Science July 31, 1998, Vol.281
タンパク質の助けは不要(No Help from Proteins)
リボソームは、(50種から60種の)タンパク質とRNA[3つか4つあるリボソームRNA
(rRNA)]との複合体であり、メッセンジャーRNAの情報をポリペプチドに翻訳する。
大腸菌における最大のrRNAは、23S rRNAとして知られ、アミノ酸連結機構の中心と
なる部分を形成することが示唆されている。Nittaたちは、23S rRNAを構成する6つ
の領域のうち、たった1つの領域だけが、単独でペプチド結合の形成の触媒作用を
行なうことを示した(p. 666; SchimmelとAlexanderによる展望記事参照のこと)。
この反応が完全なリボソームそのものにおいて観察されるものと本質的に類似してお
り、触媒作用を有する祖先となるrRNAの存在を反映している、という提案を、代償性
の変異実験と抗生物質阻害実験が支持している。(KF)
アミノ酸からの助けをかりて(Help from Amino Acids)
生命に必要な分子の初期の化学進化における一つの重要な反応としては、ぺプチドを
つくるためのアミノ酸の活性化であろう。一連の実験から、Huberと
Waechtershaeuser(p.670;Vogelによるニュース解説も参照)は、アミノ酸、COおよ
び(Ni-Fe)S粒子から出発してこの反応を再現している。反応は高温(100℃)、中
性近くのpH条件下(pH7-8)で進む。このような条件は地殻や海嶺における水熱反応
系では典型的なものである。(KU,Og)
若い星に手渡されて(Hand It to the Young Star)
生物は、主に左手アミノ酸(L-アミノ酸)からつくられた蛋白質で構成されている。
このホモキラリティの起源は知られていない。地球上に運ばれた原始の分子にもとも
とあった掌性のバイアスを反映しているのかもしれない。Baileyたち(p.672;Irion
によるニュース解説も参照)は、オリオンOMC-1の星形成領域で反射星雲におけるダ
ストによって散乱された直線偏光から赤外の円偏光を観察した。著者たちはシミュ
レーションを通して、紫外円偏光の光が星間有機分子に過剰のL-アミノ酸を誘発する
ことを示唆している。(KU,Tk)
マントルの深い方には、本当には何があるんだろう?(What's Really Down There?)
マントルの組成を決定するためには,鉱物の特性に関する実験データと地震観測との
比較結果が合致することが必要である.Sinelnikovたち(p. 677)は,MgSiO3ぺロブス
カイトの横波の速度を,8ギガパスカル(圧力),800ケルビン(温
度)で超音波干渉計を用いて計測した.彼らは,下層マントルは,ぺロブスカイトと
マグネシウムブスタイト(magnesiowustite)といくらかのSiO2から構成されている
と推論した.Liたち(p. 675)は,高圧下においてかんらん石から形成されるワズレアイト
(wadsleyite)の弾性係数を計測した.それらのデータは,下層マントルにおけ
るかんらん石の成分において、2つの可能な形態があることを示している.(TO,Nk,Tk)
超のろのろ緩和(Ultraslow Relaxation)
電子スピンは、半導体中で磁場を用いて整列させることができるが、このような整
列は一般的には、急速に(数ピコ秒で)緩和する。Kuzma たち (p.686; Kikkawaと
Awschalomによる展望も参照のこと)は、二次元電子気体中のスピンダイナミックス
を研究した。この電子気体は、非常な低温では、分数量子ホール効果の基底状態
(n=1/3)を形成する。光学的にポンピングされたガリウム-71の核磁気共鳴スペクト
ルは、広幅化とともにスピン反転した電子の存在による狭小化を示す。スピン反転
した電子領域は、非一様に分布しているように見え、これは緩和時間を 0.1 から
500 ミリ秒の間にスローダウンさせる。(Wt)
ライム病による関節炎の起源(Origins of Lyme Arthritis)
ライム病のほとんどの病例は、スピロヘータであるボレリア(Borrelia burgdorferi)
が根絶して以降解決した。解決しない病例は、抗生物質治療に耐性を有するライム病
関節炎として分類されている。この患者たちの多くは、同じHLA-DR4対立遺伝子を共
有している。Grossたちは、DR4に結合するペプチドを予測するアルゴ
リズムを用いて、滑液中のヘルパーT細胞のほとんどを活性化していたBorrelia
burgdorferiのタンパク質OspAの特定のペプチドを見い出した(p.703; Dickmanによる
ニュース記事参照)。マウスではなくヒトのLFA-1タンパク質も、同様の配列を有して
おり、テストによると、DR4に結合し、滑膜のT細胞を活性化した。彼らは、初期感染
が炎症性サイトカイン-分泌性T細胞を活性化し、それらはその後自己抗原によって間
断なく集められて刺激され続ける、と推測している。この知見によって、マウスでは
長期にわたる症状が見られないこととともに、ヒトの関節炎の病状が説明されること
になるかもしれない。(KF)
完全にごちゃごちゃになっているというわけではない(Not Quite Mixed Up)
混合に付随している多くのカオスの実験は、二次元的流れにおいて行なわれてきた
。そして、それゆえ、複雑な幾何形状下におけるカオスに対する私たちの理解の多
くは、理論的あるいは計算による研究に基づくものであった。Fountain たち
(p.683)は、カオス的流れが3次元的に観察できる実験システムを与えている。(Wt)
インシュリンを制御する(Controlling Insulin)
