Science September 11, 1998, Vol.281
鉛の痕跡 (Traces of Lead)
人間の活動によって数千年に渡り大気圏中に鉛が蓄積された。
スイスの泥炭地から得られた12,000年に渡る大気圏中の鉛堆
積の記録が、Shotykたち(p. 1635 ; カバー、およびNriagu
による展望、そしてLanphearによるPolicy Forum中の近年
の鉛環境被毒に関する討論を参照)によって報告されている。
5,000年前頃、農業による塵芥物によって大気中に鉛堆積が
増えた。3,000年前に鉱業と製錬業が広範囲にひろがった時、
鉛の放出は一段と増加した。氷河が後退したとき、スイスは
バルチック楯状地域(Baltic Shield areas)から粉塵を受け
取りはじめた。しかし、この粉塵は植生がひろがるとともに
減少した。(KU)
N2Oの発生しないナイロン (Nylon sans Nitrous Oxide)
アジピン酸は年間生産量200万トン以上のナイロンの前駆体で
ある。しかしながら、アジピン酸の合成には硝酸によるシクロ
ヘキサノール、或いはシクロヘキサノンの酸化が必要であるが、
この反応ではオゾン破壊の温室ガスであるN2Oが発生する。減
らそうとする努力にもかかわらず、人為的なN2O放出量の5な
いし8%がこの合成経路によって発生する。Satoたち(p. 1646)
は、酸化剤として30%の過酸化水素水を用いて、N2Oの発生
もなく、さらに有機溶剤も使わないアジピン酸の新たな合成法
を述べている.過酸化水素を用いると現在のところ硝酸よりは
るかに高価であり,このようなグリーン化学は市価より高くな
る。(KU)
遠距離で捕捉する (Trapped at Long Range)
溶液中の分子と近接膜との静電的相互作用は、細胞表面におけ
る生物的反応やクロマトグラフ分析において重要な役割を果た
している。XuとYeung(p. 1650)は、溶液中で個々のタンパク
質分子の動きを追跡し、分子が電気二重層の距離(一般に静電
相互作用のはたらく限界距離とみなされている)よりはるかに
遠い距離まで帯電したシリカ表面によって影響を受けているこ
とを見出した。表面吸着によってより多くのタンパク質を固定
化するというより、むしろ帯電した表面が分子の動きを遅くし
ており、このことは遠距離での束縛がクロマトグラフィーで分
子を分けるさいの最も有力なメカニズムであることを示してい
る。(KU)
全ては一日から(All in a Day)
地球の短期的(10年以内)な角運動量の変化の殆どは、回転率変
化で測定されるが、地球の大気によって引き起こされている、
しかし、若干の説明困難な他の要因からの寄与もある。Marcus
たちは(p.1656、Wilsonの展望参照)、2つの独立した海洋モデ
ルと長期的な一日の長さの測定結果を用いて、海洋の循環の大
規模な変化がこの残りの影響のかなりの部分を占めることを示
した。(Na)
ほんとに十分薄い(Just Thin Enough)
金は、白金やパラジウムと異なり、通常は工業的に用いる触媒
としては重要な金属とは考えられていない。しかし、最近、二
酸化チタンのような担体上に非常に微少な粒子として分散させ
た金は、炭化水素の部分的な酸化や酸化窒素の還元のような反
応の触媒となりうることが判ってきた。Valden たち(p.1647)
は、走査型トンネル顕微鏡による方法と走査型のトンネル効果
による分光法を用いた、単結晶チタニア(酸化チタン)の表面上
の金のクラスターに関する研究から、この活性度増加の説明を
提案している。一酸化炭素を酸化する活性度が最大となるのは、
厚さでおよそ単分子層が二層のクラスター(およそ300原子)の
場合であり、このクラスターサイズは、非金属的な挙動の開始
に対応している。より大きなクラスターと異なり、これらの比
較的小さなクラスターは、0.2〜0.6 eVのバンドギャップを示
す。(Wt)
ひとときに二つの光子(Two Photons at a Time)
二つのレーザーからの光子を吸収して励起する確率が高い分子
には、二光子蛍光顕微鏡や三次元的な光学的データ記録のよう
な、多くの応用がある。しかしながら、大きな二光子吸収断面
積を有する分子を合成する方法は限られたものであった。
Albotaたち (p.1653) は、共役的な分子の終端と中間部分との
間での対称的な電荷移動により、非常に大きな断面積となりう
ることを示している。トランススチルベンよりも約600倍も大
きな断面積のいくつかのビス(styryl)ベンゼン誘導体を合成し
た。量子力学的計算によると、これらの分子の二光子励起は、
分子内での根本的な電荷再配置を引き起こしていることを示し
ている。(Wt)
アミノ酸を作り上げる(Cooking Up Amino Acids)
通常の環境(冷たくて酸化環境の海水)は、アミノ酸の合成に
はエネルギー的には適していない。Amend と Shock (p. 1659)
