100メートルの
岩石が表面に不均一に散らばっているが恐らく衝突時に放出されたものであろう。スペク
トルからは、エロスが通常のコンドライトの組成に近いことが推測できることから、今ま
で不明であった地球に豊富に見つかるコンドライトの供給源として、その謎解きに寄与す
るかもしれない。展望記事において、Binzelは小惑星と隕石の組成上の関連について議論
している。(Ej,Tk)
完全に解かれた近藤効果(Fully Developed Kondo Effect)
近藤効果においては、磁性原子のような局在スピンによる不純物の影響が低温で変化する
。なぜならば、伝導電子は、集団で交換相互作用し、輸送特性におけるスピンの作用を
“見かけ上遮蔽する”ことができるからである。二つのトンネル障壁を築くための二つの
電気的リード線に結合される量子ドットによって、印可する電位と磁場を可変にすること
によって、調整可能な近藤効果を研究するためのシステムを形成する。位相のコヒーレン
ス性が維持されるとき、量子ドットにおける局在電子スピンは完全に見かけ上消失させる
ことができ、抵抗値の谷によって確定されるコンダクタンスは極大値(近藤共鳴のユニタ
リティ極限)に到達するすることを、Van der Wielたち(p. 2105; von Delftによる展望
を参照)は示している。(hk)
計画に従ってRNAを動かす(Moving RNA According to Plan)
発生期間中、複雑な体の設計にはメッセンジャーRNA(mRNA)やタンパク質成分が非対称に
分布している必要がある。ショウジョウバエの卵母細胞において、発生時に制御されるビ
コイド(訳者注:ビコイドは、胚発生過程での機能が母方のゲノムに依存している母性効
果遺伝子の一つで、ショウジョウバエの胚の前側を決定する遺伝子)のようなmRNAは前側
領域に存在しているが、oskar mRNAのような他のRNAは後側に局在している。これら2つ
の特別なRNAの分布が鍵となって、前後軸が決定される。Brendza たち (p. 2120)は
、Staufenタンパク質と会合してoskar RNAを細胞の後側に輸送することに関わっていると
思われる分子運動について記述している。この運動タンパク質のキネシンIは多様な物質
を多くのタイプの細胞の微小管に沿って輸送することに関わっていることが示されていた
。(Ej,hE)
カオスを可視化する(Imagine Chaos)
太陽のまわりの惑星の軌道は、摂動に非常に敏感な多体問題の一例である。そして、その
ような系の長期挙動の決定には大きな関心がもたれている。Froeschle たち (p.2108) は
、いわゆる Arnold web と呼ばれる擬可積分力学系の可積分系における効果的なグラフ表
現を開発した。この表現は、小摂動によって引き起こされる秩序からカオスへの遷移を表
わしている。彼らの開発した高速な Lyapunov 積分器を用いて、通常の共振運動で満たさ
れた系から、カオス領域の海内部の、通常の運動の小さな島への遷移を可視化した。(Wt)
タンパク質を結合するリング(Protein Linking Rings)
二本鎖DNAバクテリオファージHK97のキャプシド殻は非常に安定で、変性によって分解
されない。Wikoffたち(p. 2129)は、成熟した空のキャプシドの構造を3.6オングストロ
ームの解像度で決定した。キャプシドは直径660オングストローム、殻の厚さ18オング
ストロームの20面体であって、420個のタンパク質モノマーのサブユニットからなる
。キャプシドの最終成熟過程で自動触媒反応が起こり、各タンパク質間に420個のイ
ソペプチド結合が形成される(各サブユニットは169位のリジン側鎖と356位のア
スパラギンが結合することによって隣同士が結合する)。これにより、共有結合された
12個の五量体と60個の六量体のリングが形成され、このリングが互いにループ状に
連結して連鎖(カテナン)を作り、20面体対称形となる。このような「タンパク質チ
ェインメール」によって、非常に薄いキャプシドが安定でいられる理由が説明できる
