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Science September 1, 2000, Vol.289


断層のすべりとその後(Slip and Afterslip)
マグニチュード7.5のIzmit地震(イズミット:トルコ北西部の港市)と、それに続くマグニ
チュード7.1のDuzce地震は、トルコの北アナトリア断層上で大規模な断層の走向すべり
(strike-slip)で引き起こされた。これらの地震の前後で、この活動断層は精力的に汎地
球測位システム(GPS)人工衛星によって調査されてきた。そしてReilingerたち(p.1519)は
、これらのデータを使い地表下の破断(rupture)の量とジオメトリをモデル化した。大規
模な断層のずれが地殻の上部10kmのはっきりとしたセグメントで発生したが、ところが震
源地ですべりがほとんどなかった。Izmit地震の後、地震性のすべりが震源近く下で発生
し、それが続いて起こったDuzce地震の引き金となったのかもしれない。(TO)
超流動性の分子状水素(Superfluidic Molecular Hydrogen)
分子状水素は、それの核スピンが平行(パラ水素)になるか、あるいは反平行(オルト水素)
になりうる。パラ水素は低温では、ちょうどヘリウム4のように超流動性を示すはずであ
ると予測されてきた。しかしながら、提案された超流動状態に到達するためには、その液
体は広範な範囲で過冷却状態になくてはならず、これが実験的な観察を妨げてきた
。Grebenev たち (p.1532) は、大きなヘリウム4や、4He/3He混
合液滴中の14-16個のパラ水素分子に囲まれた直鎖カルボン酸硫化物分子、および、同等
な数のオルトデュートリウム分子に囲まれた直鎖カルボン酸硫化物分子について赤外分光
分析を行った。純粋の4He 液滴(0.38 kelvin)の場合、両方の分子とも直線軸
の回りに角運動量の特殊な励起が観察された。より低温の
4He/3He 液滴(0.15 kelvin)ではオルトデュートリウム分子クラ
スターにのみ、この励起が見られ、パラ水素分子のクラスターでは消滅したことから、角
運動量は存在しなくなったと考えられる。これは、ヘリウム以外で初めての超流動性の観
察と見なせる。(Wt)
電子を高抵抗の経路に押しやる(Pushing Electrons the Hard Way)
磁場の中における材料の抵抗変化(磁気抵抗又はMR: magnetoresistance)は電子の軌道が
磁場に沿って整列される傾向によるものと、通常は直線である電子のパスを磁気的に偏向
させる(幾何的磁気抵抗:geometric MR)ことによるものの2つの分に分かれる。通常、層状
亜マンガン酸塩、又は巨大磁気抵抗(GMR)材料の特徴である前者の効果は、通常幾何的
MRに対し優勢である。Solinたちは(p. 1530)、5倍以上変化の大きい幾何的MRが、高抵抗
、非磁性のインジウムアンチモンのループに低抵抗の金を充填した単純な構造で、比較的
小さな磁界で実現できることを示している。磁界ゼロで電子は金を通る抵抗の低い経路を
通るが、磁界を与えると高抵抗の経路を通る。(Na)
すっかり濡れて(All Wet)
南アメリカ熱帯地域は、最終氷期最盛期以降、全世界的気象に対して大きな影響を与えて
いるのではないかと疑われてきた。しかし、最も基本的気象の徴候の1つである降雨でさ
えどのように変化してきたのか、合意が得られていない。Betancourtたち(p.1542)は、今
日地球上で最も乾燥した場所の1つにおいて、化石化したげっ歯類の巣穴内部に在る春季
植生(spring vegetation)の大量の遺物の驚くべき発見に基づいて、チリの中央アカタマ
(Acatama)砂漠における降雨量の年表を作成した。近くの湿地帯堆積物(wetland
deposits)における地下水面の上昇と下降の記録にも合致する、それらの記録は、近隣の