マウスの胚性幹細胞に由来する胚様体を用いて、Duncanたちは、細胞の分化と代謝の
制御に関与する転写ネットワークの"マスター制御装置"を発見した(p. 692)。肝細胞
の核の要素HNF-3aとHNF-3bのバランスが、インシュリン制御に結びつくようにみえ、
また糖尿病の早期発症型において変異する遺伝子を含んでいる、ある経路を調節して
いるのである。(KF)
破局からの回復(Recovering from Catastrophe)
ハリケーンLiliは,1996年10月にバハマ諸島内のエクスマ小島群を襲った。それは生
態学者のグループがこの島の生物の個体数調査を終えた直後のことであった。エクス
マ小島群のいくつかは,ハリケーンの猛威に全面的にさらされた.Spillerたち(p.695)は,ハ
リケーン直後とそれから1年後に,個体数調査を繰り返して,穏やかな外乱と破局的
な外乱の場合とで、その効果がどう異なるかを評価した。データから,
大きな生命体,多い個体数,より容易に
分散可能な種は,これらの自然災害に対してより高い抵抗力があるということが分
かった。(TO,Nk)
貨物の選択(Selecting Cargoes)
分泌性の膜タンパク質は、合成され、小胞体(ER; endoplasmic reticulum)に移入
された後、分泌性の経路の細胞小器官(ゴルジ体)を通って移動する。このプロセスには、1つ
の細胞小器官からの輸送小胞の発芽と、それに引き続いての標的細胞小器官との融
合、が含まれる。SpringerとSchekmanは、ER輸送小胞が細胞内を通るためにそれ自
身の貨物を選択する機構を検証した(p. 698)。小胞の発芽を助けるコートの形成に
関与する特異的タンパク質が、貨物の分子の選択にも関与している。これまでは、
これらのタンパク質は、選択のプロセスではなく、小胞の発芽の機構にのみ関与し
ていると考えられてきた。(KF,SO)
再構成された融合過程(Fusion Reconstituted)
標的にされた膜の融合は、細胞内輸送中に起き、例えばエンドサイトーシス
の小胞(液胞)がエンドソームやリソソームを形成するために融合する
エンドサイトーシスの後に起きる。
酵母では、このリソソームに等価な機能を持つものは空胞である。可溶性にした空胞
膜成分を使ってSatoとWickner(p.700)は、適当なエネルギーと温度特性を持った融合
プロセスを実験的に再構成することができた。それから、彼らは、単純化した融合シ
ステムにおいて特定のタンパク質がいかに重要な役割を担っているかを明らかにし
た。(Ej,hE,SO)
軸索のガイダンスとTGF-β(Axon Guidance and TGF-Beta )
トランスフォーミング成長因子-β(TGF-β)ファミリーのタンパク質は、きわめて多
数の発生プロセスに関わっている。Colavitaたち(p.706)は、TGF-β情報伝達経路
を、線虫(Caenorhabditis elegans)における軸索ガイダンスに関連付けた。線虫で
は、通常unc-129遺伝子は先導運動軸索(pioneer motoraxons )を背腹軸に沿って導く
ために必要である。Unc-129遺伝子の分析によれば、これはTGF-βファミリーの1メ
ンバーをコードしており、これによって標的筋肉に運動性ニューロンを導く場合の情
報伝達機構を示唆している。(Ej,hE)
原子間共鳴(Resonance Between Atoms)
高輝度X-線放射光はX-線波長を変える事ができるという性質を有効に
利用して、もっと安易に研究に供されてよい。Kayたち(p.679)は、単原子共鳴電子
発光と同じようなものが、いくつかの遷移金属酸化物の原子間で観察されることを示
している。X-線波長は金属原子に強い遷移を励起するように選択される。その後、
酸素原子の状態からの発光と共鳴して強度の増加していく。この結果は,様々な試料
の化学状態と結合の相互作用の両者を同定するのにつかわれるであろう。(KU)
種を離しておく(Keeping Species Apart)
生殖体認識システムは動物の種を区分することの障壁となっている。Swansonと
Vacquierは(p.710)、いくつかのアワビの種の受容体を分析した。これらの受容体は
卵の表面に存在し、精子溶解素タンパク質と結合している。卵の受容体には同一種の
配列の均質化と異なる種間の分岐を促進すると思われる一連の繰り返し配列を含んで
いる。(Na)
転写のアップデート(Transcription Update)
DNAに記録されている配列は、転写と呼ばれるプロセスを通してRNAに転換する。個々
の塩基が追加される毎に、転写複合体は次の塩基を追加すべきか、新生転写物を放出
するか、間違って取り込まれた塩基を修正するかを決定する。VonHippel(p.660)は、
大腸菌RNAポリメラーゼ複合体をモデルとして用い、この現象を評価し、その結果、
この決定のステージをよりよく理解することが出来、さらに、熱力学的、構造的で動
力学的データを組み込んだ転写の統合モデルを提供した。(Na)
絶滅に瀕したエイ(Skate on the Edge)
海においては絶滅することは希であり、もしそうだとしても脆弱な海岸棲息域の無脊
椎動物か、あるいは意図的な漁獲の影響を受けやすい大型脊椎動物であろうと一般に
信じられている。しかし、Casey と Myers (p.690)によって編集された長期間のデー
タによれば、これらどちらにも当てはまらないガンギエイ(barndoor skate)が、絶滅
に向かっている可能性がある。この魚は、かつてどこにでも居たが、商業的漁業の対
象としてではなく、他の魚を捕る際に派生的に捕獲される;しかも、長寿命で再生産
が遅く、充分な大きさであるため商業トロールに引っかかりやすい。(Ej,hE)