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Science October 24, 1997, Vol.278
有益なボトルネック(Useful bottlenecks)
通常フィルターは溶液中の粒子や分子を完全に除去するために用いられ、
クロマトグラフィで行われるような、溶液中の異なる小さな分子を分離
するために用いられることはない。
Jirageたち(p.655)は重合体薄膜に金を化学的にメッキし更に小さな
開口(ボトルネック)を被せたナノメーター単位の微細孔を形成した。
彼らは、このような薄膜が小さな分子をそのサイズに基づき選別する
ように構成できることを示した。分子量79のピリジンはこの薄膜を
通過するが、324のキニーネは濾過後に検出されなかった。(Na)
水の窓を通るX線(X-rays in water window)
生物を構成する分子中の炭素による吸収が大きい、波長4.37ナノ
メートル以下のX線は生物学的応用に向いているが、水を構成する
酸素の吸収を避けるためには、波長が2.33ナノメートル以上である
ことが望ましい。Spielmannたち(p.661)は、近赤外(780nm)の
レーザーを5フェムト秒間、1KHz周期でヘリウムガス・ジェットに
照射することによって、遠紫外からカーボンK線の4.37nm以下に
まで及ぶコヒーレントなX線を作りだした。このX線パルスの
立ち上がりが十分急峻であるため、中性原子がイオン化される前に
強いX線に曝されることになり、通常ではX線照射が困難な水の中
でも、分散角度が1ミリラジアン以下の平行X線を照射することが
可能になった。(Ej,hE)
ショウジョウバエの発生中のFosとJun
(Fos and Jun in Drosophila development)
FosとJunというタンパク質が転写制御因子として共に働くことを
生化学の実験で示していた。しかし、脊椎動物の生体内分析が複数
のJunとFosのファミリーメンバーの存在によって複雑になっている。
Riesgo-EscovarとHafen(p.669)は、kayakという遺伝子座位を
同定した。kayakは、ショウジョウバエにおけるDFosという唯一
知られているFosに関連したタンパク質をコードしている。
生体内分析によって、中期の胚形成中、(胚の背面にある)神経板
の閉塞形成の過程のために、DFosとDJunがdecapentaplegic(dpp)
が発現制御で協力しあうことが示された。初期の胚形成中、Fosの
もう一つの機能が報告された。その機能とは、Fos因子がdppの下流に
対して、DJunに関係なく作用していることである。(An,SO)
非常に表現に富む(Very expressive)
酵母におけるDNA配列の全体がわかっているため、全体のゲノム
レベルでゲノム発現の研究が可能になった。DeRisiたち(p.680)は、
酵母における遺伝子の全てを代表するDNA断片の群を、蛍光標識
された相補DNA(cDNA)のプローブとして、載物ガラス上に並べた。
酵母を異る代謝条件にさらしたとき発現したRNAからcDNAを調
整した。この開発中の技術の可能性を調べるために、
グルコース消耗後または転写制御因子の増加あるいは減少の後に、
遺伝子の発現の変化を観察した。(An)
BADを克服する(Overcoming the BAD)
細胞が死に至る(pro-death)経路をとるか、死に抗する
(anti-death)経路をとるかがどのように制御されているかはよく
分かっていない。タンパク質リン酸化酵素キナーゼAktはセリン
又はスレオニンをリン酸化し、生存を促進することが知られており、
細胞がインターロイキン-3のような成長因子と結合すると活性化
する。BADと呼ばれる死に至るタンパク質は、BADがリン酸化
されていない限り、Bcl-xLなどの生存因子結合し、その働きを
抑制し、生存を妨害する。Del Pesoたち(p.687)は独立のAktと
