Science August 14, 1998, Vol.281
微小な同軸ケーブルにむかって(Toward Tiny Coaxial Cable)
デバイスにおける電気部品を限りなく小さくしようと努力されているが、
最近ナノチュ−ブやナノワイヤ−の異常な電気特性に、特別な関心が向
けられている。もし、軸方向に均一な電気特性をもち、半径方向では半
導体、絶縁体あるいは金属層の組み合わせからなるヘテロ接合特性を持
つ層構造が出来れば、このような材料の有用性は更に高まる。Zhangた
ち(p.973)は、ナノチューブをつくる従来からのレーザアブレーション
法を一部変えて、中心から外側に炭化ケイ素-アモルファス二酸化ケイ
素-炭素層と窒化ホウ素の層からなるナノケーブルの合成に成功した。
(KU)
水素だけでは生きられない(Do Not Live by Hydrogen Alone)
深い帯水層に生きている微生物には,代謝を促す光源が欠如している。
玄武岩と地下水の相互作用からつくられる水素が、このようなバクテリ
アのエネルギー源であろうと考えられていた。Andersonたち(p.976)
はラボ実験を行い、pH6では玄武岩ー地下水の相互作用では水素が出来
ないことを見出した。彼らはpH8のリン酸緩衝液を用いて、短時間では
あるが実験で水素をつくることが出来た。しかし、このpHは地下深いと
ころでの条件としては妥当ではない。著者たちは、このような極限にい
る生物にとって、多分有機物質がエネルギー源を与えているだろうと示
唆している。(KU)
海底の生物(Life Under the Oceans)
最近の研究によれば、生物圏は深海の海底地殻の玄武岩中の孔の中にま
で広がっているらしい。Fiskたち(p.978)は、地球上に分布するいくつ
かの場所における海底地殻から掘削したドリルコアによって玄武岩の調
査を行った。玄武岩ガラスが粘土や他の鉱物に変化する風化境界面にお
いて生物的な活動があった証拠が見つかった。風化の最前線は、通常で
は数マイクロメートルの幅を持った一連のチャンネルから成っている。
これらの膨大な生息圏の広がりにもかかわらず、これら生物の割合は、
地球上全体の生物量の1%にも満たない。(Ej,hE)
最近の温暖化の予兆(Recent Warm Spells)
過去の気候記録は完新世における気候の変化についてのヒントを与えて
いる。Rietti-Shatiたち(p.980)は、東アフリカ、ケニア山における過
去4000年の気候記録を示している。このケニア山は、小規模の氷河や
氷河湖を有する火山であるが、ここから採集された各種の記録から議論
を展開している。この記録は、氷河湖中の生物起源のオパールから得ら
れたもので、それによると、2300年から1500年前の間では気温は現在
よりも暖かかった。似たような温暖期間の記録はアフリカの他の場所で
も見られるし、地球の他の場所でも見られる。(Ej,hE)
速いスピン(5.Fast Spins)
遷移金属の化合物を含む電子伝達反応は、生物無機化学や均一系の触媒
において重要であり、しばしば非常に短いタイムスケールで起きる。こ
れらの反応のスピン緩和と電子伝達との相互作用に関する理解は、この
時間領域における実験的な制約のために限られたものであった。Gilch
たち(p.982) は、ピコ秒スケールのこのような化合物のスピンのダイナ
ミクスに影響を与えるため、高磁界とフェムト秒でポンピングされたプ
ローブ顕微鏡との両方を用いた。この方法によると、系が取りうるさま
ざまなスピン状態の関数として、動力学的な反応スキームを決定するこ
とができるとともに、電子伝達率とスピン緩和時間を精密に決定するこ
とができる。(Wt)
いっしょに育って不完全になる
(Growing Imperfectly Together)
結晶成長の多くの研究は、個々の結晶粒の核形成と成長に焦点が当てら
れてきた。転位は固体中に見られる格子欠陥の1つであるが、結晶成長
の初期においては転位のない完全結晶の核から成長を始める。Penn と
Banfield (p.969) は、成長しているクリスタリットがやがて合体して