地域に対する他の復元気象とは幾つかの重要な点において異なっている。そして、何が結
局南アメリカの夏季モンスーンの長期間にわたる変動を起こすのかが疑問となってくる
。(TO)
ここに原子を挿入する(Insert Atom Here)
化学反応動力学の一つの目標は、分子の回転準位、振動状態が異なった場合、これがどの
ように反応に影響するかを見ることにある。これらの研究の多くは、H2 + F ->H + HF の
ような単純な引き抜き反応に焦点が当てられてきた。この反応では、入ってくる原子が直
線的な幾何学的配置で分子に接近する。Liu たち (p.1536) は、酸素の特別な原子状態に
ある O(1D) とパラ水素との反応を、酸素原子が H2結合 に挿入されて「T字型」構造で
OH と H を形成するようなエネルギーについて非常に精密に調べた。全体として反応は
、順方向にも逆方向にも対称であるが、個々の回転および振動状態は際だってさまざまな
角度分布を示す可能性がある。(Wt)
コレステロールを抑制すること(Keeping Cholesterol in Check)
食事による消化管からのコレステロールの吸収をコントロールすることは、全身のコレ
ルテロールの恒常性を保つために不可欠なことである。Repaたち(p.1524;Ferberによ
るニュース・ストリーを参照)は、ある核のステロイド受容体がこのプロセスを制御し
ていることを報告している。一方の核内受容体であるヘテロ二量体は、ABC結合カセッ
トファミリーである膜貫通タンパク質が発現することを刺激し、かつ腸の細胞からのコ
レステロールの流出を促進する。もう一方の核内受容体であるヘテロ二量体は、肝臓内
に胆汁酸が溜ることを減少させる。胆汁酸は、遊離コレステロールを吸収するために必
要とされる分子である。これらの活動は、コレステロールの輸送を反対方向にしてコレ
ステロールの吸収を減少させ、さらにコレステロールの恒常性を保たせる核のステロイ
ド受容体の役割を拡大させる。(hk)
ハーフバレルを広げる(Roll Out the Half Barrel)
多領域タンパク質における類似領域の存在は、それらが遺伝子重複と融合から進化したこ
とを示している。Langたち(p.1546;MilesとDaviesによる展望参照)は、単一領域の
β/αバレルが同様にハーフバレル祖先の遺伝子の重複と融合によって進化したことを示
している。彼らはヒスチジンの生合成経路における二つの酵素,HisAとHisFの構造を、各
々、1.85と1.45オングストロームの分解能で決定した。構造と配列の解析によって、この
二つの8回折り畳まれたβ/αバレルが、共通のハーフバレル祖先から進化したものである
ことを強く示唆するものである。彼らは最初の遺伝子重複が二つのハーフバレルを与え
,その後、これが融合して祖先のβ/αバレルへと適応していくことを示唆している。二
番目の遺伝子重複により,異なる触媒作用を持つ二つの酵素への多様化へと導くものであ
ろう。(KU)
虫における老化防止薬(Anti-Aging Pills for Worms)
細胞代謝のありふれた副産物である活性酸素種は,通常の細胞老化や年齢と関係のある病
と関連している。Molovたち(p,1567)は成虫の寿命に関して、スーパーオキシドジスムタ
ーゼやカタラーゼ(二つの酵素は,酸素フリーラジカルを「取り除く」ことが知られてい
る)の作用を模倣した二つの合成低分子化合物の効果を試験した。模擬化合物を含む媒体
中で成長した虫は、54%も虫の寿命が延びた。この模擬化合物は,ミトコンドリアの電子
伝達タンパク質をコードしているmev-1遺伝子に変異を持つ虫の加速寿命をも逆転させた
。(KU)
胃痛の自然治癒(Nature's Cure for an Upset Stomach)
微生物をたくさんかかえている腸は、自分の細胞内張りの高度炎症をどのように回避する