BADの観察結果と、Aktがリン酸化酵素としてBADを不活性し、
細胞死を防ぐことを示すデータを関連させた。(Na)
MDCとHIVの感染力(MDC and HIV infectivity)
RANTESとかMIP-1αとか、あるいはMIP-1βのような
ケモカインが、ヒト免疫不全症ウイルス-1型(HIV-1)による
感染を抑制する天然の物質であると言う当初の発見によって、
HIV病理学や薬物療法学に新たな知見を開いてきた。しかし、
これらケモカインによって、すべての抑制効果を説明出来る
訳ではないことが明らかになってきた。Palたち(p.695)は、
最近同定されたマクロファージ由来のケモカインMDCは、
他のケモカインが効果を発揮しない環境において、
末梢血単核細胞の感染を強く抑制したことを見いだした。
(Ej,hE,Kj)
エタノール感受性についての分子レベルでの基礎
(A molecular basis for ethanol sensitivity)
エタノールの中毒性、および習慣性に対する感受性は、人間や
動物では個体差があるが、この違いは分子レベルでは解明されて
いなかった。
Miyakawaたちは(p. 698;Pennisiによる記事参考、p. 573)、
Fynという非受容体チロシンキナーゼを欠乏しているマウスが
エタノールに過敏性であることを示している。
NMDAの電流を抑制するエタノール能力の測定によれば、この
マウスは、エタノールに誘発されたNMDA
(N-methyl-D-aspartate)サブタイプのグルタミン酸受容体
(エタノールの中毒性の効果の媒体らしい)のリン酸化能力も欠乏し、
エタノール耐性を示さない。FynがNMDA受容体をリン酸化する
能力は、個人のエタノール応答を決定するらしい。(An,SO)
そんなには滑らない液滴 (Not so slippery drops)
超流動液体であるヘリウム−4は、あらゆる表面を濡らし、
そして散逸なしで自由に流れることができるため、容器中に入れて
置くことが困難である。しかしながら、Ross たち(p.664) は、
一様なセシウムの表面上では超流動液体ヘリウム−4は、孤立した
液滴を形成することを示している。表面との接触角は流れの方向に
依存して[訳註1]ヒステリシスを示す。そして、液滴は表面にピン
留めされており、傾斜を流れ落ちることはない。(Wt)
[訳註1] 前進接触角と後退接触角に履歴性があることを述べている。
結合したプレート(A coupled plate)
海洋地殻が拡大し、海洋地殻がマントル対流によって引き込まれている
ことは知られていたが,マントルと地殻のカップリングについては
あまり理解されていない。プレート同士がぶつかって滑っている
サンドレアスのような水平ずれ断層に沿っている地殻においても、
地殻とマントルとの関連は充分に規定することすら難しい。
Henstocksたち(p.650)は、北カリフォルニアにあるMendocino
三重点の近くにおける地震実験に基づいた速度モデルを提示している。
そこではサンアンドレアス断層に沿った地殻のいたるところで、狭くて、
地殻を通り抜ける垂直な歪み帯が示されている.水平ずれ断層は、
地殻を突き抜けて上部マントルにまで達し、地殻変形とマントル運動を
結合させている。(TO,Nk)
管の中の管 (Tube in a tube)
カーボンナノチュープにはさまざまな応用が見出されており、類似物で
ある窒化ホウ素化合物とともに、ナノメートルスケールの電子的応用へ
の大きな可能性を有している。炭素と窒化ホウ素の電子的特性の相違に
より、両者からなるナノチューブのヘテロジャンクションを考えること
ができる。Suenagaたち(p.653) は、このような炭素、窒化ホウ素、
およびある場合にはさらに炭素の層からなる結合構造を実現することに
成功した。炭素と窒化ホウ素の層の間には、強い相分離が起きている
ことが観察されている。(Wt)
手をもつ鳥類?(Birds in hand?)