は、海洋の熱水噴出口に代表されるような状況(中程度の還元
状態で、かつ熱い)においては、タンパク質を構成する20個の
アミノ酸のうちの11個は、エネルギー的には合成に適している
ことを示した。これらのデータによると、ある種の好熱性生物
の倍加速度を合理的に説明できることや、高熱の噴出口環境に
おけるこのようなアミノ酸の起源が説明できそうに思える。
(Ej,hE)
うつ病を処置する(Treating Depression)
うつ病を処置するために用いられる薬の全ては脳のモノアミン
作動性システムに対して働き、しばしば不快な副作用を伴う。
Kramerたちは(p.1640、Wahlestedtの展望参照)、脳内に広
く分布しているニューロキニンであるサブスタンスPの受容体
をブロックする新薬の開発状況について記述した。前臨床的研
究で、彼らは、これらのサブスタンスPの拮抗体が抗うつ薬と
して効果があることを示した。管理臨床試験で、重大なうつ病
患者において古典的な薬剤治療に比べ、より副作用が少なく、
有意な改善を観測した。(Na)
プラスミノーゲンの活性化(Activating Plasminogen)
ストレプトキナーゼはプラスミノーゲンに結合し、かつ、活性
化する細菌性タンパク質である。この複合体は不活性なプラス
ミノーゲンをセリンプロテアーゼプラスミンに加水分解的に変
換する。このセリンプロテアーゼプラスミンは血栓を構成する
主要なタンパク質であるフィブリンを加水分解する。Wang た
ち(p. 1662)は、ストレプトキナーゼとの複合体中におけるプ
ラスミン触媒領域の結晶構造を決定した。ストレプトキナーゼ
は、プラスミノーゲンの潜在的活性部位を立体配置的に再構成
するとともに、酵素前駆体(チモーゲン)の感受性ペプチド結
合を閉じ込めるのに役立つ、より強化された結合表面を用意す
るという両方の役目を果たすように見える。(Ej,hE)
安全な食肉のためのウシの飼料
(Safer Meat Through Cattle Feed)
ウシの腸や反芻胃の中の酸性度やバクテリア種の違いは彼等の
飼料に依存していることが判明してきた。Diez-Gonzalezたち
(p. 1666;Couzinによるニュース記事参照)は、穀物飼料は、牛
から出される大腸菌の数を増加させ、酸耐性や細菌生存率を促
進していることを明らかにした。牛の屠畜する数日前に、彼等
の飼料を乾草に代えると、牛肉への大腸菌混入を防ぐことがで
き、さらに食物に関連したヒトの疾患の有病率を下げることが
できるかもしれない。(TO)
ペプチドと行動(Peptides and Behavior)
ペプチドは、神経伝達物質として利用されるときには、関連し
ているファミリーメンバーを含む大きな前駆物質によってコー
ドされることが多い。発現とプロセシングの相違によって複雑
な活動レパートリが生じるのである。Nelsonたち(p 1686)は、
線虫Caenorhabditis elegansにおいて、一連の分子と複雑な
行動との関係を報告している。このペプチドファミリは、44の
異なるペプチドをコードする少なくとも14遺伝子をもつ
Phe-Met-Arg-Phe-アミドで定義される。これらの遺伝子の
うちの一つであるflp-1遺伝子の欠失または過発現によって運
動表現型の機能が失われたり、獲得されるという分析から、
flp-1がGo分子の上流で、かつ、セロトニンの下流で作用する
ことを示唆している。(An)
p53に作用するATM(ATM Acting on p53)
ATMタンパク質をコードする遺伝子は、ヒトの疾病である血管
拡張性失調症において変異しているが、この欠損が遺伝的不安
定性や癌の素因のような症状を引き起こす。ATMタンパク質は、
ホスファチジルイノシトール-3キナーゼと類似しているタンパ
ク質ファミリのメンバーであるが、ATMの生理学的基質がまだ
同定されていない。Baninたち(p. 1674)とCanmanたち
(p. 1677)は、精製したATMがp53という別のタンパク質をリ
ン酸化し、p53もDNAダメージに対する適切な細胞応答に必要
である転写制御因子であることの証拠を報告している。このタ
ンパク質キナーゼ活性は、変異したATMをもつ細胞において失
われており、p53におけるATMリン酸化部位は、DNAダメージ
に応答して生体内でリン酸化される部位と同じである。この結
果と他の結果は、ATMが仲介するリン酸化のp53制御がDNAダ
メージに対する細胞応答の決定的な段階であることを示す。
(An)
血管形成の脂肪制御(Fat Times for Angiogenesis)
Leptinというホルモンが食物摂取とエネルギー出費を制御し、
視床下部において発現している受容体によってこの効果が主に
仲介されていると思われている。Sierra-Honigmannたち
(p 1683;Barinagaによる記事参考)は、内皮細胞においても