のであろうか。Neishたち(p 1560;XavierとPodolskyによる展望記事参照)は、腸における
特定の細菌が上皮細胞に結合すると、炎症誘発性のタンパク質であるNF-κBの細胞核への
移動を抑制できることを示している。普通であれば、その移動は、炎症を起こす遺伝子の
カスケードを活性化する。この抑制は、IκB-αのユビキチン結合と分解を防止すること
によって間接的に起こる。すなわち、IκB-αのユビキチン結合と分解の防止によって
、NF-κBを原形質に確実に固着してNF-κBの作用を抑制するのである。この結果は、腸ミ
クロフローラに対する宿主の順応がどのように宿主と微生物の両方にとって有利になるか
にについての洞察を与えるものである。(An)
丁度いい抑制(Inhibited Just Enough)
転写制御因子NF-κBは、哺乳類における炎症反応の重要なメディエータであり、NF-κB抑
制剤は、治療的価値をもつ可能性がある。IKKαとIKKβという2つのIκBキナーゼを含む
タンパク質キナーゼ複合体と制御タンパク質NEMO(IKKγとも呼ぶ) は、多様な炎症性の刺
激に応答し、NF-κBを活性化する(IκBは、NF-κBの抑制剤である;IκBがリン酸化される
と、IκB によるNF-κBの抑制が解放される)。従って、IKKは、治療的介入の主要標的で
あるが、他の同様の酵素に影響せずに、リン酸化酵素の触媒作用活性を抑制するのは、困
難である(または、少量のNF-κBが細胞をアポトーシスから守るため、有害にもなりうる)
。Mayたち(p 1550)は、NEMOがIKKの狭い領域と相互作用し、その相互作用は、小さなペプ
チドによって遮られることを発見した。IKKとNEMOの相互作用が遮られると、NF-κBの活
性化が有効に抑制されるが、NF-κBの有利な基礎活性は保存される。2つのマウスモデル
において、抑制ペプチドが炎症反応を減少した。(An)
雑草も鳥もいなくなる?(No Weeds-But No Birds?)
遺伝子変換作物(GM) に関する議論の一部として、これが環境に予期せぬ影響を与えるの
ではないかとの懸念がある。Watkinson たち (p. 1554; Firbank and Forcellaによる展
望記事参照)は、除草剤耐性を持った作物が、雑草や鳥の個体数に与える潜在的影響につ
いてモデル解析を行った。その解析は、作物管理の各種パラメータや、野外全体の雑草の
頻度分布を含む、野外スケールでの雑草の数の動的モデルと、これらの頻度分布から鳥の
種類が受ける影響モデルの関連について言及している。除草剤を適用した場合のシミュレ
ーションによれば、結果的に雑草の数が激減し、その結果、雑草の種をエサとする鳥の個
体数が減少することになりうる。(Ej,hE)
特殊な臭いの感覚(A Special Sense of Smell)
哺乳類の鋤鼻器官(vomeronasal organ)は、フェロモンを検出することを司る、特殊な構
造を持つ鼻の中の器官である。この鋤鼻ニューロンがどうやって自然状態で刺激に反応し
、この情報をより高度な脳の処理領域に伝達するのか、ほとんど分かっていない。Holy
たち(p. 1569)は、多数のマウスの鋤鼻ニューロンを同時記録し、これらの細胞は、マウ
スの極めて低濃度の尿中の成分に応答することを見つけた。個々のニューロンの多くは
、尿が雄のものであるか、雌のものであるかの高度選択性を有した。この活性化にはホス
ホリパーゼCを含む細胞内情報伝達カスケードが補充される必要がある。多くの感覚ニュ
ーロンと異なり、鋤鼻ニューロンは長時間刺激にさらしても順応することはなかった
。(Ej,hE)
分化の時期の違い(Timing Differentiation)
放射性同位体の壊変は、地球の分化(核とマントル、地殻が化学的に別の層に分離するこ
と)の時期を明らかにするのに用いられる。Munkerたちは、比較的新しい同位体の体系
、ニオブ-92-ジルコニウム-92を用いて、地球と月のマントルの形成時期を推定した(p.