いく後者の過程の最終段階に注目した。熱水環境下では、二酸化チタン
(anatase:アナターゼ)の欠陥のないナノメートルサイズの粒子の生地
がこの段階で粗くなった。ここで透過型電子顕微鏡により観察された欠
陥は、結晶成長過程が進行するために発生したと考えることができるで
あろう。彼らは、隣合う微結晶のわずかな方向の不整合以外は、粒子は
お互いに比較的平坦で{112} のような低インディックスの表面で相互に
接していることを見出した。つまり、隣接する粒子の結晶方位のわずか
な違いが、成長に従って転位をもたらすと考えられる。二個の転位によっ
て生ずる入組んだ螺旋成長(spiral growth)は、複雑で多様な形態の構
造を産み出す可能性がある。(Wt)
【訳注】クリスタリット: 顕微鏡的な小さい単結晶をいう。通常の結晶
質固体はクリスタリットが密集した多結晶質と考えられている。(理化学
辞典第3版)
抑制因子を抑制する(Inhibiting the Inhibitor)
脳内のいつくかの神経伝達物質は調節物質として働いていると考えられ
ていた、しかし、この用語は明確に定義されていず、神経調節の機構は
いまだ明確でない。Xiangたち(p.985)は、神経伝達物質アセチルコリン
の新皮質内の抑制性介在ニューロンを潜在的に活性化する効果について
記述した。ある種類の介在ニューロンは脱分極化して活性化するのに対
し、他の型の介在ニューロンは過分極化して沈黙する。この異なる活動
は細胞膜電位の拮抗性効果を持つアセチルコリン受容体のサブタイプが
異なるために起きる。これらの種類の介在ニューロンは異なるシナプス
の神経支配パターンも持っているので、この知見はどのようにして、調
節物質が脳内の情報の流れを切り替えているのかを示している。(Na)
待ち状態のハエ(Flies in Waiting)
哺乳類では、熱量を制限すると(すなわち飢餓)、動物の代謝状態を劇的
に変化させ、究極的に加齢のプロセスを遅くする。同様に、線虫の一種
では、ストレス状態で(例えば、栄養欠乏)、代謝的に不活性状態
(dauer=休眠)となり、寿命を延長させる。Dauerコントロール遺伝子の
突然変異は加齢を遅くする。Careyたちは(p.996)、地中海ミバエはタン
パク質の欠乏による代替性の代謝状態(待ち状態モード)に入り、寿命が
延びる。ハエの遺伝学とこの寿命の長さの操作を組み合わせることで、
線虫だけでなく、より一般的な加齢に関する基礎的な情報を提供するだ
ろう。(Na)
Id2を介した自己同一性(Identities through Id2)
発達過程にある脊椎動物では、神経冠細胞が、発達過程にある中枢神経
系の縁から散らばって、身体全体に移っていく。この細胞は、自律神経
節や色素細胞、ある種の骨の細胞などのさまざまな組織へと分化してい
く。MartinsenとBronner-Fraserは、ニワトリにおいて、Id2転写因
子と相同的な一つのタンパク質を同定した(p. 988)。Id2のこのバージョ
ンは、吻側神経冠細胞において特異的に発言するもので、増殖に向かう
か分化に向かうかという細胞の二つの運命のバランスを支えているもの
らしい。(KF)
hemolinの馬蹄形(Hemolin Horseshoes)
昆虫が菌に感染すると、そのhemolinタンパク質は通常の量の20倍から
50倍に増加し、血球(昆虫血リンパ中の白血球様細胞)や細菌、リポ多
糖(LPS:lipopolysaccharide)と結合することになる。hemolinは、免疫
グロブリン・スーパーファミリのうちのL1(neuroadhesion: 神経接着)
ファミリの接着分子と類似している。Suたちは、hemolinの結晶構造を
決定し、それがスーパーファミリの他の単鎖タンパク質とは違って馬蹄形
の立体配置をとることを見い出した(p. 991)。著者たちは、細胞の同種親
和性接着に関する「領域交換(domain-swapping)」モデルを開発したの
だが、このモデルは神経接着分子にも適用できる可能性がある。(KF)
保護のための経路(Protection Pathway)
細胞が腫瘍壊死因子-α(TNF-α)にさらされると、アポトーシス性(細胞