leptinの受容体が発現され、leptinは試験管内でも、ラットの
角膜のアッセイでも血管新生活性をもっていることを示してい
る。局所的な血管新生信号の供給によって、leptinは、血液供
給と脂肪組織量との間の適切なバランスを保つことを助けてい
るのかもしれない。(An)
不自由な心臓(Inhibited Hearts)
肥大性の心筋症(HCM: Hypertrophic cardiomyopathy)は、
500人に1人の割で影響を及ぼす遺伝性の心疾患であり、若い
運動選手の死因のうち、最大のものである。Sussmanたちは、
カルシウムによって調節される脱リン酸酵素であるカルシニュ
リン阻害剤が、げっ歯類を用いたその病気の異なった4種のモ
デルにおいて、HCMの発生を防ぐことを示した(p. 1690)。こ
の結果が示唆するのは、カルシニュリンがHCMの病原性におい
てキーとなる情報伝達分子であること、また、すでに臨床で用
いられている薬剤であるシクロスポリンなどのカルシニュリン
阻害剤が、ヒトにおけるある型のHCMに対する潜在的な治療法
として注目を集めるに値する、ということである。(KF)
連合による活性化(Guilt by Association)
細胞は細胞外からの信号に対し、ある場合にはマイトジェン
(分裂促進因子)活性化タンパク質リン酸化酵素
(MAPK: mitogen-activated protein kinase)経路によって
伝えられる信号を介しての遺伝子転写の変化によって、反応す
る。哺乳類の細胞におけるMAPKのファミリには、多くのメン
バー(たとえば、ERKやJNK)があり、それらは一連のリン酸化
酵素、すなわちMAPKKK(MAPKリン酸化酵素リン酸化酵素)と
MAPKK(MAPKリン酸化酵素)、を介して活性化される。活性化
を促すリン酸化酵素の基質特異性が重なっていることがありう
るため、どうして特定の信号が適切なMAPKだけを活性化する
かは、理解されていなかった。ある特定のMAPリン酸化酵素カ
スケードのメンバと結合する足場として働くことで特異性を与
えているらしい、それぞれ別のタンパク質について、2つの報
告が記述している。Schaefferは、MAPKK MEK1および
MAPK ERK1と相互作用することでERK1の活性化を促進してい
るらしいタンパク質、MP1について記述している。Whitmarsh
たちは、タンパク質JIP-1が、そのカスケードの3つの要素、
つまり1つのMAPKKK、1つのMAPKKそしてMAPK JNK、すべ
てと相互作用していることを示している。これらタンパク質の
双方とも、それらが関与する特定のMAPK経路を介して、活性
化される遺伝子の転写を増強することができるのである。(KF)
細胞死を逃れる(Escaping Cell Death)
腫瘍壊死因子(TNF-: tumor necrosis factor-)に曝された細
胞は、アポトーシス性(細胞死)の経路と生存への経路の双方を
開始するが、後者は、転写制御因子NF-Bを介して進められる。
Wangたちは、NF-Bが4つの遺伝子の発現を制御していること
を明らかにした。それらは、2つのTNF受容体連合因子(TRAF1
とTRAF2)と、2つのアポトーシス抑制因子(c-IAP1とc-IAP2)
である。これら抑制因子は一緒になって、おそらくは受容体の
そばに集まってタンパク分解性カスケードの最初のカスパーゼ、
caspase-8が活性化するのを防ぐことで、アポトーシス経路が
始まることを遮断するのである。(KF)
強磁性超格子(Ferromagnetic Superlattices)
K. Ueda たち (5月15日号の報告(p.1064)) は、LaCrO3-LaFeO3
の超格子中に「強磁性的なスピン秩序」となっている、強磁性的
二重ぺロブスカイトを作製した。W.E.Pickett は、「その材料の
異常な挙動は、人工的な化合物に対する(彼の)理論的予測に非常
に類似している」とコメントしている。そして、彼は「現在得ら
れるデータによる可能な限りの比較」を補っている。G. I. Meijer
は、Ueda たちは、「彼らの磁化のデータを説明する上で、磁気
の単位を誤って用いているように見え」、それは、提案された超
格子中において、強磁性的な秩序が発生していることに疑問を抱
かせるものであると述べている。Pickett に対する返答の中で、
Ueda たちは、さらに測定を行なうと、彼らの試料が強磁性的な
絶縁体であることを示していると述べている。Meijerに対する
返答では、彼らは、疑問を抱かれている単位は「誤って計算され
た」ことに同意しているが、「しかし、この誤りは(彼らの)報告
の結論には影響しない」と述べている。これらのコメントの全文は
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/281/5383/1571a
にて見ることができる。(Wt)