。(原文中の図を参照されたい)(Ej,hE,Hg)
多型性と競合グループ(Polymorphisms and Competing Groups)
高度に多型性の対立形質の自己/非自己認識システムの進化は、例えば脊椎動物の主要組
織適合複合体に見られるように進化生物学や免疫学、及び行動学における古くからの疑問
である。近年主流となった一つの仮説は、座位におけるバラツキによりメスがまれな、或
いは不同性の対立遺伝子を持つオスを好むという交配パターンに関係しているというもの
である。GrosbergとHart(p.2111)は、二種の海洋群体無脊椎動物を用いて、この仮説に
関する一連の整然とした実験テストにより、何ら交配でのバイアスは存在しないことを示
している。それ故に、交配での好き嫌いは、彼らの多型性の維持に必須のものではない
。その代わりに、このシステムの機能としては様々な近親度を持つ群体間の競合的相互作
用の結果を制御しているようである。(KU,Hg)
泡でパッチン(Bubble and Snap)
海洋は騒々しいところである。浅い海で背景ノイズを出す最も大きな音源は跳ねるエビで
あり、そのパチンと鳴る音は、海洋音響の調査を混乱させそして潜水艦の通信を妨げるこ
とになる。Versluisたち(P.2114;Brownによるニュース記事参照)は高速度フィルムと理論
的モデルを使って、この雑音がどのように生成されるのかを示した。エビの爪がパチンと
閉じたとき、水の噴出が起こりそれがキャビテーション泡を生成する。雑音はその泡が壊
れてできる。生成されたノイズは、防御する機能やエビのごく近くにいる小動物を気絶さ
せて捕食する機能を果たしているかもしれない。(TO)
厳しい細胞経済学(A Harsh Cellular Economy)細胞の厳しい家計
種の生存には、通常幼生が過剰に産生することを必要とし、そのある一部が成長して生き
残りを確実にしている。生き残りへのこのアプローチは、タンパク質を作ろうとする細胞
にも当てはまるようである。リボソームから出てくるポリペプチド鎖は完全には折り畳ま
れておらず、ある面ではユビキチン分解システムの標的である誤って折り畳まれたタンパ
ク質や、あるいは損傷したタンパク質に似ている。TurnerとVarshavsky(p.2117)は「ユ
ビキチン‐サンドイッチ」法を用いて、アミノ末端分解シグナルを持ったポリペプチドの
50%以上が、完全に折り畳まれた形をつくる前に分解されることを示している。(KU)
初期化と準備ができた(Primed and Ready to Go)
分裂中の細胞は、多様な基礎段階の機能が順調に進んでいるかどうかをモニターする一連
の"チェックポイント"を通過する必要がある。例えば、複製のチェックポイントでは
、DNAが複製されたことを保証する。では、チェックポイントがどのように執行されるの
であろうか。Michaelたち(p 2133)は、複製が進行中であることを表すものは、主要な
DNA合
成酵素であるDNAポリメラーゼαとクロマチンとの結合である。しかし、チェックポ
イントはDNA複製自体を感知するのではなく、ポリメラーゼのプライマーゼ活性を感知
する。この活性は、DNAのラギング鎖における岡崎フラグメントの合成を開始する短い
RNA鎖を生成するのである。この一過性のブライマー分子は、複製の間に継続的に生成
されるので、複製の状態を示す良い指標となっている。(An,Tn,Hg)
脳におけるインシュリン(Insulin on the Brain)
インシュリンというホルモンは、グルコースと脂肪とタンパク質の代謝を制御する。イン
シュリン生成と応答の変化は、II型糖尿病を引き起こすが、この型の糖尿病には世界中で
1億人以上が冒されている。インシュリン情報伝達が中枢神経系においても重要な役割を
果たすかもしれないことを示唆する証拠が増えている。Bruningたち(p 2122;Schwartzに
よる展望記事参照)は、脳のインシュリン受容体を選択的に欠乏するマウスを作成するこ
とによって、インシュリンの脳内作用とその他の作用を分離した。変異体マウスは、多少