死)経路と生存経路の双方が起動される。後者は転写制御因子NF-κBを
介して起動される。保護の機構が決定されると、細胞死の操作が可能に
なって、例えば腫瘍の破壊を促進できるであろう。Wuたちは、NF-κB
が、TNF-αと細胞死のもう一つのプロモータであるFasとによって引き
起こされるアポトーシスに対して保護的に働く、従来知られていなかっ
た機能を有する遺伝子IEX-1Lのスイッチを入れることを見い出した
(p. 998)。(KF)
ジンク・フィンガーによる負のフィードバック
(Negative Feedbacks with Zinc Fingers)
特有なモチーフのジンク・フィンガーモチーフをもつタンパク質である
トリステトラプロリン(tristetraprolin =TTP)を欠くマウスでは、多
様な炎症反応の増大が見られる。Carballoたち(p.1001)は、哺乳動物
の炎症応答のキー・メディエータである腫瘍壊死因子-α(TTPα)の制
御におけるTTPの生物学的役割について明らかにした。TTPがTNF-α
のメッセンジャーRNAに結合することが、このメッセンジャーRNAの
不安定化と関連している。TTPの合成は、リポ多糖やTNF-α自身のよ
うなTNF-αの合成増強を促すような刺激によって増加させることがで
きる。このようにTTPは、マックロファージによって作られるTNF-a
の量を調節するような負の制御をしているように見える。TTPは
Cys-Cys-Cys-Hisジンク・フィンガーモチーフを共有する関連タン
パク質ファミリーの一員であり、類似したRNA-結合機能を持っている
と思われる。(Ej,hE)
哺乳動物の、配列に依存した転写開始
(Sequence-Specific Initiation in Mammals )
原核生物のDNA 複製は、決まった配列からスタートすると長い間思わ
れてきた。しかし、より高等な真核生物のDNA複製開始は、もっと解っ
ていなかった。Aladjemたち(p. 1005; および、Hubermanによる展
望記事)は、グ鴻rン遺伝子座位中のDNA複製開始部位として知られて
いる、ヒトβ-グロブリン座位からの、ある決まった配列を、サルの細
胞中の別の複数の染色体部位に転移したときにも、DNA複製の開始を
指示することができることを示した。(Ej,hE)
BRCA1 と DNA の修復( BRCA1 and DNA Repair )
BRCA1遺伝子中の生殖系列変異は、遺伝性の乳癌や卵巣癌の素因を
持っている女性の約50%に見られる。このBRCA1タンパク質は、
DNA修復や転写に関与しているいくつかのタンパク質に結合するこ
とが示されているが、その正確な細胞の役割については不明確なまま
である。Gowenたちのデータ(p.1009)は、BRCA1が酸化的DNAダ
メージの転写に関連した修復に不可欠であることを示唆している。
このような修復過程での欠陥は、結果として非能率な転写となり、
細胞増殖を制御している重要な遺伝子に変異を集積させることにな
る。(Ej,hE)
ウラニウムを閉じ込めて(A Hold on Uranium)
ある種のウラニウムは水中で沈着するときに方解石(CaCO3)に閉じ込め
られる。このプロセスが成り立つことによって、堆積岩中の多くのウラ
ニウム系列の地質年代決定が出来る理由となっているが、鉱物中の放射
性核種の輸送現象や安定性の手がかりを与えている。しかし、ウラニウ
ムが方解石格子中にどのように取り込まれているかについてはほとんど
分かっていなかった。Sturchioたち(p.971)は、X線吸収スペクトルを
調べることで、この疑問に対して、4価イオン(U4+)が格子中の2価のカ
ルシウムイオンを置換し、さらに、ナトリウムイオンの置換によって電
荷のバランスを保っているらしいことを示した。即ち、ウラニウムは格
子内部に拘束されており、ウラニウムを年代決定に利用することや、方
解石を環境中のウラニウムの吸収源として使うことの有効性を支持して
いる。(Ej,hE)
タンパク質やDNA中のイオンの識別
(Ion Discrimination in Proteins and DNA)