鳥類が獣脚類の恐竜から発生したとする一つの特徴は、前肢の形態
である。一般に獣脚竜の前肢には第1指,第2指,第3指が残されて
いると考えられている。BurkeとFeduccia
(p.666,およびHinchliffeによる展望記事、p.596)は,鳥類,ワニ類
そしてカメ類の成長中の胚について前肢と後肢を調べて、それらの前肢
は第2指,第3指,第4指を保存して発達していることを示した。
このパターンは始祖鳥に第1指を同定したこととは明らかに食い違って
いる。(TO)
水中の緩和(Relaxation in water)
水分子の中赤外(mid-infrared)スペクトルの解析によって水中のOH基
の配向動力学が明らかになるが、高速レーザーパルスを利用することに
よって、水分子の特定のサブアンサンブル
(部分統計集団;subensemble)の振動および配向運動の緩和について
解くことが出来る。Woutersenたち(p.658)は、液体中の配向の緩和には、
2種類の顕著な違いのある時定数があることを発見した。それによると、
強い水素結合の水分子はゆっくりした配向緩和プロセスによってのみ緩和
するが、高速緩和現象は弱い水素結合分子の場合に優先的になる。(Ej,hE)
感染部位に到着(Getting to the infected site)
感染された後、感染源に特異的なT細胞は炎症部位に入る。この血管外
遊走プロセスの一部にはインテグリンやセレクチン族中の細胞表面接
着分子が含まれている。生体内実験によってDeGrendeleたち(p.672)は、
局所性リンパ節中のT細胞受容体によってT細胞が活性化されると、
その表面のCD44が活性化されリガンドヒアルロン酸(HA)に結合し、
1次接着(rolling)の能力を獲得する。このような活性化した細胞は、
次に血液流中に移動し、炎症組織に入るにはCD44およびHAの両方が
必要となる。この様に、CD44は、細胞が炎症部位に移動するための
キープレーヤーである。(Ej,hE,Kj)
わいは、なんでYやねん?(why a Y?)
ほとんどの染色体は多様な遺伝子を含んでいるように見えるがLahnと
Page(p.675)は、Y染色体が機能性組織を含んでいるかも知れない、と
言う理論をテストして見た。Y染色体
(特に、染色体の95%にあたる非組換え領域)の系統的探索を実施し、
12の新規な遺伝子あるいは遺伝子ファミリーを明らかにした。これらの
遺伝子は、たった2つのカテゴリーに分類される;多くの器官に発現され、
X染色体にも発現されるハウスキーピング遺伝子と、精巣に特異的に発現
されるY染色体を含む遺伝子。このようにして、オスとメスに発現される
ハウスキーピング遺伝子と、オスの生殖性適応を強調させる圧力が均衡
している。(Ej,Kj,hE)
個体群の減少(Population losses)
地球上には、属性の上からあるいは遺伝学的に区別しうるグループとして
の個体群が、いくつ存在しているのだろう、またそうした個体群はどの
ようなペースで失われつつあるのだろう。Hughes たちは、さまざまの
分類群についての集団分化といろいろな種の分布地図とに関して発表
された研究結果をもとに、地球全体では数十億もの個体群があると推定
している (p. 689; Myersによる展望記事参照のことp. 597)。熱帯地域での
山林の伐採の比率を生息地の減少の代用特性に用い、生息地の減少と個体群
の消滅とが並行して進行すると仮定して、彼らは、毎年およそ1600万もの
個別の群が消えつつあるという計算を行なっている。(FK)
驚くべき生き残り(Surprising survival)
大量絶滅は、種が失われるというレベルでは、非常に大きな影響を与える。
では、生命の歴史の維持というレベルでは、大量絶滅がもたらす影響は
どのようなものなのだろう。Nee と May は、ある数学的な解析で、すべて
の種の95%を無作為に消し去るような絶滅的な出来事があっても、生き
残った5%の種によって進化史の大部分(80%)は維持される、ということを
示している(p. 692; Myersによる展望記事参照のこと p. 597) 。この研究は、
人類によって引き起こされた現在の生物の危機と取り組むための種の保存政策
を明確にしていくための役に立つと思われる。とはいえ、種そのものが重要で
あるということと、彼らの進化史とは、通常は直接関係しないのだけれども。
(KF)
流動体のプレート(A fluid plate)
プレートテクトニクス、つまり地球の地殻は、分離していて、互いに衝突し
合うことで火山帯や地殻の変形、地震などを生じさせる複数の硬いプレート
からなっている、という考え方が、地殻のダイナミクスの標準モデルである。
England と Molnar(p.647) は、硬いプレートという考え方に基づく近似が、
プレートの境界に沿った変形が典型的に分布している大陸地殻についても
適切かどうか評価してきた。彼らはチベット高原に沿った応力と歪み速度の
比率をモデル化し、その結果、地殻はより流体的であることを発見した。
大陸の地殻プレートの場合、硬いプレートのモデルに、ある程度のすべりに
よる流れを取り込むことが必要、ということである。(KF)
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