の食餌誘発肥満とインシュリン抵抗性および繁殖性の有意な減少を示し、この繁殖能力の
減少は黄体形成ホルモンの視床下部による制御の障害のためである。この結果は、II型糖
尿病に関連する複雑な代謝障害の理解を増強するかもしれない。(An)
小食で長命に(Eat Less, Live Longer)
ラットの日々のカロリー摂取をきびしく制限すると、寿命が延びることになる。この療法
は、霊長類や酵母においても効果がある。Linたちはこのたび、この、いわゆるカロリ
ー制限療法を酵母において再検証することで、長命の効果が得られるために必要な遺伝子
をいくつか同定した(p. 2126; また、Campisiによる展望記事参照のこと)。それらには
、クロマチン-サイレンシング遺伝子SIR2と、代謝中間体NAD(ニコチンアミド・アデニン
・ジヌクレオチドの酸化型)の合成経路にある酵素の遺伝子の1つが含まれている
。Sir2pは、NADによってアロステリックに調節されているので、カロリー制限による代謝
速度の減少によってNADレベルが変わり、結果として、Sir2pが有害な遺伝子の発現(ここ
では、酵母細胞にとって有害なリボソームDNAの発現)を禁止する(サイレンシング)能
力を保つことになる。カロリー制限によって引き起こされるサイレンシングと長命とのこ
の関係によって、遺伝子発現をサイレンシングするタンパク質が、寿命を調節する薬剤の
ターゲットとして有用であろう。(KF,Tn,Hg)
眼から始めて(Starting with Eye)
ハエの目の結晶性個眼は、今まで考えられていた以上に、脊椎動物の水性眼球と共通性を
有している可能性がある。以前の研究では、昆虫と脊椎動物の眼の発生を引き起こす信号
には類似性があることが示されていた。NeumannとNuesslein-Volhardはこのたび、ショウ
ジョウバエの網膜に広がっていくパターン形成波はまた、ゼブラフィッシュの眼にも同様
のものがあり、そこでは同様の分子信号が関与している、ということを示している(p.
2137)。脊椎動物の眼における神経形成は、しかし、ショウジョウバエの眼で見出された
たった1つの信号に依存するのではなく、関連する一連の信号のグループに依存している
らしい。(KF)
ウイルスの逃避と細胞性免疫反応の機能不全(Viral Escape and the Failure of
Cellular Immune Responses)
Farciたちは、C型肝炎ウイルス(HCV)の外被遺伝子の配列の進化を研究して、慢性のC型肝
炎にかかった患者においては、究極的にそのウイルスを排除するのに成功した患者に比べ
て、HCVが、より急速に進化し、より遺伝的多様性を示すことになっている、ということ
を発見した(4月14日の報告, p. 339)。このデータは、「C型肝炎の急性期におけるHCVの
擬種(quasispecies)の進化のダイナミクスによって、感染が消滅するか、慢性になるかが
予想できるということを示す」、と彼らは結論づけている。Klenermanたちは、ウイルス
の多様性の減少はたしかに「よりうまくいく免疫反応の特徴の1つである」だろうとは認
めつつも、「細胞性の免疫反応と体液性の免疫反応の適切なバランス」--すなわち
、CD8+細胞障害性Tリンパ細胞(CTL)による早い時期の反応とそれに引き続く中和抗体によ
る圧力--が、このウイルスに対する免疫系の成功にとって、もう1つの重要な、しかしし
ばしば見逃されている要因である、と議論している。Farciたちは、それへの回答におい
て、「免疫の無効化の研究でいままで広まっていた、CTL優位か抗体優位かという還元主
義的理論」とは大きな違いを示し、「免疫系における細胞性と体液性の要素が一緒になっ
てウイルスの排除を決定的に行なう」ということに同意している。これらコメントの全文は、
www.sciencemag.org/cgi/content/full/289/5487/2003a
で読むことができる。(KF,Hg)
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