D.A.Doyleたち(Research Article, 3 Apr., p.69)は、X線結晶学を
利用して、カリウム(K+)チャンネルの分子構造を研究した。そのデー
タによると、どのようにしてタンパク質で出来たK+チャンネルが、選
択的にK+イオンだけ(Na+を除外して)を、細胞膜を通って急速に拡
散させているかを明らかにしている。K.PhillipsとB.Luisiはこれにコ
メントして、彼らは、論文に述べられているように、「高解像のDNA
4重体結晶構造中」に「タンパク質[K+チャンネル]による金属配位」に
似た特長を持つイオン結合を観察したが、このことはDoyleたちの
「K+チャンネルの驚くほど強い選択性に関して」の提案を支持するも
のであると言っている。全文は以下参照;(Ej,hE)
http://www.sciencemag.org/cgi/content/full/281/5379/883a
特集:個体中の欠陥の制御と利用:
ナノチューブにおける欠陥(Nanotube and the defects)
ナノチューブが導電性であることはつい2年前に明らかになったが、
この導電性が欠陥によって制御されるらしい。p.940のニュース記事
によると、ナノチューブの基本単位である6角形のリングが螺旋状に
なることで、半導体の性質をもつ。安定したナノチューブは放熱にも
適しており、高密度化されている半導体チップ上のスイッチとして使
えるであろう。心配な面もある。ファイバー状のカーボンナノチュー
ブが大量に使われると、かつてのアスベストのように発癌性の心配が
ある。これには反対意見もあり、まだ予断を許さない。p.943には、
個体中のクラックの振る舞いが解説されている。クラックは欠陥の有
無によって大きく変化する。無欠陥の結晶はしばしば壊れ易い。適当
な欠陥がクラックの発生や進展を制御する。
特集:個体中の欠陥の制御と利用:半導体中の欠陥
(Defects in Semiconductors;some fatal, some vital)
H.J.Queisser and E.E. Haller(p.945)は、半導体中の欠陥の役割に
ついて概説している。今まで欠陥と格子の相互作用の理論的解析が
十分でなく知見も限られているが、それでも次第に理解が深まって
きた。最近の同位体制御による半導体では、質量がわずかに異なる
同位体によってエネルギー準位が変化する。
特集:個体中の欠陥の制御と利用:非磁性半導体を強磁性に
(Making Nonmagnetic Semiconductors Ferromagnetic)
H.Ohno(p.951)は、強磁性物質を非強磁性半導体中に高濃度の混入
させる技術が使えるようになり、III-V族の半導体物質に共鳴トン
ネルダイオード(RTD)のようなものが出来つつあると報告している。
今までは低温でしか特性が発揮出来なかったが現在、磁性遷移温度
が110度に達している。
特集:個体中の欠陥の制御と利用:
青色ダイオードやレーザでの欠陥よ役割(The Role of Structural
Imperfections in InGaN-Based Blue Light-Emitting Diode
and Laser Diode)
S. Nkamura(p.956)は、サファイアの基盤とGaNの間の不整合は、
エピタキシャル成長によって減少させることが出来、SiO2上に作る
事でダイオードの寿命を10000時間にまでのばした、と報告してい
る。
特集:個体中の欠陥の制御と利用:
プラスチックオプティックフィバーでの散乱の影響
(Effects of Random Perterbations in Plastic Optical fibers)
A.F.Garito, J.Wang, R. Gao(p.962)は、通常、嫌われているプラス
チックファイバー中でのモード散乱は、距離に比例して、散乱を起こ
すが、このモードがカップリングを起こすことが見つかり、これが実
用性に明るい兆しを与えていると報告している。良い事に、散乱は、
距離の平方根に比例するため、近距離の光通信には、十分使えそうで
ある。