1538)。彼らの高精度の測定によると、地球と月のマントルは、太陽系が形成されてから
およそ5千万年後、また微惑星体やその他の小型天体上で分化が生じてからかなり後にな
って形成されたことが示されている。(KF,Tk)
大きなものも小さなものも(All Features Big and Small)
動物種における体のサイズと個体群密度の間に、一方が大きくなると他方が小さくなる
、という逆の関係があることは確立した理論であるが、その関係が正確に数量化されたこ
とはほとんどなかった。Schmidたちは、このたび、ヨーロッパの地理的に離れた2つの流
域のコミュニティにおける数百におよぶ無脊椎動物種の体のサイズと個体群密度とについ
て、他にはないほど詳しい調査結果を提示している(p. 1557)。2つのコミュニティは、ど
ちらにも共通の種は比較的少なかったけれども、ほぼ同様の密度-サイズ関係を有してい
る。彼らは、こうした分布の類似性は、2つの流域の物理的特性の類似によってもたらさ
れた、と論じている。[Marquetによる展望記事参照のこと](KF)
RNA編集とHIVの発現(RNA Editing and HIV Expression)
RNA編集によって、成熟したRNA分子の核酸配列は、ゲノム配列中のものとは異なったもの
に変えられる。さまざまな植物や動物の細胞、またウイルスにおいて、複数のRNA編集イ
ベントが観察されてきた。Bouraraたちは、このたび、ウイルス産生細胞におけるヒト免
疫不全症ウイルス-1型(HIV-1)の転写物を検査した(p. 1564)。そこでは、他のシステムで
も報告されているCからUへの変化に加えて、GからAへという新たなRNA編集イベントが見
られた。このGからAへの変化は、それまで、スプライシングされたメッセンジャーRNAに
だけ見られたものであった。このたび記述されている変化は、感染した細胞の生存と関わ
っているウイルス性RNAにのみ存在することが見出されているので、このプロセスが
HIV-1発現の制御機構を表しているものかもしれない。(KF)
リュードベリステート操作は量子コンピュータと言えるか(Does Rydberg State
Manipulation Equal Quantum Computation?)
Ahnたちは(2000年1月21日号、p. 463のレポート参照)、情報がリュードベリ原子データレ
ジスターに量子相で蓄積される実験結果を報告し、理論的な予測と一致して、蓄積された
情報が単一のレーザーパルスで読み出せることを示した。Meyer、KwiatとHughesは各々異
なるコメントの中で、スケーリング特性が良くないことにより、Ahnたちにより説明され
たシステムは旧来のデジタルコンピュータより効率的には量子アルゴリズムを実装出来な
いとし、従って、本当の意味の量子コンピュータとはみなせない、としている。Kwiatと
Hughesは、Ahnたちのシステムは量子干渉を実現しておらず、それゆえ、探索アルゴリズ
ムの主な特徴であり、この実験でも実装を目的としているIOM(平均値の回りの反転)を達
成出来ていない。Bucksbaumたちは、彼らの回答の中で、彼らの構成のスケーリングリミ
ットにつき認識しており、将来の実験で克服する可能性があることを示唆した。彼らは干
渉が生じたからと言って「これら原子波パケット実験がうまくいったとは言えない」、と
するKwiatとHughesのコメントに異義を唱え、特定のIOMによるものであるかどうかに関係
なく彼らの手順は同じ結果を達成すると反論している。彼らは、非常に大規模な計算問題
においてスケーリング上の不具合があるけれども、Ahnたちの実験は、この分野における
大きな理解とさらなる開発を刺激するものである、と結論つけた。これらのコメントの全文は
www.sciencemag.org/cgi/content/full/289/5484/1431a
で見ることが出来る。(Na)
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